113 / 173
最終章 人族編
すれ違う妊娠報告
しおりを挟む内外不侵宣言の効力が切れる一週間前にあちらから親書が届いた。
混乱により破棄の儀が遅れた事への丁寧な詫びと、竜国へ訪問し、神約破棄の奏上を行いたい旨が綴ってあった。
紬や子供達の事は一切書かれてはいないのに、どこかに痕跡が無いかと何度も確認をしてしまう。
火の消えたような離れは昼間だというのに暗く、天馬達も察しているのか庭には来ない。
人気のない暗い離れで一人過ごす事が増え、何か抜け道は無いかと日々エルダゾルクの国史を漁る。
「殿下、御支度を」
ユアンが庭伝いに来て告げる。
後一刻ほどで、奴が来る。
————殺してやりたい。
人間の息の根を止めるなど簡単な筈なのに。
中立者とは関係なく、俺達竜国の犠牲となった紬の種族だと思うと、それも憚られるような気がして身動きが取れない。
「ああ、すぐいく」
「紬嬢と子供達の情報を必ず聞き出しましょう」
「ああ」
上空に迫る天空領を仰ぎ見て唇を噛んだ。
◇◆◇
「これで長きにわたる両国の確執はなくなりましたね。人国の危機を約束通り救って頂いた事、感謝申し上げます」
兄上と堤が七百年前当時の神約証書を手をかざし出し、出した側から両国が燃やしていく。我が国の証書は金の光になって、人国の証書は赤の光のカケラになって消滅していった。
「三ヶ月もお待たせしてしまい、申し訳ありませんでした。何せ神を領土にお迎えしたのと同義でしたので…………お怒りになってはいないかと憂慮しておりました」
やはり、中立者としてどこまで出来るのかを探っていたのだろう。
「王弟妃は大切にされていると確信していたからね、そうだろう?人国王」
こちらとしては動く理由がない事を強調する。
同時に紬達の安否情報を聞き出す兄上は何でもない風に言葉を紡ぐ。
俺が王でなくて良かった。つむぎと子供達を取られ、怒りのコントロールができる自信がない。
「それはもう。玲林さんは我らの神にも等しいお方ですよ?既に加護も発揮されております。本当にありがたい」
「へぇ、王弟妃が君の国にどんな加護を?」
兄上は言葉の端々に紬はあくまでこちらの国の王弟妃である事を滲ませる。
「妊娠が分かりまして」
「それは良かった。君の国は女性が少ないと聞いている。彼女らに加護がもう届いたのなら先は明るいのではないかい?」
堤はいったん口をつぐみ、口元だけにこりと笑う。
目を細め、俺を見る。
————「いえ、妊娠したのは彼女です。人国にとってかけがえのない子が産まれるでしょう」
ザワッと軍幹部達がざわめき出す。
こいつは今何を言った?俺の紬が……なんだ?
人国にとってかけがえのない子?
「まだ分かったばかりなんです。彼女もよろこんでいますよ」
耳の中で潮騒が聞こえる。視界が狭くなり、体内で魔力が暴走する。
「殿下!堪えてください!!」
ユアンが叫ぶ声がする。
兄上が瞬時に俺の周りに結界を張ったのが分かった。
漏れ出た魔力が暴走し、内部から結界を攻撃していく。
「弟が失礼をした。スーツというのだったか、袖口が切れてしまったね、怪我は?」
「ご心配なさらず。私は召喚でこちらの世界に来た者。私の能力は自己治癒ですので」
「あぁ、そうだったね。召喚者の女性は治癒、男性は自己治癒の能力なんだねぇ。男性の召喚者などこの世界で初だよ。珍しい能力だ」
笑顔だけで答え、堤は踵をかえす。
「両国の今後ますますの発展を願います」と頭を下げて、神官二人が堤に続いて退出して行った。
「リヒト、王族専用牢へ。鍵はかけない。あそこなら王族が暴れても壊れない。よく堪えた」
兄上に一礼だけし、ユアンに促され王族専用牢に自らはいる。
入ると同時に兄上の結界が切れ、暴走した魔力が部屋の壁にぶつかっていく。
怒りなのか悲しみなのかすらわからない虚無の中で右手を振ると、牢屋の壁にあたりガラガラと崩れ去った。
牢番が逃げ出す気配がしたが、何の感情も起こらなかった。手当たり次第破壊して塔の全てが瓦礫になったころ、ようやく自分が泣いている事に気がついた。
その場にしゃがみ、頭をかかえる。
「つむぎ…………それでも……俺は、お前が……」
◇◆◇
リヒト様は喜んでくれただろうか。
手紙だけでも託せるものなら託したかった。
赤ちゃんの話と、子供たちが私を守って騎士のようだよと伝えたい。
力の入らない私を抱き起こし、二人で支えて果実の汁を飲ませてくれる。
温泉のお湯を汲んで、私の体を優しく拭いてくれる。
毎日何度も外へ行き、川からマグカップに水を汲んできてくれる。魚を捕まえて戻った事もあったけれど、既に私はあまり物が食べられなくなっていた。
飲み込むのも億劫になってきた頃、私は卵を二つ産んだ。
痛みすら感じなかった。
ただただ誇らしく、両手を握ったお兄ちゃんたちの暖かさが嬉しかった。
双子の卵をお兄ちゃん達が優しくふいて、衣装箱に敷いたクッションの上にそっと置いてくれた。
案の定その日から襲撃が増えた。
出産日当日から襲おうとするなんて、女性を何だと思っているのか。
何度か昼間の神官を目にした時に、金槌を持参しているのを見てしまい、ああやっぱりと納得してしまった。
————彼らは卵を殺そうとしている。
心を決めなくてはならない。
————子竜達を、竜国にお返ししなければならない。この子達は竜国の宝だ。
私の役目は、もう終わったのだから。
◇◆◇
紬の妊娠の報は王宮内に衝撃をもたらした。
あれからまた二ヶ月が経ち、噂は目まぐるしく回る。
兄上のお考えは紬奪還から変わらないでいるため、軍幹部は皆何も言わないが、紬をこのまま人間国に置くのがいいのではないかと言い出す者たちもいる。
黒と紫ばかりで溢れていた王宮は、宮女の中からチラホラと元の着物に戻る者が出てきた。
「現在はまた海上に。昼の灯りを溜め、夜に周りを照らす為ルースが近づけません」
ユアンの言葉にルースが頷く。
「地上にいるはぐれた人間を探して保護し、天空領へ送るという形も考えたが、どの国に問い合わせても人間の確認は取れなかった。他に使者として入り込める案がない」
クロードが言う。
「軍が諦めようが関係ない。必ず取り戻す」
「「「 御意 」」」
三人の部下が後ろに続き、国軍会議の部屋の扉を潜る。
ズラリと並んだ幹部達が俺をすまなそうに見る。
「始めよう」
兄上の言葉にうなずいてみせ、席についたその時リツが転がるように飛び込んできた。
————「レスター殿下とクロムが!!!帰って来ましたっっ!!!!」
2,485
あなたにおすすめの小説
【完結】番(つがい)でした ~美しき竜人の王様の元を去った番の私が、再び彼に囚われるまでのお話~
tea
恋愛
かつて私を妻として番として乞い願ってくれたのは、宝石の様に美しい青い目をし冒険者に扮した、美しき竜人の王様でした。
番に選ばれたものの、一度は辛くて彼の元を去ったレーアが、番であるエーヴェルトラーシュと再び結ばれるまでのお話です。
ヒーローは普段穏やかですが、スイッチ入るとややドS。
そして安定のヤンデレさん☆
ちょっぴり切ない、でもちょっとした剣と魔法の冒険ありの(私とヒロイン的には)ハッピーエンド(執着心むき出しのヒーローに囚われてしまったので、見ようによってはメリバ?)のお話です。
別サイトに公開済の小説を編集し直して掲載しています。
【完結】番である私の旦那様
桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族!
黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。
バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。
オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。
気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。
でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!)
大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです!
神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。
前半は転移する前の私生活から始まります。
混血の私が純血主義の竜人王子の番なわけない
三国つかさ
恋愛
竜人たちが通う学園で、竜人の王子であるレクスをひと目見た瞬間から恋に落ちてしまった混血の少女エステル。好き過ぎて狂ってしまいそうだけど、分不相応なので必死に隠すことにした。一方のレクスは涼しい顔をしているが、純血なので実は番に対する感情は混血のエステルより何倍も深いのだった。
君は番じゃ無かったと言われた王宮からの帰り道、本物の番に拾われました
ゆきりん(安室 雪)
恋愛
ココはフラワーテイル王国と言います。確率は少ないけど、番に出会うと匂いで分かると言います。かく言う、私の両親は番だったみたいで、未だに甘い匂いがするって言って、ラブラブです。私もそんな両親みたいになりたいっ!と思っていたのに、私に番宣言した人からは、甘い匂いがしません。しかも、番じゃなかったなんて言い出しました。番婚約破棄?そんなの聞いた事無いわっ!!
打ちひしがれたライムは王宮からの帰り道、本物の番に出会えちゃいます。
龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜
クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。
生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。
母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。
そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。
それから〜18年後
約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。
アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。
いざ〜龍国へ出発した。
あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね??
確か双子だったよね?
もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜!
物語に登場する人物達の視点です。
【完結】胃袋を掴んだら溺愛されました
成実
恋愛
前世の記憶を思い出し、お菓子が食べたいと自分のために作っていた伯爵令嬢。
天候の関係で国に、収める税を領地民のために肩代わりした伯爵家、そうしたら、弟の学費がなくなりました。
学費を稼ぐためにお菓子の販売始めた私に、私が作ったお菓子が大好き過ぎてお菓子に恋した公爵令息が、作ったのが私とバレては溺愛されました。
ストーカー婚約者でしたが、転生者だったので経歴を身綺麗にしておく
犬野きらり
恋愛
リディア・ガルドニ(14)、本日誕生日で転生者として気付きました。私がつい先程までやっていた行動…それは、自分の婚約者に対して重い愛ではなく、ストーカー行為。
「絶対駄目ーー」
と前世の私が気づかせてくれ、そもそも何故こんな男にこだわっていたのかと目が覚めました。
何の物語かも乙女ゲームの中の人になったのかもわかりませんが、私の黒歴史は証拠隠滅、慰謝料ガッポリ、新たな出会い新たな人生に進みます。
募集 婿入り希望者
対象外は、嫡男、後継者、王族
目指せハッピーエンド(?)!!
全23話で完結です。
この作品を気に留めて下さりありがとうございます。感謝を込めて、その後(直後)2話追加しました。25話になりました。
月夜に散る白百合は、君を想う
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢であるアメリアは、王太子殿下の護衛騎士を務める若き公爵、レオンハルトとの政略結婚により、幸せな結婚生活を送っていた。
彼は無口で家を空けることも多かったが、共に過ごす時間はアメリアにとってかけがえのないものだった。
しかし、ある日突然、夫に愛人がいるという噂が彼女の耳に入る。偶然街で目にした、夫と親しげに寄り添う女性の姿に、アメリアは絶望する。信じていた愛が偽りだったと思い込み、彼女は家を飛び出すことを決意する。
一方、レオンハルトには、アメリアに言えない秘密があった。彼の不自然な行動には、王国の未来を左右する重大な使命が関わっていたのだ。妻を守るため、愛する者を危険に晒さないため、彼は自らの心を偽り、冷徹な仮面を被り続けていた。
家出したアメリアは、身分を隠してとある街の孤児院で働き始める。そこでの新たな出会いと生活は、彼女の心を少しずつ癒していく。
しかし、運命は二人を再び引き合わせる。アメリアを探し、奔走するレオンハルト。誤解とすれ違いの中で、二人の愛の真実が試される。
偽りの愛人、王宮の陰謀、そして明かされる公爵の秘密。果たして二人は再び心を通わせ、真実の愛を取り戻すことができるのだろうか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる