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第四巻・反乱VR
ドンブリ専門店
しおりを挟む「おおぉ。こんな店もあんねんな。ドンブリ専門店やて」
「ドンブリ物と言っても奥の深い世界であるからな。専門店となると期待できるな。1800円もあれば美味い物が食べられるのではないか?」
「アホやな……。オマはんは銭を使うことばかり考えとんのか。下衆の極みやで」
「そこまでひどく言うなよ。人と違うみたいに聞こえるではないか」
「人とちゃうやんけ。電磁生命体や」
チャリーン。
「あ、まぁ違うわな」
ちなみに今の会話で10円増えた。
「ええか。飯食うのはこの後や。もう一儲けするデ」
そう言いのけたギアは、ぱさっと暖簾(のれん)を掻き上げてガラスの引き戸を右に引いて店内に入った。
「じゃますんでー」
寸時の間が空いて、奥からしゃがれた声が。
「ジャマすんねんやったら、帰ってやー」
ん? どこかで聞いたことのある声と会話。
「ほうかー。そら悪かったなー」と言ってギアはいったん外に出てガラス戸を閉めた。そして、
ガラガラガラ……。
「ごめんやでー」
暖簾を掻き分けて首だけ出す。
「謝るような悪いことした人はお断りやー」
再び、聞き覚えのある声と、聞いたことのあるセリフ。
「ほんまやなー。すんまへーん」
またもやいったん外に出たギアは律儀にも扉を閉めて、再度開けると暖簾を翻して大声で言う。
「アホか! 客やがな、おやさん!」
チャラチャラチャラリーン。
こんなベタな笑いに結構な小銭が支払われたようである。
「なんや。お客はんかいな。それやったらそう言いなはれ」と言って店の奥からできたのは、
「あー。おっちゃんは海の家の……」
と口をぽかりと開けたのはギアと我輩である。
キヨ子の夏休みに、子供らしい絵日記を書かせようと向かった高楼園浜で営業していた海の家の店主であった。
「へぇ。そうでっせ。夏場はドンブリモンの出が悪いんで、海の家をやらせてもろてます。そん時のお客はんでっか。すんまへんな。最近ボケてきて顔がよう思い出せまへんねん」
「あ、あ。いや、そらしゃあない。ぎょうさんの人と出会うとるからな」
あの時はオモチャの四輪バギーでした、とはとても言えないのである。
「せやけど……その口調と大阪での正式な訪問作法を完璧にこなせる人……なんか記憶にあんねけどなー」
これが正式だというのか。めんどくさい町だな、大阪は。
チリーン。
「そりゃ、ワシとちゃうワ。他人の空似やろ……。ほんで座らせてもらってもええか?」
「へぇー。そりゃもう。すんまへんな。どうぞ奥へ」
腰の曲がったジイさんは海の家の時のまま健在であった。
接客の準備をしに奥へ入ったジイさんの後ろ姿を見送りながら、
「しかしさすがやな。ドンブリ専門店とは考えたやんか」
「へぇ……」
ひとまず厨房から返事だけを済ませ、店内に戻って来たジイさんは、番茶とおしぼりをテーブルの上に並べていく。
「おおきに。たいがいの物はできまっから、なんでもゆうてくだはれやー」
と告げてからジイさんは盆を腹の前で抱いて背筋を伸ばし、ギアは我輩に目配せをしてにたりと笑った。
またあの手を使う気だな。
チャリーン。
期待感も含んだ対価がいまポケット内に発生したようである。金額は後ほど。
それにしてもこのジイさん、ニコニコして。こっちはステテコと白衣のコンビだ。白衣の下なんか真っ裸(ぱ)なのだぞ。こんなアンバランスなコンビを目の当たりにして怪しいと思わないのか? なぜそんなに自然に接するコトができるのだ。普通は眉の一つもひそめるだろ?
なのに……まったく動じないとは……何なんだ、大阪は?
「何しよっかなぁ――」
驚きまみれる我輩をよそに、いかにも迷った振りをして、ギアは視線でお品書きを一巡する。
「色々あって目移りするでホンマ……。あっ、海鮮丼!」
「へっ。海鮮丼でっか。うちの魚は新鮮でっせ。てて噛むイワシや!」
「てて噛む?」首を捻るのは我輩で、「手に噛みついてくるほど新鮮なイワシを使ってるちゅうことや」とギアの説明が入る。
「へぇ、そうでおます」
「でな。おやっさん……。海鮮丼はいらんわ」
おいおいせっかく言ってくれたのに……。
「代わりにな……親子丼! と……カツ丼!」
「親子とカツ丼でっか? へっやらせて、」
「それとぉ……」
ギアはジイさんの言葉を遮り、
「玉子丼にイクラ丼……ブタ丼!」
「玉子にイクラ、ほんでからブタ丼でっか?」
「うに丼!」
「ウニでっか?」
「マグロ丼!」
「…………?」
「牛丼! ……もあるんやな」
と言ってから。伝票から離した丸い目をもたげるジイさんに、ギアは大げさに仰け反った。
「なんやんねん。メニューを読んどるだけやがな」
チャリリィーン。
ジイさんは苦笑いを浮かべながら再び伝票へ目を転じ、ギアは少々の間を空けて物を言う。
「せやけど、テレビでやっとるようなドンブリばっかりやな。なんぞ珍しいモンでも出さな専門店とは言えんで、おやっさん」
ギアの言葉は的を射ているので、ジイさんは身を乗り出す。
「どんなんがよろしおます。なんでも作りまっせ」
「ほーかー。なんでもできるかー? うぷ、うぷぷぷ」
「なんかオモロイでっか?」
「あ、いや。こっちの話や」
チャリリーン。
「ほな。ワシはあれにしよ。九州の名産を入れたドンブリや」
「へぇへぇ。そうなると黒豚か……明太子でんな」
「アホか。そんなんありきたりや、いらんわ。もっと九州をアピールしたヤツがええ。せや、ワシは『おいドン』するワ」
さっと我輩の袖を引いて合図が入る。
「ならば我輩は『ヨーイ丼』が食べてみたいな」
「アホな。そんなんできまっかいな。何でんねん『よーいどん』って?」
「さっき何でもできるちゅうたやないかい」
「あ。いや……」
「しゃない、おやっさん。『半ドン』でええから、二人前たのむワ」
「いまどき『半ドン』て言う人おりまへんで。そんなんできまへん」
「たどん(炭団)でもいいのだが」
と言う我輩に情けない顔を見せて、ヘコヘコ腰を曲げる。
「それ知ってる人が何人いてまんの?」
ギアはすかさず立ち上がって、
「あかん! ゴア、帰ろ。ここは専門店の割りに、でけるドンブリが少な過ぎるワ」
「それはお客はんが無理難題言うからでんがな」
我輩はまだ『ハルマゲドン』と『プテラノドン』を用意しておったのだが……。
「うひゃひゃひゃ」
とギアは笑い飛ばし、
「おやっさん。堪忍してくれ、冗談や。せやけどこんなドンブリ専門店でやっていけんのかいな?」
「たぶんやけど、大丈夫やと思います」
「エライええ加減な返事やな?」
「へぇ。ドンブリだけに……どんぶり勘定でおます」
チャリ、チャッ、チャララララチャリリィーン。
「あひゃひゃぁひゃひゃ。はよ出てこいゴア」
腹を抱えて大笑いをしながら、ギアは暖簾(のれん)を掻き上げた姿勢で振り返った。
「おもろかったけど。おやっさんのほうが一本上手やったな。オチまで用意しとったがな。うひゃひゃひゃひゃ」
散々笑いあげた後、ギアは歩き出した我輩の袖を引っ張った。
「けっこう景気のエエ音がしとったけど、ポケットの中どうなった?」
「おおお。3500円にもなったぞ」
「みてみい。これでホンマの飯が食えるがな」
「なら、今の店へ戻ろうか?」
「アホ。ワテはドンブリ物は嫌いや」
わがままな奴……。
しばらく行って、ふと疑問に思う。
「ギア……」
「なんや?」
「ここのエモーショナリティコインシステムはなぜに小銭ばかりなのだろう?」
「知らんがな。でも小銭をバカにしたらあかんで。チリも積もればや」
「総額3510円にもなるとポケットが重くてな……どこかで両替してもらえないかな?」
「贅沢なやっちゃで……」
必ずこいつはひと言多いのである。
「貸してみいや。よう見とけよ。ワテの両替は損せえへんからな」
「いや。両替なのだから損とか得は無いだろ。ヒフティヒフティだ」
「アホ。そんなん両替とちゃうワ」
「ええっ?」
意味不明なのだ。
だがギアは自信満々の振る舞いで我輩からすべての小銭を掴むと、中から10円だけを返して、すたすたと歩き出しだ。
数百メートルほど行ってギアの足が止まる。タバコ屋の前である。
ガラガラと小さなガラス窓を開けて、中でテレビを見ていたツルっぱげの年寄りへと声をかけた。
「ジイちゃん。悪いけど小銭を札に両替してほしいねん」
「構いまへんで。小銭は大歓迎や。銀行まで行く手間が省けまっからな」
と言ってガスラ窓から体を乗り出したオヤジさんへ、
「ほな手え出してや。ひい、ふう、みい……四(よぉ)……」
古臭い数え方だな。
「五(いつ、六(むぅ)、七(なな)、八(やぁ)、せやけどここんとこエエ天気が続くなぁ。お孫はん連れてどっか遊びに行ったん?」
「今度の土曜日に阪神パークへ連れてってあげる約束してまんねん」
「ほう、それは殊勝なことや。喜ぶで……十(とぉ)と……あそこな白いトラがおるらしいからな。勉強になるデ。拾二(じゅうに)、拾三(じゅうさん)……」
ん? 今2、3枚飛ばなかったか?
「三拾(さんじゅう)と。な。100円玉が3000円分や。それと50円が、ひい、ふう、みい……」
また一枚ずつオヤジさんの手の平に重ねていき。
「帰りはデバートでアイスクリンでも買(こ)うたりぃな、六(むぅ)、七(なな)、お孫はん、喜ぶデ」
「そうでんな。梅田に寄って阪急デバートでも連れて行きますワ」
「そうしい。あそこのお子様ランチは最高らしいで、九(きゅう)、拾(じゅ)っと。ほな、50円玉が10枚や。全部で3500円な」
「へぇ。両替(りょうがい)させてもらいます」
と言うと、よく確認もせず、オヤジさんは千円札3枚と500円玉を一つ出した。
「おおきにな。これでポケットが軽なったワ。またタバコが切れたら、この店寄らせてもらうデ」
と言って、ギアは首を捻る我輩を引き摺るようにして店を離れた。
「こら。振り返るな。気付かれる前に消えるデ」
「今、100円玉数枚と50円は確実に2枚分、数えるのを飛ばしたぞ」
にたりとしてギアは手の内を見せた。200円と50円玉が2個。そして千円札が3枚に500円玉が1枚。合計3800円だった。
「釣銭詐欺ではないか!」
「し――っ。でかい声出しな! ここは実世界とは違うちゅうとるやろ。ワテの想像が具現化した世界なんや。ここでは犯罪とちゃうんや」
チャリチャリチャリーン。
またもや我輩のポケットに小銭の音が続いた。
つまり、ギアの言葉を容認する証なのだ。
おそらく、リョウコくんが楽しければオーケーなのだろう。そんな世界ありなのか?
巷にあふれる『異世界転生モノ』と比較してどうなのだ。これでいいのか?
う~む。誰も何も言わないので納得するしかないのである。
だが決して良い子の坊ちゃん、お嬢ちゃんは実世界で真似をしてはいけないのだ。釣銭詐欺として即行で刑務所行きなのである。
「なに説明しとんねん? ホンで今の対価はなんぼやった?」
急いで右ポケットから小銭を出す。
「120円だ」
「そうかぁ。ネタがちょっと古すぎたな」
「ネタ? いまの釣銭詐欺がネタだというのか?」
じっと我輩の目の奥を見て。
「オマはん。ネット彷徨って世間を勉強している割に『腐った太鼓』やな」
「腐った太鼓?」
「ドン臭い、や」
何が言いたいのかよく解らないが我輩の腕を引っ張って、
「まあええ。よっしゃタコの公園へいったん戻るで」
そう、タコの頭で足が滑り台になった遊具が設置してある公園へと戻った。
ベンチに二人並んで座る。一人は某球団の野球帽と同系統の黒と黄色の縦縞模様の派手なハッピ。一人はすね毛を露わにした白衣姿。時間はお昼を少し過ぎた頃。どう見てもあまりよろしくない光景ではあるのに、そばをバイクで通った警察官が、わざわざ単車を止めて我輩たちに向かって敬礼をした。
「ごくろうはんでんな。撮影は順調やデ」
警官はニコニコ顔で走り去り、ギアは肩をすくめる。
「ホンマ平和な町やで……」
そして道路に背を向けると自分のポケットから小銭を出してベンチの上に並べた。
まだ続くぞ…………。
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