駆け落ちした王太子様に今更戻って来られても困ります。

木山楽斗

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19.非情な判断

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「イグルス? お前か……」
「ええ、私ですよ、アザルス兄上……まったく、随分と面倒をかけてくれたものです」
「な、なんだと?」

 イグルス殿下は、ゆっくりと私の傍まで近づいて来た。
 彼がどうしてここにいるのか、それがわからない。そもそもイグルス殿下は、捜索の隊列にも参加していなかったはずなのだが。

「ファナティア、悪いがつけさせてもらった」
「つけていた……私を、ですか?」
「ああ、お前なら何か手掛かりを掴めるのではないかと思っていたからな。結果として、アザルス兄上を見つけ出してくれたことには感謝するとしよう」
「……あの二人は?」
「私の私兵のようなものだ。気にする必要はない」

 イグルス殿下は、私にある程度の事情を明かしてくれた。
 しかし彼の口調というものは、いつにも増して冷たい。どうやら彼がここに来たことは、王国の捜索の一環という訳ではなさそうだ。
 傍にいた二人組も、なんというか怪しい。少なくとも普通の兵士ではないだろう。そもそも私をつけて、イグルス殿下をここまで連れて来た時点で並の者達ではない。

「アザルス兄上、はっきりと言っておきましょう。あなたに帰る場所などないということを」
「イグルス、お前は何を言っているんだ? 俺はエーファイン王国の王太子だぞ?」
「駆け落ちした王太子に今更戻って来られても困るだけです。大人しくしていただきたい。このまま隠れてくれるというのが、こちらとしては最善なのですから」

 イグルス殿下の言葉は、私にも理解できるものではあった。
 アザルス殿下が英雄として消える方が、エーファイン王国にとっては良い。帰って来られた方が、困るというのが正直な所だ。
 私とイグルス殿下で彼を発見できた状況ならば、まだ色々と誤魔化すことができる。今は非常に、都合が良い状況なのかもしれない。

「ふざけるな。何故この俺が、隠れて生活しなければならないのだ? 俺はエーファイン王国の正当なる後継者なのだぞ?」
「アザルス兄上、あなたならそう言うと思っていましたよ。それは私にとって、最も欲しかった言葉です」
「ほう、お前もわかっているということか」
「そういうことではありません。私にとって、あなたは邪魔者でしかないということです」
「何を……え?」

 アザルス殿下の言葉に、イグルス殿下はゆっくりとその手をあげた。
 すると仮面をつけた二人組が素早く動いた。アザルス殿下に対して、刃を振るったのである。
 次の瞬間、私の視界は物理的に塞がれた。イグルス殿下が、私の前に立ったのだ。それは恐らく、残酷なる結果を見せないようにするために。

「ファナティア、これが私の結論だ。咎めたいなら咎めるが良い」
「……咎めようとは思いません。イグルス殿下の判断も、一つの結論としてあり得るものではありますから」
「その割には表情が暗いな?」
「納得することができるかは、別の話です」
「ふっ、お前は甘いな。だからこそ、ウルグドとお似合いだといえる。どうかお前達は、そのまま清いままでいてくれ。王国の闇は、この俺が背負うとしよう」

 イグルス殿下の言葉を聞きながら、私は目を瞑っていた。
 アザルス殿下のことは、仕方ないことだったといえるのかもしれない。これ程のことを起こした彼が、王家に戻って国のためになるかは微妙な所だったといえる。
 イグルス殿下の結論に納得できるという訳でもないが、その辺りは割り切っていかなければならないだろう。私も所詮、王家に連なる公爵家の一員なのだから。

「聖女ラルルも、近くにいるかもしれません」
「ああ、そうだな。彼女のことを探すとしよう。時期にウルグド達も来るだろうしな。無論、アザルス兄上のことは上手く誤魔化すとしよう」
「彼女は保護していただけるのですよね?」
「もちろん、こちらの指示に従ってくれるならそうしよう」

 イグルス殿下は、非情な方である。ラルルに対しても、冷酷な判断を下すかもしれない。
 ただ今回の件について彼女に非がないならば、私はラルルをなんとしても守りたいと思う。それもまた、王家に連なる公爵家の一員としての私の使命だろうから。
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