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最終章 人族編
媚薬
しおりを挟む脱いだ下着や着物は一応無事だった。怖いので、温泉のお湯で下着は手洗いして、部屋の中の目立たない所に干した。朝一で回収しよう。
部屋の中に置かれていた衣装箱の中に子供達のパジャマと下着、シャツやズボンが入っている。これを置きに来た人が、お風呂を覗こうとしたのだろう。
ローテーブルには子供用の可愛らしいマグカップが二つおいてあり、中には水が入っていた。
私用に用意されたであろう水差しに入れられた水は独特な甘い香りがする。
怪訝な顔をした私のそばに来たクロム君が同じように匂いを嗅ぐ。
「毒、違う。なんだ?くすり?」
ビタミン剤でも入っているのかな。喉も乾いたし、
コップに一杯だけ飲んで、三人でお布団に入った。
子供達の体温が暖かい。
すぐにまどろむような眠気が来て、私は意識を手放した。
◇◆◇
全身の燃えるような熱さで目が覚めた。
子供達はスヤスヤとねむっている。
はぁはぁと息があがる。リヒト様の腕の中に行きたい。彼にキスをしてもらいたい。象徴華を撫でて、執拗に落とされるキスに溺れたい。と思った所で気がついた。
————あの水、媚薬だ。
堤さんは何を考えているの!?こんなの普通じゃない!
カチッと玄関の開く音がする。
縁側に続く、閉じた襖の向こうからも音がする。
叫ぼうと声を出したのに、ヒュッと喉から音が漏れただけだった。バクバクと鳴る心臓がうるさい。
はぁはぁと息が上がり、苦しくさえある。緊張と、薬による興奮で酸欠になっている。
「ははうえ、大丈夫」
クロム君の声がして、気がつくとクロム君の作る結界の中に三人とも入っていた。白い色が付いていて、もう周りは見えない。
「もう、大丈夫、気配、ない」
クロム君がパチンと指を鳴らして結界を解いた瞬間にトイレに駆け込みゲェゲェと迫り上がって来ていた全てを吐き出した。胃液しか出なくなってようやく体が楽になった。
気づけば二人の息子が心配そうに私を覗き込んでいる。
「あり、ありがとう、クロムくん、た、助けてくれて……」
クロムくんは私ににっこり笑いかけたあと、レスターに向く。
「レスタ、寝てる間、魔球壁、どれくらいもつ?」
「色をつけなければ五時間、つければ三時間ほどだと思います」
「ん、分かった、色つき、順番にかける。消える時、少しだけ、殺気出るように、先に、込めて」
「承知しました。兄上が気づき、母上が起きない程度の殺気ですね?」
「ん。僕のも込める、先にレスタ、やっていい」
「うぅっ…………ぅあっ…………」
ひきつけのように泣いてしまい、止まらない。
二人の子竜が身体を撫でてくれる。
そのままわんわん泣いて、はたと気がついてクロム君にお願いする。
「クロム、くん、み、水差しの水を、そ、外に、捨てて!」
頷いたクロム君が襖を開けて水差しごと外に投げた。
庭の奥、塀の向こうまで飛んでいき、遠くのほうでガシャンと音がしたのが聞こえた。
そのまま庭に飛んでいったクロム君は、リンゴを一つ手に持って帰って来た。
風の魔法なのか器用に皮を切り、マグカップに入れて魔法を込め、私に手渡してくれた。
「ははうえ、これ、大丈夫」
「あり、ありが、ありが、」
今度はガタガタと震えてしまいうまく言葉を紡げない。レスターがマグカップに手を添えてくれて、私の口に傾けてくれた。甘ずっぱい液体が喉を心地よく通る。
「母上……ここにいるどの人間よりも我ら兄弟の方が強いです。お約束通り攻撃は致しませんが、我らの結界を破れる者はここにはおりません」
二人が手を引いてくれてお布団に横になると、レスターがまた指を二本スッと動かして三人を囲む白い魔球壁を作り出してくれた。
「兄上、部屋ごと覆いますか?」
「時間、短くなる。これで、いい」
二人が私の腕の中に潜り込んでくる。高い体温が冷え切った体に熱をわけてくれる。
ぎゅうぎゅうと二人を抱き込んで、うとうととし始めた子竜のミルクみたいな匂いを吸い込んだ。
そのまままんじりともせず眠ることはできなかった。
途中で微かな波動を感じたような気がした途端に、クロム君がガバッと起きて鋭い視線を送ると新たな魔球壁が出来上がっていた。
起きている私に気がついたクロム君が私の頭を撫でてにっこり笑う、レスターはぐっすり眠ったまま。
「ははうえ、もう気配ない、僕、警戒しながら、眠れる、ここにくる前に、わかる」
「ほ、ほんと?」
「ん、ほんと。て、つなぐ?」
「う、うん。ありがとう」
クロム君の手を握り、レスターを抱き寄せてやっと少しだけ微睡む程度の眠りについた。
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