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2.やって来た夫
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「ルーティア、君はすぐにいなくなってしまうものだね……」
「す、すみません、ドミラス様……」
「いや、気にすることではないさ」
墓地に現れた夫のドミラス様を見て、私は少し動揺してしまう。
それはエリファル様という人に対して想いを馳せていることが、夫に対する裏切りに思えたからだ。故人を偲んでいるとも言い難い私にとって、ドミラス様の来訪は気まずいものだった。
「ドミラス侯爵令息、お久し振りですね」
「フェルド君、か……」
「覚えてくださっていたのですか?」
「もちろんだとも。弟の親友を忘れる訳がない。だが、なんとも見違えたものだね。また少し立派になった」
ドミラス様は、フェルド様に対して笑顔を向けていた。
ただこの二人の関係というものは、それ程深いものではない。弟の親友と親友の兄であるが、希薄とさえいえる。
それはドミラス様に、特別な事情があるからだ。彼はエリファル様の兄であるが、アーキス侯爵夫人の子供ではない。侯爵が犯した過ち――妾との間にできた子供なのだ。
「そう言っていただけるのは光栄です」
「固いものだな。しかしそうか、そういえば父上が少し慌ただしくしていたな。あれは君からの知らせがあったからか」
「ご迷惑をかけてしまい、申し訳ありません」
「いや、大丈夫だとも。目的がお墓参りだというなら、むしろ歓迎だ」
ドミラス様は、私達の横に並んでエリファル様のお墓の方を見る。
彼は目を細くする。恐らく悲しんでいるのだろう。ドミラス様とエリファル様の関係は、その出自に関わらず良好なものだったから。
「今でも覚えているよ。エリファルと最初に会った時のことを……彼は、僕のような厄介な出自の人間に対しても、手を差し伸べてくれた。本当に優しい奴だった。こんな僕を兄として認めてくれたんだ」
心優しきエリファル様は、ドミラス様のこともよく気遣っていた。出自故に苦労を抱える彼を助ける。そう意気込んでいたくらいだ。
それからエリファル様は、兄という存在ができたこと自体も喜んでいた。兄弟がいなかった彼にとって、それは幸福と思えるような出来事だったらしい。
エリファル様の思いに応えるように、ドミラス様も兄として振る舞っていたように思える。
彼は弟を支えることが自分の使命だとして、ずっと寄り添っていた。二人は腹違いの兄弟にも関わらず、普通の貴族以上の信頼関係で結ばれていたといえる。
「アーキス侯爵家の当主になるなんて、僕にとっては柄じゃない。エリファル、君がいて僕が君を支える。それが最も良い形だっただろうに……何故いなくなってしまったんだ」
「ドミラス様、その……」
「ルーティア、大丈夫だ。僕もわかっているよ。君の思いが、エリファルの元にあるということは。それでいいんだ。本来なら君達は良き夫婦になるはずだった。僕では分不相応であることはわかっているよ」
私が声をかけると、ドミラス様はまるで心を見透かしたかのように言葉を返してきた。
そう言われてしまうと、息が詰まってしまう。いくら彼との結婚が、貴族としての割り切るべきものだったとしても、やはり申し訳なさが勝る。
「分不相応などということはありません。ドミラス様は、器が広い方です。私のことも受け入れようとしてくれている……」
「それはエリファルを見習ってのことさ。兄としては情けない限りだが、僕にとって弟は見本だった。手本だったんだ。彼がいたからこそ、僕は貴族であれた」
「ドミラス様は立派な貴族です。エリファル様がいなくなってから、当主となるべく努力を続けていらっしゃるではありませんか……」
「君にそう言ってもらえるなら、僕も少しは誇っても良いのかもしれないね……」
信頼できる弟を失ってから、ドミラス様は努力していた。彼は貴族としてその死を迅速に受け入れて、やるべきことを果たそうとしていたのだろう。
そんな夫に、私は甘えてしまっている。ドミラス様だって良き人だ。いつまでも悩んでいる場合ではない。私も前に進まなければならないのだ。
フェルド様の話も経て、私の心はやっと少しだけ前向きになっていた。私はなんとも、周囲の人々に恵まれたものだ。
「……まあ、しばらくはここにいるといいさ。僕はそれを咎めるつもりはない」
「いえ、私もすぐに戻ります」
「いや、とりあえずここでフェルド君の相手をしてやってくれ。せっかく来てくれた彼を一人にさせる訳にはいかないだろう」
「あ、そうですね……」
はやる気持ちのせいで、私はフェルド様への礼儀を見落としていた。
それをドミラス様は苦笑いをしながら咎めてくれる。本当に、彼は立派な夫だ。
「僕は一足先に失礼するよ。色々とやることがあるからね」
「あ、はい……うん?」
それからドミラス様は、私の横を通り過ぎようとした。その道中に肩に手を置き、声をかけられた瞬間、私は違和感を覚える。
「ルーティア? どうかしたのかい?」
「い、いえ、なんでもありません……」
「そうか……」
私が質問に対して答えると、ドミラス様はそのまま横を通り過ぎて行った。
そんな彼からは、匂いがする。それは花のように甘い香りだ。いつものドミラス様の匂いとは異なるそれに、私は覚えがある。
「……ルーティア嬢、どうかしたのか?」
「フェルド様、その……」
「なんだ? 何かあったのか?」
私の動揺は、すぐ傍にいたフェルド様にも伝わったらしい。
私は取り繕おうとしたが、それは無理な話であった。私の頭の中では、既に結論が組み立てられようとしているから。
ドミラス様がした匂い、それは私にとって馴染み深いものだった。
強く――悪く言えば少しきついくらいの甘い花の香り、香水を人一倍好む私の妹からはいつもそんな匂いがした。
その事実から、私はあることに思い至った。ドミラス様と妹が、つい先程まで一緒にいたのではないかと。一緒にいたのではないかと。
「す、すみません、ドミラス様……」
「いや、気にすることではないさ」
墓地に現れた夫のドミラス様を見て、私は少し動揺してしまう。
それはエリファル様という人に対して想いを馳せていることが、夫に対する裏切りに思えたからだ。故人を偲んでいるとも言い難い私にとって、ドミラス様の来訪は気まずいものだった。
「ドミラス侯爵令息、お久し振りですね」
「フェルド君、か……」
「覚えてくださっていたのですか?」
「もちろんだとも。弟の親友を忘れる訳がない。だが、なんとも見違えたものだね。また少し立派になった」
ドミラス様は、フェルド様に対して笑顔を向けていた。
ただこの二人の関係というものは、それ程深いものではない。弟の親友と親友の兄であるが、希薄とさえいえる。
それはドミラス様に、特別な事情があるからだ。彼はエリファル様の兄であるが、アーキス侯爵夫人の子供ではない。侯爵が犯した過ち――妾との間にできた子供なのだ。
「そう言っていただけるのは光栄です」
「固いものだな。しかしそうか、そういえば父上が少し慌ただしくしていたな。あれは君からの知らせがあったからか」
「ご迷惑をかけてしまい、申し訳ありません」
「いや、大丈夫だとも。目的がお墓参りだというなら、むしろ歓迎だ」
ドミラス様は、私達の横に並んでエリファル様のお墓の方を見る。
彼は目を細くする。恐らく悲しんでいるのだろう。ドミラス様とエリファル様の関係は、その出自に関わらず良好なものだったから。
「今でも覚えているよ。エリファルと最初に会った時のことを……彼は、僕のような厄介な出自の人間に対しても、手を差し伸べてくれた。本当に優しい奴だった。こんな僕を兄として認めてくれたんだ」
心優しきエリファル様は、ドミラス様のこともよく気遣っていた。出自故に苦労を抱える彼を助ける。そう意気込んでいたくらいだ。
それからエリファル様は、兄という存在ができたこと自体も喜んでいた。兄弟がいなかった彼にとって、それは幸福と思えるような出来事だったらしい。
エリファル様の思いに応えるように、ドミラス様も兄として振る舞っていたように思える。
彼は弟を支えることが自分の使命だとして、ずっと寄り添っていた。二人は腹違いの兄弟にも関わらず、普通の貴族以上の信頼関係で結ばれていたといえる。
「アーキス侯爵家の当主になるなんて、僕にとっては柄じゃない。エリファル、君がいて僕が君を支える。それが最も良い形だっただろうに……何故いなくなってしまったんだ」
「ドミラス様、その……」
「ルーティア、大丈夫だ。僕もわかっているよ。君の思いが、エリファルの元にあるということは。それでいいんだ。本来なら君達は良き夫婦になるはずだった。僕では分不相応であることはわかっているよ」
私が声をかけると、ドミラス様はまるで心を見透かしたかのように言葉を返してきた。
そう言われてしまうと、息が詰まってしまう。いくら彼との結婚が、貴族としての割り切るべきものだったとしても、やはり申し訳なさが勝る。
「分不相応などということはありません。ドミラス様は、器が広い方です。私のことも受け入れようとしてくれている……」
「それはエリファルを見習ってのことさ。兄としては情けない限りだが、僕にとって弟は見本だった。手本だったんだ。彼がいたからこそ、僕は貴族であれた」
「ドミラス様は立派な貴族です。エリファル様がいなくなってから、当主となるべく努力を続けていらっしゃるではありませんか……」
「君にそう言ってもらえるなら、僕も少しは誇っても良いのかもしれないね……」
信頼できる弟を失ってから、ドミラス様は努力していた。彼は貴族としてその死を迅速に受け入れて、やるべきことを果たそうとしていたのだろう。
そんな夫に、私は甘えてしまっている。ドミラス様だって良き人だ。いつまでも悩んでいる場合ではない。私も前に進まなければならないのだ。
フェルド様の話も経て、私の心はやっと少しだけ前向きになっていた。私はなんとも、周囲の人々に恵まれたものだ。
「……まあ、しばらくはここにいるといいさ。僕はそれを咎めるつもりはない」
「いえ、私もすぐに戻ります」
「いや、とりあえずここでフェルド君の相手をしてやってくれ。せっかく来てくれた彼を一人にさせる訳にはいかないだろう」
「あ、そうですね……」
はやる気持ちのせいで、私はフェルド様への礼儀を見落としていた。
それをドミラス様は苦笑いをしながら咎めてくれる。本当に、彼は立派な夫だ。
「僕は一足先に失礼するよ。色々とやることがあるからね」
「あ、はい……うん?」
それからドミラス様は、私の横を通り過ぎようとした。その道中に肩に手を置き、声をかけられた瞬間、私は違和感を覚える。
「ルーティア? どうかしたのかい?」
「い、いえ、なんでもありません……」
「そうか……」
私が質問に対して答えると、ドミラス様はそのまま横を通り過ぎて行った。
そんな彼からは、匂いがする。それは花のように甘い香りだ。いつものドミラス様の匂いとは異なるそれに、私は覚えがある。
「……ルーティア嬢、どうかしたのか?」
「フェルド様、その……」
「なんだ? 何かあったのか?」
私の動揺は、すぐ傍にいたフェルド様にも伝わったらしい。
私は取り繕おうとしたが、それは無理な話であった。私の頭の中では、既に結論が組み立てられようとしているから。
ドミラス様がした匂い、それは私にとって馴染み深いものだった。
強く――悪く言えば少しきついくらいの甘い花の香り、香水を人一倍好む私の妹からはいつもそんな匂いがした。
その事実から、私はあることに思い至った。ドミラス様と妹が、つい先程まで一緒にいたのではないかと。一緒にいたのではないかと。
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