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宇宙はいと広し(またまた3話)
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しおりを挟む「おじさん。カタチ変えてきたよ」
自称日本人。でも異世界の日本人のため少々言葉がおかしい。それなのに我が家族は誰一人それをおかしいとは思わないのは、本人自らがとてもおかしいので他人のことまで気にしないのだ。
「ぁ……ぉぅ」
居間に下りて来た小ノ葉を見上げる親父の目んタマが、喜色に溢れるのは、親子そろって同じ好みだと裁判所の判を押されたようなものだ。
ハズいなぁぁ……お互いにだけど。
ところで先ほどのナデシコだが、小の葉が部屋を一歩出た途端、沈黙した。どうやら花自身が説明したとおり、小ノ葉が影響して植物族の声が聞こえるみたいだ。この辺の謎もキヨッペに頼りたい一件でもある。
「小ノ葉ちゃん。いいじゃない。さすがルリさんね。へぇぇ。そのストッキング似合ってるワ。わたしも穿こうかしら」
ニーソの出所を不審にも思わず、お袋は目を見張り興奮気味に主張し、親父は眉間にしわを寄せて新聞相手につぶやいた。
「陳列罪で、川崎のせがれに逮捕されてこい」
川崎のせがれとは、駅前に住む親父の高校の先輩、川崎さんの息子さん、『靖(やすし)』さんのことだ。去年から駅前の交番へ配属になった警察官なのだが、配属先が自分の住んでいた町だったという、とても気の毒な事情がある。なぜなら町のほとんどの人が子供の頃からの彼を知るため、誰もが警察官として扱ってあげないのだ。
しかも勤務が明けると、必ずキヨッペのお袋さんが経営する立ち飲み処に寄るもんだから、余計に舐められている。言い方を変えれば、住民に親しまれた警察官とも言えるから、俺的には好きな先輩。つまりこれまた同じ高校の卒業生でもある。
話を戻そう――。
ともかく。我が家の面々は相当に鈍いのだが、俺は念のために次のように忠告した。
衣服の具現化は俺以外、誰もいないところだけにして、人前でやるのは全面禁止。特にお袋から買ってもらった服を体の上から直接着込めと厳命したのだが、小ノ葉はそれなら下着は見えないところに着用するので、要らないと主張しやがった。そこで俺は今日みたいにミニスカの時に困ると言うと、
「じゃぁ何んでこんなに短いの?」と、スカートを指差してほざきやがった。
そんなこと訊かれて、即答できるか?
「男の目を泳がせてほくそ笑むためだ」と答えるのも、なんか男がバカにされたみたいで腹立たしいし……で。モゾモゾしていたら、
「いったい何を隠そうとしてるの?」
という強烈な質問に、俺、撃沈。もちろんデルタ領域だと言いたいが、その先を質問された場合、知識が無くて説明できん。
こういうときは、どう答えたらいいんだ。国際結婚ならぬ、異世界間カップルの難しさを改めて感じた。
「いつか解かる」
幼児が放った困った質問に、慄(おのの)きながら応える父親みたいな返答をして、人通りの増えた商店街へと、小ノ葉を連れ出した。
「こっちだ。そこは結界が張ってあって男は近づけないんだ」
隣のルリ洋品店へ行こうとする小ノ葉を引き止める。
「ケッカイってなに?」
「うぅ……正確には答えられん」
つまらんことを言わなければよかった。
「え~と。そうだな……女の園。ようするに聖なる領域だ」
「やった。魔法だ!」
「なにが?」
「やっぱり異世界はひと味違うね。魔法があるのね」
「ヤキメシに焼肉のタレを数滴垂らすようなこと言うな。それより何のことを言ってんだ?」
「魔法なのよ。さっき言ってたやつ」
急激に瞳の色を濃くする小ノ葉に、急いで取り繕う。
「え? そんなこと言ったか?」
「さっき言ってたもん。誤魔化そうとしてももうダメだよ。結界って召喚魔術を使う時に張るもんだよぅ」
口を尖らせながら小ノ葉が突っかかって来る。そして初めて都会に出てきた田舎っぺのように目を丸々と、かつキラキラさせて、
「そっかぁ。いよいよ魔法が見られるんだぁ」
頬を桜色に染め、無垢な瞳でぐるりと辺りを一巡させ、歓喜あふれる声を上げた。
どうやらキヨッペに続いて、またもやこいつに付属する何かのスイッチを押してしまったようだが、保健体育一筋の俺には魔法など興味ゼロだ。
小ノ葉は商店街のど真ん中へパタパタと駆け寄り、改めて辺りの観察を始めた。
「ほんとだぁ。地面に魔方陣が描かれてるわ」
それはただの道路に描かれた模様ですぜ。旦那(だんな)。
丸や三角が複雑に絡まった幾何学模様ではあるけど、それらは単なる装飾だけの形で、魔法円やソロモンの三角形の組み合わせではない。
小ノ葉は派手な色合いのオーバーニーと、ミニスカ姿で手を広げてグルグルと旋回。何だか知らないが、模様の上で嬉しそうに踊り始めやがった。
「やったぁ。村長さん。あたし異世界で魔法覚えて帰りますねぇ」
「おいおい……」
人目を引くボディで、そんな言葉吐くから、通る人全員が胡乱な目で見遣るのは当然で、慌てて小ノ葉を引き戻す。
「お前からしたら異世界かもしれないが、魔法なんてねえし。さっきのは冗談だ。ギャグを理解しなきゃこの世は渡れねえぞ」
「渡る世間はギャグだらけなのね?」
「なんでそんな言葉を知ってるんだ?」
「村長さんが言ってたもの。ネット見ればなんでも出てくるって」
異世界の村長さんはネット依存症だと教えてあげるべきかな。
再び小ノ葉は偉く感心した風にうなずき、
「そっかぁ。魔法じゃなくて、冗談を使うのね。ね、それどんな魔方陣を描くと使えるの?」
なして、そっちへ持ってくの……。
ここが異世界だと主張し続けるのは、彼女から見たらそうであるが、だからって魔法はねえだろ。魔法は……。
俺からしたら、お前が魔法使いだと言いたいぜ、
「あ、ほら。あそこでも結界を張ってるよ。魔法始めんだよ。ほらイッチ」
川村鮮魚のおやっさんが店先に水を撒くのを指差して言う。
「ほら。聖水よ。清めの水だわ」
「何でそんなに魔法にこだわんの?」
「だって。異世界って言ったら昔から魔法じゃん」
どれぐらい昔から言ってんだ。へんなヤツ。
「あんな。ここではっきりさせておこうな。ここは異世界ではない。何回も言うが、異世界はそっちだ」
俺のセリフに小の葉はふと足を止め、
「そうかぁ……互いに異世界だと思ってるだけなのかぁ」
やっとテンションが下がった。
「そっ。普通の世界だ。何も珍しい物は無い」
「でも……『みたいな』ものはあるって、家で言ったでしょ?」
「無いって。ごめん全部冗談でした」
「ジョーダンって、魔方陣の一つじゃないの?」
「その発音だと『上段』になっちまうから。あのね会話を和ますテクニックの一つだ」
「じゃぁ……ほんとうに魔法は無いのか……」
急激に消沈する小ノ葉だが、小首を傾けた。
「それなら夜にやって来る魔道士は?」
「う~ん。魔道士は来ないけど、あまり夜はうろつかないほうがいい」
「どうして?」
「似たものが来る」
「うそっ!」
目を見開き。
「来るのね。進撃の大男?」
「村長さんは色々見てるね、ほんと」
「意味が解らないわ……」
再び地面に視線を落とすが、すぐに首を伸ばし、
「あれはなに?」と、もう違うものに興味が移動していた。
「ほら、見て。獣が吊ってあるよ」
興奮した様子でその店先へ走り出した。
そこはキヨッペの隣、俺んちの左向かえにある山田精肉店だ。冷蔵庫が開いていて、食肉にする牛肉の片脚が釣り下がっていた。
「あれは? すごい。ここハンターの家? モンハンが住んでるのね?」
そっち系も有りなの? いったい村長は何の研究をしてんだ。
「お店の中に何かのアイテムが隠されてるかもね?」
小ノ葉はアーケードに並ぶ店舗をRPGのフィールドに点在するどこかの町みたいに思っている。となるとさしずめ俺んちはセーブポイントだろうな。
いやいや。冗談で済まされないかもしれない。他所(よそ)の家に勝手に上がり込んで、押入れや物置を開けたり、家にある花瓶や壺を片っ端から割って回られたらコトだ。この世界では命のポーションや、赤いハートのマークなんか隠されていないのだと教えなきゃならんな。
「ここで経験値上げるのかな?」
少し古めのゲームをイメージするような言葉を吐き、店の奥を覗き込もうとする小ノ葉を慌てて引き止める。
「見学はキヨッペと会った後でゆっくり付き合ってやるから。とにかくおとなしくしろ」
吉沢酒店は真向かいなのだ。距離にして十数メートル。なのに放っておくと、どこかへ行ってしまいそうなので、とりあえず手を握る。特別な意味はない。小さな子を連れて行くのとまったく同じだ。だけどその手の平からは、ほのかな温もりが伝わって来た。
「いいか。この日本は魔法など無いし、ゲームの世界でもない。しっかり現実を見ろ。うかうかしてたら世間とズレて、えらいことになるぞ」
「……うん」
まるで厨二病患者を諭すような言葉だった。
何かを思い悩むように小ノ葉のテンションが下がったが、握る手の力だけは強めてきた。それは決意なのだろうか。
どっちにしても迷い込んだ現実の日本では、小の葉は孤立無援状態なのだ。当然誰かに助けを求めたいのだろう。その白羽の矢が立った先が俺だったワケだ。
少々好奇心が旺盛で気丈なようだが、小ノ葉は俺から見放されたら途端に行き場を失う。そのため嫌われまいと一生懸命に尽くそうとしている。これってなかなか、かわゆいではないか――ただ、人間じゃないのが残念なんだ。
冒険に行きたそうに体をウズウズさせる小ノ葉を無理やり引っ張って、十数歩でキヨッペの家に到着。今度はシャッターが全開になっていたが、まだ営業時間ではないので、店の中には誰もいなかった。無用心だがここはこんなものだ。本格的に開店するのは夕方4時頃、『立ち飲み処・アキ』が営業を始める時だ。
勝手知ったる他人の家だが、いちおう礼儀として声だけは掛ける。
「キヨッペ入るよぉー」
「こっちだよ」
ヤツの声に応えて、三和土(たたき)へ履いていたサンダルを脱いで部屋に上がる。小ノ葉も素直に従って部屋へ。
「だぁぁ。それもレプリカだったのかよ!」
「そうだよ」
部屋へ上がろうとした小ノ葉の足元から、スニーカーが足の裏に吸い込まれるようにして消滅。形のいいオーバーニーの足先が現れた。
「いけしゃあしゃあと……。いいかよく聞け。靴は人前で履いたり脱いだりする機会が多いんだ。今の決してやるな」
「わかったよぅ」
あっ……。
一歩足を踏み出して気づいた。
脱いだ履き物がここに残っていなかったら超マズい。裸足でやって来たことになる。
「靴を履かずに商店街を歩くヤツは、そうとう痛いヤツだ」
小ノ葉にどこへも行くなと言い残し、即効で我が家にとんぼ返り、お袋のツッカケを持って再度登場。
その間、数秒。真向かいでよかった。
続いて二人そろって薄暗い階段を上がる。小ノ葉は興味深そうに古ぼけた柱や壁に触れては、目を輝かせていた。
「壁を押したところで、秘密のダンジョンなんか現われねえからな」
念のために釘を刺しておく。
「連れてきたぜ……」
部屋に入って胸中で舌を打った。異様に目を輝かせた杏が木の椅子の背もたれの向うで、首を長く伸ばしたからだ。
今朝、小ノ葉を紹介しろとうるさかったので、おそらくずっとキヨッペの部屋で待っていたのだろう。椅子の背に抱き付いて、ペットのオモチャを前にした子猫みたいな目をしていた。その視線と俺の視線がぶつかった。
「にぃやん。アニキがきたぜ」
そう言うが早いか杏は椅子を飛び降り、押入れから座布団を二組引っ張り出すと、俺たちの前に並べて顎をしゃくる。
「汚くて悪いけど、それ使ってくれ」
そしてもとの椅子へぴょんと飛び移った。まるで猿だ。
それにしても同じ女なのに、杏と小ノ葉とでは、その醸し出されるフェロモンが異なる。正真正銘の少女のクセに少年を装う杏。偽の少女のクセに猛烈な色気を放出する小ノ葉。この場合どちらお得なのだろうか……悩むところだ。
「この子がブラジルから来た親戚の娘(こ)だぜ」
「こんにちは……」
と小ノ葉。さっき教えた呪文を唱えた。
挨拶を説明するのが面倒臭くて「人と円滑に暮らしていくための呪文だ」と適当に教えたのだが、魔法を例にとると素直に従うのでこの手は使えそうな気がする。
「いかしたパイオツだな」
「パイオツ?」
「……………………」
「でっけぇケツだ」
「ケツ?」
「……………………」
杏は好奇な目で椅子の上から小ノ葉を舐め回し、キヨッペはその飛びぬけたプロポーションを目の当たりにして、驚きを隠せない様子だ。
小の葉は目を剥いて黙りこくり、俺の言いつけどおりに、行儀よくミニスカの膝をそろえて正座をしていた。
「お前ら、ヘンタイみたいな目で俺の親戚を見るなよ。親父んちの血が流れてるんだからな、怒らすと怖いぞ。実際、日本に来たことがバレたら、ギャングが集まるってぇ話だ」
杏は椅子の背に抱きついたまま、キョトンとする小ノ葉を見開いた目で見下ろし、
「ブラジルのギャング団の娘かぁ。カッケぇなぁ」
と派手に驚いて見せた。そして再び椅子から飛び下りると、小ノ葉と膝をつき合わせて、その丸い目でもう一度顔を覗き込んだ。
「おねえちゃん、ピストル撃ったことあんの?」
「ピストルってなぁに?」
「これだよ、これ」
柔和に微笑む彼女に、杏は右手で拳銃の形を作って引き金を引く真似をするが、それが何を説明するものなのか理解できず、小ノ葉は小動物のように繰り返し首をかしげるだけだった。
「なら機関銃は撃つんだろ。ババババババって。戦車は? カッケぇなぁ。戦車乗ってみてえ。なぁイッちゃん今度戦車乗せてくれよ、戦車」
どこまで話がムチャクチャになるんだ。お前、自衛隊にでも入るか?
どちらにしてもこいつがいると、相談を持ち掛けにくい。
「………………」
キヨッペはずっと黙り込んでいたが、ここでようやく口を開いた。
「アン。お釣りあげるから、アイスを4つ買ってきてくれないか?」
「いいよ」
快く承諾して立ち上がった杏は、晴れやかな声で言う。
「当たり付きのヤツでいいだろう。でさ、当たったらオレにくれよな」
キヨッペが親指と人差し指で輪っかを作って承諾する。そして千円札をポケットから出して渡そうとするので、
「俺も出す。割り勘でいこうぜ」
「いいって。イッちゃん今月苦しいんだろう」
そう、そのとおりなのだ。昨日から要らぬ出費が重なって困っている。
「――悪りぃな。今度何かで埋め合わせするワ」
キヨッペはにこりとして、
「アン。当たり付きのアイスは駅前の駄菓子屋が一番確率高いよ。僕の情報では、最後に当たりが出てから3日ほどハズレが連続してから、そろそろ出るよ」
「うそっ! なら即行で行ってくらぁ。誰かに当たりが出たらヤバイじゃん」
杏は目を丸々とさせて部屋を飛び出しそうとする、その後ろ姿へキヨッペが付け足した。
「ゆっくりで大丈夫だよ。店は開いたばかりだ」
「わかったぁ……」
風のように椅子から飛び降りた杏は、元気な足音を奏でつつ階段を駆け下りて行った。
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