妹に簡単になびいたあなたが、今更私に必要だと思いますか?

木山楽斗

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5.眠れない夜

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 信じられることではない、私達三人が事情を話した所、アーキス侯爵からはそのような言葉が返ってきた。
 ただそれは、私達の情報を否定するものではなかった。彼は受け入れた上で、そう発言したのである。
 どちらかというと、信じたくないという旨の言葉だったということだろう。彼はこの一件について調査を行ってくれるようだ。

 それからすぐにドミラス様が帰ってきたものだから、こちらはあまり動けてはいない。彼に探られていることを知られると厄介なことになりそうだからだ。
 とりあえずお父様に対して、文書は書き留めた。それはロレイナが持ち帰ってくれるので、確実に届くはずだ。
 フェルド様もバルキスク伯爵家へ戻り、父親に掛け合おうとしてくれている。なんとか布陣を固められそうだ。

「……」

 その日の夜、私の目はすっかり覚めてしまっていた。
 疲れはあるし、早く眠らなければならないというのに、目は冴えてしまっている。この状況で眠れないことなど明白だ。

 だから私は、ゆっくりとベッドから起き上がった。とりあえず意識を一旦切り替えた方が、眠れると思ったからだ。
 明かりをつけて、体を動かしてみる。すると全身が凝り固まっているのがわかった。

「……ドミラス様と同じ部屋で暮らしていなくてよかったわ」

 そこでふと、私は自らが置かれている状況にそう呟いていた。
 夫婦である訳だから、同じ部屋で過ごすという可能性もない訳ではなかった。色々とあったため、私は一人部屋を用意してもらっていたのだが、それが良かったといえる。
 もっとも、ドミラス様の寝室は私の部屋の正面にあるため、それ程距離が離れている訳ではないのだが。

「なんて、今更そんなことを気にしたって……うん?」

 我ながら実に呑気なことを考えたものだ。そう思っていた私は、奇妙な音が聞こえてきたため、少し警戒する。
 それは何かを引きずるような音だ。廊下を誰かが歩いているのだろうか、ずるずるというその音はこちらに近づいているような気がした。

「な、何かしら……?」

 その異様な音は、日常で奏でられるようなものではない。賊でも侵入してきたのだろうか。私の頭にはそんな考えが過っていた。
 しかし天下の侯爵家の屋敷に、そう簡単に忍び込めるものだろうか。夜中でも――いやむしろ夜中だからこそ、衛兵も警戒しているだろうし。

「そうだわ。犬は……」

 それから私は、アーキス侯爵家には番犬がいることを思い出した。
 怪しいものが近づくと、その犬が吠えるのだ。仮に衛兵達の視線を掻い潜るという困難を乗り越えていても、その犬の鼻だけは誤魔化せない。
 つまりこの音は、屋敷の誰かが必要だから鳴らしている音なのだろう。使用人の誰かが、重たいものでも運んでいるのかもしれない。

「――きゃあ!」

 自分の中である程度納得できる答えが出せたと思った矢先、私の耳には大きな音が聞こえてきた。
 その何かが砕かれるような音に、一瞬ドアが破壊されたのかと錯覚した。ただ私の部屋のドアは無事である。

「……違う。破壊されたのは、向かいのドアだわ」

 安心したのも束の間、私はドミラス様が狙われているという結論に至った。
 頭の中に、フェルド様の顔が過ってくる。まさか彼は、帰り道で考えを改めて、ドミラス様を襲うことを選んだのではなかろうか。

 フェルド様の様子からして、そんなことがあるはずはないと思うのだが、番犬などが吠えなかった事実を考えるとその可能性はある。
 アーキス侯爵家の屋敷によく訪れていたフェルド様に関して、犬は吠えない。彼ならば屋敷に忍び込むことが可能だろう。

「うわあああああ!」
「……っ!」

 ドミラス様の叫び声が聞こえてきたため、私の体は動いていた。
 仮にフェルド様がことを行おうとしているなら、私はそれを止めなければならない。彼を犯罪者――殺人者などにしてはならないのだから。

「な、何故だ……? 何故、お前がここにいる……?」
「……」
「……え?」

 ドアを開けて向かいの部屋の様子を見た私は、そこで固まることになった。
 部屋の中には、背の高い男性がいる。乱雑な長い髪に、虚ろな目をしたその男性は、気品や優雅さといった言葉からは程遠い出で立ちだ。

 しかしそれでも、その男性が私がよく知る人物であることは間違いなかった。
 彼はエリファル様だ。容姿が変わっていても、見間違えるはずはない。エリファル様がこのアーキス侯爵家に、戻ってきたのだ。
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