妹に簡単になびいたあなたが、今更私に必要だと思いますか?

木山楽斗

文字の大きさ
2 / 13

2.やって来た夫

しおりを挟む
「ルーティア、君はすぐにいなくなってしまうものだね……」
「す、すみません、ドミラス様……」
「いや、気にすることではないさ」

 墓地に現れた夫のドミラス様を見て、私は少し動揺してしまう。
 それはエリファル様という人に対して想いを馳せていることが、夫に対する裏切りに思えたからだ。故人を偲んでいるとも言い難い私にとって、ドミラス様の来訪は気まずいものだった。

「ドミラス侯爵令息、お久し振りですね」
「フェルド君、か……」
「覚えてくださっていたのですか?」
「もちろんだとも。弟の親友を忘れる訳がない。だが、なんとも見違えたものだね。また少し立派になった」

 ドミラス様は、フェルド様に対して笑顔を向けていた。
 ただこの二人の関係というものは、それ程深いものではない。弟の親友と親友の兄であるが、希薄とさえいえる。

 それはドミラス様に、特別な事情があるからだ。彼はエリファル様の兄であるが、アーキス侯爵夫人の子供ではない。侯爵が犯した過ち――妾との間にできた子供なのだ。

「そう言っていただけるのは光栄です」
「固いものだな。しかしそうか、そういえば父上が少し慌ただしくしていたな。あれは君からの知らせがあったからか」
「ご迷惑をかけてしまい、申し訳ありません」
「いや、大丈夫だとも。目的がお墓参りだというなら、むしろ歓迎だ」

 ドミラス様は、私達の横に並んでエリファル様のお墓の方を見る。
 彼は目を細くする。恐らく悲しんでいるのだろう。ドミラス様とエリファル様の関係は、その出自に関わらず良好なものだったから。

「今でも覚えているよ。エリファルと最初に会った時のことを……彼は、僕のような厄介な出自の人間に対しても、手を差し伸べてくれた。本当に優しい奴だった。こんな僕を兄として認めてくれたんだ」

 心優しきエリファル様は、ドミラス様のこともよく気遣っていた。出自故に苦労を抱える彼を助ける。そう意気込んでいたくらいだ。
 それからエリファル様は、兄という存在ができたこと自体も喜んでいた。兄弟がいなかった彼にとって、それは幸福と思えるような出来事だったらしい。

 エリファル様の思いに応えるように、ドミラス様も兄として振る舞っていたように思える。
 彼は弟を支えることが自分の使命だとして、ずっと寄り添っていた。二人は腹違いの兄弟にも関わらず、普通の貴族以上の信頼関係で結ばれていたといえる。

「アーキス侯爵家の当主になるなんて、僕にとっては柄じゃない。エリファル、君がいて僕が君を支える。それが最も良い形だっただろうに……何故いなくなってしまったんだ」
「ドミラス様、その……」
「ルーティア、大丈夫だ。僕もわかっているよ。君の思いが、エリファルの元にあるということは。それでいいんだ。本来なら君達は良き夫婦になるはずだった。僕では分不相応であることはわかっているよ」

 私が声をかけると、ドミラス様はまるで心を見透かしたかのように言葉を返してきた。
 そう言われてしまうと、息が詰まってしまう。いくら彼との結婚が、貴族としての割り切るべきものだったとしても、やはり申し訳なさが勝る。

「分不相応などということはありません。ドミラス様は、器が広い方です。私のことも受け入れようとしてくれている……」
「それはエリファルを見習ってのことさ。兄としては情けない限りだが、僕にとって弟は見本だった。手本だったんだ。彼がいたからこそ、僕は貴族であれた」
「ドミラス様は立派な貴族です。エリファル様がいなくなってから、当主となるべく努力を続けていらっしゃるではありませんか……」
「君にそう言ってもらえるなら、僕も少しは誇っても良いのかもしれないね……」

 信頼できる弟を失ってから、ドミラス様は努力していた。彼は貴族としてその死を迅速に受け入れて、やるべきことを果たそうとしていたのだろう。
 そんな夫に、私は甘えてしまっている。ドミラス様だって良き人だ。いつまでも悩んでいる場合ではない。私も前に進まなければならないのだ。

 フェルド様の話も経て、私の心はやっと少しだけ前向きになっていた。私はなんとも、周囲の人々に恵まれたものだ。

「……まあ、しばらくはここにいるといいさ。僕はそれを咎めるつもりはない」
「いえ、私もすぐに戻ります」
「いや、とりあえずここでフェルド君の相手をしてやってくれ。せっかく来てくれた彼を一人にさせる訳にはいかないだろう」
「あ、そうですね……」

 はやる気持ちのせいで、私はフェルド様への礼儀を見落としていた。
 それをドミラス様は苦笑いをしながら咎めてくれる。本当に、彼は立派な夫だ。

「僕は一足先に失礼するよ。色々とやることがあるからね」
「あ、はい……うん?」

 それからドミラス様は、私の横を通り過ぎようとした。その道中に肩に手を置き、声をかけられた瞬間、私は違和感を覚える。

「ルーティア? どうかしたのかい?」
「い、いえ、なんでもありません……」
「そうか……」

 私が質問に対して答えると、ドミラス様はそのまま横を通り過ぎて行った。
 そんな彼からは、匂いがする。それは花のように甘い香りだ。いつものドミラス様の匂いとは異なるそれに、私は覚えがある。

「……ルーティア嬢、どうかしたのか?」
「フェルド様、その……」
「なんだ? 何かあったのか?」

 私の動揺は、すぐ傍にいたフェルド様にも伝わったらしい。
 私は取り繕おうとしたが、それは無理な話であった。私の頭の中では、既に結論が組み立てられようとしているから。

 ドミラス様がした匂い、それは私にとって馴染み深いものだった。
 強く――悪く言えば少しきついくらいの甘い花の香り、香水を人一倍好む私の妹からはいつもそんな匂いがした。
 その事実から、私はあることに思い至った。ドミラス様と妹が、つい先程まで一緒にいたのではないかと。一緒にいたのではないかと。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

好きだった幼馴染みに再会→婚約者を捨ててプロポーズした侯爵令息

星森
恋愛
侯爵家の令息エドモンドは、幼い頃に結婚を誓い合った幼馴染コレットへの執着を捨てられずにいた。 しかし再会した彼女は自分を避け、公爵令息アランと親しくする姿ばかりが目に入る。 嫉妬と焦燥に駆られたエドモンドは、ついに“ある計画”に手を染めてしまう。 偶然を装った救出劇、強引な求愛、婚約破棄── すべてはコレットを取り戻すためだった。 そして2人は……? ⚠️本作はAIが生成した文章を一部に使っています。

婚約者が、私より従妹のことを信用しきっていたので、婚約破棄して譲ることにしました。どうですか?ハズレだったでしょう?

珠宮さくら
恋愛
婚約者が、従妹の言葉を信用しきっていて、婚約破棄することになった。 だが、彼は身をもって知ることとになる。自分が選んだ女の方が、とんでもないハズレだったことを。 全2話。

彼の妹にキレそう。信頼していた彼にも裏切られて婚約破棄を決意。

佐藤 美奈
恋愛
公爵令嬢イブリン・キュスティーヌは男爵令息のホーク・ウィンベルドと婚約した。 好きな人と結ばれる喜びに震え幸せの絶頂を感じ、周りの景色も明るく見え笑顔が輝く。 彼には妹のフランソワがいる。兄のホークのことが異常に好き過ぎて婚約したイブリンに嫌がらせをしてくる。 最初はホークもフランソワを説教していたが、この頃は妹の肩を持つようになって彼だけは味方だと思っていたのに助けてくれない。 実はずっと前から二人はできていたことを知り衝撃を受ける。

【完結済】婚約破棄から始まる物語~真実の愛と言う茶番で、私の至福のティータイムを邪魔しないでくださいな

をち。「もう我慢なんて」書籍発売中
恋愛
 約束の時間に遅れ、さらには腕に女性を貼り付けて登場したアレックス殿下。  彼は悪びれることすらなく、ドヤ顔でこう仰いました。 「レティシア。君との婚約は破棄させてもらう」  婚約者の義務としての定例のお茶会。まずは遅れたことに謝罪するのが筋なのでは? 1時間も待たせたあげく、開口一番それですか? しかも腕に他の女を張り付けて? うーん……おバカさんなのかしら? 婚約破棄の正当な理由はあるのですか? 1話完結です。 定番の婚約破棄から始まるザマァを書いてみました。

元婚約者様へ――あなたは泣き叫んでいるようですが、私はとても幸せです。

有賀冬馬
恋愛
侯爵令嬢の私は、婚約者である騎士アラン様との結婚を夢見ていた。 けれど彼は、「平凡な令嬢は団長の妻にふさわしくない」と、私を捨ててより高位の令嬢を選ぶ。 ​絶望に暮れた私が、旅の道中で出会ったのは、国中から恐れられる魔導王様だった。 「君は決して平凡なんかじゃない」 誰も知らない優しい笑顔で、私を大切に扱ってくれる彼。やがて私たちは夫婦になり、数年後。 ​政争で窮地に陥ったアラン様が、助けを求めて城にやってくる。 玉座の横で微笑む私を見て愕然とする彼に、魔導王様は冷たく一言。 「我が妃を泣かせた罪、覚悟はあるな」 ――ああ、アラン様。あなたに捨てられたおかげで、私はこんなに幸せになりました。心から、どうぞお幸せに。

今さら戻ってこいと言われても、私なら幸せに暮らしてますのでお構いなく

日々埋没。
恋愛
 伯爵家の令嬢であるエリシュは周囲の人間から愛されて育ってきた。  そんな幸せなエリシュの人生が一変したのは、森で倒れていたとある少女を伯爵家の養子として迎え入れたことが発端だった。  そこからエリシュの地獄の日々が始まる。  人形のように愛くるしい義妹によって家族や使用人たちがエリシュの手から離れていった。  更には見にくい嫉妬心から義妹に嫌がらせしているという根も葉もない噂を流され、孤立無援となったエリシュに残された最後の希望は婚約者との結婚だけだった。  だがその希望すら嘲笑うかのように義妹の手によってあっさりとエリシュは婚約者まで奪われて婚約破棄をされ、激怒した父親からも勘当されてしまう。  平民落ちとなったエリシュは新たな人生を歩み始める。

虐げられたアンネマリーは逆転勝利する ~ 罪には罰を

柚屋志宇
恋愛
侯爵令嬢だったアンネマリーは、母の死後、後妻の命令で屋根裏部屋に押し込められ使用人より酷い生活をすることになった。 みすぼらしくなったアンネマリーは頼りにしていた婚約者クリストフに婚約破棄を宣言され、義妹イルザに婚約者までも奪われて絶望する。 虐げられ何もかも奪われたアンネマリーだが屋敷を脱出して立場を逆転させる。 ※小説家になろう、カクヨムにも掲載しています。

婚約破棄されたので、もう誰の役にも立たないことにしました 〜静かな公爵家で、何もしない私の本当の人生が始まります〜

ふわふわ
恋愛
王太子の婚約者として、 完璧であることを求められ続けてきた令嬢エリシア。 だがある日、彼女は一方的に婚約を破棄される。 理由は簡単だった。 「君は役に立ちすぎた」から。 すべてを失ったはずの彼女が身を寄せたのは、 “静かな公爵”と呼ばれるアルトゥール・クロイツの屋敷。 そこで待っていたのは―― 期待も、役割も、努力の強要もない日々だった。 前に出なくていい。 誰かのために壊れなくていい。 何もしなくても、ここにいていい。 「第二の人生……いえ、これからが本当の人生です」 婚約破棄ざまぁのその先で描かれる、 何者にもならなくていいヒロインの再生と、 放っておく優しさに満ちた静かな溺愛。 これは、 “役に立たなくなった”令嬢が、 ようやく自分として生き始める物語。

処理中です...