駆け落ちした王太子様に今更戻って来られても困ります。

木山楽斗

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「……こっちね」

 私は、魔法によって素早く森の中を進んでいった。
 エーファイン王国の中でも有数の魔法使いである私に、ついて来られる者はいない。すっかり隊列からも離れてしまっている。
 それについては、ウルグドが事情を伝えてくれていることに期待するとしよう。私は私の役目を果たさなければならない。

「……この辺りかしら?」

 私は、森の中の一角で立ち止まった。
 魔法の痕跡は、この辺を示している。微かながらに、ここで魔法が行使されたであろうことが感じられた。

「……ファナティアか?」
「……その声は」

 私が周囲を見渡していると、声が聞こえてきた。
 その声の直後、草むらから一人の男性が現れる。その特徴的な赤い色の髪や声から、それがアザルス殿下であるとわかった。
 ただ彼の顔は、以前とは少し変わっている。髭が生えて、心なしか老けたようにも見える彼は、すぐにアザルス殿下であると判断できないような状態だった。

「……良かった。俺を助けに来てくれたのだな?」
「え? ああ、その……」
「安心したぞ。誰も来ないかと思っていた。喜ばしいことだ」

 私の顔を見たアザルス殿下は、嬉しそうに笑顔を浮かべていた。
 その顔に私は、少し面食らってしまう。なんというか、想像していたような反応ではなかったのだ。
 とはいえ、彼が見つかったのは喜ばしいことだといえる。しかし周囲にラルルの姿が見えないのは、気になる所だ。

「アザルス殿下、ラルルはどこですか?」
「ラルル? ああ、あの女のことか。そんなのは知ったことではない」
「……なんですって?」

 私がラルルのことを問いかけると、アザルス殿下はその表情を一変させた。
 それはなんというか、軽蔑しているかのような表情である。ラルルについて、彼がそのように辛辣な評価を下すとは意外だ。

「一時の感情とは恐ろしいものだ。あんな女との駆け落ちを選ぶなんて、どうかしていた」
「駆け落ち、ですか?」
「俺は誑かされていたのだ。少し一緒にいて、それがよくわかった。あれは悪女だ。この俺も惑わされてしまった。だがもう大丈夫だ。俺は心を改めた。やはり俺の居場所というものは、エーファイン王国の玉座ということだろう」

 アザルス殿下は、ラルルのことを罵倒し始めた。
 誑かされた駆け落ちを選んだが、後悔して反省している。彼はそれを私に伝えるというよりも、自分に言い聞かせているような気がした。
 となるとこれは、彼自身がそう思っているだけと判断するべきかもしれない。少なくとも、ラルル本人の言い分を聞かないことには、彼女の意思はわからないといえる。

「……滑稽ですね、アザルス兄上」
「え?」

 私がそんなことを考えていると、辺りに聞き覚えのある声が聞こえてきた。
 それは、イグルス殿下の声である。聞こえてきた方向に視線を向けると、そこには仮面をつけた二人組を携えた彼がいた。
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