彼氏未満

茉莉花 香乃

文字の大きさ
19 / 40
素直じゃないは、正義じゃない

05

しおりを挟む
「うん。それは俺の側に居てくれたら嬉しいけどさ…」
「ん?あの…、迷惑?」
「違うって。今回、少し離れてみてさ、教室での睦己がよく見えた。俺も睦己が警戒して誰も近づけないのを良しとしてたけど、それじゃダメなんだってわかったから」
「自分じゃわからないけど」
「俺もそうだよ。孤立してるわけじゃないし、いざとなったら俺がって、思ってたからさ。でも、誰にも警戒せずに接する睦己を見てたら、ああ、これも睦己の一面なんだなって思ったんだ。俺には見せない顔をしてるのは、はっきり言って癪だけど…」

そこで言葉を切って、耳元で小さな声で続けた。

「俺だけしか知らない睦己はいっぱいあるから。美味しいもの食べる幸せそうな顔とか、俺に向けるとろける笑顔とか、めちゃエロい顔とか」
「なっ!」

昨日のトイレに連れて行ってくれた時と同じで、肩を抱いてもらい、廊下を歩く。昨日はあったジャージが無くて、僕の格好はかなり目立つ。

第三校舎の二階から三階に上がり、渡り廊下を過ぎれば視線が気になり俯きがちになる。直輝の歩調に合わせ身を委ねる。そうすると僕は小走りになってしまうけれど、早く教室に隠れたかった。

提供するサンドイッチや飲み物の準備のための教室。客席になっている教室の隣にある。多目的に使われるこの教室が丁度隣にあり、使わせてもらっている。その教室に逃げるように入った。

「あの、急に消えてごめんね」

僕と一緒に入ってた女子に一応謝りの言葉を口にする。

「あっ、安村、お疲れ。急にいなくなったから、心配したけど、こっちは大丈夫だったから。今から着替える?ちょうど空いたからさ、ここ使っていいよ」
「ありがと」

いろんなもので区切られた着替えるための空間。本来なら女子ばかりの着替える場所だけど、僕が入ったことにより、入り口に『使用中』の札をぶら下げるフックが付いている。その『使用中』の札を下げ、一畳ちょっとの狭い場所に入る。

「どうして一緒に入るの?」

僕が入ったすぐ後ろから、笑顔の直樹が続く。

「ん?着替えを手伝うためだよ?」

入って、カーテンを引いて、みんなの視線がなくなった途端抱きしめられた。

「ひ、一人でも着替えられるよ?」

周りに聞こえないようにヒソヒソとしゃべる。

「睦己、キスしよ?」
「えっ?」
「ちょっとだけ。ね?」

耳元で誰にも聞こえない音量だけど、僕には大きなその声に震えた。

男子でここを使うのは僕だけで、『使用中』の札は僕だけのもの。もともと男子がここに入る必要はなく、札がかかっている限り女子が入ってくることはない。衝立と机と暗幕などで作られたここは、視界だけは遮られているもののすぐそこで、サンドイッチや飲み物を用意する音や声が聞こえてくる。

向こうの音が聞こえるということは、こちらのも周りに聞こえるということだ。まさか、聞き耳を立てている人がいるとは思えないけれど、こんな場所で……。いや、トイレではいっぱいキスしたけどさ。ここは違うでしょ。

でも、直輝の顔を見ると、どうしても言うことを聞いてしまう。別れていた分を取り戻すように、離れていたくない気持ちは僕にもある。学校では極力近寄らなかった過去の自分からは想像もできない近さ。

「ちょっとだけだよ?」
「うん」

触れる唇が気持ち良い。

音を立てないように、響かないように……。

直輝の舌が唇をなぞる。舌先を尖らせて刺激する。

「直輝…」
「もうちょっと」
「うん」
「睦己、好きだよ」
「うん。僕も…」

囁き合う声すらも淫靡いんびな響きがして、ブルっと甘い痺れが背中を抜ける。舌が口内に入り、絡む。

声を出さないように、溺れないように……。

「んっ、ふっ」

舌を甘噛みされ、上顎の内側の敏感な粘膜を執拗に刺激されて、たまらない。

声が漏れる。力が抜ける……。

直輝にすがり付き、立っているのがやっとだ。腰を力強く持たれ、空いている腕は上半身を支えてくれる。全身で直輝を感じ、幸せに包まれた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

かくして王子様は彼の手を取った

亜桜黄身
BL
麗しい顔が近づく。それが挨拶の距離感ではないと気づいたのは唇同士が触れたあとだった。 「男を簡単に捨ててしまえるだなどと、ゆめゆめ思わないように」 ── 目が覚めたら異世界転生してた外見美少女中身男前の受けが、計算高い腹黒婚約者の攻めに婚約破棄を申し出てすったもんだする話。 腹黒で策士で計算高い攻めなのに受けが鈍感越えて予想外の方面に突っ走るから受けの行動だけが読み切れず頭掻きむしるやつです。 受けが同性に性的な意味で襲われる描写があります。

僕は何度でも君に恋をする

すずなりたま
BL
由緒正しき老舗ホテル冷泉リゾートの御曹司・冷泉更(れいぜいさら)はある日突然、父に我が冷泉リゾートが倒産したと聞かされた。 窮地の父と更を助けてくれたのは、古くから付き合いのある万里小路(までのこうじ)家だった。 しかし助けるにあたり、更を万里小路家の三男の嫁に欲しいという条件を出され、更は一人で万里小路邸に赴くが……。 初恋の君と再会し、再び愛を紡ぐほのぼのラブコメディ。

美人に告白されたがまたいつもの嫌がらせかと思ったので適当にOKした

亜桜黄身
BL
俺の学校では俺に付き合ってほしいと言う罰ゲームが流行ってる。 カースト底辺の卑屈くんがカースト頂点の強気ド美人敬語攻めと付き合う話。 (悪役モブ♀が出てきます) (他サイトに2021年〜掲載済)

【完】君に届かない声

未希かずは(Miki)
BL
 内気で友達の少ない高校生・花森眞琴は、優しくて完璧な幼なじみの長谷川匠海に密かな恋心を抱いていた。  ある日、匠海が誰かを「そばで守りたい」と話すのを耳にした眞琴。匠海の幸せのために身を引こうと、クラスの人気者・和馬に偽の恋人役を頼むが…。 すれ違う高校生二人の不器用な恋のお話です。 執着囲い込み☓健気。ハピエンです。

ボーダーライン

瑞原唯子
BL
最初に好きになったのは隣の席の美少女だった。しかし、彼女と瓜二つの双子の兄に報復でキスされて以降、彼のことばかりが気になるようになり――。

花形スタァの秘密事

和泉臨音
BL
この国には花形と呼ばれる職業がある。人々を魔物から守る特務隊と人々の心を潤す歌劇団だ。 男ばかりの第三歌劇団に所属するシャクナには秘密にしていることがあった。それは幼いころ魔物から助けてくれた特務隊のイワンの大ファンだということ。新聞記事を見ては「すき」とつぶやき、二度と会うことはないと気軽に想いを寄せていた。 しかし魔物に襲われたシャクナの護衛としてイワンがつくことになり、実物のイワンが目の前に現れてしまうのだった。 ※生真面目な特務隊員×ひねくれ歌劇団員。魔物が体の中に入ったり出てきたりする表現や、戦闘したりしてるので苦手な方はご注意ください。 他サイトにも投稿しています。

その罪の、名前 Ⅰ

萩香
BL
三崎 遼(みさき・りょう)は清鳳学園の1年生。 入学して間もないある日、遼は東條 恭臣(とうじょう・やすおみ)という3年生と知り合い、奇妙な契約を持ちかけられる・・・。

処理中です...