【完結】2番目の番とどうぞお幸せに〜聖女は竜人に溺愛される〜

雨香

文字の大きさ
116 / 173
最終章 人族編

今いる場所

しおりを挟む

 クロム君がいる。あれ?戻ってきてしまったの?
夢かな、夢なら、レスターとリヒト様にも会いたいなぁ。

「クロム君……夢でも、また会えて嬉しい……」

「ははゔぇ……ゔぇっ……はは、うぇっ……」

 クロム君が額を擦り付けてくる。最後まで渋って泣いたこの子を初めて叱り、私を置いて行かせる辛い思いをさせてしまった。
夢でも、泣いているのが申し訳ない。

「つむぎちゃん?点滴やら何やらいれてるの、あまり動けないけれど我慢して?専属医の私が来たからにはもう大丈夫よ!」

 ルルリエさんが見える。私の体の至る所に付けられた管と、布団の上からビタっとくっついたクロム君の小さな重さが現実だと教えてくる。本物?

 そっと手を動かしてクロム君のふわふわの頭を撫でると泣き腫らした目でそれでもにっこり笑ってくれた。

「クロム君、たまごちゃん達を守ってくれたんだね。お兄さんだね、偉いね」

「母上!!!」

 レスターの可愛い声がする。

「レスター?頑張ってくれてありがとう、男の子だね、かっこよかった」

「ははゔえ~~~」

 レスターも私の手のひらに額を擦り付けて泣いている。

「りひと、さま」

「ああ」

「りひとさま……夢?」

「現実だよ。辛かったな、双子はちゃんと受け取った。そこにいるよ」

 ゆっくりとしか動かない首をやっと動かすと小さな座布団に寄り添うように置かれたニつの卵。
白い陶器みたいで時折りシャボン玉の様に煌めく。

 何がどうなったんだろう。帰ってきては駄目と言い聞かせた子供達と、リヒト様がいる。ルルリエさんまで。天国かと思って周りを見渡す。

「ここは……まだ、偽物の離れだね」

「お前がもう少し回復するまでは動かせないからな。早く元気になれ」

 そう言って抱き起こしてくれたので背中をリヒト様に預けると、後ろから口移しで甘い液体を流し込まれ、余りの美味しさにもっともっととねだるしぐさをしてしまう。

「甘くて、おいしぃ……」

 リヒト様は困った顔で笑い、「ただの水だよ……」とだけ言って私をぎゅっと抱きしめてくれた。

「テト達もいる…………リヒト様がいると、偽物の離れが本物に変わるね……」

 庭では天馬のテト達がのんびりと花をむしって食べていた。
うちの庭ではそんな事しないのに、ここでは容赦なくて笑ってしまう。

「一人で出産させてしまった。心細かったな。俺の子を二人もいっぺんに…………お前は俺の女神だな」

「一人じゃなかったよ。お兄ちゃん二人がついていてくれて頼もしかったよ」

「チビ達に感謝だな」

「元気になったら、うんと甘やかしてあげなきゃ」

 私の台詞に二人の息子がまたグリグリと額を擦り付けてきて可愛い。

 何がどうなったのか分からないけれど、今この時が嬉しい。


◇◆◇



 昼間に寝過ぎているからか、夜中に目が覚めた。
一緒に寝ていたはずのリヒト様がいない。
子供達は隣の部屋に襖を隔てて寝ているはず。
本当に?何もかもが夢で、子供たちは竜国へお返しして、リヒト様は来ていなくて……?
いつもあった白い結界がない。
今襲撃があったら私は蹂躙されもてあそばれるのだろう。

————毎日あった襲撃は何時ごろだっけ?

————どこから入ってくる?縁側?扉?

————どこか隠れる場所は?

 ハァハァと息があがる。
苦しくて、怖くて、喉からヒューヒューと音がする。

 押し入れもないこの部屋のどこに隠れるというのか。
トイレにもお風呂にも、鍵はないというのに。

 毎日の子供たちが作る魔球壁がどれだけ私に安心をくれていたのか分かる。

 私の役目は終わったと、ちゃんと決意したはずなのに、いざこの時がくると恐ろしくて冷や汗で全身が冷たい。

 シーツを被って重い体を引きずって部屋の隅で丸くなり、扉の方や縁側に続く襖を凝視したまま動けない。

「ふっ……ゔっ…………」

 涙が流れて止まらない。

————怖い。

 リヒト様以外に抱かれるなんて想像もできない。
怖くて怖くてたまらない。

 カチッと扉が開く音がする。
全身が水をかぶった様に冷や汗が出て、目の前がどんどん暗くなる。

「い……いやっ!こないでっ!嫌!!!」

 自分では大声で叫んでいるつもりなのに、吸い込んでばかりの喉はうまく音を発さない。夢の中で叫んでいるかの様にもどかしい。

「つむぎ!?どうした!!?」

 貧血をおこした時の様に目の前が暗く、既に視界はない。頭だけは冴えていて、恐怖ばかりが支配する。

「はっ……はっ………こないで!いや、嫌ぁ!!リヒト様!リヒト様!!!」

「紬!!大丈夫だ!!俺はここだ!!!もう大丈夫だから!!」

 ガバッと抱きしめられて、恐怖で身がすくむ。

「嫌!嫌っ!リヒト様!リヒト様助けて!」

「紬、目が……?」

 リヒト様の声が聞こえる気がする。
ダラダラと冷や汗ばかりが流れ、目の前は真っ暗のまま。

「ははうえ!ははうえ!!大丈夫、僕、いる、また、魔球壁、作った。もう人間、いない」

「く、クロムくん……?そこに、いるの?」

「ん、僕、いる。レスタも、帰ってきた、だから、大丈夫」

「母上、俺もおります。兄上と二重で結界をはりましょう。安心して下さい」

 ヒューヒューと漏れる自分の息の音だけが耳に響く。

「つむぎ………………………」

「あるじ、毎日、夜、人間来てた。沢山。でも、一人も入れてない。ははうえに、触らせてない」

 私を抱き込む腕に力が入る。
リヒト様のにおいがする。

「っ————恩にきる、二人とも良くやった」

「リヒト、様?」

「ああ、ここにいるよ」

「目が、見えないの」

「少し、外に出ようか。俺が抱いていくから」

 リヒト様はそう言って私を横抱きに抱き、庭に出た様だった。

 涼しい風が頬を掠める。

「悪かった、寝ている間に会議に出ていた。もうしない」

 返事をする元気がなく、グッタリとリヒト様にもたれかかる。空を飛んでいるのか翼の音が聞こえる。

 しばらく飛んで、降り立った先で夜着の上着を脱がされて襦袢じゅばん姿にさせられた。意味の分からない私を抱き込んだまま、リヒト様はお湯にゆっくり浸かった。

「おん、せん?いつもと、違う匂い……」

「天空領はいろんな温泉がわいてる。今リツに連絡したから、後からミリーナが着替えを持ってくるよ」

「あったかい……」

「まだ、目、見えないか?」

「うん、どうしちゃったのかな……」

「極度のストレスがかかって、貧血と、血圧が下がったのが原因だ。初めて戦争に出た兵士がよくなる。大丈夫だよ、じきに良くなる。それよりこれ飲め」

 口移しで甘い液体が送られる。
スポーツドリンクみたいな。

「ルルリエ特製だとよ」

「おい、しい……」

「そうか?味うっすいし、しょっぱいのか甘いのか……意味わからん味するだろ」

 経口補水液みたいなものかな。ありがたい。
真っ暗だった視界がじわじわと月明かりを感知し始める。

「リヒト、様」

「ん、ここにいる」

「リヒト様」

「辛い思いをさせた。竜族は未来永劫、お前に謝罪をしていく」

 そんなのいいのに。もう、忘れたいのに。

「リヒト、さま」

「ぷは!いつかのクロムみたいだな!」

 ぼんやりと戻ってきた視界に、愛しい彼の姿が見える。
私を抱き込んで、体をゆるゆるとさすってくれる。

「いなく、ならないで、そばに、いて」

「ああ、約束する」   

「リヒト様、私、穢されてないよ。ほんとだよ」

「っ————ああ、においでわかるよ。クロムとレスターに頭が上がらんな。クロムは特に、以前出していたお前に他の男を近づけるなという命をまだそのまま守っていた。二人とも、毎夜来る意味はわかっていなかったが」

 そうか、匂いでわかってもらえて良かった。信じてもらえなかったら悲しいもの。
クロム君とレスターがいなかったら今私はここにはいないだろう。

「紬、愛してるよ」

「うん……もう、離れたくないの」

「俺もだよ」

 経口補水液を飲まされ、そのまま甘い甘いキスに変わる。

「早く本物の離れに帰りたい」

「あと少しだよ。この間に増築もさせてる」

「増……築?」

「ガキが四人になるんだぞ。ガキらの寝る場所がいるだろうが」

 そうか。卵ちゃんたちが孵ったら一気に子供が四人になるのか。嬉しいなぁ。

「弟と妹って、ほんと?クロム君が言ってたの」

「本当だよ」

 金色の瞳が優しく私を見る。

「また口の悪い不良予備軍が出てくるかな?」

「ぼんやりかもな」

 そう言って笑う彼が愛しい。
冷えた肩に何度もお湯をかけてくれる。

「全部がね、夢だったんじゃないかって思ったの。竜国に子供達をお返しして、私は一人になって、リヒト様はいなくて……」

「ごめんな、もう一人にしない。約束する」

 お湯の温かさと、リヒト様の腕の中で安心して、私はまたうとうとと眠りについた。










しおりを挟む
感想 1,228

あなたにおすすめの小説

【完結】番(つがい)でした ~美しき竜人の王様の元を去った番の私が、再び彼に囚われるまでのお話~

tea
恋愛
かつて私を妻として番として乞い願ってくれたのは、宝石の様に美しい青い目をし冒険者に扮した、美しき竜人の王様でした。 番に選ばれたものの、一度は辛くて彼の元を去ったレーアが、番であるエーヴェルトラーシュと再び結ばれるまでのお話です。 ヒーローは普段穏やかですが、スイッチ入るとややドS。 そして安定のヤンデレさん☆ ちょっぴり切ない、でもちょっとした剣と魔法の冒険ありの(私とヒロイン的には)ハッピーエンド(執着心むき出しのヒーローに囚われてしまったので、見ようによってはメリバ?)のお話です。 別サイトに公開済の小説を編集し直して掲載しています。

【完結】番である私の旦那様

桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族! 黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。 バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。 オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。 気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。 でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!) 大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです! 神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。 前半は転移する前の私生活から始まります。

混血の私が純血主義の竜人王子の番なわけない

三国つかさ
恋愛
竜人たちが通う学園で、竜人の王子であるレクスをひと目見た瞬間から恋に落ちてしまった混血の少女エステル。好き過ぎて狂ってしまいそうだけど、分不相応なので必死に隠すことにした。一方のレクスは涼しい顔をしているが、純血なので実は番に対する感情は混血のエステルより何倍も深いのだった。

君は番じゃ無かったと言われた王宮からの帰り道、本物の番に拾われました

ゆきりん(安室 雪)
恋愛
ココはフラワーテイル王国と言います。確率は少ないけど、番に出会うと匂いで分かると言います。かく言う、私の両親は番だったみたいで、未だに甘い匂いがするって言って、ラブラブです。私もそんな両親みたいになりたいっ!と思っていたのに、私に番宣言した人からは、甘い匂いがしません。しかも、番じゃなかったなんて言い出しました。番婚約破棄?そんなの聞いた事無いわっ!! 打ちひしがれたライムは王宮からの帰り道、本物の番に出会えちゃいます。

龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜

クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。 生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。 母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。 そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。 それから〜18年後 約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。 アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。 いざ〜龍国へ出発した。 あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね?? 確か双子だったよね? もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜! 物語に登場する人物達の視点です。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

転生したら悪役令嬢だった婚約者様の溺愛に気づいたようですが、実は私も無関心でした

ハリネズミの肉球
恋愛
気づけば私は、“悪役令嬢”として断罪寸前――しかも、乙女ゲームのクライマックス目前!? 容赦ないヒロインと取り巻きたちに追いつめられ、開き直った私はこう言い放った。 「……まぁ、別に婚約者様にも未練ないし?」 ところが。 ずっと私に冷たかった“婚約者様”こと第一王子アレクシスが、まさかの豹変。 無関心だったはずの彼が、なぜか私にだけやたらと優しい。甘い。距離が近い……って、え、なにこれ、溺愛モード突入!?今さらどういうつもり!? でも、よく考えたら―― 私だって最初からアレクシスに興味なんてなかったんですけど?(ほんとに) お互いに「どうでもいい」と思っていたはずの関係が、“転生”という非常識な出来事をきっかけに、静かに、でも確実に動き始める。 これは、すれ違いと誤解の果てに生まれる、ちょっとズレたふたりの再恋(?)物語。 じれじれで不器用な“無自覚すれ違いラブ”、ここに開幕――! 本作は、アルファポリス様、小説家になろう様、カクヨム様にて掲載させていただいております。 アイデア提供者:ゆう(YuFidi) URL:https://note.com/yufidi88/n/n8caa44812464

もう何も信じられない

ミカン♬
恋愛
ウェンディは同じ学年の恋人がいる。彼は伯爵令息のエドアルト。1年生の時に学園の図書室で出会って二人は友達になり、仲を育んで恋人に発展し今は卒業後の婚約を待っていた。 ウェンディは平民なのでエドアルトの家からは反対されていたが、卒業して互いに気持ちが変わらなければ婚約を認めると約束されたのだ。 その彼が他の令嬢に恋をしてしまったようだ。彼女はソーニア様。ウェンディよりも遥かに可憐で天使のような男爵令嬢。 「すまないけど、今だけ自由にさせてくれないか」 あんなに愛を囁いてくれたのに、もう彼の全てが信じられなくなった。

処理中です...