異世界の美少女はかくあれかしと思ふ

雲黒斎草菜

文字の大きさ
14 / 63
酒屋の二階で話し合ふ(今度は2話)

2/2

しおりを挟む
  
  
 キヨッペの家まで15秒もあれば到着さ。
 この時間だと店は開いていないが、シャッターが半分上がっているので、そこから横開きの扉をスライドさせて屈んで中に入る。
 アルコールの臭いやら、おでんの臭いやらが混ざり合った臭気がつんと鼻を刺してくるが、すぐに慣れてしまう。そうでなくても商店街は雑多な臭いが混ざり合った一種独特の世界なのさ。


「キヨッペ、いるー?」
 店の奥に向かって放ったいつもより大きめの声を聞き伝て、出て来たガリでひょろ長の男子。それが同じ西立花(にしたちばな)高校の二年生。同級生であり幼馴染みの吉沢恭平、キヨッペだ。

 身長は俺とほぼ同じだが、黒くて薄いフレームのメガネをかけていて賢そうに見える。いや実際俺より成績は上だ。

 まだ昼前だというのに頭髪は綺麗にオールバック。ポマードで固めた髪の毛を黒潮の荒波みたいにうねらせて、額の上で派手に波しぶきを上げるかのように跳ねたヘアースタイルだ。ヤツは一見真面目そうだが、意外とお洒落さんなのだ。

 ほっそりとした顔立ちは、俺よりもイケメン度が高いが、オタク度もかなり高いことが校内に知れ渡っているので、モテ度はいまいち。俺も面(つら)はそこそこだと自負するが、スケベ度が高いことがあり、結局、女子にはモテない。なのに、互いにベースケ波の鍛錬に余念が無いのは、男として正しく生長したな、と思う今日この頃さ。

「やぁ、イッチ。おはよ……ちょうどよかった……。あのさ……」
 何か言い淀んでいた。
「どうした?」
 妙な雰囲気を感じたが、俺のほうが切羽詰まっている。

「あのよ。ちょっと相談に乗ってくれ」
「いいよ。あがって」
 暖簾(のれん)を掻き分け奥へ入って行くキヨッペに連れだって、三和土(たたき)から部屋へ上がらせてもらう。

 体格的に見ると、俺のほうが筋肉質で体育会系のボディをしており、逆に痩せていて下から物を言うキヨッペが弱々しく見られがちだが、何を隠そう立場は常にキヨッペのほうが上なのだ。頭脳明晰なところもあるが、どうしてもキヨッペに頭が上がらない理由がある。

 女として育てられていた頃から、そのことに何の疑問も持たずに小学校へ上がり、そして現在に至るまで、知られたくない俺の遍歴を全て把握するのがキヨッペだ。クラスの連中に俺の恥部を黙っていてくれるのはヤツの優しさなのか、最終兵器として握られているのか定かではない。口調が常に下からなのは、何を意図するのか……少々不気味だ。


 廊下を通り、暗い階段を上がって突き当たりの左側、ヤツの部屋に入る。

 見慣れた景色が広がる。マルチモニターで固められたヤツの城だ。簡単に言うとパソコン部屋だな。大きなモニターが三つ並び、左右の画面にはたくさんのアイコンが並んでいて、俺には理解不能な文字がズラズラと並ぶ中央のモニターには、白い画面が開いていた。こいつの日課は、自分で拵(こしら)えたSFに関するホームページの更新だ。たぶん表示中の画面はそれだろうな。

「アップ中?」
 俺の問いに、キヨッペはパソコンデスクから椅子を引き出して座り、
「いや。今ネタ切れなんだよ」
 隣りに置いてある四つ足の木の椅子を俺に勧めた。

「SFってもファンタジーじゃないよ。サイエンスだかんね」
「分かってるって、ようするに科学だよな」
 俺には興味無いし理解する気も起きない。でもこいつはそこにこだわっていて、中学の頃、その手の話題で『ただの空想話』じゃないか、と笑っていなしたら、こいつは泣いて怒り出した。空想だけど科学的根拠に基づいた、実話に限りなく近づけた話だそうだ。

 恋愛話だって空想だし、推理物だってみんな同じだと思う。そういう意味で言ったつもりなんだけど、ヤツはそうは取らなかったようだ。
 その時の剣幕はクラスの誰をもビビらす迫力だった。それからこの手の話題になると、できるだけ慎重に言葉を選ぶことにしている。

「不思議だけど、科学的に説明できなきゃいけないんだ」
 ほらな。もう牽制(けんせい)してきただろ。

「わりい。実はなお前でないと解けないような科学的難問を持ってきたんだ」
 キヨッペはメガネのフレームを指で押し上げて、キラリと瞳を光らせた。

「その前に……」
 キヨッペは爽やか青年を演じると、瞬時に反転。今度はえらく剣呑な視線を俺に撃ち込んできた。

「アンが落ち込んでるんだ。イッチのせいで……」
「杏(あんず)が? 俺のせい? 何の話だよ。さっき会ったけど元気だったぜ。竹刀を振り回しに公園へ行くってさ」
「それは憂さ晴らしなんだよ」
「憂さ晴らし?」
 意味わからんぜ、実際。

 胸ポケットからステンレス製の櫛(くし)を引き抜き、そいつで俺を指し、
「昨日、えらくダイナマイトな女の子と歩いていたみたいだね」
「ああぁ。そうだ。それを相談しに来た」
「そうか。本当なんだね。あいつだけは悲しませたくなかったのに……これも運命(さだめ)だな……」
 キヨッペは急激にトーンを落とした。

「何言ってんの?」
 しゅらん、と櫛を刃物みたいに持ち構え、そいつでまたもや俺を強く指し示した。
「なんだよ……キヨッペ……」
 俺はビックリして仰け反る。

「うるさい! 今日からその呼び方をやめてくれ。イッチとはもう幼馴染でもなんでもない。ただの同級生だ。いいね!」
「何怒ってんだよ。あの女はタダのすれ違い事故だ」

 手首を返したキヨッペは、黒々としたオールバックに銀の櫛(くし)を挿して梳きながら、俺にではなく天井のすぐ下辺りに語りかけた。
「その子と腕を組み合っていたそうじゃないか」
「なんで俺が女と歩いていただけで、お前がそんなに怒るんだよ」

 ワカメの食い過ぎか、と言いたくなるような艶々で真っ黒な髪の毛を見つめ、キヨッペの怒りの原因を探るが、思い当たる節がまったく出てこない。

 それは嫉妬心なのか?
 俺が先に女子と近づいたからだろうか?

「お前、もしかしてこれか?」
 手のひらを弓なりに逸らして、甲のほうをほっぺたに添える仕草。

「へんな格好はよしてくれ。僕はれっきとした男だ。相手にするのは女性一本だよ。基本男には触れたくない」
「分かってるって。それなら杏のほうを何とかしろ、あいつマジで男になる気だぞ」
「だからそれをまかせてるんだろ。妹を何とかできるのは、女から男になったイッチだけなんだ。なんとかしてくれ」

「誤解を受けそうなセリフだな。あれはお袋に弄ばれていただけで、俺は生まれてから今日まで、いや、これからもずっと男だ」
 ――そんな話をしに来たのではない。

「ちょっと待って。今日はお前の頼みを聞きに来たんじゃなくて、」
 キヨッペは俺の言葉を手のひらで寸断させて、
「先にこれだけを約束してくれ、アンを悲しませないでくれ」
「はぁ? 意味わかんね」
 こいつも受験ノイローゼに陥った妹の兄貴として、だいぶ追い詰められているんだろう。

「わかった。俺も男だ。勉強で分からないところがあれば教えてやる。そう杏に伝えてくれ」

 ヤツはちょっとのあいだ口を丸く開けてから、
「いや。勉強はいい。そっちは僕が担当するから」
 腹の立つヤツ……。

「じゃあ何を担当するんだ。あいつのサンドバック代りになれと? 体がもたんぜ……」
「僕とアンちゃんはイッチと幼馴染みだろ?」
「え? ああ。そうだよ……」
 何が言いたのか、さっぱりだ。
 つまり杏を女に戻してくれということか?

「――わかったよ。あいつも俺の妹みたいなもんだ。なんでも相談に乗ってやるよ」
「安心したよ。そこまで言い切ってくれるのなら、この話はお終(しま)いにしよう」
 ようやく銀の櫛を胸ポケットに仕舞い込んだ。

 ふうぅ。なんだったんだよ、いったい。

 一段落ついたところで、今度はこっちの番だ。
 牛丼屋から始まり風呂の水。ついでに腹の中に宇宙を持っていて、体の一部を物質化できるうえに寝るとスライムに変形する少女の話をした。

「と言うわけだ、キヨッペ。ほんとうに変身すんだ。ウソじゃねえ」
「……あのさ」
 椅子をギシギシいわせて、重たげに口を開ける。
「ありえない話じゃないけど。やっぱり直接見てみないと、僕にも簡単に答えは出せないよ」
 夢を見ていたとか、でたらめ言うなとか、ひと言で済ませないだけ、やはりキヨッペはたいしたヤツだ。信じてくれそうだ。

「美人なんだけど、すげぇ変なヤツで正直困ってる」
「そうか……そういうことか。なるほど……よかった」
 何だかこいつ、急に明るい表情に変わってないかい?

「安心したよ」
「なにが?」
 小ノ葉の口癖がこっちにまでうつっちまった。

 急ににこやかになったキヨッペは、俺の大嫌いな小野田の物真似付きで説明を始めた。
 あ。小野田って高校の物理の先生な。

「量子特異点とはだニィ、こちらの世界のだニィ。物理法則がァー抹消される点だニィ」
「言ってることがよく解かりません……小野田先生」
 手を上げて、こっちも一緒になって盛り上がってやる。

 キヨッペはコホンと咳払いをして「これしんどい」と言って、普通のトーンに戻した。

「あのね。物理法則が成り立たなくなるんだ。そこを境にね」
「お願い。授業はやめてくれって」

「その子はそこからやって来た……そう、無機質と有機質のどちらの性質をも兼ね備えている……物体とも生命体とも取れない、つまり、流動性の固形物……」

「お、おいキヨッペ? 大丈夫か? 目がいっちまってるよ」

 腕を組んで、何度もうなずくと、
「……流体ソリッドを形成する物質に宿ることができる生命体だ。それも特異点がボディのセンターにあるにもかかわらず消滅しない」
 グイッと細っこい顎を上げた。
「それで? その子は自分たち種族のことをなんて言ってたって?」
 提灯アンコウみたいな髪の毛の先を揺すって、次なる興味を待つ瞳は子犬のようだ。

「たしか。可変種って言ってた。他にも不変種がいるとか……」

 キヨッペは虚ろな目に転じると天井を仰ぎ、
「……なるほど。身体のカタチを自由に変えられるから可変種。できない不変種。こちらの世界では自由に場所を移動できる動物と、できない植物……すごい。次元が違うと生態も異なる……これは稀有な存在だぞ! うおぉぉぉ! 来たぞ!」

 どうやら、俺は何かのスイッチを押したようだ。

 キヨッペはいきなりパソコンに向かうと猛烈なスピードでキーボードを連打。「来た来た来たぁー」とか叫んで自分の世界に入ってしまった。こうなるともう手が付けられなくなるので、放っておく。それが一番いい。

「じゃあキヨッペ、俺、帰るわ。んでその子と夕方までにご対面させてやるからな」
 と言って部屋から出ようと戸に手を掛ける俺に親指を一本立てて、キヨッペはニカッと笑いやがった。



「んとによ……」
 溜め息混じりで戸を開けた。

「うぉっと!」
 目の前にショートカットヘアーの少女が立っていた。

 兄貴と同じ髪質を受け継いで、黒々とさせた艶のある髪の毛は純日本風。
 キヨッペよりもさらにクオリティがアップした端正な面立ちをした分、こいつもロングへヤーにすれば、かなりの美人になれるのに、性格が男以上に男らしいため、女子にモテまくるらしい。

「杏! もう帰ってきたのか?」
「にぃやんとの話し合いが気になったんだ」
「心配するな。お前も仲間に入れてやる」

「ほんとう?」
 黒くて真ん丸の目が俺に向いた。

「ああ。夕方までに一人の女性を紹介するから、その人をお手本にしろ」
「あの。ベッピンさんかい?」
「そうだ。小ノ葉って言うんだ。仲良くしてくれよな」

 杏は首が千切れるほどに前後に振って、
「するするする。オレ、キレイなねえちゃんが欲しかったんだ」
「おうよ。俺もさ」

 人間ならもっとよかったんだけどな。
  
  
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

異世界ママ、今日も元気に無双中!

チャチャ
ファンタジー
> 地球で5人の子どもを育てていた明るく元気な主婦・春子。 ある日、建設現場の事故で命を落としたと思ったら――なんと剣と魔法の異世界に転生!? 目が覚めたら村の片隅、魔法も戦闘知識もゼロ……でも家事スキルは超一流! 「洗濯魔法? お掃除召喚? いえいえ、ただの生活の知恵です!」 おせっかい上等! お節介で世界を変える異世界ママ、今日も笑顔で大奮闘! 魔法も剣もぶっ飛ばせ♪ ほんわかテンポの“無双系ほんわかファンタジー”開幕!

​『イージス艦長、インパール最前線へ。――牟田口廉也に転生した俺は、地獄の餓死作戦を「鉄壁の兵站要塞」に変える』

月神世一
SF
​【あらすじ】 ​「補給がなければ、戦場に立つ資格すらない」 ​ 坂上真一(さかがみ しんいち)、50歳。  かつてイージス艦長として鉄壁の防空網を指揮し、現在は海上自衛隊で次世代艦の兵站システムを設計する男。  背中には若き日の過ちである「仁王」の刺青を隠し持ち、北辰一刀流の達人でもある彼は、ある日、勤務中に仮眠をとる。 ​ 目が覚めると、そこは湿気と熱気に満ちた1944年のビルマだった。  鏡に映っていたのは、小太りで口髭の男――歴史の教科書で見た、あの「牟田口廉也」。 ​ しかも時期は、日本陸軍史上最悪の汚点とされる「インパール作戦」決行の直前。  部下たちは「必勝の精神論」を叫び、無謀な突撃を今か今かと待っている。 ​ (……ふざけるな。俺に、部下を餓死させろと言うのか?) ​ 現代の知識と、冷徹な計算、そして海自仕込みのロジスティクス能力。  すべてを駆使して、坂上(中身)は歴史への介入を開始する。  精神論を振りかざすふりをして上層部を欺き、現地改修で兵器を強化し、密かに撤退路を整備する。 ​ これは、「史上最も無能な指揮官」の皮を被った「現代の有能な指揮官」が、確定した敗北の運命をねじ伏せ、数万の命を救うために戦う、逆転の戦記ドラマ。

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

異世界転生したおっさんが普通に生きる

カジキカジキ
ファンタジー
 第18回 ファンタジー小説大賞 読者投票93位 応援頂きありがとうございました!  異世界転生したおっさんが唯一のチートだけで生き抜く世界  主人公のゴウは異世界転生した元冒険者  引退して狩をして過ごしていたが、ある日、ギルドで雇った子どもに出会い思い出す。  知識チートで町の食と環境を改善します!! ユルくのんびり過ごしたいのに、何故にこんなに忙しい!?

処理中です...