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弟四章『地下に煌めく悪意の星々』
三章-1
しおりを挟む三章 顔の見えぬ攻防
1
港へ来た俺は、オーランが言っていた船の見える場所で立ち止まった。
チャーンチの偽装船は、この世界――というには大袈裟かもしれないが、ラオン国を往来する船舶の中でも、かなり大型の部類だ。
見るだけなら、港の端っこからでも充分だ。
だけど、こうして突っ立っていると、周囲から浮いてしまう。なにせ、ここには忙しく働く海の男たちばかりだ。俺みたいに日焼けの薄く、中背の男は少ない。
「それで? これからどうするね、長」
アリオナさんが連れていったオーランから話を聞いたらしく、入れ替わりにクレイシーが港へとやってきた。
その問いには答えず、俺は周囲を見回してから、一番近くにある酒場に入った。軽い食事と蒸留水を注文したあと、クレイシーが声をかけてきた。
「……こんなところにいて、いいのか? 奴らの船を見張るんだろ。なら、もっと近くに行ったほうがいいんじゃないか」
「……とりあえず、ここで充分です。まだ、町の衛兵も来てないみたいだし」
答えてから、俺は《力》を使った。いつもの〈舌打ちソナー〉は、ここではなんの意味もない。音を操って、偽装船の中の人員と、めぼしい会話が拾えないか試すためだ。
開けた場所や視線の通る場所ならともかく、船の中という密閉空間の声が拾えるかは、正直に言って五分五分だ。
「ちょっと黙ってて下さいね。集中したいんで」
クレイシーにそう告げると、俺は《力》に集中した。
甲板には、見張りっぽい人影が五人分。船の中は仕切りが多くて、全体の把握が極めて困難だ。
会話も『暇だ』とか『故郷に戻ってゆっくりしたい』など、大した会話が聞こえてこない。もう少し近づかないと、《力》も効果を発揮できないみたいだ。
だが、迂闊に近づくのは危険だ。どこまで俺のことを知っているのか不明だし、万が一かもしれないが、顔を覚えられたら拙いことになる。
もう少し集中して、か細い声まで拾わないと――。
船室の廊下――その音を拾っていると、老人のような声が聞こえてきた。
『ウータム様は、町で隊商を見つけられるだろうか?』
その声に、俺の背筋がピリッと引きつった。
声の感じから、偽装船の乗員の中でも位の高い人物のようだ。そして、そいつは町で目的の隊商――つまり、《カーターの隊商》を探している。
これは、ヤバイ。
ナーブルスさんとの約束も大事だが、隊商の安全が最優先事項だ。
声の主は、誰かと喋っているようだ。会話の内容をもっと聞こうとしたとき、オーランが慌てた声を出した。
「おい、大丈夫か!?」
「あ――?」
静かにしろって言ったのに……と顔を上げたとき、口元にかけて温かい液体で濡れていることに気付いた。
――鼻血だ。
会話の内容を聞くことに集中しすぎて、限界を超えたことに気付けなかった。
俺は手の甲で鼻血を拭うと、大きく息を吐いた。
「……大丈夫。少し落ちつけば……回復すると思うので」
「思うって……一体、なにがどうなったっていうんだ?」
クレイシーの質問に、俺は答えなかった。警護のために雇ってはいるが、逆に言えば、それだけの関係だ。金で裏切る可能性――性格的に低いとは思うが――がある以上、迂闊に教えるわけにはいかない。
俺は返答の代わりに、質問を投げた。
「クレイシーさんは、チャーンチって聞いたことありますか?」
「いや? 聞いたことはねぇな。傭兵って言っても、この周辺でしか働いてなかったからな。海の向こうは、営業範囲外だ。なんで、そんなことを訊くんだよ」
「奴らの何人かが、隊商を調べに行ったらしいんです。うちの隊商を調べられたら、ヤバイかもしれません。なので奴らが対象を調べる手の内とか、知ってないかと思って」
「おい、何気にヤバイこと言ってないか?」
クレイシーが慌てた様子で、僅かに腰を浮かせた。二手に分かれるのも手だが……直感的に、戦力を分けるのは悪手だと感じていた。
とにかく今は、隊商の無事を確かめたい。
俺は〈舌打ちソナー〉で、港周辺の状況を調べてみた。その数秒後に、数人の兵士と思しき者たちが、港に入って来る反応が返ってきた。
ナーブルスさんが派遣した、衛兵だと思う。
注文した品を手早く平らげると、俺は彼らと接触するべく酒場を出た。なんとか鼻血は止まったけど、鼻呼吸がし難い。
衛兵たちの動きを把握するため、〈舌打ちソナー〉を使っていると、二人組の通行人の背後へ、忍び足で近づく影があることに気付いた。
連続で〈舌打ちソナー〉を使って動向を探る中、影は二人組のうち、背の高いほうの背後を歩き始めていた。
戦力を分けたくないけど、ここは仕方が無い。
「クレイシーさんは、先に隊商に戻って下さい」
そう指示を出すと、俺は二人組のいる場所へと駆け出した。
茶色の髪をした青年と髭面の老人が、並んで歩いている。その後ろを歩く男は、傍目には二人の連れのように見えなくもない。
だけど、男の手は青年の腰袋へと伸びていた。男の手が腰袋を掴んだところで、俺はギリギリ、その腕を掴むことができた。
「物盗りなんか、やめておけ」
「なっ!?」
男が声をあげると、二人組は同時に振り返った。
男の手は、青年の腰袋を掴んだままだ。青年はその腰袋に気付くと、自分の腰へと目をやると、腰袋がないことを確かめたようだ。
「貴様、返せ!」
男の手から腰袋をひったくった青年は、腰の剣に手をかけた。
「貴様、物盗りなど――巫山戯た真似を」
「ひ――」
青年が長剣を抜きかけると、男――盗人は一目散に逃げ出した。
青年は盗人を追いかけたが、隣にいた老人がそれを制した。
「やめよ。追うだけ無駄だ」
「ですが――」
「今は、彼に礼を述べるのが優先だろう」
老人は青年を窘めたあと、俺に一礼をした。
「あなたのお陰で、助かりました。ありがとうございます」
「いえ……お気になさらず。盗みの被害を防げて、よかったです」
俺が老人に微笑んだとき、長剣を収めた青年が、深々と頭を下げてきた。
「御礼が遅くなってしまいました。あなたのお陰で、大事なものを盗まれずに済みました。是非、御礼がしたいのですが……我々の船にいらして下さい。ささやかですが、御食事を御馳走致します」
異国訛りはあるけど、やけに丁寧な人だな。あれくらいのことで、そこまで感謝することないのに。
この二人は、どこかの船の船員――いや、もしかしたら管理職にあたる人かもしれない。服や身体から潮の香りがするけど、船員というには品がいい。
そんな身分の人からのお誘いなら、断ると逆に失礼かもしれないが……今は、ほかにやるべきことがある。
俺は申し訳なさを感じつつ、青年に首を振ってみせた。
「お心遣いは、ありがたく思いますが……至急の用件もありまして。あまり、寄り道をしていられないのです。お気持ちだけ、有り難く受け取らせて下さい」
「そん――いえ、無理強いは良くありませんね。急ぎの用があるのに、わたくしの危機を救って頂いたとは。あなたのような人がいるなら、まだ世界も捨てたものではありませんね」
「そんな、大袈裟ですよ」
俺は苦笑してから、二人組に頭を下げた。
それから元の場所に戻ろうと、小走りに駆け出した。今はとにかく、時間が惜しい。人波を縫うように走っていると、クレイシーが追いついてきた。
「ったく、いきなり明後日ほうへ走るんじゃねーよ」
「先に隊商へ行ってって、言ったじゃないですか」
「なんの説明もなしに、そんな指示を出されたって、素直に応じられるわけねぇだろ」
……まあ、言われてみればその通りだ。
だかたといって、説明はしない。俺はクレイシーを促しながら、衛兵のいる場所へと早足に向かった。
偽装船へと戻る途中、ウータムはヴェムに笑顔を見せた。
「今日は善き人に出会えたな。あのような人材なら、チャーンチが治める地となったあとでも、重用されるだろう」
「かもしれぬが……果てして何者だったのやら、だな。船乗りとも思えぬし、だからといって傭兵とも違う」
「誰でもいじゃないか。剣士にしては、腰に長剣は差していない。どこかの商人が召し抱えている、腕の立つ使用人かもしれないな。さて……我らは目的の隊商を探さねばならんわけだが。この町の周辺に、兵を放つか」
「そうだな。皆殺しの命を受けている以上、無視はできぬ」
ヴェムの意見に頷きながら、ウータムは段取りを練り始めていた。
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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
先日、『屑スキルが覚醒したら追放されたので、手伝い屋を営みながら、のんびりしてたのに~なんか色々たいへんです』も完結しましたので、とりあえず年内は、こちらの作品を週2でアップ……できると思います。とはいえ、職場の状況にもよりますが。
が、がんばりマス(滝汗
新作の設定やプロットも考え始めていますが、まだ悩み中です。新年が終わった時期にはアップしないな(願望)という気持ちでやってます。
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
次回もよろしくお願いします!
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よろしくお願いします!
(7/15追記
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三部の一章-6、ルビ修正しました。スイマセン
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