114 / 173
最終章 人族編
子竜の懇願 レスターside
しおりを挟む精巧な彫りのある長いテーブルの左右にずらっと座った軍幹部達。伯父上の側近とユアン達、俺の知らない軍の将軍達も沢山いる。
正面の伯父上と、左脇に座る親父の目の前のテーブル上に兄上と降り立つ。
「レスター、紬の様子は」
親父の低い声。そんなに怒るなら、すぐに助けに行ってくれればいいのに。
「母上は……あまり物を食べられず……お痩せになって……寝込むことが、多く……」
報告の途中なのに涙が溢れてきてしまう。
母上、大好きな母上。
優しくて、いい匂いがする俺たちの母上。
「親父!助けて……!助けて下さい父上!!竜国などどうなっても構いません!母上を!!母上を助けて下さい!!!」
兄上が俺の手を取りぎゅっと握ってくれた。取り乱した俺を落ち着かせようとして下さる。
「あるじ、これ、ははうえから、おとと、いもと」
繋いだ手を優しく離した兄上が懐から大事そうに出した袋に大人達が皆注目する。兄上が袋の結界を解いたので、漏れた魔力で皆何が入っているのか分かったみたいだ。
————母上の宝、俺たちの宝だ。
破いたクッションのわたの中にそっと入れられた小さな二つの卵。
親父と母上の魔力が混ざった匂いがする。
一つは男で、一つは女。竜の気配。
親父が目を見開いて固まってる。
母上が妊娠してるの知ってたはずなのになんだよ。
「やられたね~~~妊娠したって台詞だけで僕らをここまでおさえこむとはねぇ。誰の子かなんてあいつは一言も言ってなかったわけだ。まんまと騙されたねぇ。竜国王族を二人も取られるところだったよ」
伯父上が意味の分からないことを言いながら親父の背中をポンポンと優しく叩くのが見えた。
母上と親父の子に決まってるのに。
「ははうえ、たまご、守ってって」
「——————っ」
親父が絶句して額に手を当て天を仰ぐ。
「侵略を受けたわけじゃないからね。中立者として軍は動かせない。こちらが侵略者になってしまう」
「承知しております。私一人でも消滅させる事は簡単ですが…………それすら禁忌に触れる」
「そんな!親父!!母上はただでさえお身体が丈夫ではないのに!!」
「竜国とてこのまま黙ってはいないよ。彼女一人に竜国の歴史の汚点を背負わせるつもりは無い。辛抱強く交渉していく。竜国の国庫を全てあけ渡すことも考えている。彼女のおかげで百人の竜人の命が助かっただけではなく、長年の竜国の弱点であった神約が白紙に戻ったんだ。我が国の女神を見捨てたりは絶対にしない。人国だって彼女が大事だ。悪いようにはしないはずだよ?」
「そんな悠長では!!母上はいつも父上の元に帰りたいと泣いておられます!!なのに何故すぐに動いては下さらないのですか!!!」
伯父上は俺をじっと見て、それから哀しそうに言う。
「レスターは竜国王族としての教育がまだだったか」
中立者なのは分かってる!!俺達竜族から攻め入ればエルダゾルク神の怒りに触れる。けれど母上は人間だぞ!竜国の犠牲にしていい方ではない!!母上の犠牲の上の竜国など俺はいらない!!
「あるじ、ははうえ、みず、のめてない、水に、何か、盛られてる、毒じゃない、けど、ははうえ、いやがる、ぼくらの、もらって、くれない」
大人たちがざわめき出し、親父の殺気がビリビリと肌を刺す。
「リヒト、王命だよ、落ち着きなさい」
「グッッッ………………」
痛いほどの親父の殺気にドアの外に立っていた見張りの兵士がドサッと倒れる音がした。
「…………果物の汁を俺たちが手で絞っておりました。それなら飲んでいただけたのです!どちらかが残ると言ったのに!!二人で卵を守って欲しいと強くおっしゃられて……今はもう、俺たちがいないので……果実の汁すら、飲まれてはいないでしょう……」
「水は薬を混ぜているのではないのかい?あの子は人族にとっては神の如き存在だ。滅多なことはしないはずだよ。竜族百人の命を背負って彼女はあそこにいる。本来なら人間の彼女には関係ない種族である我々の為に。帰りたいだけではだめなんだよ。個人の感情は神の前では何の役にも立たない。人国に悪意がないのもこちらが動けない要因だ。人国が彼女に助けを求めて、彼女がそれに答えたという図式を崩せない。こちらが攻撃すればエルダゾルク神の怒りに触れる。竜国の国民全てが危険に晒される」
そんな!なんで……!神々は母上を愛しているはずなのに!なんで母上をくるしめる!?
「あるじ、ぼく、契約解除、する」
ザワッと幹部達が兄上の言葉にざわめく。
兄上は何を言っているの?
エルダゾルク神との解除を何故兄上が?
「エルダゾルク、関係なくなる。ぼく、たすけにいく」
「許さん」
親父が短く答える。眉間に皺がよってる。大人が皆苦しそうな顔をしている。
「クロム、それをするとね、君は中立者の立場ではなくなるから彼の国へ攻め入る事はできる。こちらの軍部がそれをするのは御法度だけれど子供の君には適用されない。できる……けれど……君とつむぎちゃんの親子の縁も切れてしまうし二度と同じ契約は結べない。君にも重い神罰がくだるよ?」
「いい。おじょう、たすける」
兄上が母上をお嬢と呼んだ?お嬢?何?何で?
「兄上!!!!何で!!!?そんなの駄目だ!母上が許さない!!」
今度は俺が兄上の手を取り強く握る。
兄上は俺を見てにっこり笑う。何故?俺は馬鹿だから分からない。兄上は何を考えてる?
「みんな、おじょう、見てない、分かってくれない。このままじゃ、しぬ」
ヒュッと息を呑む音が自分からしたのが分かった、俺が考えないようにしてきた事。
痩せて起き上がれなくなった母上の華奢な身体と細い声。
「ゔぅっ!!ゔあ゛ぁぁああ!!!!母上っ!!母上っっ!!」
俺と兄上の会話に軍幹部達がまたざわめき立つ。
みんな何も知らないくせに!!
親父の離れにいた時の様に大切にされてると本気で思っているのか?
「人間、おじょうの血と肉、食べようとしてる、加護、貰えると思ってる。もう、長く、もたない」
驚愕の顔の大人たち。親父が跳ねる様に立ちあがりガタンと椅子が転がった。
「クロム……それは…………君は向こうで偵察をしていた、という事で合っているかい?臣下として、王である私への正式な報告と、捉えて良い?」
伯父上はそこで長く息を吐くと、兄上の肩を持ってまっすぐ目を見て低い真剣な声を出す。
「クロム•レイリン、嘘偽りなく我に真実の奏上をしたと誓えるか」
伯父上が慎重に紡ぐ言葉に兄上がテーブル上で跪き、頭を垂れる。
「ははうえに、誓って」
偵察?いつ?兄上はいつも母上から離れなかった。夜?俺は嘆くばかりで何も出来ていなかったのに、兄上はやるべき事をしていた?
『「 クロム!!!よくやった!!!! 」』
伯父上と親父が同時に叫び、軍幹部達がザッと立ち上がる。
「 明確な悪意と竜国王弟妃弑虐計画、竜国が攻め入る大義名分に十分だ!!よくやってくれた!我が甥っ子達!!」
伯父上はそう言って、王家の報告書類を出して神に奏上を始めた。
「すぐに出陣する!!クロム、レスター!天馬出陣を許可する!二人ともよくやった!大暴れしていい!宝を取り戻しに行くぞ!!!」
親父がやっと立ち上がってくれた。
俺の兄上はやっぱりすごい。
「レスタ、ぼくの軍服、前の、あげる」
「はい兄上!!!ツキ達と、刀を取りに参りましょう!!!」
3,459
あなたにおすすめの小説
【完結】番(つがい)でした ~美しき竜人の王様の元を去った番の私が、再び彼に囚われるまでのお話~
tea
恋愛
かつて私を妻として番として乞い願ってくれたのは、宝石の様に美しい青い目をし冒険者に扮した、美しき竜人の王様でした。
番に選ばれたものの、一度は辛くて彼の元を去ったレーアが、番であるエーヴェルトラーシュと再び結ばれるまでのお話です。
ヒーローは普段穏やかですが、スイッチ入るとややドS。
そして安定のヤンデレさん☆
ちょっぴり切ない、でもちょっとした剣と魔法の冒険ありの(私とヒロイン的には)ハッピーエンド(執着心むき出しのヒーローに囚われてしまったので、見ようによってはメリバ?)のお話です。
別サイトに公開済の小説を編集し直して掲載しています。
【完結】番である私の旦那様
桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族!
黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。
バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。
オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。
気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。
でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!)
大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです!
神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。
前半は転移する前の私生活から始まります。
君は番じゃ無かったと言われた王宮からの帰り道、本物の番に拾われました
ゆきりん(安室 雪)
恋愛
ココはフラワーテイル王国と言います。確率は少ないけど、番に出会うと匂いで分かると言います。かく言う、私の両親は番だったみたいで、未だに甘い匂いがするって言って、ラブラブです。私もそんな両親みたいになりたいっ!と思っていたのに、私に番宣言した人からは、甘い匂いがしません。しかも、番じゃなかったなんて言い出しました。番婚約破棄?そんなの聞いた事無いわっ!!
打ちひしがれたライムは王宮からの帰り道、本物の番に出会えちゃいます。
混血の私が純血主義の竜人王子の番なわけない
三国つかさ
恋愛
竜人たちが通う学園で、竜人の王子であるレクスをひと目見た瞬間から恋に落ちてしまった混血の少女エステル。好き過ぎて狂ってしまいそうだけど、分不相応なので必死に隠すことにした。一方のレクスは涼しい顔をしているが、純血なので実は番に対する感情は混血のエステルより何倍も深いのだった。
龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜
クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。
生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。
母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。
そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。
それから〜18年後
約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。
アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。
いざ〜龍国へ出発した。
あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね??
確か双子だったよね?
もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜!
物語に登場する人物達の視点です。
【完結】胃袋を掴んだら溺愛されました
成実
恋愛
前世の記憶を思い出し、お菓子が食べたいと自分のために作っていた伯爵令嬢。
天候の関係で国に、収める税を領地民のために肩代わりした伯爵家、そうしたら、弟の学費がなくなりました。
学費を稼ぐためにお菓子の販売始めた私に、私が作ったお菓子が大好き過ぎてお菓子に恋した公爵令息が、作ったのが私とバレては溺愛されました。
転生したら悪役令嬢だった婚約者様の溺愛に気づいたようですが、実は私も無関心でした
ハリネズミの肉球
恋愛
気づけば私は、“悪役令嬢”として断罪寸前――しかも、乙女ゲームのクライマックス目前!?
容赦ないヒロインと取り巻きたちに追いつめられ、開き直った私はこう言い放った。
「……まぁ、別に婚約者様にも未練ないし?」
ところが。
ずっと私に冷たかった“婚約者様”こと第一王子アレクシスが、まさかの豹変。
無関心だったはずの彼が、なぜか私にだけやたらと優しい。甘い。距離が近い……って、え、なにこれ、溺愛モード突入!?今さらどういうつもり!?
でも、よく考えたら――
私だって最初からアレクシスに興味なんてなかったんですけど?(ほんとに)
お互いに「どうでもいい」と思っていたはずの関係が、“転生”という非常識な出来事をきっかけに、静かに、でも確実に動き始める。
これは、すれ違いと誤解の果てに生まれる、ちょっとズレたふたりの再恋(?)物語。
じれじれで不器用な“無自覚すれ違いラブ”、ここに開幕――!
本作は、アルファポリス様、小説家になろう様、カクヨム様にて掲載させていただいております。
アイデア提供者:ゆう(YuFidi)
URL:https://note.com/yufidi88/n/n8caa44812464
ストーカー婚約者でしたが、転生者だったので経歴を身綺麗にしておく
犬野きらり
恋愛
リディア・ガルドニ(14)、本日誕生日で転生者として気付きました。私がつい先程までやっていた行動…それは、自分の婚約者に対して重い愛ではなく、ストーカー行為。
「絶対駄目ーー」
と前世の私が気づかせてくれ、そもそも何故こんな男にこだわっていたのかと目が覚めました。
何の物語かも乙女ゲームの中の人になったのかもわかりませんが、私の黒歴史は証拠隠滅、慰謝料ガッポリ、新たな出会い新たな人生に進みます。
募集 婿入り希望者
対象外は、嫡男、後継者、王族
目指せハッピーエンド(?)!!
全23話で完結です。
この作品を気に留めて下さりありがとうございます。感謝を込めて、その後(直後)2話追加しました。25話になりました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる