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第一章 兄とは妹を守るために存在する
貴方が団長です。
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連行されたギルバートは、有無をいわさず、式典用礼服に改めさせられる。
漆黒の団長服は、長身のギルバートによく似合う。
鋭い眼光のまま、窮屈そうにネクタイを締める彼に、エリオットは淡々と告げる。
「お時間です」
それには答えず、片頬を皮肉気にあげると乱暴に髪を撫でつける。
犬歯ののぞく横顔は、獰猛な獣を思わせた。
「無駄に飾りたてやがって。実力主義の弊害を思い知らせてやる」
魔人ゆえ据えられた地位に、彼は毒づく。
就任して四年が経つが、いまだ反発の渦が、彼の足元をすくおうと躍起になっている。
逃げるのが性に合わないと吐きすてながら、買わなくてもいい喧嘩に真正面から立ちむかうのも、団長の地位に居座る彼自身が一番納得していないからだと、エリオットは知っている。
――竜に乗らない竜騎士団長。
それはもはや、この国の名物といっても過言ではない。
「……それでも、貴方が団長です」
エリオットの独白を鼻で笑い、ギルバートが扉にむかう。
しかしその途中で、彼がひざをついた。
「ギルバート団長!」
「……ありえねぇ」
魔力欠乏症かと軍医を呼びかけたエリオットの耳に、しぼりだすような彼のセリフがとどく。
「妹に祝辞を述べ忘れるとは、一生の不覚……これでは死んでも死にきれん」
エリオットは、愚直に心配した己を悔いる。
死地に向かう気でいるのはおおいに結構だが、もしやこの男は、ただの莫迦ではないのか。
「ああ。今日の妹も、すばらしかった」
「やかましい」
おもわず拳骨を落とすと、うめき声があがった。
涙目で振り返ったギルバートが見たのは、青筋をたて、犬歯をむきだしにして口角を上げる、目がまったく笑っていないエリオットだった。
「俺が言っておいた。死ぬほど感謝して、早急に壇上へ行け」
「……どういうことだエリオット」
うなるギルバートを追いこし、外の訓練場へつづく、分厚い扉に手をかける。
そこは今日、入団式の会場となっている。
「せいぜい見栄えよく振舞ってこい。――お飾りだと言うのならばな」
苛烈な色を浮かべた瞳で、エリオットは語気を強める。
ひきずるような音のあとに、ひらいた扉のすきまから、陽光がさしこんだ。
彼の表情が逆光に溶け、大柄なシルエットを浮かびあがらせる。
ギルバートは腹心の部下を、強い眼光で見かえす。
「――上等だ」
口元に弧をえがき、ふてぶてしく笑った。
「せいぜい後悔させてやるよ。狗と狸しかいない檻に入ってくる、物好きどもをな」
ユラリと黒い靄が立つ。
枯渇したはずの魔力が、腹の底から湧いてきた。
悪趣味な上官を見やり、思いがけず安堵したことに、エリオットはあきれる。
追い抜きざまに肩を軽くたたかれ、エリオットは後に続いた。
豪胆な魔人は、光へと突き進む。
勇猛な側近を、引き連れて。
壇上に上がったギルバートは、新兵達を見下ろしながら騎士団の意義を声高に主張する。
「己の生命に信仰を捧げ、己の信念に誠実であれ。不義不正に手を貸さず、正しき道を歩め」
まきちらすオーラはどす黒く、魔人と呼ばれるにふさわしい。
「――俺は諦めん。絶対にだ。貴様らに不滅の闘志を教えてやろう。勝てば正義だ! どんな手を使ってでも勝利をもぎとり、力でねじふせろ」
涼しい顔で整列するエリオットに対し、直前のやり取りを知らないゼノの顔が、限界まで白くなる。
――今日が俺の命日かもしれない。
あぁ、せっかく念願の後輩ができたのに。
「敬礼ッ!!」
一喝するギルバートの猛々しい声音に、ゼノは奥歯を噛みしめながら、お手本のような式礼をする。
彼が勘違いに気付いたのは、約束通りレスターにおごってもらい、余命の心配を笑い飛ばされた時だった。
整列した新兵達が、いっせいに騎士の礼を取る。
大勢の人間が彼に従うさまに、エリオットは不覚にも胸を熱くする。
人を卓越した存在はいっそ神々しく、自らが仕える男が誇らしい。
――貴方が団長です。
たまに少し、いや、いつもどこかおかしな男だが。
平穏には程遠く、退屈とは無縁の生活が、エリオットは案外気に入っていた。
季節は等しく万人に降りそそぎ、彼らの上にも花弁が舞う。
そうしてギルバートの幾多のフラストレーションをぶつけられた新兵達が、過酷を極めた訓練に、一様に入団を心の底から後悔したのは、また別のお話。
漆黒の団長服は、長身のギルバートによく似合う。
鋭い眼光のまま、窮屈そうにネクタイを締める彼に、エリオットは淡々と告げる。
「お時間です」
それには答えず、片頬を皮肉気にあげると乱暴に髪を撫でつける。
犬歯ののぞく横顔は、獰猛な獣を思わせた。
「無駄に飾りたてやがって。実力主義の弊害を思い知らせてやる」
魔人ゆえ据えられた地位に、彼は毒づく。
就任して四年が経つが、いまだ反発の渦が、彼の足元をすくおうと躍起になっている。
逃げるのが性に合わないと吐きすてながら、買わなくてもいい喧嘩に真正面から立ちむかうのも、団長の地位に居座る彼自身が一番納得していないからだと、エリオットは知っている。
――竜に乗らない竜騎士団長。
それはもはや、この国の名物といっても過言ではない。
「……それでも、貴方が団長です」
エリオットの独白を鼻で笑い、ギルバートが扉にむかう。
しかしその途中で、彼がひざをついた。
「ギルバート団長!」
「……ありえねぇ」
魔力欠乏症かと軍医を呼びかけたエリオットの耳に、しぼりだすような彼のセリフがとどく。
「妹に祝辞を述べ忘れるとは、一生の不覚……これでは死んでも死にきれん」
エリオットは、愚直に心配した己を悔いる。
死地に向かう気でいるのはおおいに結構だが、もしやこの男は、ただの莫迦ではないのか。
「ああ。今日の妹も、すばらしかった」
「やかましい」
おもわず拳骨を落とすと、うめき声があがった。
涙目で振り返ったギルバートが見たのは、青筋をたて、犬歯をむきだしにして口角を上げる、目がまったく笑っていないエリオットだった。
「俺が言っておいた。死ぬほど感謝して、早急に壇上へ行け」
「……どういうことだエリオット」
うなるギルバートを追いこし、外の訓練場へつづく、分厚い扉に手をかける。
そこは今日、入団式の会場となっている。
「せいぜい見栄えよく振舞ってこい。――お飾りだと言うのならばな」
苛烈な色を浮かべた瞳で、エリオットは語気を強める。
ひきずるような音のあとに、ひらいた扉のすきまから、陽光がさしこんだ。
彼の表情が逆光に溶け、大柄なシルエットを浮かびあがらせる。
ギルバートは腹心の部下を、強い眼光で見かえす。
「――上等だ」
口元に弧をえがき、ふてぶてしく笑った。
「せいぜい後悔させてやるよ。狗と狸しかいない檻に入ってくる、物好きどもをな」
ユラリと黒い靄が立つ。
枯渇したはずの魔力が、腹の底から湧いてきた。
悪趣味な上官を見やり、思いがけず安堵したことに、エリオットはあきれる。
追い抜きざまに肩を軽くたたかれ、エリオットは後に続いた。
豪胆な魔人は、光へと突き進む。
勇猛な側近を、引き連れて。
壇上に上がったギルバートは、新兵達を見下ろしながら騎士団の意義を声高に主張する。
「己の生命に信仰を捧げ、己の信念に誠実であれ。不義不正に手を貸さず、正しき道を歩め」
まきちらすオーラはどす黒く、魔人と呼ばれるにふさわしい。
「――俺は諦めん。絶対にだ。貴様らに不滅の闘志を教えてやろう。勝てば正義だ! どんな手を使ってでも勝利をもぎとり、力でねじふせろ」
涼しい顔で整列するエリオットに対し、直前のやり取りを知らないゼノの顔が、限界まで白くなる。
――今日が俺の命日かもしれない。
あぁ、せっかく念願の後輩ができたのに。
「敬礼ッ!!」
一喝するギルバートの猛々しい声音に、ゼノは奥歯を噛みしめながら、お手本のような式礼をする。
彼が勘違いに気付いたのは、約束通りレスターにおごってもらい、余命の心配を笑い飛ばされた時だった。
整列した新兵達が、いっせいに騎士の礼を取る。
大勢の人間が彼に従うさまに、エリオットは不覚にも胸を熱くする。
人を卓越した存在はいっそ神々しく、自らが仕える男が誇らしい。
――貴方が団長です。
たまに少し、いや、いつもどこかおかしな男だが。
平穏には程遠く、退屈とは無縁の生活が、エリオットは案外気に入っていた。
季節は等しく万人に降りそそぎ、彼らの上にも花弁が舞う。
そうしてギルバートの幾多のフラストレーションをぶつけられた新兵達が、過酷を極めた訓練に、一様に入団を心の底から後悔したのは、また別のお話。
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