異世界帰りの少年は現実世界で冒険者になる

家高菜

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第102話 生きるための覚悟

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 複数でこちらに襲い掛かってくるモンスターをバックラーやメイスで捌きながら、先に襲われていた亀井君にこのようになった事情を聴いていく。しかし彼から帰ってきた言葉は僕が全く想定していないものであった。

「俺も知らん!」

「えぇ~……」

「僕たちも巻き込まれただけだからね。詳しい話は彼らから聞いてよ……そこまでの余裕があるかはわからないけど、ね!」

 亀井君の簡潔な答えに何とも言えなくなってしまうが、背中越しに聞こえたトラ君の補足によって、彼らも何もわからないままトラブルに巻き込まれただけであることを知る。そうなると全ての事情を知っていそうなのは、僕たちと共に戦っている顔も知らないパーティーとなる。

「えっと……なんでこうなったのか教えてくれる?」

「そんなことよりもポーションを持ってないか!?このままじゃあこいつが死んじまう!」

 円陣の外側で戦っている人にそこまで余裕はないと考え、内側でうずくまっている様子の男子に質問をしてみるが期待していた答えは返ってこず、それどころか冒険者の生命線ともいえるポーションを要求される。

 切羽詰まった声色に視線を円陣の内側に向けると、腹部を鋭い爪で切り裂かれた様子の女子がぐったりとしている。何もせずに円陣の内側でうずくまっていると思っていた男子は、どうやら彼女の傷口を抑えて止血を試みていたようだ。しかしどう見ても彼女の傷は致命傷であり、彼が行っている医療行為も延命以上の効果を持ちそうにない。

「霜月さん……」

「うん。わかった」

 その状況を確認した僕はもっているポーションを渡すことに決めたのだが、先ほどよりこちらに数を割いてきているモンスターを相手にしながらポーチの中からポーションを取り出す隙を作れそうにない。

 そこで霜月さんに代わりにポーションを取り出してもらおうと声をかけるが、「悪いんだけど代わりにポーションを取ってくれない?」などという暇もなく、名前を呼ばれた彼女は僕のポーチに手を突っ込みポーションを取り出す。

「あ、ありがとう。……しかし、本当にいいのか?」

「そんなこと聞かなくていいから早く使え!手遅れになるよ!」

 僕たちの阿吽の呼吸に驚いたのか、それとも本当にポーションを譲ってくれると思っていなかったのか、今更ながらポーションを使用することを尻込みする男子を叱咤する。ひとりの命がかかっている緊急の状況で動きを止めてしまった男子に多少イラついてしまったため、少し語尾が強くなってしまったが気にしている場合ではない。

 僕が持っていたポーションは以前栗林さんが使ってくれたものと同程度の品質なので、ひとまずこれで彼女の怪我は大丈夫だろう。だからといって失ってしまった血まで戻るわけではなく、しばらくは安静にする必要があるので窮地を脱したわけではない。……ちなみにこのポーションを使った時点で今回の探索は赤字になることが確定した。

 治療を施している最中の彼女についている傷とこちらに襲い掛かってきているモンスターのツメは明らかにサイズが違うため、別のモンスターに襲われたのだろうか。そう考えていると狼の群れの後ろにいる、ひと際大きい個体が遠吠えをあげる。

「くそっ!またかよ!」

「流石にきついぞ!」

 恐らく重傷を負わせた犯人(この場合は犯狼か)の遠吠えを聞き、亀井君とその隣で戦っていた洋平君が悪態をつく。その様子から悪いことが起こるのは想定できるが、実際に何が起こるかまではわからない。

「……何か起こるの?」

「ええ……先ほどからあの大きい個体がああやって周りのモンスターを呼び寄せているみたいなの」

 背中から聞こえる霜月さんと雀野さんの会話から大量のモンスターに囲まれている状況になった理由を理解する。つまりあの後ろでふんぞり返っている大きい狼が群れのボスとなっているようで、この階層にいる他の狼を少しづつ呼び寄せているようだ。

 思わぬところでこの場に来るまでにモンスターを見かけなかった理由が判明したが、それでわかったところで状況が好転するわけでもなく、僕たちより長いこと戦闘を行っていた亀井君達も限界が近いように見受けられる。……このまま戦いが続けば内側を守るための円陣は崩壊してしまうだろう。

「……今から俺があいつに突撃して囮になるからその隙に逃げてくれ。できればこいつも担いでいってくれると助かる」

 僕が防御陣形の限界を感じ取ったところで同じことを思ったのか、傷の手当てを終えた男子が覚悟を決めた声で自分が囮になると提案をする。僕たちを巻き込んだことに責任を感じているのか、自分ひとりの犠牲で皆を助けようとしているようだ。

「巻き込んで悪かったな……」

 皆もこのままでは限界を迎えることを理解しているのか、彼の決死の覚悟を前にして口を挟むことはしない。誰かを犠牲にしなければ生き残れないという現実を何とかして受けいれ、諦念のような雰囲気がこの場を支配する。

 しかし、そんな雰囲気を一掃するかのように円陣の内側から魔力の高まりと同時に冷気が漂ってくる。……どうやら僕のパートナーは誰かの命を犠牲にすることを認められないらしい。

「……小鳥遊君」

「もちろん。どのくらい?」

「一分」

「了解。任せてよ」

「……ありがとう」

 霜月さんと軽く言葉を交わし、彼女の要望を叶えるために行動を開始する。ここから先は全員で生き残るため、少し骨のある戦いになりそうだ。
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