18 / 19
対峙
しおりを挟む
ノアがいる研究塔を出て、ルイーザはある場所へと向かっていた。城の中ではあるが立ち入ったことのない区間に目的地がある。
何度も訪れた王城ではあるが、徐々に見慣れない景色になっていった。そして、歩くルイーザの隣には付き添いに連れてきた伯爵家使用人ではなく、何故か王太子とその護衛騎士がいた。
研究塔に同行したヴィクトールは、なぜか研究塔を出ても同行すると言い出したのだ。
「……ヴィクトール王太子殿下、流石にここまでお時間を頂戴するわけには参りません」
「気にしなくてもいい。この先で君を一人にするわけにはいかないから」
気にするな、と言われても正直困る。ヴィクトールがまだ付き添うと言った途端、騎士の眉間の皺が更に一本増えたことも、ルイーザはしっかりと目撃している。固辞したもののヴィクトールが聞き入れることはなく、連れてきた使用人を待機のための待合室に残して3人で歩く羽目になってしまった。
目的地──ある扉の前で立ち止まる。守衛に扉を開けてもらうと、装飾は殆どないもののなんの変哲もない内装の部屋だった。ベッドも机も椅子もあり、壁紙や床も汚れていない。そんな一見ごく普通の部屋ではあるけれど、壁際には屈強な兵士が控えている。
部屋にいるのは簡素なワンピースに身を包んだ少女。夜会などで見かける飾り立てた恰好ではないけれど、確かに見覚えのある少女だ。ここは、メリナ・ノイマン伯爵令嬢が置かれている一室だ。
アーデルベルトの罪が明るみに出た事で、彼女も協力者の一人として捕らえられた。幸いにも、アーデルベルトは取り巻きの裏切りに備え、各人との契約書を残していたのだ。
アーデルベルトは王太子の後ろ盾になりうる候補の令嬢たちを一人一人候補から外れるよう画策していた。ルイーザも対象の1人だ。国王夫妻に気に入られ貴族からの評判のよかったルイーザが王太子妃になったときに、王太子の座を盤石なものにしかねないことから目をつけられていた。そのルイーザを排除することに協力したのが、メリナだった。
協力に必要だと多額の資金が支払われ、その資金とアーデルベルトが持つ人脈を使い遠い異国で作られる呪薬の入手に至ったという。
「……来ると思っていたわ。ルイーザ・ローリング」
ルイーザの入室を見とめたメリナが静かに口を開く。その声は落ち着いていて、心なし低くいつものようにふんわりとした雰囲気はない。いつの間にか、ヴィクトールが兵士に外に出ているように指示し、部屋の中にはメリナとルイーザ、ヴィクトールとレーヴェの4人になった。
ルイーザが一時的に犬になっていたことは、公にはされていない。貴族の令嬢が犬として過ごしていたなどという話が広がれば醜聞になってしまうからだ。また、怪しい呪薬の存在を広く知られるのはよくないという判断でもあった。
ヴィクトールはルイーザの姿が戻った瞬間を目撃しているし、刺客を取り押さえたレーヴェも戻った後のルイーザを見ている。つまり、この場にいるのは事情を知る者だけになった。
「ええ。貴女が自分の手を汚してでも、私を排除しようとした理由を聞きたかったから」
「貴女が勝って、私が負けた。それだけじゃない」
王太子妃候補として有力だったのは、なにもルイーザだけではない。もっと家格が高い令嬢や美しい令嬢もいた。そんな中で、ルイーザの事だけを狙った理由が知りたかった。
例えば、ただ一令嬢に毒を盛った程度のことであれば修道院行きは免れないだろうが、いずれ赦される可能性がある。もっとも、適齢期を修道院で過ごした未婚の貴族女性に行き場はなく、生涯を修道女として神に祈りながら過ごすことが大半ではあるだろうけれど。
ただし、今回のメリナはアーデルベルトに加担したことで国家転覆への関与ということになっている。罪の重さは大きく違う。多分、裁判が終わった後は戒律が厳しく一生出られない修道院で過ごすことになるだろう。同じ修道院でも、その生活は全く違う。メリナはそれが判らない程浅はかだとは思えなかった。
「貴女は、狡猾だったし私にとってはいけ好かなかったけれど、頭は悪くなかった筈よ。アーデルベルト様が失敗したらどうなるかだって、わかっていたでしょう」
「貴女が嫌いだったから。それだけよ」
「私だって貴女のことは好きじゃなかったけれど、元々そんなに関わりもなかったでしょう?」
同じく、王太子を狙う令嬢たちは牽制しあうのが常だったし、ルイーザもメリナの事をよく思ってはいなかったけれど、強烈な悪意を向けられるほどのことをした覚えもない。
確かにルイーザは優秀と言われ王太子妃候補の有力候補と言われていたし、国王夫妻や高位貴族からの評判はよかったけれど、肝心の王太子との関係は良いとは言えなかった。むしろ、若干避けられていた節もある。王太子自身が令嬢を選ぶよう言われていたことを踏まえると、王太子妃に最も近い令嬢とは言い難かったのだ。
「貴女にはわからないわよ。良い家に生まれて、両親から愛されて周りからも持て囃されていた貴女にはね」
「……優秀と言われているのはそうなるように努力したから否定はしないけれど。良い家って。貴女も同じ伯爵令嬢じゃない。」
「……同じ伯爵令嬢?
貴女の能天気な姿を見ると腹が立つのよ。
ノイマン家に引き取られてから遊ぶ内容も制限されて、勉強の進みが悪いと叱責されて。やっと社交界に出られたと思えば影で養子と蔑まれて。そんな生活、想像もできないでしょう?
それなのに貴女は恵まれた綺麗な環境で、何も知らないって顔をしながら人に囲まれて笑ってた。同じ伯爵令嬢なのに、不公平だと思わない?」
メリナが語る言葉を聞いて、ルイーザは心の底から呆れかえった。ルイーザが何かをしたとか、家同士の何かがあったとか、そういう理由ではない。ルイーザの心情が表情に出ていたのか、メリナは不快感を露わにする。
「……何がいいたいのよ」
「あまりにもくだらない理由で呆れているの」
「何ですって!?」
「劣等感と嫉妬で身を亡ぼすなんて、愚かすぎて呆れたって言ったのよ」
「持つ人間に持たない人間の気持ちなんてわからないのよ!」
「ええ、わからないわね。私だったら自分が持てないものを羨む前に、自分が持つものを磨くもの」
メリナは下唇を噛んでうつむく。これ以上話しても有意義な時間にはならないと判断して、ルイーザはメリナの部屋を辞した。
疎まれていた理由はわかったけれど、すっきりはしなかった。メリナにルイーザを殺す気まではなかった、と思う。ただ、死んでもいいと思われてはいただろう。
幼い頃に養子として引き取られたと父からも聞いていた。彼女の幼少期から今までは、もしかしたら幸せなものではなかったのかもしれない。けれどその詳細までは聞くつもりはないし、彼女の境遇に同情するつもりもない。
──あの行動力を、嫉妬ではなく別の方向に昇華できていればきっと違う人生だったでしょうに。
ルイーザにとっても、この結果は残念なものだった。
付添の使用人が待機する部屋の近くに来た時、ずっと何かを考えるように黙り込んでいたヴィクトールが微笑んではいるけれど、どこか辛そうな表情で口を開いた。
「ルイーザ嬢は、すごいな。私は、幼い頃から出来の良いアーデルベルトと比べられ、嫉妬や劣等感に塗れていた。
アーデルベルトを攻撃するのではなく、諦める方向に走ったけれど……正直、メリナ嬢の気持ちも少しはわかってしまう」
その瞳は、どこか眩しいものを見るように細められていた。ルイーザは、アーデルベルトこそヴィクトールに嫉妬していることを知っていた。ままならないものだと思う。
「買いかぶりすぎです。私だって、嫉妬はします。それをメリナに教える義理はなかっただけです。」
「人望もあり、優秀と言われる君が誰かに嫉妬することなんてあるの?」
純粋に疑問を抱く、という様子でヴィクトールは問いかけるが、ルイーザは別に完璧な令嬢ではない。多くの貴族から認められてはいたけれど、別に慕われていたわけではないのだ。あくまで、令嬢たちの中では優秀だったというだけだ。
「自分よりも高位の令嬢を羨ましく思いますし……もし自分が女ではなく男として生まれていたら、もっと前に出られたのにとも思います。髪の色だって暗いこげ茶よりも華やかな色が良かったとか、宝石のような瞳に憧れます。
……でも、どう足掻いても私は私にしかなれませんから。それなら、私の中で最高の私になれるように努力したいです」
「……そうか。
でも……君の髪はチョコレート色で綺麗だし、キャラメル色の瞳も美しいと……思う」
慰めのつもりだろう。ぼそぼそと呟くようにヴィクトールがルイーザを褒めた。その言葉に、嘘は感じられない。しかし髪と瞳の色は、令嬢の自分ではなく犬を重ねているような気がするのは気のせいだろうか。若干目が据わってしまうのは仕方がないだろう。
「ところで、先日求婚の件が曖昧になってしまったのだけれど……答えをもらってもいいかな?」
「責任は感じなくても大丈夫です。……それに、殿下は私を捕食者のようで怖いと仰っていたでしょう?苦手意識を抱く相手との結婚がうまくいくとは思えませんから」
少々の嫌味を込めてルイーザは答える。根に持ちすぎかもしれないが、令嬢を捕食者扱いしたのだ。これくらいは許されるだろう。
ヴィクトールは心当たりがない、という表情をした後に、ルイーザが犬だったころに犬たちの休憩所で婚約者候補たちの印象をぼやいた事に思い至ったのか少々気まずそうな表情をした。
「あー……。確かに、私は気が強そうな女性が苦手だった。その、令嬢に対して相応しくない発言をしたことも謝ろう。
ただ、捕食者のようだと言ったその目は……今考えると、おやつを前にしたときのショコラと同じ目で、寧ろ……悪く、ない」
まるで口説いているかのように照れはにかみながらヴィクトールは言う。ただ、その内容はルイーザをときめかせるにはあまりにも色気がなかった。おやつを前にした犬と同率に並べられて喜ぶ令嬢がどこにいるというのだろうか。その犬も自分ではあるのだけれど。
引きつりながら付き添っていたレーヴェに視線を送ると、騎士は目を閉じて首を左右に振る。「平常運転です」という心の声が聞こえた気がした。
「それに……王太子殿下の婚約者候補を辞退した後に今後の身の振り方も考えていました。犬になって、時間だけはたくさんありましたから。
私、外交官を目指そうと思っています」
自身で身を立てられるようになれば、必ずしも結婚が必須ではなくなるだろう。
ルイーザが負った傷は、貴族令嬢として立場ある貴族に嫁ぐには瑕疵となるが、傷を気にしない準貴族あたりの文官との結婚もあるかもしれない。
乳母や侍女、王族女性につく女官以外で貴族女性が城勤めをした前例はない。遠い道のりになるだろうけれど、挑戦する価値はあることのように思えた。
「わかった」
真面目な顔で、ヴィクトールが頷く。判ってもらえて良かったと息をついたが、次の瞬間その安堵はかき消された。
「王太子の全権を持って阻止しよう」
「ええ……」
あんなに嫌がっていた王太子の立場をそんなことに利用するのかという言葉を飲み込むのがやっとだった。
前々から自信がないとかどうとか言っていたけれど、この自由さを考えると、彼はかなり王族らしいのではないだろうか。
何度も訪れた王城ではあるが、徐々に見慣れない景色になっていった。そして、歩くルイーザの隣には付き添いに連れてきた伯爵家使用人ではなく、何故か王太子とその護衛騎士がいた。
研究塔に同行したヴィクトールは、なぜか研究塔を出ても同行すると言い出したのだ。
「……ヴィクトール王太子殿下、流石にここまでお時間を頂戴するわけには参りません」
「気にしなくてもいい。この先で君を一人にするわけにはいかないから」
気にするな、と言われても正直困る。ヴィクトールがまだ付き添うと言った途端、騎士の眉間の皺が更に一本増えたことも、ルイーザはしっかりと目撃している。固辞したもののヴィクトールが聞き入れることはなく、連れてきた使用人を待機のための待合室に残して3人で歩く羽目になってしまった。
目的地──ある扉の前で立ち止まる。守衛に扉を開けてもらうと、装飾は殆どないもののなんの変哲もない内装の部屋だった。ベッドも机も椅子もあり、壁紙や床も汚れていない。そんな一見ごく普通の部屋ではあるけれど、壁際には屈強な兵士が控えている。
部屋にいるのは簡素なワンピースに身を包んだ少女。夜会などで見かける飾り立てた恰好ではないけれど、確かに見覚えのある少女だ。ここは、メリナ・ノイマン伯爵令嬢が置かれている一室だ。
アーデルベルトの罪が明るみに出た事で、彼女も協力者の一人として捕らえられた。幸いにも、アーデルベルトは取り巻きの裏切りに備え、各人との契約書を残していたのだ。
アーデルベルトは王太子の後ろ盾になりうる候補の令嬢たちを一人一人候補から外れるよう画策していた。ルイーザも対象の1人だ。国王夫妻に気に入られ貴族からの評判のよかったルイーザが王太子妃になったときに、王太子の座を盤石なものにしかねないことから目をつけられていた。そのルイーザを排除することに協力したのが、メリナだった。
協力に必要だと多額の資金が支払われ、その資金とアーデルベルトが持つ人脈を使い遠い異国で作られる呪薬の入手に至ったという。
「……来ると思っていたわ。ルイーザ・ローリング」
ルイーザの入室を見とめたメリナが静かに口を開く。その声は落ち着いていて、心なし低くいつものようにふんわりとした雰囲気はない。いつの間にか、ヴィクトールが兵士に外に出ているように指示し、部屋の中にはメリナとルイーザ、ヴィクトールとレーヴェの4人になった。
ルイーザが一時的に犬になっていたことは、公にはされていない。貴族の令嬢が犬として過ごしていたなどという話が広がれば醜聞になってしまうからだ。また、怪しい呪薬の存在を広く知られるのはよくないという判断でもあった。
ヴィクトールはルイーザの姿が戻った瞬間を目撃しているし、刺客を取り押さえたレーヴェも戻った後のルイーザを見ている。つまり、この場にいるのは事情を知る者だけになった。
「ええ。貴女が自分の手を汚してでも、私を排除しようとした理由を聞きたかったから」
「貴女が勝って、私が負けた。それだけじゃない」
王太子妃候補として有力だったのは、なにもルイーザだけではない。もっと家格が高い令嬢や美しい令嬢もいた。そんな中で、ルイーザの事だけを狙った理由が知りたかった。
例えば、ただ一令嬢に毒を盛った程度のことであれば修道院行きは免れないだろうが、いずれ赦される可能性がある。もっとも、適齢期を修道院で過ごした未婚の貴族女性に行き場はなく、生涯を修道女として神に祈りながら過ごすことが大半ではあるだろうけれど。
ただし、今回のメリナはアーデルベルトに加担したことで国家転覆への関与ということになっている。罪の重さは大きく違う。多分、裁判が終わった後は戒律が厳しく一生出られない修道院で過ごすことになるだろう。同じ修道院でも、その生活は全く違う。メリナはそれが判らない程浅はかだとは思えなかった。
「貴女は、狡猾だったし私にとってはいけ好かなかったけれど、頭は悪くなかった筈よ。アーデルベルト様が失敗したらどうなるかだって、わかっていたでしょう」
「貴女が嫌いだったから。それだけよ」
「私だって貴女のことは好きじゃなかったけれど、元々そんなに関わりもなかったでしょう?」
同じく、王太子を狙う令嬢たちは牽制しあうのが常だったし、ルイーザもメリナの事をよく思ってはいなかったけれど、強烈な悪意を向けられるほどのことをした覚えもない。
確かにルイーザは優秀と言われ王太子妃候補の有力候補と言われていたし、国王夫妻や高位貴族からの評判はよかったけれど、肝心の王太子との関係は良いとは言えなかった。むしろ、若干避けられていた節もある。王太子自身が令嬢を選ぶよう言われていたことを踏まえると、王太子妃に最も近い令嬢とは言い難かったのだ。
「貴女にはわからないわよ。良い家に生まれて、両親から愛されて周りからも持て囃されていた貴女にはね」
「……優秀と言われているのはそうなるように努力したから否定はしないけれど。良い家って。貴女も同じ伯爵令嬢じゃない。」
「……同じ伯爵令嬢?
貴女の能天気な姿を見ると腹が立つのよ。
ノイマン家に引き取られてから遊ぶ内容も制限されて、勉強の進みが悪いと叱責されて。やっと社交界に出られたと思えば影で養子と蔑まれて。そんな生活、想像もできないでしょう?
それなのに貴女は恵まれた綺麗な環境で、何も知らないって顔をしながら人に囲まれて笑ってた。同じ伯爵令嬢なのに、不公平だと思わない?」
メリナが語る言葉を聞いて、ルイーザは心の底から呆れかえった。ルイーザが何かをしたとか、家同士の何かがあったとか、そういう理由ではない。ルイーザの心情が表情に出ていたのか、メリナは不快感を露わにする。
「……何がいいたいのよ」
「あまりにもくだらない理由で呆れているの」
「何ですって!?」
「劣等感と嫉妬で身を亡ぼすなんて、愚かすぎて呆れたって言ったのよ」
「持つ人間に持たない人間の気持ちなんてわからないのよ!」
「ええ、わからないわね。私だったら自分が持てないものを羨む前に、自分が持つものを磨くもの」
メリナは下唇を噛んでうつむく。これ以上話しても有意義な時間にはならないと判断して、ルイーザはメリナの部屋を辞した。
疎まれていた理由はわかったけれど、すっきりはしなかった。メリナにルイーザを殺す気まではなかった、と思う。ただ、死んでもいいと思われてはいただろう。
幼い頃に養子として引き取られたと父からも聞いていた。彼女の幼少期から今までは、もしかしたら幸せなものではなかったのかもしれない。けれどその詳細までは聞くつもりはないし、彼女の境遇に同情するつもりもない。
──あの行動力を、嫉妬ではなく別の方向に昇華できていればきっと違う人生だったでしょうに。
ルイーザにとっても、この結果は残念なものだった。
付添の使用人が待機する部屋の近くに来た時、ずっと何かを考えるように黙り込んでいたヴィクトールが微笑んではいるけれど、どこか辛そうな表情で口を開いた。
「ルイーザ嬢は、すごいな。私は、幼い頃から出来の良いアーデルベルトと比べられ、嫉妬や劣等感に塗れていた。
アーデルベルトを攻撃するのではなく、諦める方向に走ったけれど……正直、メリナ嬢の気持ちも少しはわかってしまう」
その瞳は、どこか眩しいものを見るように細められていた。ルイーザは、アーデルベルトこそヴィクトールに嫉妬していることを知っていた。ままならないものだと思う。
「買いかぶりすぎです。私だって、嫉妬はします。それをメリナに教える義理はなかっただけです。」
「人望もあり、優秀と言われる君が誰かに嫉妬することなんてあるの?」
純粋に疑問を抱く、という様子でヴィクトールは問いかけるが、ルイーザは別に完璧な令嬢ではない。多くの貴族から認められてはいたけれど、別に慕われていたわけではないのだ。あくまで、令嬢たちの中では優秀だったというだけだ。
「自分よりも高位の令嬢を羨ましく思いますし……もし自分が女ではなく男として生まれていたら、もっと前に出られたのにとも思います。髪の色だって暗いこげ茶よりも華やかな色が良かったとか、宝石のような瞳に憧れます。
……でも、どう足掻いても私は私にしかなれませんから。それなら、私の中で最高の私になれるように努力したいです」
「……そうか。
でも……君の髪はチョコレート色で綺麗だし、キャラメル色の瞳も美しいと……思う」
慰めのつもりだろう。ぼそぼそと呟くようにヴィクトールがルイーザを褒めた。その言葉に、嘘は感じられない。しかし髪と瞳の色は、令嬢の自分ではなく犬を重ねているような気がするのは気のせいだろうか。若干目が据わってしまうのは仕方がないだろう。
「ところで、先日求婚の件が曖昧になってしまったのだけれど……答えをもらってもいいかな?」
「責任は感じなくても大丈夫です。……それに、殿下は私を捕食者のようで怖いと仰っていたでしょう?苦手意識を抱く相手との結婚がうまくいくとは思えませんから」
少々の嫌味を込めてルイーザは答える。根に持ちすぎかもしれないが、令嬢を捕食者扱いしたのだ。これくらいは許されるだろう。
ヴィクトールは心当たりがない、という表情をした後に、ルイーザが犬だったころに犬たちの休憩所で婚約者候補たちの印象をぼやいた事に思い至ったのか少々気まずそうな表情をした。
「あー……。確かに、私は気が強そうな女性が苦手だった。その、令嬢に対して相応しくない発言をしたことも謝ろう。
ただ、捕食者のようだと言ったその目は……今考えると、おやつを前にしたときのショコラと同じ目で、寧ろ……悪く、ない」
まるで口説いているかのように照れはにかみながらヴィクトールは言う。ただ、その内容はルイーザをときめかせるにはあまりにも色気がなかった。おやつを前にした犬と同率に並べられて喜ぶ令嬢がどこにいるというのだろうか。その犬も自分ではあるのだけれど。
引きつりながら付き添っていたレーヴェに視線を送ると、騎士は目を閉じて首を左右に振る。「平常運転です」という心の声が聞こえた気がした。
「それに……王太子殿下の婚約者候補を辞退した後に今後の身の振り方も考えていました。犬になって、時間だけはたくさんありましたから。
私、外交官を目指そうと思っています」
自身で身を立てられるようになれば、必ずしも結婚が必須ではなくなるだろう。
ルイーザが負った傷は、貴族令嬢として立場ある貴族に嫁ぐには瑕疵となるが、傷を気にしない準貴族あたりの文官との結婚もあるかもしれない。
乳母や侍女、王族女性につく女官以外で貴族女性が城勤めをした前例はない。遠い道のりになるだろうけれど、挑戦する価値はあることのように思えた。
「わかった」
真面目な顔で、ヴィクトールが頷く。判ってもらえて良かったと息をついたが、次の瞬間その安堵はかき消された。
「王太子の全権を持って阻止しよう」
「ええ……」
あんなに嫌がっていた王太子の立場をそんなことに利用するのかという言葉を飲み込むのがやっとだった。
前々から自信がないとかどうとか言っていたけれど、この自由さを考えると、彼はかなり王族らしいのではないだろうか。
20
あなたにおすすめの小説
王弟殿下の番様は溺れるほどの愛をそそがれ幸せに…
ましろ
恋愛
見つけた!愛しい私の番。ようやく手に入れることができた私の宝玉。これからは私のすべてで愛し、護り、共に生きよう。
王弟であるコンラート公爵が番を見つけた。
それは片田舎の貴族とは名ばかりの貧乏男爵の娘だった。物語のような幸運を得た少女に人々は賞賛に沸き立っていた。
貧しかった少女は番に愛されそして……え?
男装獣師と妖獣ノエル ~騎士団で紅一点!? 幼馴染の副隊長が過保護です~
百門一新
恋愛
幼い頃に両親を失ったラビィは、男装の獣師だ。実は、動物と話せる能力を持っている。この能力と、他の人間には見えない『黒大狼のノエル』という友達がいることは秘密だ。
放っておかないしむしろ意識してもらいたいのに幼馴染枠、の彼女を守りたいし溺愛したい副団長のセドリックに頼まれて、彼の想いに気付かないまま、ラビは渋々「少年」として獣師の仕事で騎士団に協力することに。そうしたところ『依頼』は予想外な存在に結び付き――えっ、ノエルは妖獣と呼ばれるモノだった!?
大切にしたすぎてどう手を出していいか分からない幼馴染の副団長とチビ獣師のラブ。
※「小説家になろう」「ベリーズカフェ」「ノベマ」「カクヨム」にも掲載しています。
病弱令嬢ですが愛されなくとも生き抜きます〜そう思ってたのに甘い日々?〜
白川
恋愛
病弱に生まれてきたことで数多くのことを諦めてきたアイリスは、無慈悲と噂される騎士イザークの元に政略結婚で嫁ぐこととなる。
たとえ私のことを愛してくださらなくても、この世に生まれたのだから生き抜くのよ────。
そう意気込んで嫁いだが、果たして本当のイザークは…?
傷ついた不器用な二人がすれ違いながらも恋をして、溺愛されるまでのお話。
自業自得じゃないですか?~前世の記憶持ち少女、キレる~
浅海 景
恋愛
前世の記憶があるジーナ。特に目立つこともなく平民として普通の生活を送るものの、本がない生活に不満を抱く。本を買うため前世知識を利用したことから、とある貴族の目に留まり貴族学園に通うことに。
本に釣られて入学したものの王子や侯爵令息に興味を持たれ、婚約者の座を狙う令嬢たちを敵に回す。本以外に興味のないジーナは、平穏な読書タイムを確保するために距離を取るが、とある事件をきっかけに最も大切なものを奪われることになり、キレたジーナは報復することを決めた。
※2024.8.5 番外編を2話追加しました!
有能女官の赴任先は辺境伯領
たぬきち25番
恋愛
お気に入り1000ありがとうございます!!
お礼SS追加決定のため終了取下げいたします。
皆様、お気に入り登録ありがとうございました。
現在、お礼SSの準備中です。少々お待ちください。
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26)
ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。
そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。
そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。
だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。
仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!?
そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく……
※お待たせしました。
※他サイト様にも掲載中
【完結】転生白豚令嬢☆前世を思い出したので、ブラコンではいられません!
白雨 音
恋愛
エリザ=デュランド伯爵令嬢は、学院入学時に転倒し、頭を打った事で前世を思い出し、
《ここ》が嘗て好きだった小説の世界と似ている事に気付いた。
しかも自分は、義兄への恋を拗らせ、ヒロインを貶める為に悪役令嬢に加担した挙句、
義兄と無理心中バッドエンドを迎えるモブ令嬢だった!
バッドエンドを回避する為、義兄への恋心は捨て去る事にし、
前世の推しである悪役令嬢の弟エミリアンに狙いを定めるも、義兄は気に入らない様で…??
異世界転生:恋愛 ※魔法無し
《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、ありがとうございます☆
政略結婚した旦那様に「貴女を愛することはない」と言われたけど、猫がいるから全然平気
ハルイロ
恋愛
皇帝陛下の命令で、唐突に決まった私の結婚。しかし、それは、幸せとは程遠いものだった。
夫には顧みられず、使用人からも邪険に扱われた私は、与えられた粗末な家に引きこもって泣き暮らしていた。そんな時、出会ったのは、1匹の猫。その猫との出会いが私の運命を変えた。
猫達とより良い暮らしを送るために、夫なんて邪魔なだけ。それに気付いた私は、さっさと婚家を脱出。それから数年、私は、猫と好きなことをして幸せに過ごしていた。
それなのに、なぜか態度を急変させた夫が、私にグイグイ迫ってきた。
「イヤイヤ、私には猫がいればいいので、旦那様は今まで通り不要なんです!」
勘違いで妻を遠ざけていた夫と猫をこよなく愛する妻のちょっとずれた愛溢れるお話
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる