王の宝~元亜光速宇宙移民船の疑似人格電脳は人として生きる夢を見るか~

広海智

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第七章 壊れた宝 四

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     四

「ペルソーネの報告では、楽団作戦は上手くいったそうです」
 立ち上がったヴァッレが、凛とした声を響かせ、卓に着いた大臣達に現況を説明する。
「テッラ・ロッサ内には、『奇跡の復活』の噂が既に広まっていますが、同時に、『処刑された王の宝は偽者だった』というテッラ・ロッサ王家の宣伝も広まっています。テッラ・ロッサ王家の思惑としては、わが国が憐れな少女を偽者に仕立て上げ、『奇跡の復活』演出のため、見殺しにしたと国民に宣伝することで、わが国の権威を落とそうというものでしょう。王の宝に似せるため、わざわざ身篭った少女を使ったと、わが国は酷い言われようです」
「では、作戦は上手くいっておらんではないか」
 道路担当大臣ストラーダ伯カッメーロが眉をひそめた。
「いえ、そうとは限りません」
 ヴァッレは冷静に応じる。
「ナーヴェ様が、歌や語り掛けなど、多くの布石を打って下さっていたお陰で、楽団作戦も『奇跡の復活』も、多くのテッラ・ロッサ国民に受け入れられています。テッラ・ロッサの国民感情は、かなりわが国寄りになっていると言えるでしょう。ナーヴェ様が、語り掛けの中で水路についても言及して下さったので、次の水路作戦も進め易くなっていると思われます」
 ヴァッレは、大臣達の卓から一歩離れたところの椅子に腰掛けたナーヴェに微笑み掛けた。
「楽団作戦の連中の引き揚げは、どうなっておる?」
 アッズーロが問うと、ヴァッレは笑みを浮かべて答えた。
「昨日の昼過ぎに鳩を飛ばし、退去を命じました。既に国境を越えているはずです」
「そうか。ならばよい」
 アッズーロは頷き、命じた。
「では、水路作戦の詳細を詰める。まずはナーヴェ、どこに水路を通すべきか説明せよ」
「うん」
 頷いたナーヴェが椅子から立とうとする。アッズーロは王座の肘掛けを叩いて言った。
「発言は座ったままでよいと言うておいたであろう! そなたは立つでない!」
 宝は、困った顔で応じた。
「そんな大きな声は出さないで。それに、ちょっと立つくらい、大丈夫だよ?」
「頼むから、言うことを聞け」
 アッズーロが軽く頭を押さえながら言うと、ナーヴェは溜め息をついて椅子に座り直した。大臣達が、呆気に取られた様子で、二人を見比べている。アッズーロは顔をしかめて頬杖を突いた。
「では、地図を見て貰いながら説明するよ。ガット、いいかい?」
 ナーヴェが涼やかな声で切り出し、控えていたガットが緊張した面持ちで進み出て、手にしていた地図を、大臣達が着く卓の上に広げた。ナーヴェ自身が、昨夜、アッズーロの執務室の机で羊皮紙に描いた地図だ。思考回路に蓄積した記録を参照していると言って、何も見ず、すらすらと描いたさまは、相変わらず見事だった。
「カンナ河からクリニエラ山脈のどこに水路を通すかだけれど」
 ナーヴェは、椅子ごと少し卓に近づいて、地図の上に手を伸ばした。確かに、立ったほうが説明し易そうだが、アッズーロは頬杖を突いたまま沈黙を保った。ナーヴェは、地図上の一点を指差し、話し始めた。
「まず、カンナ河のどこから水を引くかだけれど、中流からではなくて、もっと上流からにしたほうが、高低差が生まれるから水路を造り易いし、綺麗な水を送ることができるという利点がある。という訳で、水路の出発点は、カンナ河の水源近く、クリニエラ山脈のここをお勧めするよ。それで、クリニエラ山脈をそのまま貫通させれば距離は短くて済むけれど、隧道を造るとなると、工事としては危険度が増す。だから、できるだけ山を迂回して水路を通すほうがいい。ここから、山肌に水路を穿っていって、こう通すんだ。ここは、大して距離がないから、谷に水道橋を造って水路を渡す。ここに沈殿槽を造っておくと、水が更に綺麗になる。山脈から平地に掛けても水道橋を造って、なだらかに水を流していく。テッラ・ロッサ国内に入った後は、ここに丘があるんだけれど、そんなに高くはないから、地下水路にして通せばいい。ここまで行けば、配水槽を造って、各地へ水路を繋いでいく。街中の高低差を乗り越えるには、管の原理を使えばいい。水を満たした管を使えば、高いところから、更に高いところを通して、低いところへ水を流せるという原理だよ。水路の管は陶磁器を用いるといい。金属の管だと、毒素を出すからね。水路の高低差は一粁当たり三十四糎下がるくらいの傾斜にすると、管をあんまり傷めないから、水路が長持ちするよ」
 怒涛の説明に、大臣達は皆、言葉を失ってしまっている。アッズーロも少々疲れを感じながら、口を開いた。
「では、各々の担当において、次回までに意見をまとめよ。今日はこれで散会とする」
「「仰せのままに」」
 大臣達は立ち上がり、一礼して三々五々、会議室を辞していった。以前は、アッズーロとナーヴェが退室するまで待たせていたのだが、人を待たせているとナーヴェが急いでしまい、危なっかしいので、ナーヴェがいる時は、先に退室するよう申し付けたのだ。大臣達を見送ってから、アッズーロは王座から立ち上がり、ナーヴェに声を掛けた。
「さて、われらも部屋へ戻り、昼食としよう」
「うん」
 頷いたナーヴェの表情が、暗い。アッズーロは椅子に座って大人しく待つ宝のところまで行き、その頬に触れた。
「どうした? 浮かぬ顔だぞ?」
「いや、何でもないよ」
 ナーヴェは答えて、アッズーロの手を取り、ゆっくりと立ち上がった。その細い体を支えて歩き出しながら、アッズーロは重ねて尋ねた。
「疲れたのではあるまいな?」
「ううん。大丈夫だよ」
 微笑んだナーヴェの横顔が、寂しげだ。アッズーロは鼻を鳴らした。
「気になるではないか。素直に理由を言うがよい」
「大したことではないんだよ」
 前置きして、ナーヴェは告げる。
「ただ、大臣達に、多分、他の人達にも、何となく怖がられているなあと思って……。さっきも、説明のために卓に近づいたら、少し避けられた感じがあって。まあ、仕方ないんだけれど。そもそも、ぼくは人ではないんだし、『復活』なんてしてしまったら、怖がられるのも仕方ないよね……」
 確かに、処刑された時の貫頭衣を纏ったまま、即位の際と同様に青い光の演出を加えて神殿から外へ出たナーヴェは、アッズーロが予め命じて集めておいた臣下達に、驚きを持って迎えられていた。
(否、われが演出をさせ過ぎた所為か、寧ろ遠巻きにされておった……)
 しかし、そのようなことは大した問題ではない。
「怖がりたい奴には、怖がらせておくがよい」
 アッズーロはナーヴェを支えて歩きながら、言い切る。
「そのほうが、われは安心だ。余計な心配をせんで済む」
「『余計な心配』?」
 ナーヴェは、小首を傾げてアッズーロを見た。
「いや、まあ、それはよい」
 アッズーロは言葉を濁した。嫉妬などということは、教えたくもない。ところがナーヴェは、拗ねたように呟いた。
「きみはぼくのことを訊き出すのに、自分のことは隠すんだね……」
 アッズーロは絶句して、足を止めた。本体の中で赤面したのに続けて、初めての反応だ。これでは、まるで痴話喧嘩だ。
(それで、「人ではない」なぞ、誰が信じるか)
 この青い髪の少女は、もう充分に人だ。
 アッズーロは回廊の真ん中で、衝動のままにナーヴェを抱き寄せ、口付けた。ナーヴェは抵抗はしないが、驚いたように身を竦めている。アッズーロは暫くしてから口を離し、宝を抱き寄せたまま、その耳元へ囁いた。
「誰ぞ不埒な輩がそなたに、こういう狼藉を働く心配をせんで済むということだ。そなたが怖がられておるほうが、われは安心なのだ」
 くすりと、ナーヴェはアッズーロの耳元で笑った。
「きみは本当に、心配性だよね……」
 この宝は、男も女も虜にする己の魅力を全く自覚していないらしい。アッズーロは嘆息すると、ナーヴェの体を支えて再び歩き始めた。
 アッズーロの寝室では、フィオーレが昼食の仕度をして待っていた。レーニョが随分と回復したので、フィオーレも女官としての仕事に戻っているのだ。
 卓には、蜂蜜を掛けた乾酪と、干し杏と、林檎果汁が用意されていた。
「ありがとう。大好物ばかりだ。嬉しいよ」
 ナーヴェは目を輝かせて卓に着く。食べることに対する宝の感動は相変わらずだ。向かいに座りながら、アッズーロは頬を弛めた。異変は、その直後に起こった。
「命達よ、いただきます」
 いつも通りに行儀よく言って、乾酪を一欠片食べたナーヴェが、急に口を押さえて屈み込んだのだ。
「どうした? 毒か!」
 椅子を蹴って立ち上がり、駆け寄ったアッズーロに、ナーヴェは小さく首を横に振った。
「これは、もしや……」
 同じく駆け寄ってきたフィオーレが、アッズーロを見る。
「陛下、ナーヴェ様のこれは、悪阻、ではないでしょうか……?」
 ナーヴェが、今度は小さく頷いた。
「『悪阻』……」
 アッズーロは、どう反応すべきか迷いながら、ナーヴェの背を撫でた。宝は、蒼白な顔色になって口を押さえている。
(人であれば、身篭ってこうなるは、当たり前のことだ。われはまだ、そなたを完全な人として捉えられてはおらぬらしい……)
 アッズーロは反省して、フィオーレに求めた。
「悪阻であれば、われには対処法が分からん。おまえに任せる」
「仰せのままに」
 フィオーレは頷いて、室内にあった手桶を素早く持ってくると、ナーヴェに手渡した。ナーヴェはそこへ、すまなそうに乾酪の欠片を吐き出す。その背をさすり続けながら、アッズーロは今後について考えを巡らせた。やはり、妊娠していて不安定な体調のナーヴェを、会議や謁見に同席させ続けるのは、酷なのかもしれない――。
 フィオーレは次に、室内に用意してあった桶から木杯に水を汲んできて、ナーヴェに手渡した。ナーヴェはその水で口を濯いで、また手桶へ吐き出す。何度かそれを繰り返してから、ナーヴェは顔を上げた。
「ありがとう……。もう大丈夫」
「おつらいでしょうが、何か口になさらないと、お体がもちません」
 フィオーレはナーヴェの手から手桶を受け取りながら、言い含める。
「干し杏と林檎果汁は、召し上がれそうですか?」
「うん。大丈夫だと思う」
 ナーヴェは頷いて、椅子に座り直し、卓上の食べ物を見た。アッズーロもまた椅子に戻り、注意深く宝の様子を見守る。まず干し杏を手に取ったナーヴェは、その端を少し齧った。慎重に咀嚼し、微笑む。
「うん、大丈夫。これは食べられそうだよ」
「ようございました……!」
 安堵した声のフィオーレに励まされるように、ナーヴェは林檎果汁の木杯を手に取った。ちびりちびりと飲んで、ナーヴェはまた微笑む。
「これも大丈夫。とても美味しい」
「安心致しました。では、乾酪の代わりとなるものを、厨房で幾つか見繕って参ります」
 フィオーレは一礼して、手桶を手に、寝室を辞した。
「その乾酪を寄越せ。われが食す」
 アッズーロは手を伸ばしてナーヴェの乾酪の皿を取り、自分の前へ置いた。
「ありがとう」
 ナーヴェは干し杏をもぐもぐとしながら、ふわりと笑んだ。食べ物を無駄にすることには、依然、相当な抵抗があるらしい。
(そういう慎ましいところも、好かれる所以か)
 アッズーロは小さく息をつき、乾酪を口へ運びながら教えた。
「何度も言うが、体がつらいなら、会議にも謁見にも出席する必要はないぞ?」
「分かっているよ。でも、悪阻は病気ではないから」
 ナーヴェは予想通り、欠席を拒んだ。
(与えられた役割を頑なに果たしたがる。それも、こやつの美徳の一つではあるが……。われは、まだまだ、こやつの行動の理由を、心の奥底で何を考えておるのかを、知らんな……)
 アッズーロがまた小さく息をついてから林檎果汁を飲むと、ナーヴェが形のいい眉をひそめた。
「どうしたの? いつにも況して溜め息が多いよ? ぼくのことは心配しなくていいからね?」
「たわけ」
 アッズーロは盛大に溜め息をついて軽くナーヴェを睨む。
「そなたの心配をするは、われの自由だ。第一、心配をするなと言う者ほど心配なのが、世の常であろう?」
「……まあ、そうだね……」 
 ナーヴェは、誰かを思い浮かべたのか、少し遠い目をして納得した。
「そう言えば、ヴァッレから聞いたのだが」
 アッズーロは話題を変える。
「そなた、テッラ・ロッサで、作戦のためとはいえ、随分と酷い歌を歌っておったそうだな? 『悲しいよ、愛する王国、きみはぼくを捨てたね』だったか?」
「同情を惹くために、ちょっと替え歌にしただけで……、その言いようのほうが、酷いと思うけれど……」
 ナーヴェは呆れ顔をしてから、告げた。
「ぼくにはまだ、嘘をつくという機能がないからね。事実と異なることを言おうと思ったら、歌を歌うとかの、抜け道を用意しないといけないんだよ」
「『今のところ』ではなく、『まだ』となったか」
 指摘したアッズーロに、ナーヴェは目を伏せて答えた。
「ぼくは、もう壊れている。『嘘をつくという機能がない』というのは、正常な状態においてのことだからね。学習機能とは無関係に、ぼくはいつ嘘がつけるようになっても、おかしくないんだよ」
「『壊れるがよい』とは言うたが、それだけは困りものだな。そなたの『大丈夫』が、いよいよ信じられんようになる訳か」
 真面目に考え込んだアッズーロの向かいで、ナーヴェはぽかんと口を開けた後、苦笑する表情で、くすくすと笑い声を立て始めた。
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