正義の美形ヒーローは悪のマッドサイエンティストにイタズラしたい

石月煤子

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「俺様、聞いてない……抗体があったなんて」
「ボクもですゥ」
「カアーー」
「そりゃあそうよ、極秘情報だもの、まぁアタシが開発したんだけれど」
「零様がっ?」
「うそォ」
「誰が貴方を育てたと思ってるの、七狗? それにしても、ね。貴重な切り札だったのよ。いろーんな、いざという時のための保障。ゾンビで汚染されたこの世界、どれだけ高値で売り捌けるか、世に出すタイミングを懇ろに見計って、そして……ヒーローさんに使ってやることになるなんて、ね……」



***



抗体の副作用で視覚が一時閉ざされているせいなのか。
他の感覚がやたら研ぎ澄まされている。
その息遣いがやたら鮮明に聞こえる。

「群青……がっつき過ぎよ、あんた」

ここは恐らく「コクローチ」のアジト、一度来たことのある、あの独房だろう。

「抗体を打って丸三日……経過は順調ね……ッ……あんた耳もやられてるの? がっつくなって言ってんの」
「……零……」

何も見えないがわかる。
俺に跨る零の温もり。
手探りせずとも触れることができる近い距離にいる。

「今のあんたは抗体の第一被験体になるわけ。まぁゾンビにはアレコレ試したけれど、貴重な生体サンプルは初めてよ。だからしばらくは支配下に置いて経過を見させて、ッ……、……」

声のする方向へ顔を傾けて唇を差し出した。
狙い違わず、辿り着いた、微熱。
これが零の唇。
一度覚えてしまった彼の微熱に俺はもう夢中になった。

死を覚悟して、抗体を打たれて、ゾンビ化が食い止められて。
この地上に「群青」として繋ぎ止められたことの喜びを注ぎ込んだ。

「ン……」

あの怪力零が俺の抱擁とキスに……甘んじている。
夢みたいだ。

……本当は夢なのでは。
……実は、もう、俺は死んでいるのでは。

「……どうしたの? 急に大人しくなっちゃって」
「……夢のような気がして」
「夢?」
「……こんなこと……お前が俺に跨って、飼い猫のように大人しくしているなんて……夢としか思えない」

さもおかしそうな笑い声がしたかと思えば。
手をとられた。

「馬鹿ね、夢じゃないわよ、ヒーローさん」

とくん、とくん、とくん、とくん

「ほら、わかる? アタシの心臓。こんなにリアルな旋律が夢の中にあるかしら」

む……胸に触れているのか、零の、胸に。
し……しかも……シャツの内側にまで招かれて、ちょ、ちょ、直接。

「さ……さっきから気になっているんだが」
「なーに」
「お前……下、履いてるか?」
「野暮なことは聞かないの、ヒーローさん」
「ッ……すまない、ッ……」

今度は零の唇が俺の唇に押し当てられた。
濡れた微熱が口内をさらに潤そうとする。
体の芯から火照って、生きているんだ、夢じゃないと、実感する。

「零……零……」
「子供みたい……だけど子供はこんなにはならないわね」
「あ」
「ね、わかるでしょう……? 群青……? これが夢だと思う……?」
「あ、熱い……ッ」
「ン……そうね、アタシも溶けそう……こういう風にしたら……もっといい……?」
「ああ……ッ」

なんだこれは。
すごい。
体中の血液が沸騰しているみたいだ。
とてつもなく熱いナカに導かれて、声が、零の掠れた声が鼓膜まで滾らせて。
その指先が肌を辿るだけで引っ掻かれたみたいにどうしようもなく疼いて。

「群青……私を庇ってくれてありがとう……」

不意に訪れた光。
ひどく眩しくて、痛いくらい鮮やかで。
眼球が火傷するんじゃないかと思うくらい強烈で瞼が痙攣した。

次に何度も瞬きして。
ゆっくり、恐る恐る、瞼を持ち上げて。
久方に開けた視界に写り込んだ零。

「ッ……お前が見える、零」

鉄格子によって通路と区切られた独房。
パイプベッド上に座る俺に跨って、その身には長袖のシャツ一枚、惜し気もなく下肢の肌を曝していて。
アイパッチで覆われてない片瞳は濡れた眼差しを紡いで、俺にだけ、ひた向きに注がれていて。

「俺はまだつまらない男か、零?」

零は笑った。
俺は笑う零に何度も口づけた。
何度も脳裏で掻き抱いたことのある体を抉じ開けて、もっとひとつになって、その深奥にどこまでも溺れた。

「もっと触れてみて……?」

冷めやらない下肢を揺らめかせながら零自身の熱源も掌に抱いた。
目の前で反らされた白い喉。
初めて見た、どこか虚ろで危うげで狂おしい表情に一目で虜になった。

「欲しい、もっと欲しい、零」
「……どこまでもあげる、群青」

するりと絡みついてきた両腕。
心地いい束縛に囚われる。

「貴方の腕の中にいる私が見える……?」

零、零、零。
やっと手に入れた。

つまらない、なんて、言わないで。
君のことが好きなんだ。

「ずっとここにいてくれ、零……」



***



「でも。昨日の敵は今日の友。それなら。明日はどうなるかしら?」
「そんなこと……言わないでくれ」

気紛れな猫みたいなことを言ってみれば後ろからきつく抱きしめられた。

「貴方の別の願い事ならいつか叶えてあげてもいいわよ、群青」


『お前の手にかかって死にたい』


いつの日か貴方を殺すのは私。
私以外の誰でもない。

「俺の別の願い……?」

私以外、貴方を誰にも殺させやしない。

「アタシって実はとっても過保護なのよ、ヒーローさん」
「?」


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