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最終章 人族編
まわされた、貴方の腕
しおりを挟む「兄上の為の見合いパーティーだ。俺は関係ないけど、挨拶だけ受けてくる」
陛下のお嫁さん候補を決める為に、他国の姫が集団で王宮に来るらしい。
「他国の姫は面倒なんじゃなかったの?」
「兄上がエルダゾルクの貴族の娘をパスしまくってんだよ。ったく、王族が我儘すぎるだろ。政略結婚なんてあたりまえなんだよ」
「ふぅん」
————そんな会話を今朝した。早めに着きすぎた昼のデートに彼の執務室に来てみれば、がらんとした執務室には誰もおらず、彼の姿はなかった。まだお仕事中みたいだ。
出直そうとトボトボとミリーナさんと離れに戻る途中で二人の息子が私を迎えに来てくれた。匂いで私の行動がわかるのだろう。
私の腕がカタカタと震えているのを見たクロム君とレスターが、私の手を引いてリヒト様の気配の場所まで案内してくれたのはやっぱりパーティーの会場だった。
目立たないよう、脇の扉を少し開けて彼を探す。ちゃんといるのが分かればいい。お仕事がいそがしいなら、見たらそのまま帰ろう。
むせかえる様な香水の匂い。着飾った令嬢や姫達が大勢いる。
みんな陛下のお嫁さん候補なのだろう。
脇の入り口からは遠く離れた場所に、背の高い彼の軍服姿が目に入り息を呑む。
筋張ったゴツゴツした大きな手、シルクの煌びやかなドレスにまとわれた華奢な腰に回されている。銀糸の様な髪の綺麗なお姫様。
しなやかな腰のラインに沿って置かれたあの人の手。
「リヒト、さま?」
ホールの入り口から遠く離れていたにもかかわらず、匂いで分かったのか彼がバッとこちらを振り返り私と目が合った。
目は合っているはずなのに、私が見ているのは彼女の腰に回された彼の手だけ。
後頭部がビリビリと痺れる感覚がする。
何をいわずとも彼の回した手だけが物語る。
————プツン
何か糸が切れた様な感覚が襲い、目の前が暗くなる。息子2人が着物を掴んで倒れた私をささえてくれて、ミリーナさんの叫ぶ声が聞こえた。
◇◆◇
「妃殿下!妃殿下!!あぁ、あぁ良かった。どこか痛むところは!?」
「ひでんか……?ミリーナ、さん?ひでんかって?」
ミリーナさんの驚愕の顔が目の前に広がる。
「つむぎちゃん!?あなたパーティー会場で倒れたのよ!?おぼえてる!?」
ルルリエさんまで青い顔をしている。
倒れた?覚えてない。何だろう。あたまが痛い。
「パーティー…………?ひでんか……ここは?」
控室みたいな場所。
見覚えはない。
「母上!お加減はいかがでしょうか!?諸悪の根源のポンコツ伯父上とバカな親父は後で俺たちがやっつけますのでご安心ください!!」
「へーか、わるい」
「レスター……?クロム君」
小さな子竜が私を覗き込む。
「親父…………?誰?」
「紬ちゃん、一つだけ聞くわ?あなた、何でパーティー会場に来たか覚えてる?」
驚愕の顔のルルリエさんが私の肩を持ち目を覗き込んで言う。
「私?パーティー……?」
ミリーナさんとルルリエさんがバタバタと慌てて部屋を出て行った。
ミリーナさんは私の侍女で、ルルリエさんは専属のお医者さん。
レスターとクロム君は私の息子だ。
父親は誰だっけ。
そんな人いた?
思い出せない。
記憶がそこだけ真っ黒に塗りつぶされている感じがする。
「問題ありません!母上はゆっくりお身体を休めましょう!離れにかえりますか?」
離れ、?そんなのあったっけ。
ここはどこだろう。
「レスター、ここは、どこ?」
「ここは王宮です!今は我らの結界で母上の匂いと気配を遮断しておりますが、ミリーナが出ました故、いまに馬鹿親父も来てしまうでしょう。逃げますか?」
「誰か、来るの……?」
「主、来る」
クロム君が私にくっつきながら言う。
「うん、知らない男の人は、嫌かな」
「レスタ、双子を乗せて馬車、用意。僕、ははうえ、隠す」
クロム君がレスターに何か指示をしているのをぼんやり聞く。
「承知しました。すぐに出発しましょう。母上、その指輪は外して下さい。黒い宝石の方です。それはここに置いて、時間稼ぎにしますので」
指輪?手を見ると左手の薬指に黒い宝石のついた指輪と、金の指輪がはまっている。
嫌な感じはしないけれど、記憶にはない。
両方とも外してレスターに渡すとにっこり笑って受け取り、すぐに窓からでていってしまった。
◇◆◇
あれからまた眠ってしまった私が目覚めたのは次の日の朝だった。
小さな窓から花ざかりの庭が見える。
シンプルだけど可愛い漆喰作りのこじんまりとした部屋のベットに寝かされている。
ベッドの隣に小さなベビーベッドがあって、籠に入ったままの二つの卵が置かれている。
私の、大切な卵。
「母上、お目覚めでしょうか。魔力の流れは悪くない様ですが、体調がすぐれない様ならルルリエを呼びましょう」
「レスター?うん、体調は、大丈夫。ここは、この前の場所とは違うね」
「はい!ここは母上の領地の外れです!兄上の褒賞金で買い上げてありますのでご安心下さい!」
褒賞金……そういえば、叙勲の儀に参加した記憶がある。
レスターの横でクロム君がにっこり笑う。
窓から見える小さな庭に、ツキとケイ、エレノアがのんびりと草を食べているのが見える。
沢山寝たからか、身体は元気になっていて、小さなお家を子供達と探検する。
クリーム色の壁の小さな平屋。
キッチンと居間とベッドルーム、庭には納屋があるだけ。大きな木が家の脇に立っていて、小さな家全体に心地よい木陰を提供している。
「すごい、素敵なお家」
キッチンにはすでに山盛りの食材が置かれている。子供達の行動力と財力がすごい。
御伽話にでてくる小人の家のような可愛らしいおうちにテンションがあがる。
「レスタ、交代で、気配遮断の魔球壁。一週間だけかけ続ける」
「一週間でよろしいのですか?」
訝しげなレスターがクロム君に聞く。
2人は何を話しているんだろうか。
誰か追っ手が来るみたいな言い方だ。
そんな訳ないのに。
「どうせ、バレる。主、来る。隠しても、無駄。あとは、守る」
「親父には勝てません」
キッパリといいきるレスターのセリフに困惑する。親父って誰だろう。
「主、無理に連れ去らない……と、思う。ははうえが、いたい場所、守ればいい」
「連れ去りにだけ、注意致します」
「ん」
「ツキ達の小屋を作って参ります。兄上は、母上をお願い致します」
レスターはそう言って外に出て行ってしまった。
魔法が使えるって便利すぎない?
たくましすぎる……。
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