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最終章 人族編
人間国
しおりを挟む「おはようございます。よく眠れましたか?」
仕立ての良いスーツ姿で朝から私達の部屋に入って来た堤さんが言う。
柔らかく後ろで束ねた髪に結ばれた白い組紐がサラリと揺れる。
「ここは恐ろしい地獄ですね、安眠など、ずっとできません」
彼は何があったか知っている。知ってて聞いている。
「まぁ人国といってもまったく日本と同じという訳ではないのですよ」
「少し、庭を歩きませんか」
「それは嬉しいですね」
私からの提案に本当に嬉しそうに笑う。
クロム君とレスターに縁側で待機するよう申し付け、私は堤さんとそれ程広くはない庭にでる。
ここで待っていてねと二人に言うと、クロムくんが私の動きについて来る結界にすぐに変更してくれた。
紫陽花が大輪の花をいくつも付け、薄青いグラデーションになっている間の小道を堤さんの後ろを歩く。
縁側から二人がじっとこちらを見ているのがわかる。
子供たちは昨日のレイプ未遂を、襲撃だと思っている。当たり前だ。まだ0歳と四歳なのだから。子どもに聞かせていい話では無い。
堤さんも分かっているのだろう、庭の一番奥まで私を案内し、話し出した。
「我が人国の人口は八十人程度です。それがこの世界の人間の数です。もっと悪いことに女性が生まれづらい。現在人間の女性はあなたを入れて五人」
「だから何をしてもいいと?他の女性達も同じように囲われているのですか!」
「ええ、そうですね、女性が屋敷を持ち、男がそこに通う。一妻多夫の様な……婚姻制度はもう既に崩壊しておりますのでみな性には奔放のようです。僕の提案では無いですよ?僕が来た時には既にここはこうなっていた。これがここの常識なのです」
「私には受け入れられません。すぐに辞めさせてください」
堤さんはため息をついて私を見る。
「では僕だけに致しますか?僕としてはその方が嬉しいですから、神官達はなんとか抑え込みましょう」
この人、何いってるか自分で分かっているのだろうか。私より一年ほど前にここに召喚されたと言っていた。おかしな価値観はたかが二年ほどで染み込む物なのか。
「それも拒否します」
「あなたにわがままを言ってもらえるのは嬉しいのですが……郷にいれば郷に従えと言うではありませんか」
二度目のため息をついた彼が続ける。
「神官達か、僕か。どちらかになります。ああ、村の男達も神官が一通り回れば来る様になります。一夫一婦制がお好みなら、僕にしておけばお得ですよ?王族がお好きなのでしょう?僕もここの王ですし」
吐き気がする。
もう話したくは無い。
「よく分かりました。あなたとも、もう話したくはありません。ここには来ないでください」
子供たちの方に向かって手を振り歩き出すと、二人とも縁側から飛んで迎えに来てくれた。
「僕はね玲林さん、あなたを見つめられればそれで満足なんです。時間はたっぷりあります、どちらがいいか、ゆっくり選んで下さい」
振り向くとヒラヒラと手を振った堤さんが私を優しい目で見ていた。
————気持ち悪い。
「二人ともお迎えに来てくれてありがとう、お部屋に帰ろう」
リヒト様の離れに似せて作られた偽物の離れ。
本物とは全然違う。安心も幸せもない。
形ばかり似せられた地獄。
◇◆◇
朝昼晩と御膳が出る。
毎日違う神官がわざわざ三人で御膳を捧げ持ちやってくる。
神官の数は15名ほどの様で、ローテーションを組んで私の部屋のお世話に来ている。
御膳をはこんだり、掃除をしたり、メイドの様に動いては去っていく。ギラギラとした目を始終私に向けて。
嫌がる私に気がついたのか、彼らが部屋に来る気配があると私の周りの結界が色付きの物に変わる様になった。一人は私と一緒に結界内に残り、もう一人は外で彼らを見張ってくれている。
子供達に頼りっぱなしの生活。
いつまでもつのだろう。
もう来るなと言ったにも関わらず、堤さんも毎日来ている様だ。
話しかけてくる声だけが結界の外から聞こえる。
天気がいいだとか、新しいプレゼントだとか、私の返答などなくともお構いなしに機嫌よく話していく。
三日目には二人とも外の音を遮断し始めたので、もう何も聞こえなくなった。
私自身は彼らの姿を見ないですんでいる。
「母上、もう少しだけお食べ下さい。お口に、合いませんか?」
「たまにね、あの甘い薬の匂いがするの。貴方達のご飯には何も無いはずだからいっぱい食べてね?」
「俺のを母上がお食べ下さい!」
レスターが青くなり自分の御膳を私の前に移動させる。
クロム君までスープのお椀を私に渡して来る。
「それはだめ。二人がちゃんと食べないのが私は一番悲しいの」
しゅんとした二人の口にそれぞれの御膳からせっせと口に運んでやると不安そうにしながらもちゃんと食べてくれた。
ただでさえ、竜人の子供達には足りていないと思う。
毎日メモで子供達の食事量を増やして下さいと下げる御膳に書き置いているけれど、目に見えた変化はない。
一番厄介なのが私の水がない事だ。
毎日取り替えられる水差しは媚薬入りで飲む事はできない。
子供達用の水は御膳と共にマグカップで出される。
子供達がせっせと庭から果物を集めて絞ってくれる。
————リヒト様に、会いたい。
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