最凶と呼ばれる音声使いに転生したけど、戦いとか面倒だから厨房馬車(キッチンカー)で生計をたてます

わたなべ ゆたか

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弟四章『地下に煌めく悪意の星々』

二章-4

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   4

 港町であるホウへ、俺と衛兵に偽装していた男は無言で歩いていた。
 街道には、真新しい蹄のあとが残っている。隊商は俺の指示通り、先に進んだようだ。馬車で残り……半日だったから、俺たちが到着するころには、すっかり夜が更けているだろう。
 保存食くらいは持って来れば良かったか――もしくは、襲撃者に荷物から頂いてくる手もある――と思ったが、もう後の祭りだ。
 戦いの疲労感もあるから、気力がどこまで保つか心配になってくる。
 しばらく歩いていると、前方に一台の馬車が停まっているのが見えてきた。幌ではなく、四角い木造の壁で囲まれ、横ではなく後部に扉のある馬車には、見覚えどころか親しみすらある。
 俺が愛用している厨房馬車が、ぽつんと街道の脇で停まっていた。
 俺の脳内では『どうして』と『なぜ』、そして『なにゆえ』という言葉が渦を巻いていた。なんというか、そのくらい混乱してしまった。
 逸る気持ちを抑えながら、それでも慎重に男の後ろを進んでいく。厨房馬車に近づいたとき、御者台からアリオナさんが顔を出してきた。


「クラネスくん!」


 御者台から降りてきたアリオナさんが、俺の元へと駆け寄ってきた。


「……アリオナさん、なんで?」


「クラネスくんが、心配だったんだもん。それでユタさんとかと相談をして、厨房馬車だけ残ることにしたの」


 相談といっても、アリオナさんは俺以外の人の声が聞こえない。俺にしたって、《力》を込めた声じゃ無いと言葉を届けることは叶わないわけなんだけど。
 だからほかの人との会話には、筆談が必須となる。
 俺を待つために、ユタさんやフレディを説き伏せたんだろうけど……その苦労を考えると、嬉しさが込み上げてくる。
 だけど、今の俺はそれに浮かれる気分じゃない。
 俺たちを待ち受けていた、チャーンチという組織からの刺客を俺は斃した。そのあとに言われた『悪魔か狂戦士か』という言葉が、俺の心に重くのしかかっていたんだ。
 俺が浮かない顔をしているのに気付いたのか、アリオナさんが不安げな顔をした。


「クラネスくん、暗い顔をしてるけど怪我をしたの?」


「いや、違うよ。怪我はないから大丈夫。ちょっと……疲れたのかも」


「そう? それなら馬車で残ったのは正解だったかな。みんなも待っているだろうから、早く港町に行こうね」


 アリオナさんは俺の手を取ろうとした。だけど、俺は咄嗟に手を引っ込めてしまった。
 二人同時に、ハッとした顔をした。


「え?」


「あ……」


 俺は引っ込めた手に目を落としてから、曖昧に微笑んだ。


「あ、ごめん……色々とあって手が汚れているから。なんか悪いかなって。アリオナさんの手も汚れちゃう」


「そんなの気にしないよ? あとで洗えばいいもんね。ほら、早く馬車に乗ろう?」


 アリオナさんは、改めて俺の手を取った。
 たったそれだけのことに、俺は罪悪感を覚えてしまう。俺はアリオナさんの手を振り解けないまま、まだ横にいる男を一瞥した。


「ちょっと待って。この人をどうやって連れていくかって問題が――」


「え? ああ、それなら大丈夫、かな? えーと、お願いします!」


 アリオナさんが御者台のほうへ手を振ると、ひょっこりとクレイシーが顔を出してきた。


「よお、長さんよ。無事で何よりだ」


 なるほど。要するにクレイシーは、厨房馬車に残るアリオナさんの護衛ってことか。
 人格はともかく、剣士としての腕は確かだ。アリオナさんに手を出さないという、妙な安心感もあるから、護衛としては妥当だと思う。
 馬車から降りたクレイシーは、手早く男の手首を縛り上げた。


「長さんよ。厨房馬車の中で、こいつを監禁してもいいか?」


「……本当はイヤだけど、この状況じゃ仕方ないですね」


「それじゃあ、決まりだな。見張りは任せな。長さんは、アリオナと仲良く馬車を進ませてくれ」


 にやけ顔を残して、クレイシーは男を連れて厨房馬車の中へと入っていった。
 だから、そんな気分じゃないっていうのに――とは思うけど、それを口には出来なかった。
 俺がやったことを知ったら、アリオナさんに避けられてしまうのでは――そんな考えが頭に浮かんで、事の顛末を口にできなくなったんだ。
 俺はアリオナさんよりも先に、御者台へと上がった。そしてアリオナさんが御者台に上るのを手伝ってから、手綱を手にした。


「じゃあ、行くよ」


「うん」


 俺は手綱を操って、厨房馬車をゆっくりと進ませた。駆け足で急げば隊商に追いつくかもしれないけど、そうなると馬の疲弊が心配になる。
 旅はホウで終わりじゃないから、ここは普段通りに進むしかない。


「ところでクラネスくん。別行動で、なにをしてたの?」


 あまり、訊かれなくない質問だった。
 正直に答えるには凄惨過ぎるし、だからといって嘘をいうのも気が引ける。俺は少しdけ悩んだ挙げ句、表現を柔らかく伝えることにした。


「刺客の仲間がいるって聞いたから、本拠地に行って追い払ってきたんだ」


「そうなんだ。それで、どうなったの?」


「……少なくとも、すぐに俺たちを襲うことはないんじゃないかな」


「ふぅん」


 アリオナさんは、少し首を傾げた。
 なにかを探るような視線――と思ってしまうのは、俺の勘ぐりすぎかもしれない。ちゃんと目を見て話せば、そんなことを思わなかったかもしれない。
 でも今の俺は、アリオナさんと目を合わせることすら怖かった。
 しばらく二人して黙っていたが、アリオナさんがふと口を開いた。


「クラネスくんは、ホウ……だっけ。港町には行ったことあるの?」


「そりゃ……まあ。いつもの順路だからね。海外との交易品が多いから、商売するには言い町だよ。だけど潮臭いし、魚や腐った海藻とかの臭いも凄いから、長居はしたくないんだよね。でも海産物の美味しい町だよ。その分、肉料理は少ないけど」


「海産物って、魚?」


「ほとんどは。あとは貝とかエビなんかだね」


「あ、そかそか。貝とか、こっちに転生してから食べてないなあ」


「旅籠屋より、料理屋のほうが貝料理は多いよ」


「ねえ。貝料理って言うけど、お腹を壊さないよね?」


 アリオナさんが、少し不安な顔をした。牡蠣に限らず、貝毒は地獄を見るっていうから……その気持ちはわかる。
 俺は思わず、苦笑してしまった。そういう事故もあるにはあるけど、店さえ選べば大丈夫だったりする。
 俺は頭の中で、いくつかの店をピックアップした。


「少し高いけど、お勧めの店があるよ。場所を教えるから――」


「一緒に行こうね?」


 これは、誘導されたかな?
 アリオナさんは、なにか――察しているのかもしれない。訴えるような視線に、俺は思わず息を呑んだ。その表情は狡いんだって、マジで。
 心情的にはぐちゃぐちゃなんだけど、ここで断ると、色々と勘ぐられてしまうかもしれない。
 俺は曖昧に頷くと、少しだけ厨房馬車の進みを早くした。

   *

 厨房馬車の中で、クレイシーは刺客の男の監視を続けていた。
 少々青い顔をした男は、御者台の会話を黙って聞いていた。その途中、港町のことが話題になったあたりで、信じられないと言わんばかりに首を振った。
 クレイシーは男の態度に険しい顔をしたものの、逃げ出したり暴れる気配がないため、なにも言わなかった。
 クラネスとアリオナの会話が進み、貝料理の店に行く約束を聞いたところで、男は盛大に溜息を吐いた。
 呆れたとか、そういう感じではない。むしろ、信じられないものを聞いて、押し殺した感情を息として吐き出した――そういう表情だった。
 少し悩む素振りを見せたあと、男は顔を上げた。


「……少し、質問をしてもいいでしょうか?」


「あん? そりゃ……内容によるな」


 クレイシーが素っ気なく返すと、男は固い声で問いかけた。


「あなたがたは、あの男といて平気なんですか?」


「あの男って、誰だよ」


「あなたが長って呼んでいた、あの男です」


 男が言っているのがクラネスのことと気付くまでに、数秒を要した。クレイシーは眉を顰めながら、声を顰めながら問い返した。


「……どういう意味だ?」


「わたしは……あの男が恐ろしい。我々の仲間を、たった一人で全員殺したんです。そんなことをするなんて……」


「じゃあ聞くが、おまえたちは俺たちを殺すつもりじゃなかったって言うのか?」


 クレイシーの問いに、男は少したじろいだ。それでも自らの信条を貫くつもりらしく、大きく息を吸ってから表情を引き締めた。


「確かに隊商に所属する者は、すべて殺せという命令でした。ですが、わたしたちは使命のために、祈りながらことを成しております」


「くだらねえ」


 クレイシーの呟きに、男は息を呑んだ。目を見広げる男に、クレイシーは感情を押し殺した声で言った。


「なんだそりゃ。それじゃあ狂信者と変わらねぇだろ。それなら、まだ長――クラネスのほうが理解できるね。あいつは、自分たちの身を護るために剣を振るう。たとえ、それが殺人だろうと、だ。命令で殺しを行うよりは、まだ理解できるね」


「ですが、それはあまりにも個人的な動機ではありませんか? 個人よりも集団のため、意義のある使命のために行動するべきでは」


「その集団が、誤ったことをしているとしてもか? その集団を統率する奴が、己の欲望を意義のある使命だと、皆を騙していたら? それでも、おまえは従うのか?」


 続けざまに問われ、男はたじろぎながら、視線を切った。


「我々の使命は、そんな――欲望であるはずが」


「その証明は、誰がしてくれるんだ? 自分たちじゃない人々が住んでる国を、内側から収奪するような使命って、ただの侵略だ」


「それは……」


 男はなにかを言おうとしたが、クレイシーの視線を受けて口を閉ざした。
 それを最後に、会話はなくなった。
 馬の歪めの音だけが聞こえる中、馬車は港町ホウへと進んでいった。

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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!

わたなべ ゆたか です。

今回はクラネスの心情中心です。中の人的には「青いなー」とか思うわけですが、十代の少年には辛いひと言かもですね。

……中二病な人にとっては褒め言葉かもしれませんが。

「お、俺の中にいるサタンが……てめぇを斃せと暴れてるんだ!」

とか言い出さないといいなぁ。

少しでも楽しんで頂けたら幸いです。 

次回もよろしくお願いします!
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