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第六話:失われたSを求めて(上)
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おしゃれカフェ、『鉢植えから出てきたカメムシ』の店内。
「おそー。おそいー!」
パンダのバススポンジ、通称パン子の食い物へのこだわりは並外れている。いい年こいて待ちきれずに机をバンバン叩くのはこいつくらいだろう。
それをイライラしながら見ていた、こちらもバススポンジのペンギンちゃん。
「おそい! 遅いわよー!」ペンギンちゃんも同じようにテーブルを叩きだした。
確かに少々遅い。もう注文から二十分以上待たされている。
「遅い! 遅い!」
「おーそーいー!」
ここはカフェの中で。カップルの客が多い。周りの客は迷惑を通り越して、うんざりした顔をしていた。
「すみません。本当にお待たせしました」
「ガー! いつの時代の飲食店よ。アタチせっかくいい気分で注文したのに、イライラが収まらないわよ」
「本当に申し訳ございません。お詫びにお二人にはアイスコーヒーをお付けしておきましたので……」
二匹は急に大人しくなった。
「まあ素敵。アタチ許すわ」
「ゲゲゲゲ、それくらいしてもらわなくちゃねー」
一件落着である。周りの客も胸をなでおろした。
二匹はお互いの皿の上を見比べた。
「何それ。シシリアンライスって何よ」
「あんたこそガパオライスって何よ」
「ガパオはいいのよ。ほら見て、こんなにデカい目玉焼き、ひき肉もたっぷり、彩りもいいわー!」
ペンギンちゃんは、ゲゲゲゲと嘲笑った。
「それを米に乗せて何がしたいのよ。ナンの方がどう考えてもいいわよ」
ガパオライスを食べていた客の手が止まる。二匹のいる席をチラチラ見ながら、かなり気まずそうにしている。
「あんたこそ何よ、白米の上にレタスと玉ねぎ乗せてソースとマヨかけただけって。ガガガ、何なのその貧相な牛肉」
パン子の声も周りに丸聞こえだった。シシリアンライスを食べていた客の手が一斉に止まる。
ペンギンちゃんはフォークを突き出し、パン子を威嚇した。
「キー、いいのよヘルシーメニューよ。みて、こんなにきれいなプチトマト付いてる。これがとっても甘いのよー。それに引き換え、何? その、大学生が作るような手を抜いた朝食は」
「ふざけんじゃないわよ。あんたこそおいしいのはトマトだけ? 本体は対してうまくないでしょー。ガガガガ。考えた奴に言いたいわ。世界一滑り倒した食べ物なのよ、シシリアンライスは」
二匹ともお互いのつばで目の前のご飯を汚染しまくっていた。
……。
テーブルの上においた両こぶしを握り締め、二匹の様子を遠くからにらみつける男が一人いた。
彼の名は馬家紋支尻。シシリアンライス発祥の地、佐賀県人である。
「畜生。ばきゃにしとって、あのパンダ! 絶対に許さんばい」
「抑えるネ。無視。無視ヨ」
彼の怒りを治める恋人の名はラマイ・マライ。ガパオライス発祥の地タイの生まれである。
「ラマイだってガパオライスを散々にけなされて。こらえちょられるのか?」
「けなされたのは見た目だけヨ。大したことない。それにこの店のガパオライス、あっさりしすぎて、ひき肉も野菜も小さくて少ないし。好みじゃないヨ」
「お前はそれでよかばってん……、俺は……、俺の佐賀ソウルはズタズタよ」
「分かってるネ。今は耐えるネ、シシリ。帰って看護婦プレイするネ。シシリ」
***
ガパオライスとシシリアンライス、どちらも単品で千百八十円。ペンギンとパンダは釈然としない顔をかくして、別々にお会計を済ませた。二度とこのカフェには来ないだろう。
『牛丼くいてえ』
『ひき肉たっぷりのカレーとナン食いてえ』
店から出る二匹の顔には、それぞれそう書かれていた。
二匹は赤坂のまちをドスドス踏み鳴らすように歩く。
「ゲゲゲ、お腹いーっぱいになったから、アタイ誰か襲撃したくなっちゃったあ」
「ガガガ、アタチも糞詰まりが起きそうなくらいパンパンだから、付き合ってあげてもいいわよお」
ペンギンちゃんは赤坂近辺での投稿を瞬時に検索。
「ニュ、いるわね。元法面サーファーのイケメン俳優、上履カビルがデブライブの映画を見たのを投稿してるわ」
「そいつ、これからどうするって?」
「焼き肉行くみたい」
「デブライブがやってんのは神谷町か日比谷のセントラルビルか……、こっから近い神谷町に絞って回るわよ」
「キー、仕切んな! それはアタイの案よ」
「待てよ外道。そんなこたあさせねえ。俺が相手になってやっぜ」
二匹は驚き後ろを振り向いた。
男が一人、ただならぬ雰囲気で仁王立ちしている。二匹を、特にパン子の方を睨みつけていた。何を隠そう、この男は先ほどのカフェで怒りを押し殺し二匹の会話を聞いていた馬家紋支尻である。ちなみに彼は小学生の時から特にあだ名をつけられたことがないため、以後はシシリと呼んであげよう。
「急になに。あんた何者よ」パン子は歯をすり合わせながらシシリにドぎつい睨みを返した。まさに一触即発の状況である。
「お前に名乗る名などなか、……、ねえ!」
「坊やのお名前何でちゅか?」
「ぼく、うまかもんししりといいまちゅ、……、はっ……」
ペンギンちゃんの挑発に思わず、性癖丸出しの返答をしてしまう上に、明かさないと決めていた名前までばれるという大へマをシシリは出て来て早々かました。
「ゲゲゲゲ! 何よこいつ、ウマカモンシシリといいまちゅ。い、い、いいまちゅ、だってーーー!」
「ガガガガ! 絶対こいつ家でママに赤ちゃん言葉で甘えてるわよ。チョーイタイ。極大マザコン」
「やめろ! 俺はそんなことはしない! それよりだ!」
「ニュ?」
「ンガッ?」
「パンダ! お前。さっきシシリアンライスを馬鹿にしてたな」
「ガガガガ。だから何なのよ」
「非常に許しがたい佐賀への冒涜だ。撤回してもらおう」
「何であんなショッボイごはんと佐賀県をつなげるのよ。頭の中まで赤ちゃんプレイなの?」
「撤回しないということだな」
「アンタ、さっき相手になってやるって言ってたわよね。アタチに勝ったら、撤回でも何でもしてやるわよ」
いいだろう、と一言、シシリは素早く腕を上下に構えた。両手首はコの字に折りたたまれていてSの字を両手でかたどっている。
「何よ! その、僕の考えたジョジョ立ちみたいなのは。イタイわね」
「天地魔闘の構えだと? 甘く見るな」
「言ってねーよ」
「これはサガアーツだ。驚いたか」
「ほへー」
「Sの構えは柔らかで穢れのない武雄市に伝説の残る白蛇そのものであり、腕と腕の間の空間は佐賀県を横に縦断する長き道、佐賀自動車道を模っている。あらゆる速度も、手数もこのかまえの前に意味をなさない」
「マ〇コ」
「最後に言い残すことはないようだな。いくぞ!」
「きえええええーーーー」
機先を制したのはパン子だった。目をギョロっと見開き、シシリに突っ込む。
1秒前まで痴呆症のジジイのような顔だったが、水面下で血をたぎらせていたようだ。
鋭い蹴りを何発かシシリに放ったが、全て払われた。内側に折ってコの字を描いていた手首を360度柔軟に動かし、腕の動きだけで蹴りの軌道を反らしたのだ。
「……、ん」
シシリの手の甲が赤くなり、白い煙りが逆立っていた。軽くいなしたはずだが、予想以上の速度とキレをもつ蹴りのようだ。
華麗に距離とって着地したパン子。その一挙手一投足に感嘆するシシリ。
お互い歯を見せあって笑いあい威嚇しあった。
ジト目でシシリをねめつけながらパン子は腹の中で必勝を確信してた。
(バカめ、ウマカモン小僧よ。お前はさっき、ぺらぺらとそのかまえを解説していたが、弱点を自ら口にしていたのさ)
一見、柔軟なかまえのようで、下半身や背中の筋肉との連動をおざなりにする、腕だけの動きだ。威力のある一撃に対しては受けきれないと見た。速度手数が意味をなさないなら、圧倒的な勢いで押し切ればいい。
パン子は飛び上がった。コマのように空中で周り、今度は縦回転でシシリに突っ込む。
高速回転で勢いのついたかかと落としがシシリを襲う。左の手の甲でいなしにかかったが、攻撃の軌道が逸らせない。右腕も使ってようやく軌道を反らせた。シシリの両手首がしびれる。
「まだまだあ!」
パン子は素早く飛び跳ねると、今度はボールのように跳ねて横殴りの形でシシリのガードが甘い右側にヒップアタックをかました。
シシリは受けようとしたがいなしきれず、身をよじってなんとかかわした。
さらに左方向から連撃でヒップアタックが襲い掛かる。今度はかまえが間に合わず腕で受ける。鉛玉のように一撃は重く、骨がきしむ音がした。
パン子は普段からとげ付きの鉄球を腹に仕込んでいる。それがこの重いヒップアタックの理由だ。それでも彼女の体のキレは落ちない。
彼女は最後にシシリの背後を取り、とどめの一撃を放った。
重量級のケツがシシリに迫る。
「はあーーーーー!」
急にシシリはブリッジをしてパン子に暑苦しい顔面を向けた。手の甲を折ったまま腕をクロスしていて、謎のかまえだが、とりあえず両手で受けようとしていることは分かる。
渾身のヒップアタックがシシリの両腕に止められた。
ミシミシ、とシシリの腕の骨は悲鳴を上げていたが、パン子の必殺の一撃は威力を完全に殺されていた。
このままでは完全に受け止められ、取り押さえられてしまう。パン子は体をジャイロ回転させて勢いで押し勝とうとした。シシリの両腕から煙が上がる。この回転は咄嗟の思いつきではなく、パン子の切り札だった。
「ぬうう、はあーー!」
押し勝てるとパン子が思うや否や、シシリはヒップアタックの衝撃をいなして、空中にパン子を打ち上げた。
「ガアー、何だと!」
「ははは、俺の勝ちやけん」
まだ、勝負は終わっていない。パン子は蹴りを繰り出した。自分の重量と落下の勢いで威力マックスの蹴りだ。それに対してシシリは蛇拳でカウンターを決めた。
相変わらず、コの字を描いた手の形、クロスした腕。しかし、確実にシシリの指はパン子の首と背中に食い込んでいた。
「ごはっ」
パン子は白目をむいた。
「一つ教えてやる。先ほど佐賀自動車道が佐賀県を通っているといったが、そのような高速道はない。佐賀県を通るのは長崎道だ! お前にこの苦しみは分かるまい」意味が分からない上に台詞がいちいち長い。
……。
薄れゆく意識の中でパン子はいるはずのない彼氏と旅行を楽しんでいた。
楽しみにしていた長崎。
博多からレンタカーを借りてレッツドライブ。
……。長崎道。確かに長崎道。どこまで走っても長崎道。長崎は今日も雨でした。しかしカーナビの地名は佐賀県。
どこまで走っても続く佐賀県。
窓から見える、森、山、畑、電線、使われてるのかいまいちよくわからないビニールハウス。
何度も続く、のどかだねー、という台詞。
会話の途絶えた車内。
ハナクソをほじりだす彼氏。
ぱっとしない名前の川登サービスエリア。
ハナクソの捨て場所に困る彼氏。
「アタチ、サービスエリア寄ってって、言ったわよね!」
「うん。そうそう」
「そうそうじゃなくて。何で寄ってくれなかったのよ」
「なんとまっ。誠に遺憾でありますっ」
そして、なおも続くカーナビの佐賀県表示。
パン子の人生?における全てのヘイトは佐賀県にいった。
「な、何で、長崎行くのにあんたの県、通んないといけないのよ……」
パン子は意識を失った。
「無の悲しみを知るが故に、サガアーツは無敵。そして日本の道路事情への無学さ故に、お前は敗北したのだ」決め台詞も長いシシリだった。
(続く……)
※長崎へは西九州自動車道ルートがあります。平戸等を目指す際はそちらの方が便利で、必ずしも車での移動手段は長崎道一択ではありません。
「おそー。おそいー!」
パンダのバススポンジ、通称パン子の食い物へのこだわりは並外れている。いい年こいて待ちきれずに机をバンバン叩くのはこいつくらいだろう。
それをイライラしながら見ていた、こちらもバススポンジのペンギンちゃん。
「おそい! 遅いわよー!」ペンギンちゃんも同じようにテーブルを叩きだした。
確かに少々遅い。もう注文から二十分以上待たされている。
「遅い! 遅い!」
「おーそーいー!」
ここはカフェの中で。カップルの客が多い。周りの客は迷惑を通り越して、うんざりした顔をしていた。
「すみません。本当にお待たせしました」
「ガー! いつの時代の飲食店よ。アタチせっかくいい気分で注文したのに、イライラが収まらないわよ」
「本当に申し訳ございません。お詫びにお二人にはアイスコーヒーをお付けしておきましたので……」
二匹は急に大人しくなった。
「まあ素敵。アタチ許すわ」
「ゲゲゲゲ、それくらいしてもらわなくちゃねー」
一件落着である。周りの客も胸をなでおろした。
二匹はお互いの皿の上を見比べた。
「何それ。シシリアンライスって何よ」
「あんたこそガパオライスって何よ」
「ガパオはいいのよ。ほら見て、こんなにデカい目玉焼き、ひき肉もたっぷり、彩りもいいわー!」
ペンギンちゃんは、ゲゲゲゲと嘲笑った。
「それを米に乗せて何がしたいのよ。ナンの方がどう考えてもいいわよ」
ガパオライスを食べていた客の手が止まる。二匹のいる席をチラチラ見ながら、かなり気まずそうにしている。
「あんたこそ何よ、白米の上にレタスと玉ねぎ乗せてソースとマヨかけただけって。ガガガ、何なのその貧相な牛肉」
パン子の声も周りに丸聞こえだった。シシリアンライスを食べていた客の手が一斉に止まる。
ペンギンちゃんはフォークを突き出し、パン子を威嚇した。
「キー、いいのよヘルシーメニューよ。みて、こんなにきれいなプチトマト付いてる。これがとっても甘いのよー。それに引き換え、何? その、大学生が作るような手を抜いた朝食は」
「ふざけんじゃないわよ。あんたこそおいしいのはトマトだけ? 本体は対してうまくないでしょー。ガガガガ。考えた奴に言いたいわ。世界一滑り倒した食べ物なのよ、シシリアンライスは」
二匹ともお互いのつばで目の前のご飯を汚染しまくっていた。
……。
テーブルの上においた両こぶしを握り締め、二匹の様子を遠くからにらみつける男が一人いた。
彼の名は馬家紋支尻。シシリアンライス発祥の地、佐賀県人である。
「畜生。ばきゃにしとって、あのパンダ! 絶対に許さんばい」
「抑えるネ。無視。無視ヨ」
彼の怒りを治める恋人の名はラマイ・マライ。ガパオライス発祥の地タイの生まれである。
「ラマイだってガパオライスを散々にけなされて。こらえちょられるのか?」
「けなされたのは見た目だけヨ。大したことない。それにこの店のガパオライス、あっさりしすぎて、ひき肉も野菜も小さくて少ないし。好みじゃないヨ」
「お前はそれでよかばってん……、俺は……、俺の佐賀ソウルはズタズタよ」
「分かってるネ。今は耐えるネ、シシリ。帰って看護婦プレイするネ。シシリ」
***
ガパオライスとシシリアンライス、どちらも単品で千百八十円。ペンギンとパンダは釈然としない顔をかくして、別々にお会計を済ませた。二度とこのカフェには来ないだろう。
『牛丼くいてえ』
『ひき肉たっぷりのカレーとナン食いてえ』
店から出る二匹の顔には、それぞれそう書かれていた。
二匹は赤坂のまちをドスドス踏み鳴らすように歩く。
「ゲゲゲ、お腹いーっぱいになったから、アタイ誰か襲撃したくなっちゃったあ」
「ガガガ、アタチも糞詰まりが起きそうなくらいパンパンだから、付き合ってあげてもいいわよお」
ペンギンちゃんは赤坂近辺での投稿を瞬時に検索。
「ニュ、いるわね。元法面サーファーのイケメン俳優、上履カビルがデブライブの映画を見たのを投稿してるわ」
「そいつ、これからどうするって?」
「焼き肉行くみたい」
「デブライブがやってんのは神谷町か日比谷のセントラルビルか……、こっから近い神谷町に絞って回るわよ」
「キー、仕切んな! それはアタイの案よ」
「待てよ外道。そんなこたあさせねえ。俺が相手になってやっぜ」
二匹は驚き後ろを振り向いた。
男が一人、ただならぬ雰囲気で仁王立ちしている。二匹を、特にパン子の方を睨みつけていた。何を隠そう、この男は先ほどのカフェで怒りを押し殺し二匹の会話を聞いていた馬家紋支尻である。ちなみに彼は小学生の時から特にあだ名をつけられたことがないため、以後はシシリと呼んであげよう。
「急になに。あんた何者よ」パン子は歯をすり合わせながらシシリにドぎつい睨みを返した。まさに一触即発の状況である。
「お前に名乗る名などなか、……、ねえ!」
「坊やのお名前何でちゅか?」
「ぼく、うまかもんししりといいまちゅ、……、はっ……」
ペンギンちゃんの挑発に思わず、性癖丸出しの返答をしてしまう上に、明かさないと決めていた名前までばれるという大へマをシシリは出て来て早々かました。
「ゲゲゲゲ! 何よこいつ、ウマカモンシシリといいまちゅ。い、い、いいまちゅ、だってーーー!」
「ガガガガ! 絶対こいつ家でママに赤ちゃん言葉で甘えてるわよ。チョーイタイ。極大マザコン」
「やめろ! 俺はそんなことはしない! それよりだ!」
「ニュ?」
「ンガッ?」
「パンダ! お前。さっきシシリアンライスを馬鹿にしてたな」
「ガガガガ。だから何なのよ」
「非常に許しがたい佐賀への冒涜だ。撤回してもらおう」
「何であんなショッボイごはんと佐賀県をつなげるのよ。頭の中まで赤ちゃんプレイなの?」
「撤回しないということだな」
「アンタ、さっき相手になってやるって言ってたわよね。アタチに勝ったら、撤回でも何でもしてやるわよ」
いいだろう、と一言、シシリは素早く腕を上下に構えた。両手首はコの字に折りたたまれていてSの字を両手でかたどっている。
「何よ! その、僕の考えたジョジョ立ちみたいなのは。イタイわね」
「天地魔闘の構えだと? 甘く見るな」
「言ってねーよ」
「これはサガアーツだ。驚いたか」
「ほへー」
「Sの構えは柔らかで穢れのない武雄市に伝説の残る白蛇そのものであり、腕と腕の間の空間は佐賀県を横に縦断する長き道、佐賀自動車道を模っている。あらゆる速度も、手数もこのかまえの前に意味をなさない」
「マ〇コ」
「最後に言い残すことはないようだな。いくぞ!」
「きえええええーーーー」
機先を制したのはパン子だった。目をギョロっと見開き、シシリに突っ込む。
1秒前まで痴呆症のジジイのような顔だったが、水面下で血をたぎらせていたようだ。
鋭い蹴りを何発かシシリに放ったが、全て払われた。内側に折ってコの字を描いていた手首を360度柔軟に動かし、腕の動きだけで蹴りの軌道を反らしたのだ。
「……、ん」
シシリの手の甲が赤くなり、白い煙りが逆立っていた。軽くいなしたはずだが、予想以上の速度とキレをもつ蹴りのようだ。
華麗に距離とって着地したパン子。その一挙手一投足に感嘆するシシリ。
お互い歯を見せあって笑いあい威嚇しあった。
ジト目でシシリをねめつけながらパン子は腹の中で必勝を確信してた。
(バカめ、ウマカモン小僧よ。お前はさっき、ぺらぺらとそのかまえを解説していたが、弱点を自ら口にしていたのさ)
一見、柔軟なかまえのようで、下半身や背中の筋肉との連動をおざなりにする、腕だけの動きだ。威力のある一撃に対しては受けきれないと見た。速度手数が意味をなさないなら、圧倒的な勢いで押し切ればいい。
パン子は飛び上がった。コマのように空中で周り、今度は縦回転でシシリに突っ込む。
高速回転で勢いのついたかかと落としがシシリを襲う。左の手の甲でいなしにかかったが、攻撃の軌道が逸らせない。右腕も使ってようやく軌道を反らせた。シシリの両手首がしびれる。
「まだまだあ!」
パン子は素早く飛び跳ねると、今度はボールのように跳ねて横殴りの形でシシリのガードが甘い右側にヒップアタックをかました。
シシリは受けようとしたがいなしきれず、身をよじってなんとかかわした。
さらに左方向から連撃でヒップアタックが襲い掛かる。今度はかまえが間に合わず腕で受ける。鉛玉のように一撃は重く、骨がきしむ音がした。
パン子は普段からとげ付きの鉄球を腹に仕込んでいる。それがこの重いヒップアタックの理由だ。それでも彼女の体のキレは落ちない。
彼女は最後にシシリの背後を取り、とどめの一撃を放った。
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「はあーーーーー!」
急にシシリはブリッジをしてパン子に暑苦しい顔面を向けた。手の甲を折ったまま腕をクロスしていて、謎のかまえだが、とりあえず両手で受けようとしていることは分かる。
渾身のヒップアタックがシシリの両腕に止められた。
ミシミシ、とシシリの腕の骨は悲鳴を上げていたが、パン子の必殺の一撃は威力を完全に殺されていた。
このままでは完全に受け止められ、取り押さえられてしまう。パン子は体をジャイロ回転させて勢いで押し勝とうとした。シシリの両腕から煙が上がる。この回転は咄嗟の思いつきではなく、パン子の切り札だった。
「ぬうう、はあーー!」
押し勝てるとパン子が思うや否や、シシリはヒップアタックの衝撃をいなして、空中にパン子を打ち上げた。
「ガアー、何だと!」
「ははは、俺の勝ちやけん」
まだ、勝負は終わっていない。パン子は蹴りを繰り出した。自分の重量と落下の勢いで威力マックスの蹴りだ。それに対してシシリは蛇拳でカウンターを決めた。
相変わらず、コの字を描いた手の形、クロスした腕。しかし、確実にシシリの指はパン子の首と背中に食い込んでいた。
「ごはっ」
パン子は白目をむいた。
「一つ教えてやる。先ほど佐賀自動車道が佐賀県を通っているといったが、そのような高速道はない。佐賀県を通るのは長崎道だ! お前にこの苦しみは分かるまい」意味が分からない上に台詞がいちいち長い。
……。
薄れゆく意識の中でパン子はいるはずのない彼氏と旅行を楽しんでいた。
楽しみにしていた長崎。
博多からレンタカーを借りてレッツドライブ。
……。長崎道。確かに長崎道。どこまで走っても長崎道。長崎は今日も雨でした。しかしカーナビの地名は佐賀県。
どこまで走っても続く佐賀県。
窓から見える、森、山、畑、電線、使われてるのかいまいちよくわからないビニールハウス。
何度も続く、のどかだねー、という台詞。
会話の途絶えた車内。
ハナクソをほじりだす彼氏。
ぱっとしない名前の川登サービスエリア。
ハナクソの捨て場所に困る彼氏。
「アタチ、サービスエリア寄ってって、言ったわよね!」
「うん。そうそう」
「そうそうじゃなくて。何で寄ってくれなかったのよ」
「なんとまっ。誠に遺憾でありますっ」
そして、なおも続くカーナビの佐賀県表示。
パン子の人生?における全てのヘイトは佐賀県にいった。
「な、何で、長崎行くのにあんたの県、通んないといけないのよ……」
パン子は意識を失った。
「無の悲しみを知るが故に、サガアーツは無敵。そして日本の道路事情への無学さ故に、お前は敗北したのだ」決め台詞も長いシシリだった。
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