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13 悪女は告白をされる
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牢にひとつだけある明かり取りの窓が暗くなった後、明るくなった。
多分、一夜が過ぎて朝になったのだろう。
私は眠ることができず、ベッドから離れ部屋の隅で膝を抱えて座り込んでいた。
すると、こちらへと近づいてくる足音がして騎士が交代を告げた。
見張りの交代の時間らしい。
夜にいた騎士が離れていった後、牢の格子扉の下、そこだけ横長にぽっかり開いたところから食事の乗ったトレイが入ってきた。
交代と共に持ってきたようで、見た途端、お腹がぐぅと鳴る。
おそらく騎士にも聞こえただろうけれど、もうそんなことはどうだってよかった。
匂いが鼻をくすぐる。
けれど、食事をしたいという気持ちは湧き上がってこない。
「……食べないの」
不意に、騎士が口を開く。
その声はよく知る人の声のようで……
「ゼ、ファー……?」
「しっ。あまり時間がないんだ、無事かい?」
「あなた……その顔」
「これ? 化粧なんだ、すごいでしょう。それより無事で良かった……すぐ処刑されてしまうかと思ったから」
顔の造形が変わって見知らぬ男性のようになっているゼファーは、それでも面影のある表情で柔らかに微笑むと、私の無事を喜んでくれた。
私は嬉しさを感じながらハッとして、両手ではだけかけているブラウスの前をかき寄せた。
「……私の元へ来ない方がいいわ。あなたまで破滅してしまう」
「ほっとけない」
「わ、わたしは王子の……物だから」
「屁理屈言うなら俺だって王子なのだから、ウルムは俺のものになってしまうよ?」
「……っ」
「何よりウルムは物じゃない。君の父上の尽力で婚約は解消されたよ。後は君の無実だけど、それも証明しようと頑張っている。俺も父を巻き込もうと思ってるから、どうか安心して?」
「でも……」
ゼファーは躊躇う私の方へと、牢の格子の隙間から手を伸ばしてきた。
この手をとっても、いいのかしら……
迷う私に、彼はさらに言葉をかけてくれる。
「ここの見張りは信のおける者に頼んでおいたから、しばらくは安全だよ。兄が酷いことをして……怖い思いをさせてしまって、ごめん」
「ゼファーのせいじゃないわ!」
私は思わずゼファーの手を握った。
その手を引き寄せられる。
「あっ」
「今ここから出ても、きっと兄は君を追いかけるだろう。最悪も想定しなければならない。ちょっと不便だけれど、ここで待っててくれる?」
「……待つのは性に合わないわ。私にできることはある?」
私の言葉に、ゼファーは面食らったようで目をぱちくりとさせると花開くように破顔した。
「ウルムらしい。じゃあ、元気になること。今から告白するから、返事を考えておくこと」
「え?」
言葉と共に手が格子の外へと引っ張られ甲へとひとつ、キスが降る。
「俺はウルムが好きです。兄の婚約者だからって諦めて、名誉回復に協力だけしてたけど……あいつは愛の伝え方を間違え続けたから、もういいかなって。全力で奪う気だからよく考え」
「嘘」
「え?」
「……そんな都合のいいこと、嘘だわ」
思わず呟いて、けれど彼の顔を見るとみるみる真っ赤になるものだから、これじゃまるで告白だわと、慌てて口をあいた手でおさえた。
「都合良く思って? 俺も都合よく解釈しておくし」
「ゼファー……」
「時間がないからもう行くけれど、俺と今から交代する騎士は味方だから。何かあれば彼に」
「わかったわ」
「君を好きだよ、あいつが君を消してしまえば、俺も国ごとあいつを滅ぼしてしまえるくらいには」
言い終わるなり握った手をさらに引っ張られ、格子まで顔が近づいたと思うと額にキスをされ彼は離れた。
その姿が見えなくなるまで、私はそれまでの話がまるで現実味がなくて。
ただただ固まっていたのだった。
それからとりあえずは食事をした。
味はしなかったけど、元気でいる約束はきちんと守ろうと思えた。
告白については、流石に混乱した。
なんで私? とか色々思うところはあったけれど、とりあえず置いておくことにした。
こんがらがってしまいそうだった、から。
まずは牢での生活に慣れて、生きて元の生活に戻ることを目標に。
そうでもしないと、気持ちがぴょんぴょん跳ねていってしまいそうだった。
牢でそうなる、というのも変な話ではあるけれど。
味方だ、という話の騎士の方には、毛布だけ頼んであとは普通にしてもらった。
なんでも頼んで、もしもがあったら怖かったから。
やってもらいすぎて、その人の命が消し飛んでしまっては元も子もない。
だけどベッドだけは死んでも使いたくなかったから、毛布の差し入れは助かった。
何度かの食事と、何度かの就寝を経て。
ある時味方だとは言われていない騎士に声をかけられた。
「お前の処刑日が決まったから、何か希望があれば一つだけ聞いてやろう」
と。
多分、一夜が過ぎて朝になったのだろう。
私は眠ることができず、ベッドから離れ部屋の隅で膝を抱えて座り込んでいた。
すると、こちらへと近づいてくる足音がして騎士が交代を告げた。
見張りの交代の時間らしい。
夜にいた騎士が離れていった後、牢の格子扉の下、そこだけ横長にぽっかり開いたところから食事の乗ったトレイが入ってきた。
交代と共に持ってきたようで、見た途端、お腹がぐぅと鳴る。
おそらく騎士にも聞こえただろうけれど、もうそんなことはどうだってよかった。
匂いが鼻をくすぐる。
けれど、食事をしたいという気持ちは湧き上がってこない。
「……食べないの」
不意に、騎士が口を開く。
その声はよく知る人の声のようで……
「ゼ、ファー……?」
「しっ。あまり時間がないんだ、無事かい?」
「あなた……その顔」
「これ? 化粧なんだ、すごいでしょう。それより無事で良かった……すぐ処刑されてしまうかと思ったから」
顔の造形が変わって見知らぬ男性のようになっているゼファーは、それでも面影のある表情で柔らかに微笑むと、私の無事を喜んでくれた。
私は嬉しさを感じながらハッとして、両手ではだけかけているブラウスの前をかき寄せた。
「……私の元へ来ない方がいいわ。あなたまで破滅してしまう」
「ほっとけない」
「わ、わたしは王子の……物だから」
「屁理屈言うなら俺だって王子なのだから、ウルムは俺のものになってしまうよ?」
「……っ」
「何よりウルムは物じゃない。君の父上の尽力で婚約は解消されたよ。後は君の無実だけど、それも証明しようと頑張っている。俺も父を巻き込もうと思ってるから、どうか安心して?」
「でも……」
ゼファーは躊躇う私の方へと、牢の格子の隙間から手を伸ばしてきた。
この手をとっても、いいのかしら……
迷う私に、彼はさらに言葉をかけてくれる。
「ここの見張りは信のおける者に頼んでおいたから、しばらくは安全だよ。兄が酷いことをして……怖い思いをさせてしまって、ごめん」
「ゼファーのせいじゃないわ!」
私は思わずゼファーの手を握った。
その手を引き寄せられる。
「あっ」
「今ここから出ても、きっと兄は君を追いかけるだろう。最悪も想定しなければならない。ちょっと不便だけれど、ここで待っててくれる?」
「……待つのは性に合わないわ。私にできることはある?」
私の言葉に、ゼファーは面食らったようで目をぱちくりとさせると花開くように破顔した。
「ウルムらしい。じゃあ、元気になること。今から告白するから、返事を考えておくこと」
「え?」
言葉と共に手が格子の外へと引っ張られ甲へとひとつ、キスが降る。
「俺はウルムが好きです。兄の婚約者だからって諦めて、名誉回復に協力だけしてたけど……あいつは愛の伝え方を間違え続けたから、もういいかなって。全力で奪う気だからよく考え」
「嘘」
「え?」
「……そんな都合のいいこと、嘘だわ」
思わず呟いて、けれど彼の顔を見るとみるみる真っ赤になるものだから、これじゃまるで告白だわと、慌てて口をあいた手でおさえた。
「都合良く思って? 俺も都合よく解釈しておくし」
「ゼファー……」
「時間がないからもう行くけれど、俺と今から交代する騎士は味方だから。何かあれば彼に」
「わかったわ」
「君を好きだよ、あいつが君を消してしまえば、俺も国ごとあいつを滅ぼしてしまえるくらいには」
言い終わるなり握った手をさらに引っ張られ、格子まで顔が近づいたと思うと額にキスをされ彼は離れた。
その姿が見えなくなるまで、私はそれまでの話がまるで現実味がなくて。
ただただ固まっていたのだった。
それからとりあえずは食事をした。
味はしなかったけど、元気でいる約束はきちんと守ろうと思えた。
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なんで私? とか色々思うところはあったけれど、とりあえず置いておくことにした。
こんがらがってしまいそうだった、から。
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そうでもしないと、気持ちがぴょんぴょん跳ねていってしまいそうだった。
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やってもらいすぎて、その人の命が消し飛んでしまっては元も子もない。
だけどベッドだけは死んでも使いたくなかったから、毛布の差し入れは助かった。
何度かの食事と、何度かの就寝を経て。
ある時味方だとは言われていない騎士に声をかけられた。
「お前の処刑日が決まったから、何か希望があれば一つだけ聞いてやろう」
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