最凶と呼ばれる音声使いに転生したけど、戦いとか面倒だから厨房馬車(キッチンカー)で生計をたてます

わたなべ ゆたか

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弟四章『地下に煌めく悪意の星々』

二章-5

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   5

 俺たちが港町のホウに到着したのは、日暮れ直前のことだった。
 町を囲う塀と門を超えると、潮の香りが一気に押し寄せてくる。とりあえず市場へ向かおうと、俺は手綱を操った。
 市場に近づくと、隊商の馬車列が停まっているのが見えてきた。厨房馬車が近づくと、一騎の騎馬が近づいて来た。


「――若っ!」


 警備中だったらしく、鎧を身につけたフレディが近寄ってきた。
 俺の真横である馬車の右側に並んだフレディは、スムーズに馬を寄せてきた。


「若――ご無事で。それで、首尾は」


「とりあえず、今回はもう隊商に危害を加えないよ」


 俺の返答に、フレディは静かに頷いた。
 それからアリオナさんが、会話の内容を気にする様子もなく、小さく手を振っているのを見て、無表情に会話を続けてきた。


「全員、ですか?」


「全員、のはずだよ。オーガもいたから、碌な奴らじゃないね。それで、とっ捕まえた奴らは?」


「衛兵に引き渡しました」


「うん、ありがとう。それで、隊商のほうは?」


「皆、無事です。商売は明日からですね」


 そこは予定通りだから、問題はない。それより……なにか忘れてる気がする――あ。
 俺は背後を振り替えると、バツの悪い顔をした。


「フレディ……ゴメン。もう一人、忘れてた」


「ああ、案内役だった彼ですか。彼は明日、衛兵に引き渡しましょう。それまで、わたしとクレイシーとで見張りを」


「ホントに、ゴメン。それでよろしく」


 俺が再び誤ったとき、厨房馬車は馬車列の最後尾に到着した。
 俺は御者台から降りると、アリオナさんが降りるのを手助けする。約束したとおり、回料理の美味しい店に行くことになっている。
 馬車をフレディたちに任せると、俺はアリオナさんと店に向かうことにした。そのあとは、ユタさんにアリオナさんを任せて、俺は馬車に戻って来る――という、いつもの流れだ。
 俺とアリオナさんは通りを進んで、《海の大亀亭》に入った。
 ここは旅籠屋を兼ねていない、純粋な酒場兼料理屋だ。それだけに客層は旅人だけでなく、海で働く男たちも多い。
 海の男特有のがなり声や、笑い声で包まれている店内に入ると、俺たちは隅っこにある二人掛けの小さなテーブルに座ると、注文を取っている店員を呼んだ。


「はいよ、お二人さん」


 二〇代後半くらいだろうか。カートルと呼ばれる袖の無いワンピースに、頭を布で覆っている。僅かに頬の辺りまで、一房の金髪が垂れていた。
 活気のある美人顔だけど、腕の筋肉は平均的な女性よりもありそうだ。あと胸も、ね。


「うちの客にしては若いね。旅の人かい?」


「今日の夕方に町に入った、隊商で仕事してるんです。今日は景気づけに、ここで晩飯をと食べようと思ったんですよ。貝を使った料理が美味しいって聞いてましたし」


「へえ! そいつは有り難い話だね。確かに、貝料理はうちの名物だよ。それで、なにがいいんだい?」


 店員は指先で店内の壁を順に指さした。
 そこにはメニューが書かれているけど、俺もすべてを知ってるわけじゃない。この前は貝のニンニク焼きと、エビと貝のビール蒸しを食べたけど。
 俺個人で来てるなら外れでも我慢できるけど、今回はアリオナさんも一緒だ。なるべくなら、美味しいのを食べて欲しいと思う。
 少し困った俺は、奥の手を使うことにした。


「店員さんのお勧めを四品、それにパンを頼みます」


「あははっ! いいよ。美味いやつを選んであげるから、楽しみに!」


 店員さんが笑顔で去って行くと、アリオナさんが小首を傾げた。


「ウェイトレスさんと、なんの話をしていたの?」


「大したことじゃないよ。注文をしたときに、ここの貝料理が美味しいって聞いたって言っただけ。料理を楽しみに、だって」


「ふぅん」


 アリオナさんは、少しだけ目を細めた。


「ああいう大きさのが、好みだったり……する?」


「大きさって……」


 なんのことだろうと思ったんだけど、アリオナさんが自分の胸を気にしてること気付いて、なんとなく合点がいった。
 女の子でも、そういうのを気にしたりするんだろうか?
 俺は苦笑しながら、小さく手を挙げた。


「大きさは、気にしたことないかなぁ。形のほうが重要じゃない?」


「……えっち」


「なんで、そうなるの? 聞いたのはアリオナさんなのに……」


 ガックリと落ち込む俺を見たアリオナさんは、はにかむように目を細めた。
 さっきの発言に、怒っているようには見えない。俺は少しだけ顔を上げると、溜息交じりに訊いた。


「……なんで、少し嬉しそうなの?」


「うん? だってね……町に入るまでのクラネスくんって、ちょっと怖い顔をしてたから。一人でどこかに行っちゃいそうな気がして……不安だったんだ」


「それは……」


 野営地にいたチャーンチの刺客を壊滅させた俺の手は、血まみれに違いない――そんな想いが表情に出ていたらしい。
 殺気だった顔をしていれば、アリオナさんが不安になるのも当然だ。
 俺は諸々の感情を抑え込みながら、アリオナさんに微笑んだ。


「なんか、ゴメン。ちょっと、色々とあったんだ」


「……クラネスくん。まだ、なにか無理をしてる?」


 少しでも安心させようとしたけど、それもあっさりと見破られてしまった。
 こうなると、俺は苦笑するしかない。テーブルに頬杖をつくと、俺はアリオナさんを真っ直ぐに見た。


「まったく……敵わないなぁ」


「そりゃあ……毎日、よく見てるもん。それにクラネスくんのこと、色々考えるし。なにが嬉しくて、なにがイヤなのかな……とか」


 アリオナさんの告白に、俺は真っ赤になった。
 思えば俺は、アリオナさんのことを同じくらい見て、考えただろうか。好きって気持ちはあるけど、想いの強さはアリオナさんに負けている。
 なんというか、自責の念が沸いてきちゃうな……これ。
 俺がこめかみを手で押さえたとき、横から咳払いが聞こえて来た。
 振り向けば、さっきの店員さんが、口をへの字に曲げていた。


「あんたたちねぇ……そういうのは店じゃなくて、二人っきりのときにやって頂戴な」


 そのひと言で、周囲から笑い声が湧き上がった。
 俺は顔を真っ赤にして、店員さんに謝った。会話に夢中で、周囲の状況なんか気にしていなかったんだ。
 店員さんは俺たちの前に料理を置くと、軽くウィンクをしてきた。


「でもまあ、仲の良いことは善きことだよ。そんな二人に、ちょっとだけサービスをしておいたからね」


「それは……どうも」


 俺が礼を言うと、店員さんは去って行った。
 料理はムール貝のニンニク焼きに、山羊か牛の乳を使ったクリーム煮。それとエビと貝と野菜の炒め物、魚と貝を使ったスープだ。
 得にムール貝のニンニク焼きの臭いが、空腹だった胃を強く刺激する。俺とアリオナさんは、取り皿に料理を分けようとしたんだけど――そこで、羊皮紙のメモが挟んであることに気付いた。
 なんとなく、周囲に気付かれないよう、テーブルの上でメモを広げた。そこに書かれていたのは、たった一行のメッセージだった。


『色々と訊かれたから、傭兵っぽい人に気をつけて』


 殴り書きだったから、内容も整理されていない。色々と推測してみるに、多分だけど『兵士に俺たちのことを色々と訊かれた。なにかありそうだから、気をつけて』ということらしい。
 平民の識字率なんて、三割以下の世界だ。こうしてメッセージが書けるだけ、優秀な人材なんだろう。


「確かに、いいサービスをしてくれてるね」


 俺がそれとなく店内を見回すと、店の反対側に長剣を下げた集団がいた。ざっと六人組の男たちだけど、チラチラと俺たちのほうを見ている節がある。
 俺とアリオナさんは料理を食べ終えると、さっさと店を出ることにした。
 隊商の馬車列まで戻ると、フレディが近寄って来た。


「若……もっと、ゆっくりでもよろしかったでしょうに」


 なんなら泊まりでも――と言いかけたところで、俺は手を挙げてフレディの発言を制した。


「それどころじゃないんだよ。なんか、俺たちのことを探っている傭兵がいるみたいなんだ。護衛兵に警戒を強めるよう指示を出しておいて」


「わかりました。それにしても若。アリオナ嬢と二人っきりのときくらい、仕事を忘れてもいいと思いますがね」


「だから――ああ、もういいよ。俺も警戒はするから、急いで皆に伝えて」


「わかりました」


 フレディがほかの護衛兵のところへ向かうと、俺はアリオナさんを振り返った。


「アリオナさんは、ユタさんのいる宿へ。そっちのほうが――」


「あたしは、クラネスくんと一緒にいるよ? そのほうが、あたしは安心できる……し」


 だから、その訴えるような上目遣いは卑怯なんだって。
 断る意志が挫けそうになったとき、厨房馬車の後部にあるドアから、クレイシーが顔を出した。


「長さんよ、ちょっといいかい。少し困ったことになってるんだがよ」


「困ったこと? あの男に、なにかあったんですか」


「いやその……なにかあったと言うかな。あいつ、これからの旅に同行したいとか言い出してさ」


「……は?」


 俺たちを襲い、皆殺しを企んだ集団に所属している男が、俺たちと一緒に旅をする? 
 冗談にしては下らない。それにスパイを内に入れるなんて危険だし、常軌を逸する行為だ。奴の目的として思いつくのは、仲間を殺した俺への復讐なんだろう。だが、それを警戒されていないと考えてているなら愚かだし、考えてなお実行しようとしているならヤバイ薬でもやってるとしか思えない。
 俺はフレディから短剣を借りると、厨房馬車の中に入った。あの気の弱そうな男は隅っこで座りながら、俺を見上げた。
 俺は溜息を押し殺しながら、抑え気味に話しかけた。


「話は聞いたが、どういうつもりだ?」


「わ、わたしは……ことの真実を確かめたいのです。あのクレイシーという傭兵と話をしているうちに、なにが正しく、なにが間違っているのか――それが、わからなくなりました。あなたがたと一緒に居れば、それがわかる気がするんです」


 男の目には曇りがなく、この返答も真意だと思える。だけど――肝心なことを、こいつは見落としている。


「あんたが密偵とか暗殺なんかを企てない保証は、どこにあるんだ?」


「そんなことしませ――」


 言葉の途中で、男も気がついたらしい。言葉では、なんとでも言い繕うことがききる。自分の言葉を真実だと証明することは、それこそ悪魔の証明――ということに。
 男は数秒ほど硬直していたが、表情を引き締めると、座ったままで俺に最敬礼をしてきた。


「そこは、行動で示します。あなたがたのお役に立てるよう、努力も致します」


 心拍数を聞き取っても、嘘を言っているようには思えない。だけど、問題はもう一つある。
 俺は頭を掻きながら、溜息交じりに問いかけた。


「それで、なにか商売はできるのか?」


「……商売?」


 男は俺の言ったことの意味が分からない、という顔をしていた。
 やっぱり理解してないのか――俺はきっぱりと言ってやった。


「うちは隊商なんだぞ。商売できるか、護衛兵となるか――二つに一つだ」


「ええっと……わたしは商売はちょっと。護衛兵と言われても、戦ったこともないです――し」


 馬鹿正直に答えている最中で、俺の真意に気付いたらしい。最後の『し』と口にする徳前に、顔を青くしていた。
 その反応は、きっと正解を導いたんだろう。俺は答え合わせをさせてあげようと、結論を言うことにした。


「なにもできなきゃ、うちに置いておく利点も理由もないんだよ。そういうわけで、明日の朝に兵舎へ引き渡す」


「え? ちょっと――あの、わたしの覚悟と決意は」


「そんなもんで、飯は食えない」


 俺はキッパリと言い切ると、厨房馬車から男を出した。厨房馬車は監禁場所として不適切だ。朝一で大掃除しないと、商売できないな、これ。
 俺はフレディに男を任せると、厨房馬車の中に入った。アリオナさんも付いて来たけど……俺は理性を保ちながら、〈舌打ちソナー〉での警戒を始めた。
 朝までが、大変だぞ、これ……色々な意味で。

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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!

わたなべ ゆたか です。

クラネスの最後の行動ですが……まあ、順当なところですね。冷たいとは思いますが、危険を抱えたままで旅を続けるのか――ということですね。

寝首をかかれるかもしれないのに、連れて行けないということです。

ただ商売云々というのは詭弁……ではなく、本心だったりしますが。「うちは隊商であって、ボランティア活動の場じゃねぇ」ということですね。

少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

次回もよろしくお願いします!
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