83 / 95
第九章 幸福の足音
82 お披露目式(5)
しおりを挟む「ミーヌ侯爵、ご無沙汰しております。この度は、素晴らしいドレスを贈って下さり、ありがとうございました。また……とても貴重な物を贈って下さったのに、手紙での感謝だけになってしまったことをお詫びいたします」
私はミーヌ侯爵に、あいさつをした。
「これは、シャルロッテ嬢。ドレス、良く似合っている。それに、頂いた礼状もあなたらしい素晴らしい物だった。
あなたの想いは充分に伝わっている。
それに、先程のあいさつは、大変ご立派でした。亡き友のハンレーも空の上で、あなたのあいさつを聞いて、ほっとしながら祝福していると思いますぞ」
ミーヌ侯爵は、嬉しそうに目を細めた。
前ホフマン伯爵は、本当に今の私を祝福してくれるだろうか?
「そう……だといいのですが……」
私の不安を感じ取ったのか、ミーヌ侯爵が私に穏やかな顔を向けながら言った。
「シャルロッテ嬢。全ての物は、どうしても時と共に変化してしまいます。人は老いますし、仕事だって、その仕事に携わる人や、時代で姿を変える。これは自然の摂理です。決して抗うことなどできない。ハンレー・ホフマンは、非常に聡い男だった。その辺りは、充分に理解していたと思いますぞ」
ずっと心に引っかかていた。
自分が、前ホフマン伯爵の弟子とだけ名乗ることを。
だが、ミーヌ侯爵の言葉で、少しだけ、心が軽くなる。
「それに……ハンレーは、あなたを心から愛し、大切にしておりました。あなたが幸せになれるのなら、それを喜ばぬ男ではないと断言できますぞ」
前ホフマン伯爵は、私に言ってくれた『幸せになってほしい』と……。
私は、ミーヌ侯爵をじっと見て、笑顔で言った。
「ありがとうございます、ミーヌ侯爵」
「何、困ったことがあったらいつでも言って下さい」
「はい」
私が返事をすると、ミーヌ侯爵が嬉しそうに笑った。
「やはり、シャルロッテ嬢の笑顔は素晴らしいですな……。ところで、シャルロッテ嬢と一緒にいらっしゃる彼は、どなたでしょうかな?」
ミーヌ侯爵は、私の後ろに立っていたエイドを見ながら言った。
私は、急いでエイドを紹介した。
「ご紹介いたします。彼は私の秘書のエイドと申します」
「シャルロッテ様の秘書のエイドと申します。はじめまして、ミーヌ侯爵」
エイドが美しく頭を下げて、あいさつをした。すると、ミーヌ侯爵が眉を寄せながら言った。
「ふむ……。初めて……? そうか……」
ミーヌ侯爵の様子に、エイドが不安そうな顔をしながら尋ねた。
「申し訳ございません、どこかでお会いしたことが、ございましたでしょうか?」
私は、ホフマン伯爵のお屋敷で、ミーヌ侯爵にお会いしているが、エイドはホフマン伯爵家には、ほとんど来たことがない。だから、ミーヌ侯爵と、面識はないはずだった。
もし、お会いしていたとしても、私にはどこでお会いしていたのか、見当もつかなかった。
「ん~どこかで、君とは会ったことがあるように思うのだ。
はて……どこだったか……どこかで……」
ミーヌ侯爵は、眉を寄せながら、考え始めた。
その姿を見て、私とエイドとゲオルグはお互いの顔を見合わせて首を傾けた。
「……?」
すると、ミーヌ侯爵が、明るい顔をして大きな声を上げた。
「ああ、そうだ。すまない! 君は、昔、お会いした女優さんに似ているのだ……」
「……昔、お会いした女優さんですか?」
私は思わず復唱するように尋ねた。心臓が早くて、私は真剣にミーヌ侯爵を見つめた。
「ああ、確か……もう何年も前の話だ。
隣国に視察に行った時に、そちらの方に『素晴らしい芝居がある』と言って連れられてね。
その芝居の主役だった彼女にそっくりなんだ。
もう何年も前の話なのに、未だに目を閉じれば、姿が浮かんで来る素晴らしい芝居だったのだ。
特に、主人公の女性が、とても美しい女性でね。
……だが、男性の君に女優さんに似てるというのは、失礼だったな。すまなかった。忘れてくれ」
ミーヌ侯爵は、申し訳なさそうに頭をかきながら言った。
「私に……似た……女優……?」
エイドが呆然とした様子で立ち尽くしながら呟いた。
私はすぐに、ミーヌ侯爵に尋ねた。
「あの、ミーヌ侯爵、その女性のお名前は、わかりませんか?」
ミーヌ侯爵は、またしても眉を寄せて考えながら言った。
「名前? ふむ~~公演の後の晩餐会で、彼女と話をしたこともあるのだ……。少し待ってくれるか?
……エイ―マ。確か、エイ―マ嬢だったはずだ」
「それで、その方は今?」
私が思わず大きな声で尋ねると、ミーヌ侯爵は困った顔をしながら言った。
「わからない。実はそれから、しばらくして、また隣国に舞台を見に行った時、彼女の姿は舞台にはなかったのだ。 聞けば、彼女は、悲劇のヒロインとも言われ、隣国では彼女のことをモチーフにした演劇まであるのだ。まぁ、その演劇の内容が、嘘か真実なのかは、わからないがね……」
すると、ずっと黙っていたゲオルグが口を開いた。
「ミーヌ侯爵、隣国とは、ハイロ国のことですか?」
「ああ、そうだ。エイド殿と言ったか、女優さんに似ているなど言って、気を悪くしないでいただきたい。君が男性らしくないという意味ではないのだ。すまないな」
ミーヌ侯爵の言葉に、エイドは美しく笑いながら答えた。
「いえ、気にしておりません」
「その……笑い方も彼女に本当に似ているな。つまらない思い出話に付き合ってくれて感謝する。
では、シャルロッテ嬢、みんなが君を待っているよ。いつまでも今日の主役を私が独占するわけにはいかないな」
ミーヌ侯爵は、微笑むと私を見ながら言った。
「はい、では、失礼いたします」
「ああ」
ミーヌ侯爵の元を離れると、ゲオルグが小声で呟いた。
「ハイロ国か……ハワード殿なら調べられるのではないか?」
「え?」
エイドが大きく目を見開いた。
「エイド、すぐにハワード様にお話してみましょう?」
私の言葉を聞いたエイドが困ったように笑った。
「いえ、今日はシャルロッテ様にとって、大切な日です。次のあいさつに向かいましょう」
そう言いながらもエイドは、どこかつらそうだった。
「大丈夫? エイド? 顔色が悪いわ、休む?」
つらそうなエイドが心配で声をかけると、エイドが、真剣な顔をしながら言った。
「いえ、今日はもう、絶対にシャルロッテ様の側は、離れません。それに私は大丈夫です」
エイドは休ませたいが、今のエイドを一人にすることも心配だった。
「エイド……じゃあ、私も一緒に……」
「大丈夫ですよ。さぁ、お次は、ベリサイア侯爵です。ですよね? ゲオルグ様」
エイドは、つらい時に見せる人形のような綺麗な顔で笑った。
その笑顔が私をさらに不安にさせた。
「ああ、そう……だな」
「では、ゲオルグ様、ベリサイア侯爵の元まで、シャルロッテ様のエスコートをお願いします」
ゲオルグが返事をすると、エイドが促すように言った。
「わかったわ……エイド、無理しないで……」
「はい」
それから、私は多くのお客様にあいさつをした。
ゲオルグの提案で、ホフマン伯爵とは、遠くから会釈をしただけだったが、いつか、ホフマン伯爵ともお話をしたいと思った。
だが私はずっと、隣でいつも以上に美しく笑っているエイドのことが気になって、仕方なかったのだった。
185
あなたにおすすめの小説
【完結】もう誰にも恋なんてしないと誓った
Mimi
恋愛
声を出すこともなく、ふたりを見つめていた。
わたしにとって、恋人と親友だったふたりだ。
今日まで身近だったふたりは。
今日から一番遠いふたりになった。
*****
伯爵家の後継者シンシアは、友人アイリスから交際相手としてお薦めだと、幼馴染みの侯爵令息キャメロンを紹介された。
徐々に親しくなっていくシンシアとキャメロンに婚約の話がまとまり掛ける。
シンシアの誕生日の婚約披露パーティーが近付いた夏休み前のある日、シンシアは急ぐキャメロンを見掛けて彼の後を追い、そして見てしまった。
お互いにただの幼馴染みだと口にしていた恋人と親友の口づけを……
* 無自覚の上から目線
* 幼馴染みという特別感
* 失くしてからの後悔
幼馴染みカップルの当て馬にされてしまった伯爵令嬢、してしまった親友視点のお話です。
中盤は略奪した親友側の視点が続きますが、当て馬令嬢がヒロインです。
本編完結後に、力量不足故の幕間を書き加えており、最終話と重複しています。
ご了承下さいませ。
他サイトにも公開中です
陛下を捨てた理由
甘糖むい
恋愛
美しく才能あふれる侯爵令嬢ジェニエルは、幼い頃から王子セオドールの婚約者として約束され、完璧な王妃教育を受けてきた。20歳で結婚した二人だったが、3年経っても子供に恵まれず、彼女には「問題がある」という噂が広がりはじめる始末。
そんな中、セオドールが「オリヴィア」という女性を王宮に連れてきたことで、夫婦の関係は一変し始める。
※改定、追加や修正を予告なくする場合がございます。ご了承ください。
記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話
甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。
王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。
その時、王子の元に一通の手紙が届いた。
そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。
王子は絶望感に苛まれ後悔をする。
【完結】亡くなった人を愛する貴方を、愛し続ける事はできませんでした
凛蓮月
恋愛
【おかげさまで完全完結致しました。閲覧頂きありがとうございます】
いつか見た、貴方と婚約者の仲睦まじい姿。
婚約者を失い悲しみにくれている貴方と新たに婚約をした私。
貴方は私を愛する事は無いと言ったけれど、私は貴方をお慕いしておりました。
例え貴方が今でも、亡くなった婚約者の女性を愛していても。
私は貴方が生きてさえいれば
それで良いと思っていたのです──。
【早速のホトラン入りありがとうございます!】
※作者の脳内異世界のお話です。
※小説家になろうにも同時掲載しています。
※諸事情により感想欄は閉じています。詳しくは近況ボードをご覧下さい。(追記12/31〜1/2迄受付る事に致しました)
【完結】王妃を廃した、その後は……
かずきりり
恋愛
私にはもう何もない。何もかもなくなってしまった。
地位や名誉……権力でさえ。
否、最初からそんなものを欲していたわけではないのに……。
望んだものは、ただ一つ。
――あの人からの愛。
ただ、それだけだったというのに……。
「ラウラ! お前を廃妃とする!」
国王陛下であるホセに、いきなり告げられた言葉。
隣には妹のパウラ。
お腹には子どもが居ると言う。
何一つ持たず王城から追い出された私は……
静かな海へと身を沈める。
唯一愛したパウラを王妃の座に座らせたホセは……
そしてパウラは……
最期に笑うのは……?
それとも……救いは誰の手にもないのか
***************************
こちらの作品はカクヨムにも掲載しています。
最後の誕生日会
まるまる⭐️
恋愛
「お父様のことを……お願いね……」
母は亡くなる間際、まだ小さかった私の手を握り締めてそう言った。
それから8年……。
母の残したこの言葉は、まるで呪文のようにずっと私の心を縛り付けてきた。
でも、それももう限界だ。
ねぇ、お母様。
私……お父様を捨てて良いですか……?
******
宮廷貴族ゾールマン伯爵家の娘アイリスは、愛する母を病気で亡くして以来、父ヨーゼフと2人肩を寄せ合い暮らしてきた。
そんな日々が続いたある日、父ヨーゼフはいきなり宰相から筆頭補佐官への就任を命じられる。それは次の宰相への試金石とも言える重要な役職。日頃からの父の働きぶりが認められたことにアイリスは大きな喜びを感じるが、筆頭補佐官の仕事は激務。それ以来、アイリスが父と過ごす時間は激減してしまう。
そんなある日、父ヨーゼフは彼の秘書官だったメラニアを後妻に迎えると屋敷に突然連れて帰って来た。
「彼女にはお前と一つ違いの娘がいるんだ。喜べアイリス。お前に母と妹が一度に出来るんだ! これでもう寂しくはないだろう?」
父は満面の笑みを浮かべながらアイリスにそう告げるが……。
【完結】旦那様、その真実の愛とお幸せに
おのまとぺ
恋愛
「真実の愛を見つけてしまった。申し訳ないが、君とは離縁したい」
結婚三年目の祝いの席で、遅れて現れた夫アントンが放った第一声。レミリアは驚きつつも笑顔を作って夫を見上げる。
「承知いたしました、旦那様。その恋全力で応援します」
「え?」
驚愕するアントンをそのままに、レミリアは宣言通りに片想いのサポートのような真似を始める。呆然とする者、訝しむ者に見守られ、迫りつつある別れの日を二人はどういった形で迎えるのか。
◇真実の愛に目覚めた夫を支える妻の話
◇元サヤではありません
◇全56話完結予定
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる