異世界の美少女はかくあれかしと思ふ

雲黒斎草菜

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酒屋の二階で話し合ふ(今度は2話)

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 朝食のあいだ親父たちは終始にこやかだった。お袋は女の占める割合が増えて、喜びひとしおの様子だが、親父は表情を見抜かれないように、朝刊で顔を隠していた。でも真横に座る俺からは筒抜けだ。インターネットでスケベと検索すると親父の名前が出てきそうな人物だからな。あのにやけた面(つら)は風呂場の擦りガラス問題をどう対処すべきか思案中のはずだ。

 小の葉はフォークに刺したタクアンを睨みつけ、鏡を前にした小鳥のように小刻みに首を傾けていた。
「おい。親父はいま何を考えてんだ?」
 早速利益の共有といこう。
 キョトンとした視線をゆっくり持ち上げて、小ノ葉は対面に座る新聞おっさんを窺った。

「――あのね。接着剤をはがすにはどうするか……みたい」
 やっぱりそうか……ってぇぇ。すげぇぞ。俺って予知能力者だったんだ。あいつに聞く前にそれは知ってたもんな。

 小ノ葉は再びタクアンに視線を戻してから、ちらりとこっちを見て肩をすくめた。
 今のはどういう意味だ?


 テレビの中では、必要の無さそうな商品を大量に買わせようと、催眠術師が語るが如く、巧みな言葉に奇妙なイントネーションを加味して連呼するが、商売をやっている我が家では、そんな術に陥るヤツは一人もいない。親父は完全無視をかまし、新聞を片手に味噌汁の中を掻き回し続け、お袋は「今がお買い得。これが底値です」と有名俳優が告げたセリフを「あんたのギャラを消せばもっと安くなるわよ」と、一刀の元に切り捨ててチャンネルを替えた。

「ごちそうさま」
 食べて終わった茶碗をテーブルに置く。
「ごちそう……チャマ」
 空になっていた茶碗を持て余していた小ノ葉も、俺にタイミングを合わせて自分の前に置いた。

 忠告どおり、出された自分の朝食だけを平らげ、それ以上はお代わりもせずに、おとなしくしていた。

 ただ味噌汁の食べ方を教えておくべきだった。どうも固形物の混ざった汁物を吸い上げるのはこれが初めてのようで、喫茶店で出された冷水を一気飲みしたような勢いで、口の中へ流し込んでしまった。

 幸いお袋はテレビに、親父は新聞に目を奪われていたため、熱い味噌汁を数秒で平らげた小ノ葉を目撃したのは俺だけで済んだ。
 その様子はまるでバキュームノズルを思わせるパワフルさがあり、お椀を唇に当てたまま、息継ぎもせずに一気に味噌汁を吸い上げる姿は人とは思えない。

 異様な雰囲気を感じ、咳払いをして忠告してやると、勘はいい小ノ葉だ、すぐに察してお椀から口を離したが、中はすでに空だった。
 バツが悪そうに肩をすぼめて小さくなっていたが。俺はその時、本気で腹ん中と宇宙とが繋がってんだと確信した。
 今飲んだ味噌汁も、宇宙のどこか見知らぬ銀河の隅っこを漂うのだろうか。そう思うとなんだか感慨深くもなる。

 はるか遠く、知らない銀河。どこかの探査船が宇宙空間に浮かぶワカメを発見して、謎をさらに深める結果になっても俺は責任を取れん。




 食事の後、小ノ葉を連れてキヨッペの家に相談に行こうと予定を組んでいたのだが、おふくろがそれを引っくり返した。
「小ノ葉ちゃん。着る物買いに行くよ。あんた他に何も持って来てないでしょ?」
 彼女は遠慮気味にうなずくが、
「何を言ってんの。女の子はおしゃれしなきゃだめ。わたしがつき合ってあげるから、行こ」

 家出したにしろ何にしろ、この子は外国から来たことになっている。ならばパスポートぐらいは持参するはずなのにこいつは手ぶらだ。普通はおかしいと思うだろ。でも思わないところが我が家の大らかなところだな。その鈍さには感心するぜ、まったく。

「お袋ぉ。俺たちやることがあるんだよ」
「なんだよカズ、あんた独り占めするの?」
「そういうつもりじゃないけど……」
 何かボロを出さないか心配なんだ。

 お袋はタクアンをぽりぽり言わしながら、薄い笑みを浮かべた。
「あ、それじゃぁカズも来るかい。お隣のルリさんちでまずランジェリーを一式そろえなきゃね。女の子なんだし。ルリさんの見立てなら間違いないしさ」

 くっそぉ。駆け込み寺に連れ込む気だな。それで親父は何も言えないんだ。

 うちの隣にはルリ洋品店と呼ばれる洋服屋さんがある。昔は紳士服の仕立て屋さんで、経営者は御主人なのだが、そこの奥さん、ルリさんと呼ぶが、有名な下着デザイナーだったという過去の特権を生かして、いつのまにか女性の下着専門店に変わったのだ。しかも今じゃこの商店街の女の園と変貌を遂げ、男は誰一人として近づけない禁断の場所として認定されている。

 加えて世話好きなルリさんは、新婚さんや子供が生まれたばかりの主婦の相談なども受けており、界隈の駆け込み寺となったおかげで、旦那さんは肩身が狭まそうだ。

 昔は紳士服が並んでいた店先のショーウインドーには、今や煌びやかでいて神々しい物が並べられており、男子高校生にはとても目の毒だ。だから店の前を通る時は、いつも下を向いて通過する。そんなところに小ノ葉を連れて逃げ込まれたら手の出しようが無いわけだ。

 仕方が無いので、うまくやれと小ノ葉に耳打ちをして、俺は単独でキヨッペの家へ相談に行くことにした。



 部屋から店の中を通り商店街へ一歩出る。
 二階の屋根のさらに上を覆うドーム型の天蓋から陽の光が射し込み、通路は思ったほど暗くはない。しかも雨避けになるため傘要らずで歩けるのがいい。
 まだ昼食前のこの時間帯は、アーケードを通る人もまばらで、たまに自転車が通過するだけ。そんな閑散とした通路の先、俺が目指す場所は真向いの吉沢酒店。そこがキヨッペの家さ。

 父親は吉沢健二(よしざわ・けんじ)。俺の親父と同級生なので、同じ39才。そしてキヨッペのオバさんは、吉沢アキ子、41才。年上女房だ。

 気丈で体の割に小回りが利くオバさんは、酒の販売や配達だけではこれからはダメだと、店の半分を改造して『立ち飲み処・アキ』を5年前に開店。それを一度も休むことなく、毎晩、店に集まってくる呑み助を十把一絡(じっぱひとから)げにまとめ上げるほど同量のある人で、うちの親父でさえも頭が上がらない。
 そんな人だから好奇心も強く。人のうわさが三度の飯より好きで商店街きっての情報通っていやぁ、聞こえがいい。


 俺んちの前から出て三歩で、店から出てきた杏(あんず)と鉢合わせになった。
「どこ行くんだよ、アニキー?」
 こげ茶色の半パンと男物のポロシャツを着たスポーティな格好で、なぜか俺より偉そうだ。

「俺はキヨッペに会いに行くだけだ。お前こそ、どこ行くんだよ?」
「別に……。散歩だ」
「ウソ吐け。竹刀握って散歩はないだろ。素振りしに公園へ行くんだろう?」
「素振りして何が悪いんだよ。オレはな、強い男になるんだ」

「もう無理だ。お前は女になってる」
「どこがー。ほら見ろ。これは男の体だ。この腕の筋肉を見てくれ。イッちゃんとさほど変わらないだろ?」
「ああ。だいぶ筋肉が付いたな。だがな、杏(あんず)。その胸はなんだ。俺の胸筋と種類が違うように見えるんだけどな」
「これか? これは食い過ぎのせいだ」

「ウソ吐いてもわかるぞ、お前の耳が赤いからな」
 杏は慌てて右の耳たぶを手で隠した。

「ばあぁか。ウソだよ」
「なっ! 何だよ、イッちゃん騙すなよ」
 俺の腹をちっさな拳でドンと突いてきた。常に喧嘩を売ってくる杏の動きなど完全に見切っている俺さ。さっとかわして片手で受け止める。
「その程度の力じゃ俺にダメージを与えるのは無理だぜ。どうした。もう一発掛かって来な」

「くっそ。いつか強くなってイッちゃんを倒すからな。覚悟しておけよ」

「あー。いつでも掛かってきな。ひねりつぶしてやらー」
 普段なら悔し紛れに飛びついてくるのだが、今回は妙に猫なで声に変わった。
「なぁ……。それよかさ、イッちゃんちにいかしたオンナが来てんだろ? ちゃんと紹介してくれよ。あんなベッピンさんが親戚だなんて、オレ鼻が高いぜ」

「なして、お前の鼻が高くなるんだ? それよりどこでそれを知った?」
「オレのカアちゃんが、イッちゃんのおやっさんから聞いた情報だ」
「わちゃー。あの馬鹿親父、よりにもよって連絡網の頂点に知らせちまいやがった」
「へへ。もう遅いぜ。テレビの地震情報並みに町内に伝わるからな」
 それ以上だぜ……。

「やっべぇぇな」
 でも宇宙人だと触れ回られるより、ブラジルの親戚として噂されるほうが断然いい。

「なぁイッちゃん、そのブラジル人さ、オレにも紹介してくれよ。にぃやんには紹介してオレに無いって道理はねえだろ?」
「どうしてキヨッペに紹介すると踏んでんだよ」
「今からにぃやんと会うってぇ事はそういう話になるだろ。オレだってパイオツカイデーのねえちゃん拝んでみたい」
 おいおい。

「杏ちゃん。どうにかならんのかその言葉遣い」
「何が? オレは男だぜ。ふつうに喋ってどこが悪いんだよ」
「お前は女なの……」
 杏は俺の嘆きに近い声に背中を向けて、
「うっせぇぇ。オレは男だ。だから後でオレにも紹介しろよな。どっか面白いところに連れてってやるぜ」
 と叫びつつ商店街を走って消えた。

「あいつも面(つら)は可愛いんだけど……あの言葉遣いがな……」
 投げやりなひとりゴチをこぼしながらも、杏の子守役として小ノ葉が使えるかもしれないと、かすかな可能性を見いだした。小ノ葉は態度も見た目も純然たる少女だ。それに懐けば杏も少しは女に目覚めるかもしれない。

 色々と思惑があるが、とにかく今はキヨッペだ。
  
  
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