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ならば強行突破します!~オーロラの帝都と癒やしの殿下~
第八話 強行突破と雪煙とソリと狼たち その一
しおりを挟む「まったく、狼というより頭が銀色のネズミだな。どこから入ってきた?」
「こんな馬鹿デカい宮殿、どこでも入り放題だ」
「池の上に建てた小屋とは違うからな」
クリストフらしくもない皮肉に、アルダリオンが応酬する。
しかしリンドホルムの王城たる星の城に対する今の言い様はいただけない。ミシェルはむうっと頬をふくらませて。
「ヴィオ・ラクテは美しい城です。小屋などではありません!」
「これはすまなかったな。そなたが言うならば、それは美しいのだろう」
アルダリオンが手の平を返したように、ミシェルににっこり微笑みかける。さらには。
「では余がリンドホルムを“併合”したおりには、皇妃たる、そなたにあの城を捧げよう」
「陛下! 僕は皇妃ではありません。リンドホルム王たるクリストフ・フォン・ベルツの配偶者です!」
あまりの暴論だとミシェルは否定する。となりのクリストフの全身からぶわりと怒気が、湧き上がるのを感じて思わず首をすくめた。
「スタニスラワ帝国皇帝よ。それ以上我が国と我が妻であるミシェル・エル・ベンシェトリに対する侮辱は許さない」
長剣の柄には手はかけない。だがクリストフのまとう空気は、ひやりと尖った氷そのものだ。
怖いと思いながらミシェルは同時にうれしかった。クリストフはこれを自分への侮辱ではなく、ミシェルへの侮辱だと怒っている。
銀狼の怒りをまともに受けて、北の白虎の皇帝は、傲然とした微笑みさえ浮かべて「ほう……」と楽しげでさえある。
「では、お前の妻の寝室が私の寝室の隣であった事実をどう見る? もう一つ言うならば、私の寝台で一晩過ごしたこともあるのだぞ。
今や私とミシェルの関係は帝宮の噂の的だ」
誤解を与えるような言い方ではあるが、アルダリオンの言っていることは事実だ。この状況では不貞を疑われたって仕方ない。
ミシェルがうつむき唇をかみしめれば、クリストフが「ミシェ」と呼ぶ。その声に顔をあげる。
「俺はミシェを信じている」
「クリス、ありがとう」
意地悪な問いかけをした皇帝ではなく、自分に言ってくれた。それだけでミシェルには泣きたくなるほど嬉しい。
「やれやれ、私はすっかり悪役のようだが、さらに悪役らしく言うならば、いくらそこの若き王妃の意思が固くとも、無理矢理ということもある」
その言葉にミシェルは「陛下」と冷静な声を出す。
「北の大帝ともあろう方がご自分を貶めるようなことをおっしゃらないほうがよろしいと思います。
陛下は僕に対して大変紳士的でらっしゃいました」
まっすぐスミレの瞳で見つめれば「まったく」とアルダリオンが苦笑する。
「そなたには敵わぬな。安心するがいい、若き王よ。お前のかわいい妻には指一本触れておらぬよ」
そこまで言ったところで、寝室での異常に気付いたのだろう。護衛の近衛兵が部屋に駆け込んでくる。「くせ者!」と声をあげかける彼らに「黙れ」と制したのは、なぜかアルダリオンだった。
「さて、そこの若い狼の蛮勇と美しいそなたに免じて、奴を見逃してやってもよい。ただし、それにはそなたがここに残ることだ」
ここで近衛兵が声を出しさらに援軍を呼べば、いかにクリストフが強い銀狼とて、多勢に無勢、敵うわけもない。
だが、ミシェルは即座に「いいえ」と答えた。クリストフの腰にある短剣を「借りるね」と抜き放つ。
「僕も一緒に戦います」
これに近衛兵達が再び身じろぎするが、それもアルダリオンが無言で手を横に広げて制する。
「玉砕覚悟か? 無謀だな」
「そうとは思いません。クリスがここに策もなにも無しで来ると?」
ミシェルはクリスが大胆ではあるが、勝算もないような行動はしないと信頼している。今回のことだって、この目の前の皇帝を突破する策は立ててきたはずだ。
そのクリストフが「北の皇帝」と呼びかける。
「すでにお前の耳にもはいっているだろう。リンドホルムは背後の海の憂いはなくなった。黒き森も抑えられている、全力で帝国に立ち向かうことが出来るぞ」
「サランジェ王国とイーストスラントとの同盟は見事であったな。海賊の女王もあれには歯がみしているに違いない」
イーストスラントはタイテーニア女王国の北方に位置する極北の島国で、女王国と同じく船をよく操る民が治めている。
サランジェとイーストスラントが手を組んだとなれば、あいだに挟まれた女王国は身動きがたしかに取れない。リンドホルムを狙うどころではないだろう。
イーストスラントとサランジェのあいだにはいったのがリンドホルムという訳だ。森のリンドホルムと海のイーストスと互いに呼び合うように、この二つは同じ狼族の兄弟が陸と海とに別れたという伝承があり、未だに交流が深い。
「黒き森も、たしかにやられたな。サランジェ王国の大公殿から、来春にもサランジェにリンドホルム、銀聖堂騎士団との合同演習を帝国の国境沿いで行うが誤解なきよう……と嫌みのような書簡が送られてきたぞ」
あの母大公がどれぐらい慇懃無礼な書簡を送ったか想像出来て、アルダリオンの表情にミシェルは思わず苦笑した。
銀聖堂騎士団は、黒き森が国土の大半を占めるゲレオルク国、最大の騎士団であり、この騎士団だけで領地を持つ。かの国の王権は弱く、国内の有力騎士団の独断に口出しも出来ないだろう。
「しかし、この帝宮まではイーストスラントの船の大砲も、サランジェの軍もやってはこないぞ。敵陣にたった一人の王としてどうするつもりだ? 銀狼よ」
たしかにいかに周りを固めようと、今、敵陣にいる二人を救う剣とはならない。クリストフが口を開く。
「俺は独りではない。我が眷族も共にある」
その言葉と同時に狼達の遠吠えが帝宮に響き渡った。アルダリオンが眉を寄せ、近衛の兵士達が「な、なんだ!?」と浮き足立つ。
さらにそこになだれこんできたのは、複数の狼たち。近衛の兵士達を攪乱するように吠え、飛び跳ね、そしてクリストフとミシェルを守るように毛皮の壁となって立ちはだかる。
「とんだ援軍だな!」とアルダリオンはくやしそうでありながら、やられたとばかりに声をあげて笑う。
帝宮の台所にはこびこまれた野菜満載の荷車から、突然狼達が飛び出してきたという話を、アルダリオンはあとで報告を受けることになる。
歴代の銀狼は野生の狼と心を通じ合わせることが出来るが、クリストフの能力はずば抜けていた。ミシェルも何度か、クリストフと森からひょいと出てきた狼が、まるで会話するかのように見つめ合っているのを見たことがある。
「さらばだ、北の皇帝よ」
クリストフがミシェルとともに部屋を出ていこうとする。数頭の狼がそんな二人を守るように囲み、他の狼は皇帝と近衛兵を牽制するかのように、うなり声をあげている。
「待て」
いいざま、アルダリオンが手に持ってきた剣を抜き放って、クリストフに斬りかかる。それをクリストフもとっさに抜き放った長剣でがっしりと受けとめた。
互いの剣にまとわせた冷気。それはたちまち透明な水晶のような結晶となって、ぶつかったとたん粉々に砕け散った。互いに氷を操るのは同じで、しかも、その魔力も互角だとミシェルには見てとれた。
剣を重ねた男達の顔が至近距離でにらみ合う。
「せめて、剣の一振りぐらい浴びせねば、腹の虫がおさまらぬ」
「気はすんだか?」
「スミレの宝石を奪う間男への怒りが消えるわけがないと言いたいところだが」
アルダリオンは剣を引いた。そして「行け」と言う。
「リンドホルム王の妃よ。癒し手として我が国の皇子二人の命を救ってくれたことに感謝する。
我が招きに応じ遠路はるばるいらしてくれたことに感謝する。帰国までの道中気をつけられよ」
そして、アルダリオンは「私の気が変わらぬうちに、早くこの宮殿を出て行ったほうがいいぞ」と意地悪く微笑む。クリストフはもはや無言でミシェルをうながして部屋の外へと出ていった。
二人は、狼の遠吠えが響く争乱の帝宮を駆け抜けていく。不審な二人の姿を認めた衛兵達がところどころで、誰何して止めようとするが、そのまえに狼達が彼らの前に立ちふさがった。
外へと駆けるにつれて、あちこちに散らばっていた狼たちは、だんだんに集まってきてミシェルとクリストフの周りを囲む。
そして、大階段からの大扉の前の衛兵達は、駆け下りてくる狼たちの勢いに、初めから戦意を無くして逃げた。開かれた扉、本来馬車が停まる車寄せには、ソリがあった。「お待ちしてました!」とリンドホルムで顔なじみの狼族の騎士達数人が声をあげる。いずれもクリストフが信頼する若い従者達だ。
ソリはトナカイが引く長距離の荷物運搬用の大きなものではない。子供達が冬に遊びでつかうような小さなものだ。これも狼たちや従者達とともに、三つの野菜の荷車のなかに隠してあったのだ。
そのソリの前に複数の紐が繋がれているのにミシェルは首をかしげたが、すぐにその意味が判明した。
「え?」
車寄せの階段を駆け下りた狼たちが、みずからその紐に頭をくぐらせたのだ。従者達も手伝って手早く狼たちの前脚にも紐を装着する。
「ミシェは俺の前に乗ってくれ」
「う、うん」
ソリには立って乗る、クリストフが後ろからミシェルを抱きしめるようにして、そして狼たちに向かい指笛を吹く。
とたん、狼たちはソリを引いて走り出した。二人の従者達が乗ったソリもだ。繋がれていない狼たちは、その周りを守るようにして駆けていく。
雪が降りつもった冬宮の庭をソリはかけ、門を越えて帝都の大通りへと雪煙を立てて抜けていった。
「やれやれ、最後まで大騒ぎだったな」
宮殿の大扉の向こう雪煙あげて、帝都へと消えていく姿をアルダリオンは見送る。
「今すぐに追跡の軍を!」という声に「いらぬ!」と振り返り答える。あわてて大階段を降りてきたのは、大公爵と呼ばれるこの国の宰相ミハイルだ。
「なぜですか? 陛下! リンドホルムの王が、わざわざこの帝国内にいるのですよ! 彼奴を始末し、かの黄金の国を手にいれる絶好の機会だというのに!」
「あの狼どもを相手にか? もうすぐ吹雪く雪原こそ、奴らの戦場よ。人間の兵が敵うものか」
自分は無駄なことはしないとばかり、アルダリオンが背を向ければ「しかし、帝宮までの侵入を許しておきながら、みすみす見逃すなど、他国に示しが付きませぬ!」と追いすがってくる。
「示しとはなんだ? 二人の皇子の病を癒すために、リンドホルムの王妃を招聘したのは余だ。出立はいささか慌ただしくなったがな」
「そのようなとってつけたお言葉など、内外から見ても苦しい言い訳としか……」
執務室まで追いすがってきた、宰相ミハイルの言葉はそれ以上続かなかった。アルダリオンの剣が、その胸の中央を貫いていたからだ。なぜ? と言葉にならず、表情が語っている宰相にアルダリオンは酷薄に笑う。
「エリザベートの死よりずいぶん長くかかったが、ようやく尻尾を現したな」
ミシェルを狙った刺客もアルダリオンの手で討たれたが、彼の死体こそがなによりの証拠だった。宰相が数年前より密かに雇っていた暗殺者という。
「数年かけて準備したあれの毒殺計画は完璧だったが、さすがに急ぎの仕事はボロが出たな」
皇帝家の外戚であるこの宰相は己の縁故の娘を皇妃にとずっと望んでいた。それを退けて唯一のわがままを通して迎えた最愛の女性がエリザベートだった。
「残念だったな。今度のスミレの花はお前に容易く刈り取られるようなものではない。この私でも敵わぬ」
どこまでも真っ直ぐにあの若き銀狼を愛していた。ただ守られるだけでなく、さいごには自分に短剣を向けてともに戦おうとした。
どさりと宰相の身体が床に倒れ、部屋に入ってきた近衛兵に命じる。
「宰相は突然の病で死んだ。遺体を運べ」
彼一人の死で一族の罪は問わないということだ。兵士達が宰相の死体を運んでいくのを一瞥もせずに、アルダリオンは執務室の窓辺に近寄った。帝都を出ていく小さなソリなど見えるわけない。
彼はなにかを振りきるように、窓に背を向けてつぶやいた。
「所詮ここは氷の帝宮だ。春の花には相応しくあるまいよ」
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