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第九章 戦役
幕間 エゼル王国 VS シーレッド王国 二
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エアの呼びかけからしばらくすると、アルンの言葉通り、戦奴を先頭に突撃してくる部隊があると報告が上がりだした。諸侯達は早い段階から把握していたお陰で混乱はなかったが、それでも人の壁を突き破り進んでいる事実に、場はざわめきだした。
その様子を見てエアが言った。
「アルン、どうだ、その一団は止まりそうにないか?」
「はい、ここにたどり着くのは時間の問題だと思います。ただ、今後退すれば逃げる事は可能です」
「……それをすると、盾の力が届かなくなる。前線を維持するにはこの位置を保つ事が必要だ」
アルンの言葉にエアは一瞬悩んだ。状況的には引くべきだろう。だが、自分達が今引いては前線の兵が苦境に立たされる。それは、この戦いを一気に傾かせる要因になる事だと考え至った。
その考えは、周囲にいる諸侯も同様で、退却の声は上がらない。この場に残る最も力を持った諸侯の一人であるブラドが、戦いのために腰に剣を下げた事も理由だろう。
ブラドは準備が整うと、エアに向けて口を開いた。
「どうやら、アルンの言葉通り、敵兵はこちらに到達するようです。通常の二倍の兵を配置しても無理だとは思いませんでした。この子は本当に優秀な子ですね。我が領地に連れて帰りたいところですが、まずは敵を撃退しない事にはそれは叶わないようです」
「突破されたのは仕方がない。とりあえず、アーティファクト持ちは私とブラド卿を含めて六名集まった。それと、アルンを連れていかれると困る。それだけは止めてくれ」
エアは最後に冗談めかして返事をした。
集められたアーティファクト持ち達は、既にエアの周りに集められていた。
その中にはレイコック侯爵から【誘眠の矛】を貸し出されたウィレムという竜人の姿があった。彼は過去にゼンと共にダンジョン攻略に参加していた人物だ。
ウィレムは隣に立ったアルンに声を掛けた。
「どうやら大変な事になったようだな。シーレッドの将軍はどれほどなのだ?」
「僕が今まで見たのは、大将軍とメルレインという人だけです。大将軍は恐ろしく強い人でした。僕とシラールド様の二人を相手をして、まだ余裕があったみたいですから。メルレインという人は、個人の武より、指揮官としての能力を買われているようです。この人は除外するとして、他の将軍は少なくともフリッツさんと同程度の強さは持っているはずです」
「なるほど……フリッツ殿が何人も来るのか……。それは、なかなか難儀な事だな。だが、武人としては心が躍る。アルンもそうではないか?」
「う~ん、分からなくはないのですが、僕は安全確実に敵を屠る方が好きなようです。この戦で実際に指揮をして気付きました」
「……言い回しがゼンと同じではないか。まあいいが、ゼンはその大将軍を倒しているのだろ?」
「えぇ、直接見てはいませんが、敵陣の中に突っ込んで一人で倒してきましたよ。やっぱ兄さんは凄いです。戦術とか意味なさそうですよね」
「相変わらず化け物じみた行動をしているのだな……」
二人が話をしていると、少し離れた場所にいたフリッツがやってきた。
「アルン、お前の予想が、なければ、俺の、呼び出しは、もっと遅れただろう。よくやったぞ」
フリッツはそう言いながらアルンの隣に立った。すると、アルンは怪訝な表情をしながら言った。
「フリッツさん、その演技しないでいいですよ? 僕知ってますから、ゼン様が言ってました」
「な、何の事だ、それは。知らない、俺は、演技など、知らない」
「……そうですか。したいならいいですけど」
「ふっ……、さすがゼンの、弟だな。似ている、奴と」
アルンはその徹底した様子に、少しだけ感心して気にしないことにした。
「それで、アルン。来ないのか、奴は。ゼンは、来ないのか」
「近くまで来ている事は確かなのですが、東の調略が忙しいみたいですね。ここはゼン兄さんに頼らずに、頑張るしかありません!」
アルンは元気よくそう言うが、そこに若干の不安がある事を、フリッツは見逃さなかった。
「まあ、全力でゆく、俺が、この俺がだ」
アルンを勇気付けようとするフリッツだったが、彼も果たして勝てるかどうか分からなかった。何故ならば、フリッツは既にシーレッドの将軍の一人、赤盾レキウスと戦っているからだ。その際見せた相手の力に、フリッツは只ならぬ不安を感じていた。
フリッツは誰からも離れると口を開いた。
「あんな面倒くさい奴らが何人もくるのかよ……。これは少しマズいかもな。王には最悪逃げてもらうよう、今から近衛に指示を出しておくか……」
フリッツは誰にも聞こえないようそう呟く。エゼル王国の勇者であり、天剣として普段は城勤めをしている彼には、その権限が与えられていた。もしものための保険をかけるため、フリッツは少し離れた場所に待機している近衛兵長に声を掛けたのだった。
この場に集まった六人のアーティファクト持ちは、エア、アルン、ウィレム、フリッツ、ブラドの五人と、とある伯爵家の次女だ。彼女はこの面子内では力的に若干劣る。だが、貴重なアーティファクトを使える人材として、父親である伯爵から召集をされていた。
そんな彼女は凛とした立ち振る舞いで一人佇んでいた。彼女は普段、自分の部下を連れて行動しているが、王の近くのため部下達を置いてきていたのだ。
彼女は意を決したような表情を見せると、エアに近付いていき、その前で膝を突いた。
「召集により、はせ参じました。微力ながらお役に立てればと思います」
エアはその立ち振る舞いの美しさに眉を上げて驚いた。彼女は茶髪をポニーテルでまとめ、金属製の鎧で身を包んでいる。武器の携帯は見られない。マジックボックスに収納されているからだ。
エアはすぐに表情を戻すと、口を開いた。
「よく来てくれた、エレクトラ殿。貴殿の働きに期待している。だが、敵は手ごわい。貴殿と共に戦う仲間と連携して事に当たってくれ。アルンッ、こっちに来てくれ!」
呼ばれたアルンが駆け寄ってくると、エアはその肩に手を乗せる。
「彼はアルンだ。俺の身近に置いている。エレクトラ殿とは年齢が近い。彼を頼ってくれ」
「ちょ、エア兄様、困りますよ!」
エアの言葉にアルンが驚いていると、エレクトラが言った。
「承知いたしました。今後は彼に従います」
そう言った彼女はまるで軍人のようだ。まだ二十代前半だというのに、威厳さえ感じさせた。
そんなエレクトラを見て、アルンは恐る恐る口を開いた。
「あの、従うのであればフリッツさん達にしてください。僕には無理ですから」
「何を言いますか、貴方は麒麟児アルンですよね? この戦で最も名を上げた者の一人ではないですか。それに、王からの勅命です。私に何でも指示をしてください。……それにしても……こんなに可愛いなんて……私、何を命令されちゃうの……」
エレクトラが最後に呟いた言葉は、アルンや周りにいる者には届いていない。真面目な表情をしている彼女だったが、初めて見たアルンの容姿を気に入り、頭の中では妄想が渦巻いていた。
彼女は表情を変えず凛としているが、頭の中では様々な妄想を繰り広げる、そんな女性だった。
アルンは若干背筋に寒い物を感じたが、それもすぐに吹き飛んだ。敵が間近に迫った事を、戦いの音で知らされたからだ。
急いで周囲を俯瞰したアルンは、敵の一団がエゼル軍の守りを突き破り、もうすぐこの場に到達状況を確認した。それは既に他の者達も把握しており、エアを守る壁が作られた。
それからほどなくすると、土煙を上げながら突撃する一団が、エアの視線からでも捉えられた。
土煙と共に、時々人が宙を舞う。空気を震わす衝撃音が鳴り響くと、土砂が巻き上げられる様子も見えた。それは明らかにアーティファクトの力を振るう者達の進攻だった。
「来ますッ!」
アルンが短くそう叫ぶと、壁として配置されていた兵士の足元が、爆発したかのように爆ぜた。そして、その衝撃で兵士の壁は綺麗に割れてしまった。
そこを狙い割り入ってきたのは、エルフや獣人で構成される兵士だった。
その様子は悲惨なものだ。誰も彼もが体に傷を負っている。弓矢が刺さっている事など当たり前で、中には剣を体に刺したまま戦っている者もいる。
それを見たエゼルの諸侯達は皆一様に、不機嫌を露わにした。エゼルにも戦奴はいるが、彼らほど過酷な命令を下したりはしていないからだ。
ウィレムも同様に眉を顰めると口を開いた。
「むごい物だ。シーレッドはそれほど余裕がないのか……?」
誰に言うでもない言葉に、ブラドが答えた。
「いえ、あれは単に使い捨てされているだけです。近年のシーレッドは人族以外の扱いが悪いですからね」
侯爵であるブラドに答えた事に、ウィレムはすぐに頭を下げる。だが、それはブラドに瞬時に制された。
「敵が間近です。今は前を見なさい」
外見からはウィレムの方が年上に見えるが、ブラドは彼の祖父よりも生きている。その事を知っているウィレムは、心に引っかかる物を感じながらも、敵を見据えて武器を構えた。
引き裂かれたエゼル兵の壁があった場所に、シーレッドの戦奴によって道が出来た。
そこをゆっくりと通って現れたのは、精鋭兵に囲まれた赤盾レキウスと必中のヴォロディアだ。そして、その後方に続くのは、少し太めの女性に連れられた若い一団だった。
勇者リースのパーティーと、彼の母親ジョアンナその人だ。
エゼル側もエアを守るようにアーティファクトを持つ者を先頭に、兵士達が壁を作る。
お互い見合う形になると、レキウスが一歩前に進み出た。
「エゼルの若王よ。無駄な抵抗は止めて素直に首を差し出したらどうだ? そうすれば、無駄に兵士が死ぬ事はなくなる。お前も自分の民が死んでいく姿は見たくないだろ」
その傲然たる物言いに、エゼルの兵達は一気に沸き上がる。口汚く罵声を返すが、レキウスは涼しい顔をしていた。
ややあって、ブラドが一歩踏み出ると、エゼルの兵はその様子を見守る。
「無礼なのはその野蛮な顔だけにしておけ下郎。貴様のような山賊と見分けが付かない者が将軍とは、シーレッドも品がない国だ。それで、何しにここに来られた? そんな寝言を言いに来ただけならば、小銭をやるから帰りなさい。帰りに菓子でも買うといい」
ブラドの言葉にレキウスはニヤリと笑うと言った。
「何だ? 外見だけは若いジジイが何か言ってやがるな。だらだらと長く生きるだけが能のヴァンパイアがしゃしゃり出てくるな。エゼルの若王は自分で発言する事が出来ないほど無能なのか?」
「無理やりでしか女性に相手にされない、お前のような小僧には、この若々しい姿が羨ましく思えるのか。まあ、小僧の嫉妬だと受け取っておこう。それと、一つ言っておこう。我が王に謁見したければ、まず礼儀を知れ。我が王は幾ら力がある者だろうが、山賊まがいの者に返す言葉は持ち合わせていないのだ」
ブラドの返事に、レキウスは笑顔を見せながらも怒気を含んだ声を出した。
「ならば、ここは山賊らしく、お前達を殺して若王に謁見させてもらおうか……」
その言葉で場の空気が明らかに変わった。
双方の兵は武器を構えると、今か今かと命令の言葉を待つ。
ジリジリとした目には見えないせめぎ合いが続く。
兵士達は目の前の敵から視線を外さずに、にらみ合っていた。
そして、ブラドとレキウスもにらみ合う。だが、レキウスの視線が一瞬明後日の方向を向いた。
何事かと意識をそちらに向けた瞬間、ブラドは自分の首に突き刺さる短剣の姿を見た。
「グハァッ! 突然なんだ!」
驚いたブラドは首を押さえながら、その場から飛びのいた。
本来致命傷である首を切り裂かれたというのに、素早く行動出来たのは、ヴァンパイアの耐久力を持っていたからだ。
ブラドが飛びのいたその場には、黒いローブに身を包んだ男が立っていた。先ほどまで微塵も気配を感じさせなかった存在が突然現れた事に、ブラドは一瞬困惑した。
「……流石ヴァンパイアだな。だが、それだけ血が出れば、幾らヴァンパイアとはいえ死ぬだろ」
黒いローブの男――シーレッドの将軍の一人、ヴィンスがそう言った。彼はレキウスの指示を受け、エゼルの将を不意打ちしろと命令を受けていたのだ。
それは成功した。アーティファクト【影歩の外套】の力を用いれば、これだけの視線があったとしても、誰にも気付かれる事はないからだ。
だが、この力も万能ではない。これだけの視線があると、流石に二度目の隠密は難しかった。
ヴィンスが素早く後退をした。彼は決して弱くはないが、基本的に彼の力は直接的な戦闘に向いた物ではないからだ。
レキウスは自分の傍らに立ったヴィンスに言った。
「よくやったぞ黒。褒美にお前は、俺の後方で立ち回る事を許す」
「はぁ……レキウスの旦那。褒美なら今日はもう帰って良いとかじゃないですかね」
ヴィンスはレキウスの横暴に、辟易としながら後ろへ下がっていった。
レキウスはそんなヴィンスのようにを鼻で笑いながら口を開いた。
「どうだジジイ。傷が塞がらないだろ? がははは、死んだなお前」
レキウスの言う通り、ブラドの首からは血が流れ続けている。周囲にいた回復魔法が使える者や、回復ポーションを持つ者が駆け寄り治療をするが、それはほとんど効果を見せなかった。
ヴィンスは二つのアーティファクトを持っている。一つは【影歩の外套】。もう一つは【魔素喰の短剣】という短剣だ。この短剣の力は、相手の回復を阻害する力を持っている。自分で手に入れた【影歩の外套】とは違い、【魔素喰の短剣】はレキウスが与えた物だ。暗殺者は暗殺者らしい装備をと、笑いながら投げ付けられた事を、ヴィンスは今でも忘れていない。
大量に出血を続けるブラドの周りで治療をする者は、大慌ての様子を見せている。
その中には急いで駆け寄ってきたアルンの姿もあった。彼はゼンから与えられていた上級ポーションを首元に浴びせていたが、それも大して効果は見られなかった。
そんな中でブラドの表情は冷静その物だ。その瞳はレキウスから外される事がない。
ややあって、ブラドが口を開いた。
「皆、治療はもういい。アルンはいつ敵が来ても良いように備えなさい」
「何を言ってるんですか!? そんな血が出ていたら死んじゃいますよ!」
「そうだな、だが私は大丈夫だ」
ブラドはそう言うと、首を押さえていた手をどけた。
その瞬間、大量の血が噴き出し彼の目の前を赤く染めたのだった。
その様子を見てエアが言った。
「アルン、どうだ、その一団は止まりそうにないか?」
「はい、ここにたどり着くのは時間の問題だと思います。ただ、今後退すれば逃げる事は可能です」
「……それをすると、盾の力が届かなくなる。前線を維持するにはこの位置を保つ事が必要だ」
アルンの言葉にエアは一瞬悩んだ。状況的には引くべきだろう。だが、自分達が今引いては前線の兵が苦境に立たされる。それは、この戦いを一気に傾かせる要因になる事だと考え至った。
その考えは、周囲にいる諸侯も同様で、退却の声は上がらない。この場に残る最も力を持った諸侯の一人であるブラドが、戦いのために腰に剣を下げた事も理由だろう。
ブラドは準備が整うと、エアに向けて口を開いた。
「どうやら、アルンの言葉通り、敵兵はこちらに到達するようです。通常の二倍の兵を配置しても無理だとは思いませんでした。この子は本当に優秀な子ですね。我が領地に連れて帰りたいところですが、まずは敵を撃退しない事にはそれは叶わないようです」
「突破されたのは仕方がない。とりあえず、アーティファクト持ちは私とブラド卿を含めて六名集まった。それと、アルンを連れていかれると困る。それだけは止めてくれ」
エアは最後に冗談めかして返事をした。
集められたアーティファクト持ち達は、既にエアの周りに集められていた。
その中にはレイコック侯爵から【誘眠の矛】を貸し出されたウィレムという竜人の姿があった。彼は過去にゼンと共にダンジョン攻略に参加していた人物だ。
ウィレムは隣に立ったアルンに声を掛けた。
「どうやら大変な事になったようだな。シーレッドの将軍はどれほどなのだ?」
「僕が今まで見たのは、大将軍とメルレインという人だけです。大将軍は恐ろしく強い人でした。僕とシラールド様の二人を相手をして、まだ余裕があったみたいですから。メルレインという人は、個人の武より、指揮官としての能力を買われているようです。この人は除外するとして、他の将軍は少なくともフリッツさんと同程度の強さは持っているはずです」
「なるほど……フリッツ殿が何人も来るのか……。それは、なかなか難儀な事だな。だが、武人としては心が躍る。アルンもそうではないか?」
「う~ん、分からなくはないのですが、僕は安全確実に敵を屠る方が好きなようです。この戦で実際に指揮をして気付きました」
「……言い回しがゼンと同じではないか。まあいいが、ゼンはその大将軍を倒しているのだろ?」
「えぇ、直接見てはいませんが、敵陣の中に突っ込んで一人で倒してきましたよ。やっぱ兄さんは凄いです。戦術とか意味なさそうですよね」
「相変わらず化け物じみた行動をしているのだな……」
二人が話をしていると、少し離れた場所にいたフリッツがやってきた。
「アルン、お前の予想が、なければ、俺の、呼び出しは、もっと遅れただろう。よくやったぞ」
フリッツはそう言いながらアルンの隣に立った。すると、アルンは怪訝な表情をしながら言った。
「フリッツさん、その演技しないでいいですよ? 僕知ってますから、ゼン様が言ってました」
「な、何の事だ、それは。知らない、俺は、演技など、知らない」
「……そうですか。したいならいいですけど」
「ふっ……、さすがゼンの、弟だな。似ている、奴と」
アルンはその徹底した様子に、少しだけ感心して気にしないことにした。
「それで、アルン。来ないのか、奴は。ゼンは、来ないのか」
「近くまで来ている事は確かなのですが、東の調略が忙しいみたいですね。ここはゼン兄さんに頼らずに、頑張るしかありません!」
アルンは元気よくそう言うが、そこに若干の不安がある事を、フリッツは見逃さなかった。
「まあ、全力でゆく、俺が、この俺がだ」
アルンを勇気付けようとするフリッツだったが、彼も果たして勝てるかどうか分からなかった。何故ならば、フリッツは既にシーレッドの将軍の一人、赤盾レキウスと戦っているからだ。その際見せた相手の力に、フリッツは只ならぬ不安を感じていた。
フリッツは誰からも離れると口を開いた。
「あんな面倒くさい奴らが何人もくるのかよ……。これは少しマズいかもな。王には最悪逃げてもらうよう、今から近衛に指示を出しておくか……」
フリッツは誰にも聞こえないようそう呟く。エゼル王国の勇者であり、天剣として普段は城勤めをしている彼には、その権限が与えられていた。もしものための保険をかけるため、フリッツは少し離れた場所に待機している近衛兵長に声を掛けたのだった。
この場に集まった六人のアーティファクト持ちは、エア、アルン、ウィレム、フリッツ、ブラドの五人と、とある伯爵家の次女だ。彼女はこの面子内では力的に若干劣る。だが、貴重なアーティファクトを使える人材として、父親である伯爵から召集をされていた。
そんな彼女は凛とした立ち振る舞いで一人佇んでいた。彼女は普段、自分の部下を連れて行動しているが、王の近くのため部下達を置いてきていたのだ。
彼女は意を決したような表情を見せると、エアに近付いていき、その前で膝を突いた。
「召集により、はせ参じました。微力ながらお役に立てればと思います」
エアはその立ち振る舞いの美しさに眉を上げて驚いた。彼女は茶髪をポニーテルでまとめ、金属製の鎧で身を包んでいる。武器の携帯は見られない。マジックボックスに収納されているからだ。
エアはすぐに表情を戻すと、口を開いた。
「よく来てくれた、エレクトラ殿。貴殿の働きに期待している。だが、敵は手ごわい。貴殿と共に戦う仲間と連携して事に当たってくれ。アルンッ、こっちに来てくれ!」
呼ばれたアルンが駆け寄ってくると、エアはその肩に手を乗せる。
「彼はアルンだ。俺の身近に置いている。エレクトラ殿とは年齢が近い。彼を頼ってくれ」
「ちょ、エア兄様、困りますよ!」
エアの言葉にアルンが驚いていると、エレクトラが言った。
「承知いたしました。今後は彼に従います」
そう言った彼女はまるで軍人のようだ。まだ二十代前半だというのに、威厳さえ感じさせた。
そんなエレクトラを見て、アルンは恐る恐る口を開いた。
「あの、従うのであればフリッツさん達にしてください。僕には無理ですから」
「何を言いますか、貴方は麒麟児アルンですよね? この戦で最も名を上げた者の一人ではないですか。それに、王からの勅命です。私に何でも指示をしてください。……それにしても……こんなに可愛いなんて……私、何を命令されちゃうの……」
エレクトラが最後に呟いた言葉は、アルンや周りにいる者には届いていない。真面目な表情をしている彼女だったが、初めて見たアルンの容姿を気に入り、頭の中では妄想が渦巻いていた。
彼女は表情を変えず凛としているが、頭の中では様々な妄想を繰り広げる、そんな女性だった。
アルンは若干背筋に寒い物を感じたが、それもすぐに吹き飛んだ。敵が間近に迫った事を、戦いの音で知らされたからだ。
急いで周囲を俯瞰したアルンは、敵の一団がエゼル軍の守りを突き破り、もうすぐこの場に到達状況を確認した。それは既に他の者達も把握しており、エアを守る壁が作られた。
それからほどなくすると、土煙を上げながら突撃する一団が、エアの視線からでも捉えられた。
土煙と共に、時々人が宙を舞う。空気を震わす衝撃音が鳴り響くと、土砂が巻き上げられる様子も見えた。それは明らかにアーティファクトの力を振るう者達の進攻だった。
「来ますッ!」
アルンが短くそう叫ぶと、壁として配置されていた兵士の足元が、爆発したかのように爆ぜた。そして、その衝撃で兵士の壁は綺麗に割れてしまった。
そこを狙い割り入ってきたのは、エルフや獣人で構成される兵士だった。
その様子は悲惨なものだ。誰も彼もが体に傷を負っている。弓矢が刺さっている事など当たり前で、中には剣を体に刺したまま戦っている者もいる。
それを見たエゼルの諸侯達は皆一様に、不機嫌を露わにした。エゼルにも戦奴はいるが、彼らほど過酷な命令を下したりはしていないからだ。
ウィレムも同様に眉を顰めると口を開いた。
「むごい物だ。シーレッドはそれほど余裕がないのか……?」
誰に言うでもない言葉に、ブラドが答えた。
「いえ、あれは単に使い捨てされているだけです。近年のシーレッドは人族以外の扱いが悪いですからね」
侯爵であるブラドに答えた事に、ウィレムはすぐに頭を下げる。だが、それはブラドに瞬時に制された。
「敵が間近です。今は前を見なさい」
外見からはウィレムの方が年上に見えるが、ブラドは彼の祖父よりも生きている。その事を知っているウィレムは、心に引っかかる物を感じながらも、敵を見据えて武器を構えた。
引き裂かれたエゼル兵の壁があった場所に、シーレッドの戦奴によって道が出来た。
そこをゆっくりと通って現れたのは、精鋭兵に囲まれた赤盾レキウスと必中のヴォロディアだ。そして、その後方に続くのは、少し太めの女性に連れられた若い一団だった。
勇者リースのパーティーと、彼の母親ジョアンナその人だ。
エゼル側もエアを守るようにアーティファクトを持つ者を先頭に、兵士達が壁を作る。
お互い見合う形になると、レキウスが一歩前に進み出た。
「エゼルの若王よ。無駄な抵抗は止めて素直に首を差し出したらどうだ? そうすれば、無駄に兵士が死ぬ事はなくなる。お前も自分の民が死んでいく姿は見たくないだろ」
その傲然たる物言いに、エゼルの兵達は一気に沸き上がる。口汚く罵声を返すが、レキウスは涼しい顔をしていた。
ややあって、ブラドが一歩踏み出ると、エゼルの兵はその様子を見守る。
「無礼なのはその野蛮な顔だけにしておけ下郎。貴様のような山賊と見分けが付かない者が将軍とは、シーレッドも品がない国だ。それで、何しにここに来られた? そんな寝言を言いに来ただけならば、小銭をやるから帰りなさい。帰りに菓子でも買うといい」
ブラドの言葉にレキウスはニヤリと笑うと言った。
「何だ? 外見だけは若いジジイが何か言ってやがるな。だらだらと長く生きるだけが能のヴァンパイアがしゃしゃり出てくるな。エゼルの若王は自分で発言する事が出来ないほど無能なのか?」
「無理やりでしか女性に相手にされない、お前のような小僧には、この若々しい姿が羨ましく思えるのか。まあ、小僧の嫉妬だと受け取っておこう。それと、一つ言っておこう。我が王に謁見したければ、まず礼儀を知れ。我が王は幾ら力がある者だろうが、山賊まがいの者に返す言葉は持ち合わせていないのだ」
ブラドの返事に、レキウスは笑顔を見せながらも怒気を含んだ声を出した。
「ならば、ここは山賊らしく、お前達を殺して若王に謁見させてもらおうか……」
その言葉で場の空気が明らかに変わった。
双方の兵は武器を構えると、今か今かと命令の言葉を待つ。
ジリジリとした目には見えないせめぎ合いが続く。
兵士達は目の前の敵から視線を外さずに、にらみ合っていた。
そして、ブラドとレキウスもにらみ合う。だが、レキウスの視線が一瞬明後日の方向を向いた。
何事かと意識をそちらに向けた瞬間、ブラドは自分の首に突き刺さる短剣の姿を見た。
「グハァッ! 突然なんだ!」
驚いたブラドは首を押さえながら、その場から飛びのいた。
本来致命傷である首を切り裂かれたというのに、素早く行動出来たのは、ヴァンパイアの耐久力を持っていたからだ。
ブラドが飛びのいたその場には、黒いローブに身を包んだ男が立っていた。先ほどまで微塵も気配を感じさせなかった存在が突然現れた事に、ブラドは一瞬困惑した。
「……流石ヴァンパイアだな。だが、それだけ血が出れば、幾らヴァンパイアとはいえ死ぬだろ」
黒いローブの男――シーレッドの将軍の一人、ヴィンスがそう言った。彼はレキウスの指示を受け、エゼルの将を不意打ちしろと命令を受けていたのだ。
それは成功した。アーティファクト【影歩の外套】の力を用いれば、これだけの視線があったとしても、誰にも気付かれる事はないからだ。
だが、この力も万能ではない。これだけの視線があると、流石に二度目の隠密は難しかった。
ヴィンスが素早く後退をした。彼は決して弱くはないが、基本的に彼の力は直接的な戦闘に向いた物ではないからだ。
レキウスは自分の傍らに立ったヴィンスに言った。
「よくやったぞ黒。褒美にお前は、俺の後方で立ち回る事を許す」
「はぁ……レキウスの旦那。褒美なら今日はもう帰って良いとかじゃないですかね」
ヴィンスはレキウスの横暴に、辟易としながら後ろへ下がっていった。
レキウスはそんなヴィンスのようにを鼻で笑いながら口を開いた。
「どうだジジイ。傷が塞がらないだろ? がははは、死んだなお前」
レキウスの言う通り、ブラドの首からは血が流れ続けている。周囲にいた回復魔法が使える者や、回復ポーションを持つ者が駆け寄り治療をするが、それはほとんど効果を見せなかった。
ヴィンスは二つのアーティファクトを持っている。一つは【影歩の外套】。もう一つは【魔素喰の短剣】という短剣だ。この短剣の力は、相手の回復を阻害する力を持っている。自分で手に入れた【影歩の外套】とは違い、【魔素喰の短剣】はレキウスが与えた物だ。暗殺者は暗殺者らしい装備をと、笑いながら投げ付けられた事を、ヴィンスは今でも忘れていない。
大量に出血を続けるブラドの周りで治療をする者は、大慌ての様子を見せている。
その中には急いで駆け寄ってきたアルンの姿もあった。彼はゼンから与えられていた上級ポーションを首元に浴びせていたが、それも大して効果は見られなかった。
そんな中でブラドの表情は冷静その物だ。その瞳はレキウスから外される事がない。
ややあって、ブラドが口を開いた。
「皆、治療はもういい。アルンはいつ敵が来ても良いように備えなさい」
「何を言ってるんですか!? そんな血が出ていたら死んじゃいますよ!」
「そうだな、だが私は大丈夫だ」
ブラドはそう言うと、首を押さえていた手をどけた。
その瞬間、大量の血が噴き出し彼の目の前を赤く染めたのだった。
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※2025/12/31に書籍五巻以降の話を非公開に変更する予定です。
詳細は近況ボードをご覧ください。
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