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宇宙はいと広し(またまた3話)
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しおりを挟むキヨッペは再び小ノ葉の腕に視線を落として独白する。
「オブジェクトのインスタンス化と言ってもいいな」
またもや聞いたことの無い言葉を連発し始めるキヨッペ。俺の脳ミソではすでに理解が及ばない。どんどん話の矛先(ほこさき)が逸れていきそうだ。
「何? インスタントラーメン食べんの?」
「イッチをスーパークラスとして、そこから理想とする女の子のデータだけを抜き取りインスタンス化したオブジェクトなんだ」
と言ってからこいつはさらに興奮しだした。
「よく考えたらこれはすごいことだ。もし僕がスーパークラスになったらどんな子が誕生するか……」
「何だよ。クラス替えのことか?」
「ねえきみ。色だけ変えることって可能?」
もうはや俺は道端に転がる石。見向きもしてくれない。
小ノ葉は気楽に同意し、
「できるよ。みてて」
瞬きするよりもすばやく色が変化。
「すげぇぇ。青いビール瓶なんて見るの初めてだぜ」
「そうでもないよイッチ。銀河高原ビールは綺麗な青色だよ」
さすが酒屋のせがれだ。何でも詳しいな。
キヨッペは、嘆息する俺を鼻で笑い飛ばして、
「なるほどプロパティの変更が可能なんだね。コンストラクタの構造はどうなの?」
「あのね。初期化については、精神融合でデータを抜き出すか視覚情報が必要なの」
つまりどゆこと?
二人とも俺の解る日本語で話してもらいたいもんだ。
「なるほど……」
大きくうなづき、キヨッペは目の色の輝きをもう一段階、強めた。
「……今度は分子化を見せてくれる?」
「そんなことも聞いたの?」
お喋りなヤツ、的な目で小ノ葉が俺を見るが、
「仕方ないだろ。俺には一切理解できないんだ。この場合、理解者は必要だろ? しかもこいつは口が堅いんだ。何しろ反面教師が自分の母親なんだ。めったのことが無い限り人にはバラさないから安心しろ」
「そ。僕はイッチと小ノ葉ちゃんの味方さ。ぜったいに誰にも言わない」
「本音で言ってみろよ」
「こんな良質なSFネタは生涯ないからね。他の人には渡さない」
「やっぱり……」
「こんどSF小説書こうとしてんだ」
ひとまず、フィクションとして扱っておけよと、念を押してから小ノ葉の分子化実験が始まった。
「これはこっちの日本に来てから出来るようになったんだよ」
と言ってから辺りを見渡して、
「何か材料になる物ないかな?」
「これはどう?」
とキヨッペが差し出したのは、ライトノベルの本。活字はからっきしダメなので、俺は見たこともない。文字だらけの本さ。
「みててね」
小ノ葉の手の上に載った本が光の霧に包まれ、忽然とある物体が噴き出した。そう、何が噴き出したかと言うと、薄茶色のトイレットペーパーを勢いよく引っ張り出したみたいに、ぶふぁーっと風を纏って一気に部屋の中に広がった。
「どわぁぁ。何だこりゃ。本から一枚の長い紙が出てきたぜ」
「トイレで見たモノなの」
言うとおり、幅も薄さもトイレットペーパーとほぼ同じだが、紙質はトイレットペーパーには程遠く、文字は書かれておらずただの白紙だ。ただこれは小ノ葉がよく知らないせいだろう。だけど半端無い長さだった。
「なるほどね……」
じゃねえよ。しかし動じない奴だな。キヨッペは。
「本の状態を一旦分子に戻して、新たな細長い紙に物質化したわけだ。だからインクの文字が消えて紙の中に混ざり薄茶色なんだ」
出過ぎたトイレットペーパーを戻すように髪をロール状に巻きながら、よくぞそれだけ冷静にモノが言えるよな。
俺なんて、腰が砕けて床に尻餅を突いたのに。
「こんなことは向こうではできなかったの」
「何が原因だろね?」
「不思議なことはまだあるんだ」
「うっそー♪ いいねー」
キヨッペは嬉しげに眼を剥いて嬉々とした。
こいつにしたら当分退屈しないで済むだろうな。
「笑うなよ」
「何を?」
歓喜に満たされた瞳から好奇な光があふれ出した。
「絶対に笑うなよ」
「何がー。科学的で不可思議な話は僕の大好物なんだよ。常に真剣に向き合ってんだ。それは知ってるだろ?」
「ああ。知ってる。小学校の時に本気で怒られたからな」
「そ。僕はいつも真剣さ」
「じゃあ言う……」
薄桃色のナデシコを思い出しつつ、
「ナデシコって知ってる?」
「ナデシコって……花だろう?」
「そう、その花がな…………」
「うん」
「俺に話しかけてくるんだ」
「ぷ――っ!」
「笑いやがったな」
「あははははははははははははははははははは」
キヨッペは腹がよじれる、とか言って大暴れ。
「イッチが……イッチが花と喋るって……あはははははははははは」
そこまで笑うか、普通?
「笑うなキヨッペ。俺は真剣だ! お前が小学校の時に俺が笑ったのはもう時効だろ。その仕返しにしてはひどくね?」
「あはははははは。だってイッチと花ってマッチしないだろ。おかしいよ」
そりゃあ、雑貨屋の有賀さんの驚き方を見りゃ、誰だって自覚する。
「それがね。ほんとうなの。こっちの世界の植物族はあたしに話しかけて来るのだけど、あたしを通してイッチへも漏れるみたい」
「あ――! 輻射波の浸食だ!」
急激にマジ顔になりやがった。何だその差。ハラタツな。
「キミのいた日本では喋らないわけだね?」
「植物族は不変種よ。喋るわけ無いじゃない」
小ノ葉は当然のように応え、キヨッペも賛同。
「こっちの植物も動物から見たら喋り掛けてくる対象ではないんだ……」
小ノ葉は事細かに向こうの日本の成り立ちや死後の状況を説明し、キヨッペは真剣に耳を傾け、こう結論付けた。
「こっちの物理法則が成り立たない日本から来た小ノ葉ちゃんとマナのパワーが同調したのかもしれない」
「マナ?」
「うん。静的パワーだね」と言ってから俺の目の奥を覗きこみ。
「この話はいずれ今度にしよう。そろそろアンちゃんが帰ってくる」
急激にソワソワし始め、
「そのスカートとかも物質化して作ったの?」
ひょいと摘まみ上げようとするので、
「こら、さわるな!」
キヨッペの手を叩(はた)き落とした。
「何すんだよイッチ。僕は科学的興味から……」
「それ、俺も同じ。でも自重してる」
渋そうな笑みを浮かべてキヨッペは手を引いた。
こいつはインテリぶっているが、中身は俺と競い合えるぐらいベースケ度が高いんだ。
キヨッペは俺に合わせていたスケベ的な視線を引き剥がし、肩をすくめると普通に戻した。
「そうだ。イッちゃんに憑いてないで、なんなら僕んちに来ない?」
憑くって、小ノ葉は魑魅魍魎(ちみもうりょう)ではないぞ……と思う。
「僕のほうが理解力あるし、優しいよ。それに僕んちには妹がいるから、きみみたいなお姉さんがいてくれると助かるんだ」
「おいこら待て! なんだよ。真面目に質問してるのかと思ったら、途中からナンパになってんじゃん」
「だって、こんなに可愛くて、こんなに胸おっきくて、おまけに超美人ですんごく脚長くて、肌が綺麗で……」
一気に喋り過ぎて、一旦、ここで深呼吸をするキヨッペ。
「こんな羨ましい話があるかい。僕だってこんな彼女が欲しいもん」
「お前な。話の肝心のところを見ないようにしてんだろ。確かに可愛くてスタイル抜群で、グラマラスなプロポーションで、餅みたいに吸い付く肌をしていて、非の打ち所がない超美人だが……」
ここで俺も深呼吸。
「お腹にブラックホールが入ってて、夜になると何かの物体に変身して、風呂の水の大半は飲んじまう。そんなお化けだということを忘れてるだろ?」
「お化けの部分はイッちゃんが担当してよ」
「やだよ」
「ねぇ?」
「イッちゃんは、いつもいいところを持って行っちゃうんだ」
「何が?」
「ねぇ、ねぇってば」
「去年の文化祭の時だって、僕が苦労して探してきた女の子を横からかっさらって行ったじゃないか」
「あれはお前がいきなり初対面でスリーサイズなんか聞くからだ。あの子ビビッて何も言えなくなって俺のところに逃げて来ただけだ。しかもお前と連(つ)れだと分かるなり、俺からも飛んで逃げてったぜ」
「イッチ、聞いて!」
「それが僕の研究なんだよ。高校男子と女子の成長速度の比率を探りたいんだ」
「そんなことは保健室の先生に任せとけばいいんだ」
「イッチィΩァ――――――――――――τゥ――――ッ!!」
「「うぁぁあ!」」
鼓膜が引き裂かれそうな強烈な音波が部屋を貫いた。
同時に鋭く短い音を上げて、窓ガラス3枚に大きなヒビが走った。
「二人ともちょっと聞いてよ!」
視線が縫い付けられて動けない。俺とキヨッペは割れた窓ガラスを凝視していた。
「イッちゃん……」
「何だよ……」
「窓ガラス弁償してね」
「ねぇ。早く何か入れないと、お腹の特異点が消えちゃうの」
「消えたほうがいいだろ。そんなワケの分からないもの」
小ノ葉が泣きそうな声で訴える。
「だめ、消えたらあたし、本気で帰れなくなる」
「腹から出せないのか?」
「特異点は時間の存在しない点。空間じゃないんだ。だから移動させることは無理。かといって自分の体の中に飛び込むなんてのもできないし」
「時間が存在しない?」
「今は考える時間が無いわ。とにかく何かを定期的に落とし続けないと、特異点がふさがるの」
「そっか。質量が小さいから蒸発するんだね。だから何かを入れ続ける必要があるんだ」
「そりゃぁ、一大事だ。何か口に入るモノは無いか、キヨッペ?」
「本からトイレットペーパーに再構成されたヤツは?」
トイレットペーパーにするには少々固いけど……。
とにかくそれでいいと小ノ葉は紙の端を口に。
途端。しゅららららららー、とスムーズな動きで、あっという間に喉の奥に吸い込まれていった。
「すごい! 掃除機みたいだ」とはキヨッペ。
「それで風呂の水や……牛丼10杯か。なるほど。こりゃすごいな」
納得はするものの。小ノ葉はまだだめだと、口の中を指差す。
「パソコンのマウスは?」
「口に入らないし、飲み込めない」
マウスを差し出したキヨッペに、小ノ葉が首を振る。
「ティッシュだ。ほら、このティッシュでなんとか時間稼ぎしろよ」
彼女はコクリとうなずき、しゅっと箱から白いティッシュを引き出して口に放り込みモサモサした後、ごっくん。
なんとも言えない顔をする。
「……まずい」
「緊急時だ。我慢しろよ」
こくりとうなずくと、小ノ葉は次から次へとティッシュを引き抜いて、手のひらでクルクルと丸めては口に放り込んで行く。
それは異様な光景だ。ティッシュを喰らう少女。どっかの動画サイトにでも掲載したら、見る間に再生回数が増加すること間違いなしだ。
そこへ――。
「ただいまぁ……あ?」
戸を開けたまま杏が固まった。
手にはアイスが入ったビニール袋を引っ下げていた。
「………………」
そらそうだ。目の前で女子がティッシュを丸めて、次々口に放り込んでいるのだから。
「喉渇いたよぉ、イッチ」
水分を拭き取る役目をするのがティッシュだ。口の中が乾いて当たり前。
「杏。アイスよこせ」
唖然として直立するショートカットの少女から、アイスの入ったビニール袋を引ったくり、一本出して口に放り込む。
「うはっ」
やっぱり掃除機だった。瞬時にそれは中に吸い込まれて消えた。しかもアイスの棒ごとだ。
「あっ、当たりかも知れなかったのに……」
飛びついて来る杏の頭を叩(はた)く。
「そういう問題じゃない」
「おねえちゃん。何でちり紙食ってんの?」
俺の手の動きを右手でかわして、杏が首を捻った。
「ブラジルで流行ってる奇病だってさ」とキヨッペ。
そんなのねえーって。
「あぁぁ、オレのアイスぅ……」
「悪い。弁償するから勘弁してくれ」
「やだ。せっかく、にぃやんにお金もらって買ってきたやつなのに」
睨みを利かせる杏に、俺はポケットから千円札を引っ張り出し、
「ほらこれでいいだろ?」
「倍返しなら許す」
俺から千円札を引ったくり、もう片方の手の平を広げやがった。
「マジかよ……」
ポケットを探ると数枚の千円札が出てきたので、渋々摘まみその手の平に――落とす寸前、キヨッペがすべてを取り上げた。
「何すんだよぉー」
今度は兄貴に向かって眉を吊り上げる杏。
「まずガラス代が先だよ」
と言って、掴んでいたお札から、杏に1枚渡して5枚を自分のポケットにねじ込んだ。
「窓ガラス修理して、お釣りが出たらちゃんと返すからね」
割ったガラス3枚とアイス倍返しで7千円也(なり)……残り1450円。
ち~~~ん。
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