異世界の美少女はかくあれかしと思ふ

雲黒斎草菜

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ダブルベッドも買ふ(ともかく4話)

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「ねぇ。イッチ元気ないね」
『腐ったもんでも拾い食いしたんやろ?』
 疲れ果てた精神状態の時に、この声を聞くと怒りがこみあげてくる。

「オメエな、黙っていないと花瓶から引っこ抜いて、花びらを一枚ずつ抜いていくぞ」

『おお。怖ぁぁ。大阪風ギャグが通じんとこをみると、何やそうとう機嫌悪いな』
「悪いぜ、最悪だ」
 と吐き捨て、改めて気付いた。

「なんでお前がこの部屋に置かれてるんだ? 俺の部屋にあったろ?」

『お母はんが、こういう可憐な花は小の葉はんの部屋が似合うちゅうて、さっき移動してくれはったんや』

「ナデシコがこんな奴だと分かったら、可憐だなんて言葉、ひとことも出さんだろうな」
『そんなんワテのせいちゃうやん。それよりなに落ち込んでまんねん?』

 大阪弁のナデシコに持ちかける内容ではないのだが、切羽詰まっていた俺は忌々しい新品のダブルベッドに腰を下ろし、すがる気持ちで相談したところ、ヤツは意外とまともな答えを返してきた。

『小遣い制も高3まででっか。まあしっかりしたオヤジさんや。オマはんを自立させようとする意識がよう見えるワ』
「でも7万2千円も小遣いで返していたら何ヶ月も一銭も無しが続くんだ」
 そうさ。金が無いと小ノ葉に美味(うま)いものを食わせることができない。

〔うわぁぁ。いよいよ昭和枯れススキだ。それだけはやだぜ〕
 天使の言うとおりなのだ。

『ほな、バイトしたらええがな』
「でもよ。小の葉を一人にしておけない。こいつはまだ世間知らずだ」

 アフリカのサバンナに子ウサギを放すようなもんだ。かといってキヨッペに預けた日には、解剖だってしかねない。裸にむしられていく小ノ葉の姿を想像して、妙な気分になる俺は青春街道まっしぐらだ。
「電気屋のバイトは募集してないと、親父はいとも簡単に返してきやがるし……親子なのに……」

『オマはんなー。アタマ働かせや』
「なにを?」

『ここはどこや? 商店街やろ。何軒あると思てまんねん。どこかにバイト募集してる店があるんちゃうのん? そこなら小の葉はんを家に置いてても近いし安心して働けるやろ』

「なるほど……」
 何かあればとりあえず急行できるし、上手くいけば一緒に仕事させてもらえれば、自給はダブルで小ノ葉を守ることもできる。
『せやろ。松野さんから聞いてまっせ。オヤジさんにくっ付いて、子供の頃から月イチ開かれる商店街の会合にも顔を出しとんのやろ?』

「ああ、そうだよ」

 なんでそんなことを松野さんが知ってるのか分からないが、いうことは正しいよな。
《松野さんってダレ?》
〔知らね〕

『こういうときに、商売人の息子である特権を生かさなアカンで』
「お前の言うとおりだよな」
 目が覚めた気分だ。今となったら、親父の代理で会合に出る時もあるほどだ。この手は使える。
 しかしなぜか釈然としないのは、名案を説いてくれたのがナデシコだというあたりだな。

『オナゴのために気張るんが、男やがな』
 ナデシコからもケツを押され、よしっ、と奮起して立ち上がる俺を小ノ葉が煌いた視線で見上げた。

「小の葉がここに来たのも何かの縁だろう」
「エンって?」
 柔らかそうな栗色の髪をさらりと振って首をかしげる小の葉。
 純真無垢で清澄な瞳に吸い込まれそうになる。

 ……………………。

「面倒くせえヤツだな。ほら手を出せ」
 白い腕を素直に俺へと伸ばす小ノ葉。きめが細かく柔らかい肌はとても瑞々しい。その手を握ってやると、彼女は澄んだ光で満ちた瞳をくるりとさせて、俺の目の奥を覗き込んできた。

 解るよな? たんに俺がスケベで小ノ葉の手を握ったのではないぞ。ウダウダ説明するのも疲れたが、こうやって異世界人の小ノ葉と体のどこかを接触すれば、こいつは俺の脳の中を勝手にスキャンして、疑問に思うことの説明をせずにして、ヤツは理解してしまう。どうだい便利だろう?

「どうだ? 理解できたか?」
「うん」
 鼻の頭を見つめるみたいに寄り目を作り、視線を外してうなずく。見るだけで心から安らぐ可憐な仕草に、俺は見惚(みほ)れた。

「巡り合せのことなんだね……。なるほどねぇ。そうだよ。縁だよねぇ」
 彼女はえらく感心して瞬くと、握っている手の力をいっそう込めてきた。
 だから――こっちも返す。

「小ノ葉……」
「イッチ……」

「おいおいおい。何をいちゃついてんだぁ?」
 風呂に入っていたので安心しきっていたら、濡れタオルを頭に載せた親父が、茹だった赤い顔で開いていたドアの前を通りすがった。

「かあさん来てみろよ。カズのヤツ、オレっちらが風呂入ってるあいだに手ぇ握り合ってんぜ。スケベな野郎だ。まったく誰に似たんだろな」
 オメエだよ。って、ば、バカやろ。

「親父だって思春期の男子高校生の前なのに、二人で風呂なんぞに平気で入りやがって、どっちがスケベなんだ」
「ばぁか。オレたちは夫婦(みょうと)だぜ。好きにしていいんだ」

 あっけらかんと覆い隠さず言うのが親父の痛いところだ。子供の頃からこうだから免疫がついてしまったのだろう、こっちも恥ずかしくもなんとも無い。
 だけど同じオープンだと言ってもキヨッペのところは事情が異なる。あそこは杏が真っぱで風呂場と自分の部屋を行き来するらしく、逆にキヨッペがコソコソしていると聞くが、これもどうだと思うな。


 そんなことより――。
「手を握り合っていたんじゃない!」
 こっちは情報交換をしていただけだ。小ノ葉だってキョトンだ。
「エン、って言う言葉の意味を教えてもらってたんだよ。おとうさん」

 小ノ葉の言葉で、親父は何かのスイッチが入っちまったのか、額を押さえて目をつむった。それから込み上げる思いに耐え切れない様子で、
「くあぁぁ。いい響きだぁ。おとうさん………かぁ」
 拳を握り締め天井を仰いだ。

 小ノ葉がさらにポカンとなる。
「そんなにいいの? ならこれからずっとそう呼ぶよ――お、と、う、さん」
「はぁあぁぁ、いいなぁ。夢だったんだぜ……。我が家に嫁(とつ)いだ娘にそう呼ばれる時がついに来たんだ。ああ心地よいな。沁みるねえ」

 嫁いでないし……。
 ブラジルから来た親戚の子が、いつのまにか俺の嫁さんになってんじゃねえか。
 俺がやっているのはただの救援活動だ。それもボランティアだし。

 親父は階下に向かって大声を上げる。
「かあさん。ビールで乾杯だ。孫の顔が見れる日もそう遠くねえぞ」
 とっとと階段を下りていくので、その後を小の葉と一緒になって追いかけた。
「ちょっと、親父。俺の話を聞いてくれ。手を握り合ってたのはよ……」

「いいからカズ恥ずかしがるな」

 オヤジはトントンと階段を下りると居間に飛び込んで自分の席に座った。
「かあさん、ビール出してくれ。それと乾杯だ」
「どうしたの?」

「こいつら手を握り合ってた」

「あらー。おめでとう、カズ」
 なにとち狂ってんだ、お袋は。

「ち……違うって」
「いいじゃねか。男女の仲なんてなそんなもんだ」
「素敵じゃない。小の葉ちゃんこれからもよろしくね」

「あ、はい」

「お袋。俺の話を聞けって」
 どいつもこいつも取り付く島が無い。

 風呂上がりで頬を染めたお袋もバスタオルで頭を拭き拭き、カウンターキッチンの中に入りグラスを持ち上げ。
「おとうさん。あたしにもビール注いでよ。乾杯するわよ」
「おうよ。飲むかー」
「何かすぐに作るからね」
 お袋は親父に酌(しゃく)をされつつ、フライパンの先で風呂場を示して言う。
「小ノ葉ちゃんもお風呂入っておいで、出てきたらご飯だからね」
「あっ、はぁぁぁい。じゃイッチ、あたしたちも一緒に入ろっか」

「ぶふぁぁぁぁぁぁぁぁ」
 親父は含んでいたビールを派手に噴き上げて、夕げ前の居間に虹を架けた。

「汚ねえなー、親父!」

「おいおいおい。カズ……すげえなぁ」
 親父はテーブルの上を台拭きでワイプしながらも、目は楽しげだ。

「こ、小の葉。俺たちは別々に入るんだ。こいつらに冗談は通じねえぞ」


 そりゃぁ、まだ細部まで見せてもらったことはないが――いやいや細部ってどこまでが細部だ?
《細部ったら、身体の隅々までさ》
〔足の裏からずっと上がって……ムピョン〕
《だめだ。ちんちん丸が浮上しそうだ》

 青春時代は奥深いのである。「ニタリニタリ」としてみたり、「うーん?」と首を捻ってみたり、気づくと小ノ葉は一人風呂場へ、居酒屋夫婦は向こうで二杯目の乾杯をしていた。

「何だよ。また俺だけ放置状態かよ……」
 バカみたいじゃねえか。



◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



「はぁ……」
 半分以下になった湯船に浸かりながら、溜め息を一つこぼす。

〔寒いな〕《な……》
 膝小僧を抱えて小さく屈んでみるが、いくらがんばっても肩の先が外に出て、寒々としていた。
「小ノ葉のヤロー、まただいぶ飲みやがったな……」
 水を足してすっかり温度の下がった湯にじっと耐え忍び、バイトを募集していた商店はなかったか、と思い浮かべるものの、現状では思い当たらない。
 とにかく明日から就活だと胆に命じて風呂から上がり、二階の自分の部屋に戻ると小ノ葉がベッドに腰を落としていた。手には千円札を二枚摘まんで、嬉しそうに俺へと見せた。

「おかあさんからこれ貰ったの。これなあに? 食べられる物?」
「ティッシュじゃないぜ。それはお金だ」
「お金?」
「ああ。この世界ではその紙切れと代わりにいろいろな物を手に入れる仕組みになってるんだ」
「食べる物とかも交換できる?」
「もちろんだ。美味いものが食えるぜ」

「あたしたち可変種の世界にも似たようなものがあるわ。だとするとだいじな物だね。ならイッチにあげるよ」
「お前が貰ったんだ。自由にしていいんだぜ。何か欲しいものがあるだろ?」
 一度俺の手に渡った千円札二枚を小の葉に返した時、ふと頭の上で電灯が灯った感じがした。

〔おい。グッドアイデアがあるぜ〕
 何だよ、天使?
〔例えばだぜ、そこにある雑誌を分子に戻して、お札に再構成したらバイトしなくても、〕
《しっ! それ以上口に出すな、そりゃ犯罪だぞ》
 完璧に悪魔と天使の立場が入れ替わっていた。俺って相当に痛いな。

 確かに可能かもしれないが、バレたら手に輪っかが嵌るし、小の葉の存在が公になるだけでなく、悪の組織からも狙われることになる。
 それだけはしちゃなんねえ。
《だよなー》
〔クソまじめな奴め〕
 更生しろ、天使。
 ともかく俺の人格は多数決の末、反省することにした。

「これはお前の物だ。取っておけよ」
「あたしはいらないよ」
 小ノ葉はまろやかに微笑んで首を振る。
「あたしはイッチがいるからこっちの世界に安心していられるんだもの。これ以上欲しいものは無いわ」

「おおお…………」
 かわゆいことを言ってくれるなぁ。これで人間ならどれほど嬉しいことか。

「それじゃあ、そろそろ時間だから……」

「おっと。じゃあ自分の部屋に戻れよ。それから今日からベッドで寝るんだぞ」
「わかった。じゃあまた明日ね」

 夜はおっかなびっくりのスライム状態に戻る小の葉なのだ。せっかく盛り上がった二人の関係があいつの本当の姿を見た瞬間に寒々してしまうのも嫌だし、ここは耐えるべきだな。



 そしてまたもや悶々とした寝床の中。

 今日は色々刺激になるものを見て来たはずだから、きっと夢を見るだろうな。
〔夢を見たらそれが具現化するとか言ってたな〕
 ああ。俺でなくてよかった。
〔マジな。オレだと即行で靖さんの交番に突き出されるぜ〕

 小の葉ならどんな夢見るんだろな。

《覗きに行くか? 相棒?》
〔でもよ。布団の中で一升瓶か、サンダルに変身した小の葉が寝ていたらどうする?〕
《それも等身大だぜ。でっかい酒瓶が布団の中に転がっていたら千年の夢も冷めるぜ》
 だよな。ヒトに変身したときの小の葉のイメージが消えるのはショックは大きいからな。見ないほうが正解だ。

《ツルの恩返しのスケベオヤジにはなりたくない》
〔そうーだな。やめとくか〕

 なんだか虚しい夜であった。
  
  
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