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ならば駆け落ちします!~銀狼王と赤ずきんの王子~
ならば駆け落ちします! ~銀狼王と赤ずきんの王子~【前編】その一
しおりを挟むミシェルは十歳。サランジェ王国で知らぬ者はいない。“愛される”王子だ。
母であるレティシア大公ゆずりの、美しい青銀の髪は緩くふわふわと波打って、お人形のように整った顔立ち。瞳の色はすみれ色で、その大きな瞳でじっと見つめられると、なにもかもして差し上げたくなると評判だ。
この王子を父である金獅子王ロシュフォールは溺愛している。そして、双子の兄王子であり父君を小さくしたようだと評判のランベールも同様に、この弟が好き過ぎて、それはもう過保護の領域だ。
二人はすぐにミシェルに「危ないことはするな」「自分達の目が届かない所に行くな」と言う。
自分のことを心配してくれているのはわかるのだけど、それが最近のミシェルには、窮屈でうるさく感じる。
父と兄の心配性がうつってしまったように、お付きの侍従達やメイド達まで「遠くに行ってはいけませんよ」と言う。
母であるレティシアだけは例外で「王子だからこそ、自分の身は自分で守らねばなりません」と剣や魔法を教えてくれる。厳しいところがあるけれど、たくさんのことを知っていて、すぐ答えてくれる母をミシェルは大好きで尊敬していた。
だから。
少しぐらい冒険していいよね……と思ったのだ。
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
普段は公務で忙しい父王と母大公だが、季節のよい初夏には必ず北の森に囲まれた離宮にて、自分達と数日の休日をとってくれた。
この森がミシェルは大好きだった。緑の匂い、木々の葉っぱの間からこぼれる木漏れ日。柔らかな土、ところどころに咲く綺麗な花。
だけど少しでもミシェルが森の奥へ行こうとしたり、みんなから離れようとすると、まず父がその腕を伸ばして軽々と身体を抱きあげてしまう。兄はミシェルの手を離さないとぎゅっと握り締め、使用人達はミシェルの前に立ちはだかり、ダメですよと柔らかく言う。
母大公のレティシアだけが「道を覚えいて戻れるならかまいませんよ。ここは熊も出ませんし」というのだが、父のロシュフォールが「かわいいミシェルを一人歩きさせるなんて、とんでもない!」と言って終わりだ。
だから、みんなが見ていないところで、こっそりと抜け出したのだ。
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
お気に入りのフードがついた赤いマントをまとって、ミシェルは森の中を行く。もっているバスケットの中には、ブドウを搾った飲み物に、パンにハムにチーズそれからりんごと。お昼もばっちりだ。
そうして、進んだ森の奥でその人を見つけたのだ。
大きな木の根元にうずくまるように寄りかかり、顔の半分から血を流している青年を。
「大丈夫!?」
ミシェルは慌てて駆け寄る。右の顔半分、縦に大きな剣の傷。血がどくどく流れていて怖いと思うけれど、この人を助けなきゃと思う。
小さく呪文を唱えれば、ミシェルの手にぽうっと光がともる。その光を彼の傷に当てれば、たちまち血が止まり傷口は塞がる。が、傷はよほど深かったのか赤い痕がくっきりと残ってしまった。
「う……」
傷が癒えた青年は低いうめき声をあげて、目を開いた。傷ついていた右目もだ。それにミシェルはホッと息をついたけれど、自分を見た鋭い眼差しに思わず身体を固くする。
それは恐怖からではなく、なにかに射貫かれたみたいだった。
その瞳の色は髪と同じ銀色だった。ミシェルや母のような青みがかった銀ではなく、白銀の色だ。少し灰色がかった強さを感じさせる色。
青年は髪を肩口当たりで無造作に切りそろえていた。その服装もいかにも旅の者といった風だが、ただの庶民ではない。まとったマントは薄汚れて裾はほつれてはいるが上質なもので、腰に剣を帯びているところから、騎士階級以上のものか?と思われる。
そして、とても端正な顔立ちの青年だった。綺麗な顔ならば母のレティシアで、男性的な雄々しさならば父で見慣れているけれど、彼には父と違った鋭さがあった。鋭角的な頬に高い鼻に顎に引き結んだ唇。
どこか寂しいとミシェルは幼心に感じる。それは孤高というのだとあとで知ったのだけど。
そして青年の頭には、三角の銀色の耳が、ゆったりした旅装用のズボンからは銀色のふさふさとした尻尾が見えた。それで彼が狼族だと知る。
だけどその白銀の毛並みをミシェルは見た事はなかった。彼が良く知る王宮の兵士達はみな、もっと灰色の毛並みか、黒みがかっているか、もしくは茶色だった。
「君が助けてくれたのか?」
「僕はあなたの顔の傷を治しただけ」
そうミシェルが答えると、青年の頭の上の尖った耳がぴくりと動いて、くるりと横を向いた。
「敵だ。行くぞ」
「え?どこに?わあっ!」
「静かに声を出さないでくれ。奴らに気付かれれば、君も殺される」
「殺される」……と、その言葉にミシェルはひゅっと息を呑んだ。自分とて王子だ。サランジェ王国は父王と母大公の善政によって平和だけど、ひと昔前には反乱があったと聞いていた。それで父の命が狙われたとも。
母の左目の傷は父の命を守った、その名誉の負傷なのだと聞いていた。これを語るときの父はひどく誇らしげなので、ミシェルはあまり危機感を覚えなかったけれど。
だけど、今はこの青年とともに命の危機にある。ぶるりと震えたミシェルの小さな背中を青年は「すまない」と撫でる。
「君を巻き込んでしまった。だけど君は必ず俺が守るから」
その言葉に安心してミシェルはこくりとうなずいた。
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
ミシェルを片手で抱いていながら、青年の足は風のように速く、倒木などある足場の悪い森深くを跳ぶように駆けていく。
その姿は本当に野生の狼が人の形をとったようだ。
「もう、足音は聞こえないな。ちょうどよい場所がある」
青年がようやく足を止めたのは、もう使われていないだろう、古びた木こり小屋だった。
その中にはいれば、案の定荒れ果てていて、埃っぽい床からは、ところどころ木の根が突き破っていたりした。
そんな場所に床へと下ろされたミシェルが戸惑っていると、青年がその床に自分のマントを敷いて「どうぞ」と言ってくれた。
「でも、これじゃ、あなたのマントが汚れてしまいます。僕は、僕のマントを使いますから」
と自分の赤いマントをミシェルは脱ごうとしたが、それを止められた。
「そのマントはとても綺麗だ。俺のは長い旅ですでに汚れたり、裾がほつれていたりするから、気にすることはない」
ミシェルは青年の好意にこくりとうなずいて、腰を下ろして、バスケットを差し出した。
「これお昼にもって来たんです。一緒に食べましょう」
「ああ、ありがたいな。実は昨日からなにも食べてないんだ」
「それなら全部食べて」
そんな一日食べてないなんて! とミシェルは驚いた。王子様暮らしには信じられなかった。たくさん遊んでお腹空いたなとは思うことはあるけど、ひもじいというのは知らない。
それに青年は「君は優しいな」と微笑んだ。そんな笑顔を浮かべると精悍な厳しさが和らいで、優しい雰囲気にミシェルは思わず頬を染める。
「うれしいけど、君と二人で分けよう。君だって食べなければお腹が減るだろう?」
「でも、僕はお昼ぐらい抜いても平気だし」
「いや、悪いがここで一晩過ごすことになる。だから夕餉の分も残しておいたほうがいい」
「当分は奴らが諦めずに近くをうろついているはずだ」と言われてミシェルはこくりとうなずいた。
なのでパンもチーズもハムもりんごも半分こして、それをまた半分、四分の一だけお昼に食べた。葡萄を絞った甘い飲み物も一口ずつ。「これが葡萄酒だったらな」なんて青年がつぶやくのに、ミシェルが首をかしげれば「いや贅沢だな。十分に甘くて美味しい」と言ってくれた。
「そういえば、お互い名乗ってもいなかったな。俺はクリストフ・ベルツ。君は?」
「ミシェル・エル・ベンシェトリです」
そう名乗れば、青年は大きく目を見開いた。「そうか君が……」とつぶやき、真剣な顔となり口をひらく。
「もう一度誓うが、俺が君を絶対に守るから、信じてくれないか?
朝にはこの森を出て離宮に君を届けるから」
その言葉にミシェルはこくりとうなずいた。
そのとき“離宮”とクリストフが口にしたことをミシェルは気付いていなかった。自分がこの国の王子であると、彼が気付いていることもだ。
夕食までのあいだ時間はある。ミシェルは「クリストフはどこから来たの?」と訊ねた。目の前の青年の瞳が少し遠くを見る。
「北からだ。この国の隣のゲレオルクの黒き森を越えると、冬には完全に雪と氷に閉ざされる白き森がある、そこから」
「そんな遠くから?」
白き森がある国の名はリンドホルム王国というのだと、ミシェルはあとで知ることになる。
「雪と氷って、それじゃあ冬は寒くない?」
「もちろん寒いさ」
ミシェルの素直な質問に青年は笑い「それでも冬には冬の楽しみがある」とミシェルの知らない遠い異国のことを教えてくれた。
トナカイが引くソリのことや、毛皮に覆われたそれが案外と温かいこと。それから固めた雪を切り出して作る小さな家でのお祭り。
「え?雪の家って寒くない?」
「これが毛皮のソリと同じで案外に温かい。雪の家の主人は子供で、そこで人々に温かな飲み物をふるまうんだ。
子供達には甘い蜂蜜と林檎の飲み物を、大人達にはハーブで風味をつけた温かな葡萄酒を」
雪の小さな家が並ぶ道々には彩りの蝋燭が灯されて、夜の道でも暗くないのだという。それはとても美しい光景だとも。
「いいな。僕も見てみたい。連れて行って」
それは十歳の子供の無邪気な言葉だった。だけど、銀狼の青年はその銀の瞳を見開いて、次に寂しく微笑んで告げた。
「すまない、今は連れて行けない。俺も戻れないんだ」
「家に帰れないの?」
子供のミシェルにとっては、それはとても心細いことだ。くしゃりと顔をゆがめれば大きな手が頭を撫でてくれた。
「今はな。だけど必ず帰る」
「そうだな、約束しよう」と彼は思いついたように一転、寂しい笑いから朗らかに微笑んだ。それは冬の厳しい空から差し込む日差しのように温かな。
隣同士自分のマントの上に座るミシェルを、あぐらをかいた膝に軽々と抱きあげる。
「俺が国に帰ったら、君を俺の国に招待しよう。必ず迎えに来る」
「本当に?絶対だよ! クリス!」
本当はクリストフなんだけど、焦って思わず名前を省略してしまった。「あ……」とミシェルが頬を染めれば「その名で呼んでくれ」とクリストフは微笑む。
「クリスと俺を呼ぶのは君で二人目だな」
「一人目は誰?」
「母だ」
「母様?」
「ああ、もう亡くなった」
死んだと聞いてミシェルが顔を曇らせれば「もう、前のことだ」と彼は続ける。
「でも、悲しんでくれるのか?ミシェは優しいな」
「あなたがクリスだから、僕はミシェ?」
「ああ嫌か?」
「嫌じゃない。二人だけの呼び名だよね?」
「ああ」
その夜は残りの食べ物を口にして、ミシェルはクリストフの腕に抱かれて寝た。
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