最凶と呼ばれる音声使いに転生したけど、戦いとか面倒だから厨房馬車(キッチンカー)で生計をたてます

わたなべ ゆたか

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弟四章『地下に煌めく悪意の星々』

一章-7

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   7

 ウータムの王城にある兵士たちの詰め所には、休憩中の衛兵がそれぞれ身体を休め、または食事を摂っていた。
 衛兵は男ばかりであるため、詰め所とは別にもう一部屋、女性のための部屋が設けられていた。
 そこで椅子に腰掛けながら本を読んでいた女兵士は、ふと顔を上げた。
 この部屋を使う者は、現在のところ二名だけである。女兵士のほかには女性の従者がいるが彼女は今、エルサ姫と同行しているはずだ。
 部屋を独り占めできる今は、女兵士にとって数少ない安息の刻だった。
 開け放たれた窓からは、心地良い微風が入ってくる。温かな日差しと相まって、昼寝をしたい欲求が沸き上がってしまう。


(……いけない、いけない)


 軽く頭を振って、女兵士は眠気を振り払う。
 もうすぐ、定期連絡の時間だった。眠ってしまっては、重要な報せを受け取れなくなってしまう。
 完全に抜けていた気を張り直し、椅子に座り直した女兵士は、本を閉じると外へと目を向けた。
 ウータムは、一国の首都としては中規模くらいだ。
 ほどほどに栄えているが、大国に比べれば寂れた区画も少なくない。だがラオン国としてみれば、大きな港町があるし、隣国との街道も多いから、越境も楽である。


(ここを手に入れれば、我らも動きやすくなるだろう)


 ファレメア国も悪い国ではないが、島国だ。地理的に攻め込まれ難くはあるが、逆に言えば他国を攻めにくい環境でもある。


(我らが悲願――世界を我が民族が統一するためには、この国は重要になる)


 表情を引き締めて外を見ていると、一羽の鳩が飛んできた。
 脚に小さな羊皮紙を括り付けられた鳩を部屋に入れると、女兵士は器に水差しの水を注ぐ。
 鳩が水を飲んでるあいだに、女兵士は羊皮紙を外した。
 羊皮紙は、記号のような文字が並んでいるだけの密書である。記号を順に目で追う女兵士は、頭の中で言語に翻訳し始めた。


(エ……姫。客、雇う……エルサ姫に、やってきた同胞を雇わせるのか。城の中の同胞を増やすということか。それにエ……ファ、息女。一……否、全、殺。あの侯爵令嬢だけでなく、隊商全体を討つのか。そのほうが、目的を悟られにくく……待てよ)


 密書の解読を中断した女兵士は、信じられないような顔をした。


(我らが同胞が、工作に失敗したのか?)


 潜入工作を得意とする者が派遣されたと、前回の密書には書かれていた。その彼らが下手を打ったらしいと、女兵士は理解した。


(なるほど……隊商全体を襲うのは、これが原因か)


 隊商の誰が侯爵令嬢を護ったのか――その見極めが困難である以上、隊商のすべてを狙うのは当然だ。
 必要な処置なのだろう――同胞たちの判断を信じた女兵士は、ランプを手に部屋をあとにした。
 廊下を進むと、そのまま階段を下り始めた。そのまま地階へと降りると、ランプに火を灯して壁に近づいた。


(あった)


 目的の窪みを見つけると、そこに石を填め込んだ。
 その途端、壁の表面に填め込んだばかりの石を含め、朧気に光る八つの点が浮かび上がった。
 その形はラオン国周辺で、馬座と呼ばれる星座が象られていた。


(これでよい)


 女兵士は階段を登ると、そのままエルサ姫の自室へと向かった。
 部屋に続く前室を護る衛兵が、女兵士を見て眉を顰めた。


「どうした?」


「エルサ姫に頼まれていたものを届けにきた」


「頼まれもの……なんだ、それは?」


「綿だ」


 女兵士は腰袋から、小さな包みを取り出した。それを広げると、手の平ほどの真新しい綿が現れた。
 衛兵は首を傾げながら、綿に指先を向けた。


「これは、なにに使うんだ?」


「女に、それを聞くものじゃない。男であるおまえには、関係のないものだ」


 その返答で、衛兵は顔を赤らめた。
 綿の意味を理解した衛兵は、女兵士へ道を開けた。


(まったく……初心な上に甘いことで)


 前室は、小さな部屋でしかない。奥にある樫製の扉の先が、エルサ姫の自室になる。
 慇懃にドアをノックしてから、「入ります」と中に声をかける。これはどちらかというと、先ほどの衛兵に聞かせるためのものだ。
 ドアを開けると、そこはまさに姫の部屋だった。天蓋のあるベッドに、柔らかい色合いをした質の良い調度類の数々。頭上にシャンデリアはないが、壁やテーブルには数多くの燭台が設置されていた。
 テレサ姫は、椅子に腰掛けたまま、身じろぎせずに虚空を見つめていた。その側にいた侍女が、女兵士へと首を向けた。


「……星座を使うなんて、なんの指示があったの? 姫が急に〝人形〟になってしまったけれど」


「城に、新たな同胞を引き入れるそうだ。それには、姫の紹介があったほうが都合が良い」


「そういうことなのね。ダナ、少しだけ待ってくれる?」


 侍女は女兵士――ダナにひと言だけ断りを入れると、奥の棚から羊皮紙や羽ペン、インク、それに封蝋用の印や蝋燭を持ってきた。
 それをテーブルの上に並べるのを見ながら、ダナは今や人形と化したエルサ姫に話しかけた。


「エルサ姫、お仕事の時間にございます」


「しごと。なにを……すればよかったのかしら」


 緩慢な動きで振り返るエルサ姫に、ダナはテーブルに置かれた筆記具の数々を手で示した。


「城下にいる、アマンサという女性を、姫の侍女として迎え入れる旨の紹介状を書いて頂く予定だったはず――お忘れですか? 


「そう、だったかしら? あなたが言うなら、間違いないと思うけど」


「ええ……間違いございません」


 ダナが頷くと、エルサ姫はテーブルの前に座り直した。そして、言われるがままに紹介状を書き始める。
 その文面が確かなものだと確認すると、ダナは侍女に首を向けた。


「そういえば、なにか情報は手に入った?」


「上院の副議長が、我々に協力すると約束したわ。既婚者は楽ね。ジョシィに籠絡された挙げ句、家長の証である指輪を握られたら、もう逆らえない。とはいえ手引きや情報を流すたびに、一晩の相手らしいけれど」


「そう。ジョシィも大変ね……」


 元々は潜入した先の娼館で副議長と関係を持った――ダナはそう聞いていた。指輪を手に入れてからは少し揉め事もあったそうだ。だが副議長はもう、罪悪感が薄れてきているらしい。
 今では驚くほど素直に、情報を流しているということだ。


「あとは、いかに兵力を城内に入れるかね」


「そうね」


 ダナは頷くと、封蝋を終えたエルサ姫に一礼をした。


「紹介状は、お預かりしましょう。あとは、わたくしにお任せ下さい」


「ええ……そうするわ」


 丸めた羊皮紙を受け取ったダナは、ふと思い出したようにエルサ姫へと目を戻した。


「ところで……先日のお客様ですが、どんな隊商に所属をしていらしたんですか?」


「……さあ、そこまでは。ただ、ミロス公爵様のお知り合いみたいです」


「ミロス公爵……ですか」


 ミロス公爵は、ここラオン国においてかなりの重鎮だ。
 王家と近い間柄でもあるから、それだけ影響力が大きい。そんな彼が、ただの隊商と知己であることは、ダナにとっても意外な事実だ。


(これは……迂闊に手を出すのは危険かもしれない)


「このことを報せて」


 指示を告げたダナに、侍女は頷いた。
 それを最後に、ダナはエルサ姫の部屋をあとにした。
 交代までは、まだ時間がある。地下の星座を無効化したダナは、エルサ姫からの頼まれ事がある――という言い訳を理由に王城を出た。衛兵長などには訝しがられたが、王家の封蝋が施された羊皮紙が証拠となった。
 城下町に出たダナは、そのまま下町の小屋へ入った。


「アマンサ……」


「いるわよ」


 小屋の奥から、小太りな中年女性が出てきた。栗色の髪を束ね、薄汚れたチュニックとスカートを着ている。人の良さそうな顔だが、その手に握られているのは片刃の短剣だった。


「急に来るから、誰かと思ったわ」


「ごめんなさい。急な用だったもので」


 ダナは手にした羊皮紙と、仲間からの文を差し出した。
 暗号となった文を読んでから、アマンサは羊皮紙を受け取った。


「まあ、概ね了解だ。王城の地下にある星座は、どれだけあるんだい?」


「今は馬座……エルサ姫のものだけです」


「……そうかい。となると、あとは国王か王妃――ってところかねぇ」


「その指示は、まだなにも……星座の魔術に関しては、あなたは一流ですから。きっと、重要な指示が来ると思います」


「……かもね。王城へ行く日は、おって文を飛ばすよ」


 アマンサはフンと鼻を鳴らすと、踵を返した。


「よろしくお願い致します」


 一礼をしてから、ダナは小屋を出た。
 急いで戻らねば、交代の時間になってしまう。最初は小走りで向かったが、往路だけで疲れが溜まっている。
 結局は自腹で馬車を雇って、王城へと帰ることにした。

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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!

わたなべ ゆたか です。

王城でのやりとり……姫を取り巻く女兵士と侍女のやりとり。これだけみれば『きゃっきゃうふふ』な展開ですね。ヘイワデスネー。

書いていた中の人本人、王城の話だけで三千文字を超えるとは思っておりませんでした。クラネスたちについては、次回へ……。

少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

次回もよろしくお願いします!
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