最凶と呼ばれる音声使いに転生したけど、戦いとか面倒だから厨房馬車(キッチンカー)で生計をたてます

わたなべ ゆたか

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弟四章『地下に煌めく悪意の星々』

二章-1

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 二章 目に見えぬ包囲網


   1

 アカムンでの商売を終えた《カーターの隊商》の商人たちは、買い出しを始めていた。
 次の町への旅程を考えると、出発は明日の早朝になる予定だ。目的の港町までは、なにごともなければ夕刻には到着する予定だ。
 エリーさんたちを狙う者の存在、それ以外の――つまるところの一般的な野盗や獣や魔物など――問題がなければってことだけど。
 フレディたちが、馬車列を護っている様子を見ながら、俺は久しぶりに、ぼんやりとしていた。この
 今のところ、問題はない。青空にはゆっくりと漂う雲と、頭上を飛び交う小鳥や羽虫を眺めながら、俺は欠伸を噛み殺した。
 こうも平和な雰囲気だと逆に警戒してしまうのは、ここ最近になって物騒な事件ばかりに巻き込まれているからだと思う。

 ……基本的に平和主義でやっているはずなんだけど、不思議だなぁ。

 商人たちの仕入れ――ユタさんも、厨房馬車の分の仕入れをしてくれている。
 本当は俺がやる仕事なんだけど、「たまには休みなさい」などと、強引に休暇を取らされていたりする。
 ここでの仕入れは、かなり重要だ。
 なにせ、ここから先は港や漁業が中心の町が増える。野草や野菜、それに小麦などの仕入れは、港町でも難しい。
 かく言う俺も、この町で仕入れたいものがある。
 なにごともないまま、日暮れ間近になっていた。仕入れを終えた商人たちは、宿に入っていった。


「……クラネスくんは、また厨房馬車でしょ。食事を持って来たほうがいい?」


 御者台から降りたアリオナさんが、俺を見上げながら訊いてきた。要するに、一緒に夕食を食べようという、個人的にも嬉し恥ずかしな誘いである。
 個人的には御一緒したいところだけど――俺は首を小さく振った。


「ごめん。この町のお偉いさんに、少し用事があるんだよ。ユタさんと一緒に、夕食を済ませてくれる?」


「用事……あたしが一緒じゃ、ダメなの?」


 ……その上目遣いは、卑怯なんだってば。

 俺はアリオナさんの奸計(?)に負けそうになったものの、ギリギリのところで理性を保つことができた。
 軽い罪悪感に苛まれながら、アリオナさんに絞り出すような声で解答をした。


「……少し、気難しい人なんだよ。知らない人を連れて行くと警戒させちゃうから、一人のほうが無難なんだよね。だから、ごめん」


 俺が前世でよくやったように柏手で打って謝ると、アリオナさんは上目遣いのまま、小さく頷いた。


「うん……わかった。それじゃあ、仕方ないよね」


「うん、ゴメン。帰ってきたら話せることもあると思うし。それまで、待ってて」


 俺は御者台から降りると、まずは馬に餌をやった。
 それからアリオナさんをユタさんに預けると、一人で町へと出た。
 俺は市場や旅籠屋のある区画から離れて、大通りから裏道へと入った。とはいえ一本入っただけでは、ゴロツキがたむろするような雰囲気はない。
 だけど日差しが入って来ないだけ、夜の帳が降りるのも早い。かなり暗くなった道を、俺は〈舌打ちソナー〉を頼りに進んでいく。
 やがて、目的の場所に辿りついた俺は、深呼吸をしながら白く塗られたドアの前に立った。
 そこは、大きな旅籠屋と言っても差し支えもない外見をした建物だ。二階……いや、三階建ての建物には窓がなく、裏道に面した場所に、出入り口は白いドアだけである。
 俺はドアを開けると、建物の中に入った。


「……おまえ、客か?」


 ゴツイ体付きをした大男が、目の前に立っていた。壁にある燭台と、床に置かれたランプが照らしているのは、小さな部屋だった。
 俺が入ったドアの真正面に、ドアがある。そのドアの前に立っていた男は、平たく言えば用心棒だ。
 俺は両手を小さく挙げて武器を持っていないことを示すと、僅かに肩を上下させた。


「残念ながら、客じゃない。ここのマダムに会いたいんですが」


「マダムだと? マダムは、てめぇみたいな餓鬼には会わねぇな」


「そんなことはないと思いますよ。カーターという旅の商人が来たと、伝えて下さい」


「……いいだろう。で、なんの用だって?」


 大男の問いに、俺は腰の革袋に手で触れた。


「商人がすることは一つだけでしょ? 商売ですよ」


 俺の返答に、大男は呆れたように肩を竦めつつも、ドアの中へと入っていった。
 俺が待っていたのは、ほんの数十秒だったと思う。戻って来た大男の顔から、警戒心が無くなっていた。


「入れ。まったく……おまえは一体、なにものだ? マダムが迷う素振りもなく即答した挙げ句、女どもを集め始めたんだが」


「……ただの商人ですよ」


 そっちを買いに来たんじゃないのに……内心で溜息を吐きながら、俺は奥のドアを開けた。
 異様とも思える外見とは異なり屋敷の中は、絢爛豪華な造りだった。香や香水の匂いが混じった空気に包まれ、銀製などの質の良い調度類に、真紅のカーペット。近くにある腰掛けは木製のベンチなどではなく、ふさふさの毛皮で覆われたソファだった。
 横には二階へと続く階段があり、手摺りは白く塗られている。
 俺が周囲を見回していると、真紅のドレスを着た小太りの女性が階段を降りてきた。初老なのか白髪ではあるが、高く結った髪には金粉らしい煌めきがある。
 女性はにこやかな顔で、俺に近づいて来た。


「まあまあ、クラネス様! 店に来てくれるなんて、とても嬉しいですわ」


「ああ、マダム。お久しぶりです。少し急いでいる都合もありまして。不作法とは思いましたが、店を訪ねてしまいました」


「必要なのは、情報だけですか? あなたになら、うちの女たちもよりどりみどりでしてよ」


 媚びるように勧めてくるマダムに、俺は慇懃に頭を下げた。


「申し訳ありません。御厚意は嬉しいのですが……浮気はしない主義で」


「なんで浮気だなんて……浮気?」


 呆気にとられた顔のマダムは、俺の顔をマジマジと眺めた。


「クラネス様に、恋人が?」


「ええ……まあ。そんなようなものです」


「あらまあ! あなたに恋人が出来たなんて。これは目出度いことではあるけど、少し残念ですわ。うちの子たちと仲良くなって、贔屓にしてくれたら嬉しかったのに」


 マダムは大袈裟に肩を竦めると、俺の手を取った。


「それならそれで、仕方ないわ。お話は、わたくしの部屋でしましょう」


「はい」


 マダムに従って、俺は彼女の部屋へと向かった。
 マダムの本名は、俺も知らない。この町で、彼女はマダムで通っている。この娼館を取り仕切りながら、町の顔役の一人でもある。
 そして――情報を売り買いする、裏の顔も持っている。俺が用があるのは、その裏の顔だった。
 高価な調度類――金製の壺や銀の燭台、テーブルの四隅にある縁取りも銀製だ。
 柔らかいクッションの置かれた椅子に座ったマダムの対面に、俺も腰掛けた。


「今、お茶を持って来させますわ」


「いえ、お構いなく。早めに戻らないと、心配をさせますから」


「恋人さんにということですね?」


「いえ、まあ……そんな感じ、です」


 こういう年の功には、なかなか勝てない。俺は少し顔を赤らめながらも、落ち着きを取り戻すことに数秒を費やした。


「早速ですが、本題に入らせて頂きます。このラオン国を内部から侵略をしようとする一団がいます。その情報をお持ちなら、教えて下さいませんか?」


「あらあら……いきなり難問ですこと。少しは情報を持っておりますが、対価の内容はどのようなものでしょう?」


 マダムの問いに、俺はずっしりとした革袋を机に置いた。
 これは前に色々な仕事――強引にやらされたものもあるが――で手に入れた報酬の残りだ。


「まずは、ここにある金貨と銀貨。それと、ラオンを狙う一団の本国、それと彼らが取り扱っている道具類についてを」


「あらあら。随分と大盤振る舞いですわね。ですが、それでは、お話できません」


 驚く俺に、マダムは少し困ったような顔をした。


「金銭や情報の価値が足りないというわけでは、ありませんのよ。この情報は、国の行く末を左右しかねないもの。わたくしたちが安心して暮らす……そのために使うと決めているのです」


「それは……懸命は判断だと理解します」


 俺は素直に、マダムに告げた。だけど、それで諦めるわけにはいかないんだ。


「ですが、それならなおのこと、情報を教えて頂きたいのです。わたくしの隊商は……どうやら、ひょんなことから彼らの野望を阻害したようなのです。今後、ミロス公爵に協力をして、彼らと対峙することになるでしょう」


「……あなたがミロス公爵様と行動を共にしていたことは、耳にしておりました。彼らを阻害したのは、そのときかしら?」


「ええ。それとは知らずに……ですが。別件で関わっていた彼らの一部を、討伐したわけです。国を護るためには慎重にことを運ばねばなりませんが……ミロス公爵様も、それは承知しております。先走ったりはせず、効果的に情報を使うはずです」


 俺の話を黙って聞いていたマダムは、真剣味を帯びた目を向けてきた。


「……クラネス・カーター様。この国を救って下さる志はありますか?」


「元より、彼らをラオン国から追い出す所存です。そのときが来たら、商売を休業し、彼らと戦いましょう。必ず救ってみせる――とまでは約束できませんが、最大限の善処は致します」


 俺の目を真正面から見つめたマダムは、少し考えてから、俺に微笑みかけた。


「……少しお待ちになって」


 マダムは立ち上がると、近くにあった棚の裏へと手を差し入れた。
 カチリ、という音がしたと思ったら、掌大まで折り畳まれた羊皮紙を手にしていた。


「こちらを……さっと目を通したら、返却をして下さいね」


「……はい」


 俺は羊皮紙を広げて、書かれていた文面に目を通した。
 思わず生唾を飲み込んだのは、その内容が俺の想像を遙かに超えていたからだ。
 三人の貴族、そして王城にいる侍女に使用人が三名ばかり。


「それで全員とは思っておりませんの。ですが現状では、それが限界」


「……いえ。充分過ぎます。流石です、マダム」


 俺は丁寧に羊皮紙を折り畳むと、マダムに返却した。重要な名前と役職は、頭に叩き込んだ。あとはそれを、どうやって、しかも早急にミロス公爵へ伝えるかだ。
 俺は情報料として革袋を差し出したが――マダムはやんわりと、受け取りを拒否した。


「なにかと、入り用になるでしょう。それは、クラネス様の軍資金に」


「いえ。わたしは商人ですから。受け取った、しかも貴重な商材に対して、代金を支払わないという選択肢はございません。あと、これも――ファレメア国です」


 俺の最後の言葉に、マダムはすぐに合点のいった顔をした。


「あらあら。貴重な情報をありがとうございます。わたくしより、よほど遠くを聞き分ける耳をお持ちなようですわね」


「いえ。マダムの足元にも及びませんよ」


 俺は立ち上がると、マダムに一礼をした。見送りを断った俺は、足早に娼館を出た。
 思っていたより、この国の状況はヤバイ。しかし、今からウータムに戻るというのは、隊商の商人たちは承服しないだろう。
 俺は取りあえず、この先にある港町へ向かおうと決めた。そこからウータムまで、この町から向かうのと一日くらいの誤差しかない。それに知り合いの商人もいるから、代わりの隊商の世話も頼めるかもしれない。
 これからの予定を頭の中で組み立てながら、俺は隊商への道を急いだ。

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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!

わたなべ ゆたか です。

今回、予定よりも長くなりました……。中の人、どうやら有能なお婆ちゃんキャラとか好きみたいです。なんか自分でも信じられないくらい、ノリノリで書いておりました。
ほぼ会話だけで四千文字を超えるとは……。

有能なお年寄りキャラって、美味しい立ち位置ですからね。こうなるのも必然でしょう。

少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

次回もよろしくお願いします!
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