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最終章 人族編
見ない様に、蓋をした箱
しおりを挟む黒髪のお兄さんは毎日来るようになった。
山盛りのプレゼントを持って。
前にもこんな事があったような気がする。
私が受け取れないでいると、子供達がさっさと受け取ってしまい、「母上!貰えるものは貰いましょう!我ら兄弟が貰った事にします!いらなければ、売り払えばいいのです!」とレスターがお兄さんの前で堂々と言っていた。
お兄さんは夜に来る。毎日受け取る籠から付いた虎獣人のパン屋さんの匂いを消すように必ず私の右手を撫でてから帰っていく。
レスターにそっくりの、お兄さん。
レスターが親父と呼ぶお兄さん。
私は彼と夫婦だったのだろうか。
考えるのが怖い。考えてはいけない。
「つむぎさん、何か手伝える事はありますか?薪割りでも、高いところの掃除でも、何でも言ってください」
パンの配達に来たリオネルさんは今日も優しい。
最近やっとお名前を聞く事ができて、パン屋さんからリオネルさんに呼称がかわった。
二十五歳の、村のパン屋の跡取り息子さん。
誠実で、優しい感じが好ましい、とても良い人。
「リオネルさん、いつもありがとうございます。子供達がたくましすぎるので、今のところ大丈夫ですが何かあったら相談させて下さい。っと、わわっ!!!!」
彼を見送りに庭の木戸まで歩く途中で、石に躓いて倒れそうになった私を、大きな手が横から支えてくれて、彼に抱きしめられる格好になった。
「っ——!すいません!大丈夫ですか?」
「あ、ありがとうございます。そそっかしくて……私こそ、すいません……」
顔中真っ赤にして俯いたリオネルさんはすぐに私をはなしてくれて、見送りはここまででと言って帰って行った。
「うーん、お世話になってるからケーキでもと思うんだけど、ここだとオーブンがないんだよねぇ。離れなら————」
離れ?離れって何だっけ。
頭の中をボールペンで塗りつぶしたような不快感が込み上げる。
「ははうえ!」
しゃがみ込んだ私を心配したクロム君とレスターが飛んできて、私の顔を覗き込む。
「大丈夫、ちょっと、頭が痛いだけ」
「ルル姐、呼ぶ」
「親父!ルルリエを呼んでくれ!」
レスターが手から出した魔法陣に向かって叫ぶ。
大丈夫なのに。
考えないようにすれば大丈夫。
蓋をして、見ないようにして、奥深くに仕舞い込めば。
ベッドに運ぼうとする息子二人をなだめ、その場にしゃがみ込んだままなんとか痛みをやり過ごす。
五分もたってないと思う。
空が一瞬かげって、テトにのったお兄さんが蒼白な顔をして庭に降り立ち、私を抱え上げた。
「虎に、何かされたか」
いつもより低い声。
「あ……」
転びそうになったのをささえてもらったから、私の身体中にリオネルさんの匂いがついているのかも。
「殺してやる」
「やめて。たすけて、もらったの」
「………………………………」
「お兄さんには、関係ない」
「っ——————」
「もう、来ないでください」
お兄さんを拒絶すればする程頭痛がおさまっていく。楽になって行く。
「つむぎちゃん!とにかく診察が先!!!」
ルルリエさんの声がする。
ユアンさんがクリストフと共に庭に降り立ち、ルルリエさんがいっしょに騎乗していた。
みんないる。お兄さんの事だけ思い出せない。
「テト……顔を見せて?会えて嬉しい」
心配そうな目をしたテトが頬にスリスリを贈ってくれる。柔らかな体温が心地いい。
「殿下!とにかくベッドへ!」
ルルリエさんの声にお兄さんがすぐに動き、私をベッドに寝かせてくれた。
痛み止めを処方されて、診察なのか沢山の質問をされた。
どんな時に頭痛がするか、とか。あれは覚えてるかこれは覚えてるか。とか。そんなことばかり。
部屋の隅で大人しく私の診察を不安そうに見ている子供達を呼び、ぎゅうぎゅうと抱きしめてようやく力が抜けた。
「ルルリエさん、あのお兄さんの事を考えると頭がいたくなるんです。もう来ないでくださいと伝えてもらえますか?」
「それは………………殿下には受け入れられないかもしれないけれど……」
「殿下………………あのお兄さんは王族なんでしょう?私にかまう理由が分かりませんし……」
ルルリエさんは一瞬迷ったそぶりを見せたけれどまた話だした。
「殿下と、レスター殿下が似ているって気がついているでしょう?」
ああ、やっぱり。レスターも親父と呼んでいるしね。彼は王族で、レスターの父親なのか。
「レスターは私の子です。渡しません」
「そういう話ではないわ?」
————「ルルリエ、いい、下がれ」
ふいに低い声がして、お兄さんが部屋に入ってきた。
ルルリエさんが一礼をして下がって行く。
また子供達も外に出されてしまうのだろうか、とおもっていたら、お兄さんは子供達には何も言わずにベッド脇の椅子に腰掛けて話しだした。
「こいつら全員の父親は、俺だ」
「全員?」
「クロムも、レスターも、そこの双子も」
クロム君が私の腕の中で強張ったのがわかる。
ぎゅうと着物を握る手に力が入る。
どうしたの?
逆にレスターは落ち着いている。
よくわからない。
「殿下のような方と私が、そのような関係だとは思えません。この子達は、私の子です」
「リヒトだ」
「え?」
「俺の名前は、リヒトだ」
————頭が、痛い————
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