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弟四章『地下に煌めく悪意の星々』
二章-2
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マダムから情報を仕入れた翌朝、《カーターの隊商》はアカムンを出ることにした。早朝というわけではなく、少し遅い時間だ。
町は働きに出かける時間らしく、人通りが増えてきた。荷車を引く男性や、水の入った桶を運ぶ女性のあいだを、馬車列が進んでいく。
市場から出て大通りを進んでいると、フィーンさんが声をかけてきた。
「クラネス!」
「あ、おはようございます」
厨房馬車の御者台にいた俺は、大きく手を振ってくるフィーンさんに、小さく手を振り返した。
のどかな朝の挨拶――と思っていたら、フィーンさんは慌てた様子で駆け寄ってきた。
「クラネス! 呼んでるんだから、停まれって」
「え? あ、すいません。挨拶かと思って」
俺が手綱を引いて馬車を停めると、後続の馬車と前を進むフレディと護衛兵の騎馬が立ち止まった。
俺は手綱を横に乗っていたアリオナさんに任せると、御者台から降りた。
「どうしたんです、そんな血相を変えて」
「いや、念のために報せておいたほうがいいと思ってな。朝一番で来た行商人なんだが、妙なことを言っていたんだ。ホウとここを繋ぐ街道に、兵士の一団が陣を張っているって話だ」
「兵士が? 野盗とか魔物とかが出てるんですか?」
俺の問いに、フィーンさんは首を振った。
「そんな噂はねぇし、ここ数ヶ月は被害が出たって話もねえ。その行商人の話じゃあ、名前や隊商を率いているかを訊かれたらしい」
「隊商……」
「ああ。おまえも、隊商を率いているだろ。一応、警戒をしたほうがいい」
フィーンさんは、いつになく真面目な顔をしていた。
奴ら――エリーさんの故国を奪った組織だか集団は、王城の中にまで入り込んでいる。話にあった兵士の一団が、彼らの手の者という可能性だってある。
俺はフィーンさんに、軽い会釈をした。
「重要な情報を提供して下さり、ありがとうございます」
「いや、いいって。おまえさんの隊商は、この町のお得意様だからな。簡単に死んで貰っちゃ、町にとって大損害だ」
「大袈裟ですよ。でも、そう思って下さっているのは、ありがたいです」
俺はフィーンさんと軽く握手を交わしてから、御者台に戻った。
手綱を受け取った俺に、アリオナさんは首を傾げた。
「なんだったの?」
「町を出た先に、怪しい兵士の集団がいるんだって」
「怪しい兵士……このまま出ちゃって大丈夫なの?」
「大丈夫じゃなかったら、無理にでも大丈夫にするしかないよ」
俺はそう答えてから、〈舌打ちソナー〉を開始した。兵士たちに遭遇する前に、枝道があるなら迂回してしまえばいい。枝道がなく、兵士たちに敵意があった場合――俺は問答無用で《力》を使う。
その結果や後始末は、あとで考えよう。全員が無事にホウに辿り着くのが最優先だ。
俺はクレイシーを呼ぶと、こっそり耳打ちをした。呆気にとられながらも、指示に従ってくれたクレイシーを見送ってから、俺は左手を挙げた。
「待たせてすいません! 出立っ!」
俺のかけ声で、馬車列は大通りを進み始めた。
町を出ると街道沿いに進む。そのあいだ、厨房馬車の御者台と並んだフレディと、広げた地図を見ながら迂回路を探した。
しかし……人ならともかく、馬車が通れるだけの迂回路はない。つまり、最悪は《力》での突破を強行するしかない、ということだ。
しばらく進んでいると、急造らしい木製の壁が見えてきた。その前には槍を持つ三人の兵士が立っていて、俺たちを凝視していた。
「若……わたしが話をしてみます」
「わかった。無理はしないで」
「承知しております」
フレディは鐙で馬の腹を軽く叩くと、馬車列の先頭へと進み出た。
俺たちが木の壁に近づくと、兵士の一人が槍を突き出しながら、大声を張り上げた。
「停まれっ!!」
兵士の声に従って、先頭を進むフレディが停まった。そのあとに続く護衛兵が手を挙げると、そのあとに続く馬車列が前から順に停まっていく。
兵士たちが近づくと、フレディは彼らに対して横向きになるよう、騎馬を動かした。
「なに用か? 我らはただの隊商だが」
「その隊商に偽装して、ラオン国に対する謀反を企てる一派がいるらしい。そのため、街道を通る隊商を調べているところだ。念のためになるが、馬車を調べさせてもらおう」
三人の兵士が指笛を吹くと、木の壁を迂回してくるように、二人の兵士が現れた。五人となった兵士は、順番に馬車に乗る商人たちの顔を見て廻る。
兵士の数は五人――とは思えない。俺は彼らなら、全員で馬車を調べるなんてしない。連絡役か伏兵くらいは、準備するだろう。
俺が〈舌打ちソナー〉をすると、木の壁の反対側に、二人の兵士がいる反応が返ってきた。
つまり、ここで俺やフレディが五人の兵士を斃したら、壁の裏にいる二人の兵士が逃走して仲間、もしくは王城に、俺たちのことが報されるって手筈なんだろう。
となれば、やる順番は決まった。
俺は五人の兵士の動向を確認しながら、《力》を使うために鞘から刀身を引き抜いた。
最初に狙うのは、壁の後ろにいる二人だ。俺は刀身を指で弾くと、《力》を放った。〈舌打ちソナー〉の反応では、壁向こうの二人は倒れていた。
そのあいだに、兵士の一人がエリーさんの馬車に近づいた。
御者台でフードを目深に被った人物に、兵士は槍の切っ先を向けながら声をかけた。
「そこのおまえ、顔を見せろ」
「顔……を?」
「そうだ。早くしろ」
兵士に急かされて顔をさらしたのは――クレイシーだった。
「これで満足かい?」
「おまえが……商人、か?」
「ああ、そーですぜ。満足しましたかい?」
腰には長剣を下げ、風貌も――お世辞にも柄が良いとはいえない。そんなクレイシーが殺意の混じった笑みを浮かべると、兵士はあからさまに怯んでいた。
あの様子では、馬車の中まで確認しようとは思わないだろう。
町を出る前に、俺の指示でクレイシーがエリーさんの馬車に乗り込んだ。エリーさんとメリィさんは馬車の中で、大人しくして貰っている。
迂闊に姿を見せると、兵士がエリーさんの祖国を奪った奴らの手先だった場合に危険だからだ。
それから兵士たちは、すべての馬車を見て廻ってから、互いに目配せをしあった。
良からぬことをやろうとしているのか――と思っていたら、兵士たちは槍を構えながら馬車列を取り囲んだ。
「詳しく調べるため、我々の野営地まで来て貰う。大人しく従え!」
「それは……聞けない相談です。総員、応戦っ!」
俺は長剣を抜きながら、御者台から降りた。フレディやクレイシーを初めとした護衛兵たちも、臨戦態勢を取る。
それを見て、兵士たちは動揺しながらも応戦の構えをとった。
だが、兵士の言うことは素直に聞くだろう――と油断していたらしく、反応が鈍い。行っちゃ悪いが、そんな隙を見逃すほど、うちの護衛兵の練度は低くない。
なにせ普段から、フレディの指揮で動いているんだ。こういうときの即時性は、俺から見ても一級品だ。
俺の《力》などほとんど使わなくても、兵士たちは縛り上げられた。つまり、この五人と、俺の《力》で気を失った二人ってことだけど。
「長……いいのかね。その、兵士に逆らって」
「ああ、大丈夫だと思います。野営地に隊商を連れて行こうだなんて、野盗とかそういう類いしかないですよ」
商人の一人にそう答えながら、俺は兵士を名乗る男の一人に近づいた。
「さて……本当のことを喋って貰おうか」
「俺たちは、本当に兵士だ」
「ファレメア国の兵士ってことか?」
俺の問いに、男の心音が激しくなった。《力》で聞いた心音だから、間違いはないだろう。それを証明するかのように、男は無言のままだ。
図星だったために、反論の言葉すら思い浮かばない――といった様子だ。
俺は縛り上げた男たちの荷物を漁った。その中に、小さな羊皮紙を見つけた。その文面には、『エ、ファ、息女。一、否、全、殺』という単語が順に書かれているだけだ。
暗号……なんだろうか、これだけでは意味が分からない。
「おい、この羊皮紙に書かれた内容の意味を教えろ」
「……知らん。知っていたとしても、答える義理や責務はない」
……あ、そ。
俺は身体を脚を縛られた男の襟首を掴むと、そのまま皆が見えない、壁の裏まで引きずった。
「おい、どうするつもりだ!?」
「教える義理はないって言ったよな? 俺も同じだ。俺たちに危害を加えようとした相手に、手段を選ぶ義理や責務はない」
俺は長剣の刀身を弾いて、男へ《力》を放った。
固有振動数を変化させた音波を受け、男の顔が激しく歪んだ。こいつの耳には、二千から五千ヘルツくらいの、甲高い音が聞こえているはずだ。
これは、人が嫌悪感や不快感を覚える周波数帯だ。これを聞き続けるのは、かなりの苦痛というか、正気を失いかける音になる。
数十回ほど同じ音を与え続けると、男はとうとう観念した。
「わかった、喋る! 逃げた侯爵令嬢が潜む隊商があるらしい。その隊商の全員を殺せという命令が――」
男が最後まで言い切る前に、俺は《力》を最大にした。
それで男が気を失うと、俺は皆の元へ戻った。
「クラネスくん?」
「ああ、情報は聞き出したよ」
どうやら俺は、かなり暗い顔をしていたらしい。アリオナさんの顔が、少し不安げだった。
俺はフレディに男を託すと、先に港町であるホウへ向かうよう頼んだ。
「若はどうなされるのですか?」
「ちょっと、野暮用。あと、捕まえた奴を一人借りるから」
比較的気の弱そうな男を選ぶと、俺は長剣の切っ先を向けた。
「おまえらの野営地ってのはどこだ? 案内しろ」
気の弱そうな男は少し迷った様子だったが、気を失った男を一瞥したあと、震えながら頷いた。
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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
相手の策略を強引に突破する回……です。情報戦って、とっても大事ということで。前回の情報を参考に、怪しい行動をする奴は敵――という仮定が成り立っているわけです。
当てずっぽうな部分があるのも事実ですが。
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
次回もよろしくお願いします!
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