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婚姻編
勝者の願い
しおりを挟む下級兵士の勝ち抜き戦が終わり、もう訓練も終わりなはずなのに、閉会の挨拶もなく会場がザワザワとしている。
「殿下、失礼します。面倒な事になりまして」
ユアンさんが私達の所に来て言う。
リヒト様が目線で先を促すと、とんでもない言葉を口にした。
「ヴィクトランが殿下との真剣試合を褒賞に望みました。陛下の許可がおりてしまい……」
「だ、駄目っっ!!」
そんなの絶対に駄目だ。ユリウス様はお強いし、二人の仲は最悪なのに。絶対に怪我をしてしまう。
リヒト様はするりと立ち上がると私の頭をぽんぽんとしてからユアンさんに何か指示をして出て行ってしまった。
私には、何も言わずに。
「つむぎ嬢、殿下のご命令です。私と二階へ参りましょう」
クロム君が翼を出して飛びながら私の手を引く。普通に手を繋ぐのはまだ届かないクロム君が最近編み出した方法で、これをされると私の力では抗えない。
二階席について、またハイテンションの陛下が私の元に来ようとしたけれど、ユアンさんとルース君が私の両隣に立って、クロードさんとリツさんが陛下側に立つという厳戒体制がひかれ、陛下は私の元に来る事が出来ない状態にされていた。
頭がぐらぐらする。
何故ユリウス様はそこまでするんだろうか。
真剣試合と言ってた。
木刀を使わない?
リヒト様もユリウス様も怪我をしたらどうしよう。
ユリウス様はあんなに強かった。クロム君が夢中で見ていたぐらいだもの。私のせいでリヒト様が怪我をしてしまうかもしれない。
「おじょ、こわい、ない。いっしょ、する?」
また手すりの上からクロム君が呼んでくれて、フラフラとクロム君のところまで行く。
抱きしめたいけれどそれは駄目みたいなので体をくっつけて横に立つと、小さな手で私の手を握ってくれた。
会場にはユリウス様がお一人で立っている。腰にはよく見たシルバーの近衛騎士団の剣。
その時、割れんばかりの声援と共にリヒト様が会場に上がる階段を登って来た。
男の人の割れるような声と、女の子の悲鳴のような黄色い声援が混ざって会場が揺れているような錯覚を覚える。
リヒト様は刀の大小をさしていて、全く表情がない。
いつもみたいに怒ったりイライラしてるのかと思ったのに。
「殿下大丈夫かな~」ルース君が言う。
「大丈夫ではなさそうですね。あのご様子」
斜め後ろでルース君とユアンさんが話しているのが聞こえ、私が振り向いてどういう意味か聞こうとした時に始まりの銅鑼の音が鳴り響いてしまった。
クロム君がわくわくした顔をしてる横で私は胸が潰れそうだった。何故こんな事になっているの。私のせい?ユリウス様には何度もお断りをしたはず。
リヒト様は抜刀したけれど構えてはない。
ユリウス様は前に構えてじっと動かない。
このまま時が止まればいいのに。
ゆらっとリヒト様が揺らめいて、前にゆっくり進む。一歩一歩進むごとに空気が重くなって、ビリビリする。
「クロム、風魔法の応用、魔法壁。おまえで足りなきゃ助けてやる」
口調の変わったルース君がクロム君に言う。
クロム君が繋いでいない方の手を前にかざして魔力を込めた様だった。
ここには結界が張ってあるって言っていたのに、それだけじゃ足りない?どういう事?
息苦しさすら感じるほどの圧力がある。
リヒト様は無表情で瞳孔が完全に開き、目に光がない。
観客席にいる獣人の女の子達がバタバタと倒れていくのが見える。中には男の獣人でも突っ伏してしまっている人がいる。
竜人であろう人たちだけが残って戦いの様子を興奮して見守っている。
ユリウス様が床を蹴ってリヒト様に突っ込んで行ったけれど、リヒト様が刀を一振りしたただけで後ろに吹っ飛んだ。
ユリウス様の身体中に無数の傷がついて、血が流れている。王子様みたいなお顔にも。
リヒト様は無表情のままでユリウス様が着地した場所までまたゆっくり歩く。
体制を立て直して剣を構えたユリウス様がまた突っ込んでいき、二人の鍔迫り合いが始まったとたんにどんどんユリウス様が力で押されて行く。どんな力が働くのかリヒト様とユリウス様の立っている石の床がめり込んで崩壊して行く。
リヒト様が力で推して、ユリウス様の剣が折れ肩からザックリと袈裟懸けに斬られたところで私の叫び声が会場中に響いた。
「もうやめて!!もうやめてぇ!!!」
足がもつれる。いそいで階下に走る私のあとからいろんな声がする。
階下に着いて見た光景に、私は息を呑んだ。
————リヒト様が血だらけのユリウス様の首元を片手で持って持ち上げていた。
「リヒト様!!もうやめて!お願い!もうやめて!!」
私の言葉に視線だけを投げて、またユリウス様を見た後リヒト様はユリウス様をその場に捨てた。文字通り、捨てた。
そのまま会場を出て行くリヒト様は私の方を振り返りもしなかった。
会場がどっと湧くのと同時に救護班らしき人達がユリウス様を運んでいく。
担架が救護室に入ると同時に止血の処置がなされていく。
「離れてください。お願いします。少しの間でいいの」
私の言葉に皆唖然としている。この国で、私はお披露目をされたわけでも有名な訳でもない。私の顔を知らない人達はいっぱいいる。
私の後から慌てて入室してきたユアンさん達が指示をしてくれて、人払いをしてくれた。
「ユリウス様」
「…………つむ……ぎ」
「今だけ、まだ私を思っていて下さいね」
私の魔力をユリウス様に。ユリウス様から私にと循環させる。
白金の光が私とユリウス様を包んで消えて行く。
良かった、ちゃんとできた。スムーズに力が循環できた事に少し胸が痛んだ。
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