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ならば強行突破します!~オーロラの帝都と癒やしの殿下~
第七話 雪に閉ざされた帝宮 その二
しおりを挟む次に気がついたときはあてがわれた自室の寝台の中にいて、そばについていたメイドが「陛下にお知らせしてきます!」と慌てて出ていき、すぐにアルダリオンが現れた。
「まったく無茶をする。施術師が倒れては元も子もないぞ」
ミシェルが身を起こした寝台に椅子を引き寄せて、傍らに座りながら彼が言う。少しの既視感にああ、これは自分が脱走をくり返していたときの、説教口調だと思い当たる。
「皇子達は?」と気がかりなことを真っ先に聞けば「自分より、他人の心配か?」と言われた。
「自分が診た患者に責任を持つのは当然でしょ?」
「息子達はそなたの心配をずいぶんしていた。だが、今日、明日は身体を一日休めるように。侍医達に聞いたが、そなたは彼らの足りぬ分も癒し手を施し、その合間に薬を作っていたと聞いていたぞ」
「患者を診て、徹夜ぐらい当たり前だって言いたいけど、施術師が倒れていちゃ人のこと言えないよね。休ませてもらいます」
ここで反論しても仕方ないとミシェルにはわかっている。
実はリンドホルムでも昨年倒れて、クリストフにも言われたのだ。
あれはミシェルの作った薬湯の効果もあって、王城の施術院に駆け込んでくる子供達の数も、少なくなり一段落ついた頃だった。
ミシェルも夜中の急患でも上の王族の居室から、下の施術院に呼び出されて駆けていくことも多々あった。一緒の寝台に寝ているクリストフを起こすことになって、すまなく思っていたけど、彼はいつでも「気をつけて」と送り出してくれていた。
だけどミシェルが倒れたら、ひどく心配げな顔をして。
「子供達の命も大事だが、俺はミシェの身が一番大事だ」
なんて怒るでもなく「自分の身体も労ってくれ」と言われればこくりとうなずくしかなかった。
「だが、ありがとう」
「え?」
ふと、今はどうしているのか? 考えると胸が痛む、愛しい人のことを考えていたが、傍らの声に意識が浮上する。
白虎の北の皇帝は翠の瞳で、じっとミシェルを見ていた。
「皇子達だけでなく、そなたの教えてくれた薬湯のおかげで、帝都の子供達の命も救われた。施術師達も疲労しきっていたからな。
手洗いとうがいのふれを出してから、新たに感冒にかかる子供達の数も徐々に少なくなってきていると報告があがっている」
「そう、よかった」
ミシェルは笑顔となった。施術師として命が助かったと聞くのがなにより嬉しい話だ。
「皇子達はすっかりそなたに懐いているし、侍医達もその知識と技術の信奉者だ。侍医長にはリンドホルムで宝を得られたと言われる始末だ」
「それは……」
「私があの国境にいたのは、自分の目で現地を確かめるためだ。いつか来るだろう戦争のために」
帝国は常にリンドホルムを狙ってきた。だが、こうして改めて言葉にされると、目の前にいる北の皇帝の白虎の迫力をいまさら感じてしまい戦慄する。
いつもミシェルととりとめのない話をしているときと男のまとう空気は、がらりと変わっていた。その翠の瞳は北の大帝と呼ばれる男のものだ。
「もし、余がリンドホルムへの侵攻を諦めると言ったらどうする?」
「え?」
一人称が私ではなく余と皇帝として公人のものになっていた。しかし、その彼らしくもない問いかけにミシェルは思わず聞き返す。
「そなたがここに残るというならば、リンドホルムへ手を出さないことを誓ってもいい」
あまりに唐突な言葉にミシェルが戸惑っていると「戯れ言だ」と言い残して、アルダリオンは去って行った。
「本当に冗談だよね」
一人取り残されたミシェルはぽつりとつぶやいた。
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
その夜。アルダリオンの突然の告白? にミシェルは眠れない夜を過ごしていた。
あれは一体どういう意味だったのか?
だから侵入者に気付いた。
寝室の扉が開く音。昼間、護衛の近衛がミシェルにつくが、リンドホルムから遠く離れた帝都まできては逃亡の心配はないと、夜はお付きのメイドのみだ。その彼女も侵入者の光る剣にただ怯えるだけだったらしい。
ミシェルは侵入者が来る方向の反対側へと寝台を降りて、身を屈めた
ばさりと天蓋のカーテンを開けて、賊は寝台に剣を突き立てた。明らかな殺意だ。
寝台が空なことに賊が動揺した、その隙をついてミシェルは部屋の外へと飛び出した。
賊もまた後ろを追い掛けてきた。もはや侵入を隠す気もないのか、暗殺対象を逃したことに焦っているのか、足音も隠さずに。
広い帝宮の奥。幾つもの部屋が繋がりあう構造は“散歩”で把握はしている。ミシェルは振り向きざまに風の魔力を放ったが、刺客がそれを同じ風の魔力で相殺したことに戦慄する。
暗殺者と自分の魔力は同格というか、そもそもミシェルは癒し手で、その魔力もあくまで身を守るものでしかない。そして、自分の手には今、武器がない以上、素手で自分より体格のよい暗殺者に挑むのは無謀だ。
とにかく逃げるしかない。
しかし、この奥は……。
ついには部屋のつながりのない図書室へと出てしまい。ミシェルは刺客を振り返る。
もう逃げ場がないと思ったのか、ゆっくりと近づいてくる。ミシェルに向かい剣を振りかぶる。
しかし、その瞬間、刺客の胸から剣の切っ先が生えていた。どさりと刺客の身体が倒れて現れたのは。
「アルダリオン陛下!?」
「とんだ真夜中の鬼ごっこだったな」
そして駆けつけた近衛兵に「遅い」と皇帝は苛立ったように告げて、ミシェルの腕を引いて向かったのは己の寝室だった。
「今夜はここで寝るといい。この帝宮で一番安全な場所だ」
「でしょうね」
寝台に押し込められて「私はこちらで寝る」と寝椅子に横たわるアルダリオンにミシェルが「陛下を寝椅子に寝かせるわけには」といえば。
「では共の寝台で寝るか?」
「ありがたくこちらを使わせていただきます」
一応クリストフの配偶者の自覚はある。他の男性と共寝など、なにもなくとも出来ない。
しかし、寝台に横たわったところで寝られる訳がないのだ。ミシェルは「どうして僕は命を狙われたんです?」と聞いた。
「私が連日、そなたの部屋に通っていることで、余計な勘ぐりをした輩がいる」
「あなたのせいじゃないですか」
どこの国でも最高権力者の寵愛をめぐるドロドロはあるものだ。
そしてこの皇帝は皇妃を失ったあと、正妃を迎えていない。あわよくば……と思う者からすればミシェルの存在は余計な疑心暗鬼を生んだのだろう。
子供を産める狐族の男で、サランジェ王国の王子だ。リンドホルムの王の配偶者だぞとミシェルは主張したいが、いまだあそこを属領と思っている意識の帝宮の貴族達にとっては、皇帝がミシェルを強引に皇妃に迎えてもおかしくないと考えたのかもしれない。
「先日のしつけのなってない三人娘も、私の寵姫にどうか? という話は前々からあってな」
「私にも好みがある」というつぶやきはどうにも、ぼやきめいていて、クスリとミシェルは笑ってしまう。
「それもあなたのせいじゃありませんか?」
「不徳の致すところというべきだな」
そして一呼吸おいて、彼は口を開いた。
「エリザベートの死因だが毒殺だ」
その言葉にミシェルは息を呑んだ。「そなたも施術師ならば知識はあるだろう。病死に見せかけるために徐々に弱らせていく毒などいくらでもある」と続ける。
「どこの宮殿にもありふれた話だ」
そう言ったアルダリオンの声はどこか乾いていた。
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
翌日より、ミシェルの部屋はアルダリオンの居室のそばに移された。
正確には皇帝の寝室を通り過ぎなければ、ミシェルの寝室へと至れない。ある意味で最も安全な場所といえるだろう……が。
「いくら寝室は別とはいえ、ますます誤解が深まるのではないの?」
「そなたの暗殺騒ぎから、私の寝室で一晩過ごしたことで帝宮のものたちは、すっかりそういうものだと思いこんでいる。今さらだろう?」
「結局、あなたのせいではないですか? 皇帝陛下」
「この際、噂を本当にするのはどうだ? そなたがその気ならば、今すぐサランジェに婚姻申し込みの使者を送ってもいい」
「僕はリンドホルム王の配偶者です」
チェスの駒を指先でもて遊んでいたミシェルはことりと盤の上に置く。
寝室だけではない。ここは皇帝のサロンだ。そこでミシェルはお茶の時間だけでなく、アルダリオンと過ごしていた。
これでは噂がますます広がるだろうが、しかし、皇帝のそばが安全というのもわかるのだ。現在のミシェルにはアルダリオンしか守ってくれる者はいない。
とはいえ、その皇帝陛下に本気とも冗談ともいえない求婚? を受けている状態なのだが。
「美しい人妻か、ますます奪いたくなるな」
「おたわむれを、陛下、残念ながらあなたの負けですよ」
「そのようだな」
かたりと彼は立ち上がり、執務へと向かう。その長身にミシェルはため息をつく。
最近では、ミシェルが王の居室から出られないために、双子の皇子のほうが遊びにやってくる。
アレクセイとセルゲイに「ミシェルは皇妃になるの?」と真っ直ぐな瞳で質問されて、思わず引きつった笑みを浮かべてしまった。「ミシェルが皇妃になったらうれしいな」「セルゲイも!」なんて純粋な好意はうれしいが、しかし、当然ミシェルにそんな気などない。
窓の外を見れば帝宮の屋根にも庭には、すっかり雪が降りつもっている。ミシェルが皇子達を看病していたのはほんの数日だったのに、もうこんなに。
まさか本当に春までここに留められるのか? いや、ずっとこのまま……なんて浮かんだ馬鹿な考えにミシェルは首を振る。
「クリス、助けてよ」
思わず弱音が漏れた。
絶対に彼は来てくれると信じているけれど。
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
そんな願いが通じたのだろうか?
寝室の窓をコンコンとたたく音。いつかの既視感に振り返れば、そこには会いたかった人の顔が。
窓を開ければするりと長身が入りこんでくる。声には出さず無言で手を伸ばせば、きつくだきしめられた。ミシェルも精一杯、その広い背に手を回す。
「会いたかった、クリス」
「俺もだ、ミシェ」
自然に重なり合う唇だが、それはふれるだけで離れた。再会を喜びあいたいけれど、ぐずぐずしてる場合じゃない。
ここはスタニスラワ帝国の帝宮。敵地のど真ん中にリンドンホルムの王とその配偶者がいるのだから。
「クリス、また屋根から? 雪で滑らなかった?」
本当にもう、この人の身体能力はどうなっているのとミシェルは思う。サランジェ王宮の後宮に忍びこんで、今度は帝宮は皇帝の寝室の隣なんてだ。
凄腕の暗殺者か間諜になりそうだけど、彼がリンドホルムの王であることに、大陸各国は感謝しないといけないかもしれない。
「白の森の銀狼が雪に足をとられたんでは、いい笑い者だ」
「それで、ここからどうやって出るの?」
クリストフ一人なら、もと来た道を戻って……となるが、ミシェルはさすがに雪で足下が滑るなか、縄を伝ってなんて……いや、今度こそ覚悟を決めるべきか? と思ったが。
「いや、そこに扉があるんだ。ミシェを連れて“堂々”と出るさ」
「え? だってそっちは!?」
ミシェルの肩を抱いてクリストフが扉をあけて、次の部屋へと出る。
そこは皇帝の寝室であり、当然就寝前のアルダリオンがいた。白の森の銀狼王の姿を見て、北の白虎の皇帝は大きく目を見開き、次にどう猛に微笑んだ。
「これはこれはとんだ間男だな」
「それはこっちのセリフだ。帝国皇帝」
クリストフの銀の瞳とアルダリオンの翠の瞳とのあいだに、見えない火花が散った。
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