異世界帰りの少年は現実世界で冒険者になる

家高菜

文字の大きさ
100 / 135

第100話 日常と3階層の情報

しおりを挟む
 御子柴君との決闘騒ぎから一週間が経ち、Fクラスには今までにないような活気があふれていた。クラスがこのような雰囲気になったのは、たとえ4倍の人数差があったとしても格上の相手と戦い苦労の末に勝利したことで、少なからず自信が付いたからだろう。

 この自信が皆を積極的にさせ、この一週間は訓練の日以外はダンジョン探索に勤しんでいたようだ。その結果レンタル装備を卒業し自分の装備を買いそろえているクラスメイトもちらほらと現れている。

 週に2回の訓練でも初めの時のような素人感はなくなり、動きに思い切りの良さが出始めている。教官を務めている栗林さんはクラスメイトの変化を見て、近いうちにチームを組んでの模擬戦をメニューに加えてみようと画策しているようだ。

 学内ポイントの件でしてやられた時のFクラスの暗い空気はすっかりなくなり、今では決闘の勝利からの好循環が始まっているようである。

 一方で僕たちも2階層の探索を経て順調にレベルも上がったことで、次の3階層に挑戦してみようという話を霜月さんとしたところだ。彼女もやる気をみなぎらせていたため、今日の放課後には新しい階層への挑戦が始まるだろう。

 数日にかけて霜月さんとふたりで2階層を隅々まで探索をしたのだが、結局のところ1階層のような未知のエリアはなく学内サーバーに登録されている地図と同じ構造をしていた。もし未知のエリアがあるとするのであれば、妹とみつけた1階層にあったもう一つの階段の先だろう。

 自分の性格上階層毎に地図をしっかり埋めてから先に進みたいのだが、例の階段の先は妹と一緒に探索する約束をしていたので今回は諦めた。僕のこだわりは妹との約束を無下にするほどの事ではない。

「よお!優人。調子はどうだ?」

「おはようふたりとも。調子はまずまずだね」

「……なんでお前達は英語の教科書みたいな会話してるんだ?」

 こちらに声をかけてきた洋平君と後ろからツッコミをいれる亀井君と朝の挨拶を交わす。最近では毎朝同じような光景が繰り返されており、洋平君と亀井君とは気軽にお喋りするような仲になっている。

「優人たちはまだ2階層の探索を続けるのか?」

「いや、今日からは3階層のほうに挑戦してみようと思ってるよ」

「お!それなら3階層に行ったことのある俺たちから情報を買わないか?情報料はそうだな……ジュース2本でいいぜ」

「あれ?そっちはもう3階層に挑戦してるの?」

「ああ……それは雛子が2階層のやつらの見た目が無理だったみたいでな。早々に3階層に切り替えたんだよ」

「なるほどね……それなら情報を買わせてもらおうかな」

 どうやら亀井君曰く雀野さんがネズミやコウモリが苦手だったようで、彼らのパーティーは早い段階で3階層の探索に切り替えたらしい。異世界での経験から、戦うのが面倒なモンスターを避けるという発想はあったが見た目の時点で戦闘を避けるようなことはなかったので、今更ながらそのような事もあるのだと気づいてしまう。

 もしかしたら霜月さんも表情と口に出していないだけで、雀野さんと同じような思いを抱えている可能性もあるかもしれない。……今度しっかりと霜月さんとは話し合っておくとしよう。

 3階層に挑戦している経緯は置いておいて、実際に探索をしている洋平君たちから生の情報を得られるのであれば対価として求められているジュースなど安いものだろう。そう考え特に値段交渉などはせず、言い値で情報を買うことにする。この手頃な値段は俗にいう友達価格なのかもしれない。

「毎度あり!まずはそうだな……構造は今までと変わらずで、通路と部屋ルームで構成されてて……」

「説明下手か。俺たちも階層を探索しきったわけじゃないんだから出現するモンスターの話をしておけって」

「いや、いざ説明するとなると何から話せばいいかわからなくなってな……それで出てくるモンスターなんだが……」

 亀井君の助けを借りながらも洋平君は何とか3階層の情報を話しはじめる。話を聞く限りどうやら3階層に出現ポップするのは狼のような姿をしたモンスター、『ロンリーウルフ』だけのようである。またこのモンスターは名前の通り群れを作らず単体で徘徊しているらしく、2階層のように数で圧倒してくることはないらしい。

 その代わりと言ってはなんだが、固体毎の強さは比べ物にならないらしく1対1で戦うとかなりの苦戦を強いられるみたいだが、結局は亀井君がひきつけている間に複数人で叩くことで対処をしているらしい。複数人相手に個人で挑む様は、まさに一匹狼の名に恥じぬモンスターなのだろう。

 パーティー構成によっては2階層より3階層のほうが安定しそうだという感想をもちながら、狼という単語を聞いたことで今朝見た夢を思い出す。あちらは群れでいることが強みのモンスターであったので彼らの話に出てきたモンスターとは根本的に違うのだが、このタイミングで見た夢に運命的なものを感じ少しでも関係性がないかを考えてしまう。

「それじゃあ早速ジュース買いに行こうぜ!」

「うん……私も行く」

「うおっ!霜月、いつの間にいたんだよ……」

「情報を買わないか……ってところから」

「ほぼ初めからじゃねーか……」

 情報の対価であるジュースを買いに行こうと提案する洋平君に、実は近くで話を聞いていた霜月さんが返事をする。どうやら彼は彼女の存在に気が付いていなかったようで相当驚いているようだ。ちなみに僕はもちろんのこと、亀井君も彼女に気が付いていたらしく慌てている洋平君をみて呆れている様子だ。

 そんなやり取りを終えた後4人で自販機に向かう。この面子で一緒にいるのは珍しいと思いつつ、丁度いい機会なので先ほど考えていたことを霜月さんに確認する。

「そういえば霜月さんはネズミとかコウモリは大丈夫だった?」

「うん。……可愛いよね?」

「え?そう……だね」

「……今のは思ってない反応」

 2階層に現れる2種のモンスターを見て可愛いと思うことは決してなかったが、霜月さんの感性では奴らも可愛い部類に入るようだ。彼女の雰囲気から冗談を言っているような感じではなく、こちらが少し驚いているのも態度からバレてしまっている。

 結局僕は自販機で自分の分を含む4本のジュースを買うことになってしまった。しかし、情報の対価と大事なパートナーの機嫌を直すためであれば安い出費であろうと自分に言い聞かせるのであった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

平凡志望なのにスキル【一日一回ガチャ】がSSS級アイテムばかり排出するせいで、学園最強のクール美少女に勘違いされて溺愛される日々が始まった

久遠翠
ファンタジー
平凡こそが至高。そう信じて生きる高校生・神谷湊に発現したスキルは【1日1回ガチャ】。出てくるのは地味なアイテムばかり…と思いきや、時々混じるSSS級の神アイテムが、彼の平凡な日常を木っ端微塵に破壊していく! ひょんなことから、クラス一の美少女で高嶺の花・月島凛の窮地を救ってしまった湊。正体を隠したはずが、ガチャで手に入れたトンデモアイテムのせいで、次々とボロが出てしまう。 「あなた、一体何者なの…?」 クールな彼女からの疑いと興味は、やがて熱烈なアプローチへと変わり…!? 平凡を愛する男と、彼を最強だと勘違いしたクール美少女、そして秘密を抱えた世話焼き幼馴染が織りなす、勘違い満載の学園ダンジョン・ラブコメ、ここに開幕!

私の薬華異堂薬局は異世界につくるのだ

柚木 潤
ファンタジー
 薬剤師の舞は、亡くなった祖父から託された鍵で秘密の扉を開けると、不思議な薬が書いてある古びた書物を見つけた。  そしてその扉の中に届いた異世界からの手紙に導かれその世界に転移すると、そこは人間だけでなく魔人、精霊、翼人などが存在する世界であった。  舞はその世界の魔人の王に見合う女性になる為に、異世界で勉強する事を決断する。  舞は薬師大学校に聴講生として入るのだが、のんびりと学生をしている状況にはならなかった。  以前も現れた黒い影の集合体や、舞を監視する存在が見え隠れし始めたのだ・・・ 「薬華異堂薬局のお仕事は異世界にもあったのだ」の続編になります。  主人公「舞」は異世界に拠点を移し、薬師大学校での学生生活が始まります。  前作で起きた話の説明も間に挟みながら書いていく予定なので、前作を読んでいなくてもわかるようにしていこうと思います。  また、意外なその異世界の秘密や、新たな敵というべき存在も現れる予定なので、前作と合わせて読んでいただけると嬉しいです。  以前の登場人物についてもプロローグのに軽く記載しましたので、よかったら参考にしてください。  

現世にダンジョンができたので冒険者になった。

あに
ファンタジー
忠野健人は帰り道に狼を倒してしまう。『レベルアップ』なにそれ?そして周りはモンスターだらけでなんとか倒して行く。

どうしてこうなった道中記-サブスキルで面倒ごとだらけ-

すずめさん
ファンタジー
ある日、友達に誘われ始めたMMORPG…[アルバスクロニクルオンライン] 何の変哲も無くゲームを始めたつもりがしかし!?… たった一つのスキルのせい?…で起きる波乱万丈な冒険物語。 ※本作品はPCで編集・改行がされて居る為、スマホ・タブレットにおける 縦読みでの読書は読み難い点が出て来ると思います…それでも良いと言う方は…… ゆっくりしていってね!!! ※ 現在書き直し慣行中!!!

【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。 木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。 しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。 そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。 【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】

元・異世界一般人(Lv.1)、現代にて全ステータスカンストで転生したので、好き放題やらせていただきます

夏見ナイ
ファンタジー
剣と魔法の異世界で、何の才能もなくモンスターに殺された青年エルヴィン。死の間際に抱いたのは、無力感と後悔。「もし違う人生だったら――」その願いが通じたのか、彼は現代日本の大富豪の息子・神崎蓮(16)として転生を果たす。しかも、前世の記憶と共に授かったのは、容姿端麗、頭脳明晰、運動万能……ありとあらゆる才能がカンストした【全ステータスMAX】のチート能力だった! 超名門・帝聖学園に入学した蓮は、学業、スポーツ、果ては株や起業まで、その完璧すぎる才能で周囲を圧倒し、美少女たちの注目も一身に集めていく。 前世でLv.1だった男が、現代社会を舞台に繰り広げる、痛快無双サクセスストーリー! 今度こそ、最高に「好き放題」な人生を掴み取る!

落ちこぼれの貴族、現地の人達を味方に付けて頑張ります!

ユーリ
ファンタジー
気がつくと、見知らぬ部屋のベッドの上で、状況が理解できず混乱していた僕は、鏡の前に立って、あることを思い出した。 ここはリュカとして生きてきた異世界で、僕は“落ちこぼれ貴族の息子”だった。しかも最悪なことに、さっき行われた絶対失敗出来ない召喚の儀で、僕だけが失敗した。 そのせいで、貴族としての評価は確実に地に落ちる。けれど、両親は超が付くほど過保護だから、家から追い出される心配は……たぶん無い。 問題は一つ。 兄様との関係が、どうしようもなく悪い。 僕は両親に甘やかされ、勉強もサボり放題。その積み重ねのせいで、兄様との距離は遠く、話しかけるだけで気まずい空気に。 このまま兄様が家督を継いだら、屋敷から追い出されるかもしれない! 追い出されないように兄様との関係を改善し、いざ追い出されても生きていけるように勉強して強くなる!……のはずが、勉強をサボっていたせいで、一般常識すら分からないところからのスタートだった。 それでも、兄様との距離を縮めようと努力しているのに、なかなか縮まらない! むしろ避けられてる気さえする!! それでもめげずに、今日も兄様との関係修復、頑張ります! 5/9から小説になろうでも掲載中

素材ガチャで【合成マスター】スキルを獲得したので、世界最強の探索者を目指します。

名無し
ファンタジー
学園『ホライズン』でいじめられっ子の生徒、G級探索者の白石優也。いつものように不良たちに虐げられていたが、勇気を出してやり返すことに成功する。その勢いで、近隣に出没したモンスター討伐に立候補した優也。その選択が彼の運命を大きく変えていくことになるのであった。

処理中です...