最凶と呼ばれる音声使いに転生したけど、戦いとか面倒だから厨房馬車(キッチンカー)で生計をたてます

わたなべ ゆたか

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弟四章『地下に煌めく悪意の星々』

三章-2

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   2

 衛兵に事情を説明して、俺は市場にいる隊商へと戻った。
 チャーンチの工作員――この正解では密偵というべきか――の手によって、隊商の誰かに被害が出たのか確認するためだ。
 特にエリーさんとメリィさんは、奴らから狙われているはずだから、被害が出るとしたら、彼女たちだろう。
 クレイシーを連絡役として港に残し、俺は市場へと全力で駆けた。
 市場に戻って隊商の状態を眺めてみたけど、特に異常はなさそうだ。俺が隊商に近寄ると、アリオナさんが近寄って来た。


「クラネスくん、もう船の監視は終わったの」


「ううん、途中で抜け出してきたんだ。チャーンチの奴らが、隊商を調べてるって聞いたから、心配になったんだよ」


「そうなの? でも、怪しい人は見なかった気がするけど……」


「密偵が、露骨に目立つ格好をしないと思うけどね。とにかく、気をつけて。ああ、あと……オーランはどこにいるの?」


「フレディさんが、監視を兼ねて一緒にいるよ?」


「ありがと。アリオナさんも気をつけて」


 俺は教えられた通り、フレディを探した。いつもの通りなら、隊商の先頭で陣頭指揮を執っているはずだ。馬車列の先頭へ向かうと、予想通りフレディがいた。その隣には、不安げな顔をしたオーランが佇んでいた。
 近寄った俺に、フレディが笑みを浮かべた。


「若――ご無事でなによりです。船の見張りというのは、無事に終わったのですか?」


「いや、まだ途中なんだ。ここへは様子を見に来たんだけど……ちょっとオーランに聞きたいことがあって」


 俺の返答を聞いて、オーランが首を傾げた。


「……わたしに、聞きたいことですか?」


「ああ。ウータムって知ってるか?」


「ウータム……それはなんですか?」


 これは少し、訊き方が悪かったかもしれない。だが、『誰ですか?』ではなく『なんですか?』と訊き返してくるあたり、あまり期待はできない。
 俺は溜息を吐いてから、改めて質問をし直した。


「ウータムってヤツのことについて、知ってることがあったら教えてくれ」


「ウータム? 誰ですか、それは」


「誰って……チャーンチの指揮官とか、そういう立場の人間じゃないのか? なんで知らないんだよ」


 呆れ気味な俺の態度に、オーランは力なく首を振った。


「チャーンチの皆が、全員を知ってるわけではありません。わたしは、そのオーランという御方とは、会ったこともありません」


「ちょい待った。チャーンチって、そんなに多いのか?」


「多いかどうかは知りませんが……色々な土地に拡散しているのです。その……新たにチャーンチに組み込むために、ですが」


 オーランが告げた内容は、驚愕に値するものだ。
 全世界で、どれだけのチャーンチが動いているのか。ラオン国を防いだとしても、多方面から武力で攻められる可能性だってあるのか。
 俺は動揺を隠しながら、質問の内容を変えることにした。


「チャーンチが諜報活動をするとき、どんな手段を使うんだ?」


「それは、わかりません。人によって、得意な手段を使うでしょうから。ただ……対象が商人の場合は、客を装うと思います」


「そりゃまあ……」


 調査方法としては、鉄板な手段だろう。あまりにも鉄板すぎて、言われるまで確認しようとは思わなかった。
 俺は各馬車を訪れて、覚えている限り商売をした客の容姿を聞いて回った。
 商人たちの大半が商売したのは、港町にいる商人や町の人々だった。港町にいる人々は海の男だけじゃなく、女性たちも潮の匂いが漂ってくるから、接すると分かり易い。
 エリーさんたちの馬車を訪れた俺が同じ質問をすると、メリィさんは少し考えてから、指折り数えた。


「この町のお医者さんって人、町の女性らしい人が、三人ほど。潮の匂いも強かったですから、間違いはないと思います。あとは……旅の人っぽい二人組ですね。青年と初老っぽい男の人でした」


「旅人……なにか、会話をしましたか?」


「大したことは喋ってません。なにか、消化不良に良い薬草はないかって」


 ……なんか庶民的過ぎて、怪しんでいいか悩む。

 密偵を絞りきれないっていうのは、後々で響きそうな気がする。
 でも、青年と初老の男の二人組……港で会った二人組もそうだったよな。彼らがうちの隊商に来たんだろうか?
 頭の中で関連づけたが、俺は溜息を吐いて思考を切り替えた。

 そんな偶然が、そうそうあるわけない。

 俺は溜息を吐くと、港に戻ることにした。
 ナーブルスさんとの約束もあるから、あまり港から離れるわけにもいかない。俺が隊商から離れようとしたとき、アリオナさんが近づいて来た。


「クラネスくん。あたしも行く」


「いや、アリオナさんは隊商で待っててよ。危ないかもしれないし」


「でも……男同士や一人でウロウロとしているより、男女で一緒のほうが、相手に悟られにくくない?」


 ある意味、正論である。
 大昔からあるスパイ映画なんかでは、常套手段として使われていた……気がする。大した数を観たわけじゃないけど。
 スパイ大作戦のリメイク第一作目とか、そんなシーンがあった気がする。
 それでも危険なので、断ろうと思ったんだけど。

 結局、論破されてしまった。

 やはり、喋りというのは女子のほうが強い。
 というか、『クラネスくんのこと、嫌いになりたくない』とか言われたら、これ以上の反論は無理である。
 そんなわけで、俺はアリオナさんと一緒に港へと戻った。
 港では衛兵たちが数人の隊を作りつつ、偽装船の周囲に配備されていた。それに見張り台にいる衛兵が、偽装船を出入りする人員を監視しているようだ。
 俺が〈舌打ちソナー〉で港の状況を確認していると、クレイシーが駆け寄ってきた。


「やっと戻って来たか――って、お嬢ちゃんも一緒かよ」


「ええ、まあ……女性がいたほうが、怪しまれにくいということで」


「ああ、なるほどな。だが、危険な状況になる可能性もあるんだ。そんときは、隊商に戻した方がいだろうな」


 やけにアリオナさんのことを心配するクレイシーに、俺は頷いた。


「その通りですね。危険な状況になったら、そうします」


 そんな俺の言葉に反応したのか、アリオナさんが首を傾げた。


「なにをどうするの?」


「ああっと。あとで説明するから。それより、今は偽装船の監視をしないと」


 俺の意見に、クレイシーは苦笑しながら同意した。どうやら、俺とアリオナさんとのやりとりを、楽しんでいるらしい。
 俺は軽くクレイシーを睨んでから、偽装船の見える位置まで移動した。偽装船からは、縄梯子が降りている。あれが、唯一の乗船方法なんだろう。
 俺たちが偽装船を眺めていると、その船縁から紺色のマントを着た男たちが、縄梯子を下りてきた。
 その男たちの腰には、長剣が下がっていた。
 衛兵たちも、その長剣に気付いたらしい。二つの隊が、偽装船に近づいていくのが見えた。
 俺は《力》を駆使して、衛兵たちとマントの男たちとの会話を聞いた。


『おまえたち、腰に剣を下げているが……傭兵ではなさそうだ。よもや、他国の兵士ではあるまいな』


『なにを……』


『その船は、交易商船と聞いている。なのに、なぜ武装をした兵が出てくるのだ。説明の如何によっては、ただではすまさん。例え傭兵とはいえ、ラオン国で動くのなら、武器は我々に預けて貰う』


『なんだと――!?』


 マントの男たちが、衛兵たちの指示に色めきだつ。その騒動に気付いたのか、なにごとかと周囲の者たちが、そそくさと離れていく。
 そして偽装船の船縁には、一〇人を超える男たちが姿を現した。
 ここからでは、顔立ちまでは確認できない。
 奴らは、魔術師が中心的存在だ。ということは、あの男たちの中には、魔術師がいる可能性が高い。
 俺は地面に落ちていた石を二つだけ拾うと、《力》を使うために強く打ち付けた。

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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!

わたなべ ゆたか です。

さて……自国で他国の騎士や兵士、密偵が動くというのは(自国に害や関係がなくても)、普通は拒絶、検挙の対象となりますね。

今回でもクラネスの情報で、偽装船が他国の船と衛兵に伝わったため、武器を持った人間が降りてくれば、検挙しに行くのも当然……ということです。

あとこれは余談ですが、ガレオン船などの大型帆船の乗り降りは、縄梯子が一般的。荷物は滑車などを使って引き上げだったみたいです。
不便といえば不便ですね。

少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

次回もよろしくお願いします!
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