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弟四章『地下に煌めく悪意の星々』
二章-7
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ホウは港町だけあって、建物の大半は石材で作られている。俺とアリオナさんが、チャーンチの男を連れて入った屋敷も、白い石材で作られていた。
石壁に囲われた二階建ての屋敷は、風通しの良い区画があるのが特徴だ。夏場は海風を生かて涼み、冬は風通しの良い区画への通路を閉ざして暖を保つ。
そうした造りは、海辺に暮らし、ある程度の財を有した者の特権だ。
ナーブルス・リントンという五〇代の商人が、この屋敷の主だ。
「やあ、クラネス。久しぶりだな。隊商の売り上げはどうかね」
「お陰様で。この町での売り上げは、目を見張るばかりです」
「ほうほう。それは、お世辞でも嬉しいな。それだけ、ホウが豊かだという証明になるからな」
ナーブルスさんは、にこにこと笑いながら俺と握手した。
白髪混じりの癖ッ毛に、顔の半分は髭で覆われている。裕福層にしては太っていないが、それは今でも波止場での仕事を熟しているから……だと思う。
チュニックの袖から覗く腕は逞しく、全身が日焼けしている。
その力強い手を放してから、ナーブルスさんは俺とアリオナさんに座るよう促した。
応接間の調度類は、そこそこ高価――という程度だ。椅子もテーブルも、質素な造りだが、どれも質はよく、手入れも行き届いている。
俺たちにお茶を勧めてから、ナーブルスさんの目に真剣さが増した。
「それで? 至急の用件ということだが……内容を聞かせてくれ」
「はい。ただ、実は用件は二つありまして。至急というのは、その一つです。情報源は、そこにいる彼です」
俺が男に目を向けると、ナーブルスさんも視線を移した。
まだ縛られたまま、男は俺の横で立っていた。その男へ、ナーブルスさんは静かな口調で質問をした。
「君は、どこの誰かね?」
「わたしは、チャーンチに所属する、オーラン・ウーエイと申します」
「……チャーンチ? 聞いたことがないな。所属ということは、国名ではないのかね」
ナーブルスさんの問いに、男――オーランは小さく頷いた。
「はい。国というのであれば、ファレメアになるのでしょうが……出身はゴウシナンという国になるでしょう。ただ最近までは……流浪の身であったため、故郷というわけではありませんが」
「……なにやら、複雑だな。ただ、ファレメア国というのは……近年になって、王が替わったという噂は聞いているが。チャーンチは、その国の組織ということかね?」
「いいえ……いえ。現在では結果的にそうなりますが、元々は一族……いえ、一民族の名です。古代に栄えた魔術師を祖に持つ、流浪の民の総称です」
オーランの返答に、ナーブルスさんは唸るような声を発した。話が予想外の方向に向かったことで、思考の切り替えが上手くいってないんだと思う。
それは俺も同じで、魔術師うんぬんというのは先日に聞いてはいたが、この展開は予想していなかった。
ナーブルスさんは次の問いを告げるまで、数秒を要した。
「古代の魔術師とな? なぜ、そのような者たちが、流浪の民になったのかね」
「伝えられているところでは、他の民族が持ち込んだ……薬のせいだと。そのせいで堕落した先祖は魔術の技を廃れさせてしまい、国を追われることになった……と」
「それで、ファレメア国に定住を?」
「いえ。どういえばいいのでしょう。我らの考えでは、古の時代同様、魔術師……つまりチャーンチが世界の中心であるべきだと。そのために、すべての国家はチャーンチによって統治する必要があるのです。ですから、国の中枢に潜り込んだ同胞によって、王家や貴族を、その――」
「皆殺しにしたのか」
口籠もりかけたオーランに代わり、俺が結論を述べた。
躊躇いながらもオーランが頷くのを見て、ナーブルスさんは驚愕に目を見開いた。
「なんということだ……王家や貴族というが、幼子だっておっただろうに」
「その詳細は……申し訳ありませんが、詳細は知らされておりません。その当時、わたしは直接に関わっていませんでした」
「それで、本題なんですが」
チャーンチに関する情報は、ここまででいいだろう。これを踏まえて、急がなくてはならないことがある。
ナーブルスさんが振り返るのを待って、俺は口を開いた。
「港に、ファレメア国の船が来ているそうです」
「ああ……そういえば。商船が来ているとは聞いていたが……」
「オーランが言うには、偽装船らしいです。どうやら、彼らは……ファレメアの次に、ここラオンを狙っているようです」
ナーブルスさんは、俺の言葉に生唾を飲み込んだ。
「そ、それでは……彼らが、ここホウを襲うと?」
「表だって行動はしないでしょう。裏から搦め手で来ることは、否定できませんが。ですが、結果的に統治者などは皆殺しになる可能性は、低くないと思います。もっとも、首都のウータムへ工作員を派遣するために、寄港しただけかもしれません」
「……どちらにせよ、一大事だな」
ナーブルスさんは額に浮かんだ汗を拭うと、大きな溜息を吐いた。
「……わたしはどうすればいい?」
「一先ずは、衛兵を派遣して偽装船を監視。誰かが出てきたら、行き先を確認――というのが定石ですが。相手が魔術を使う以上、下手なことはしないほうがいいでしょう」
「そうだな……そうかもしれん」
ナーブルスさんは、大きく肩を揺らしながら立ち上がろうとした。
俺は片手を挙げてそれを制すと、二つ目の用件を告げた。
「ナーブルスさん、もう一つの用なんですが……うちの隊商にいる商人たちを、別の隊商に紹介して欲しいんです」
俺の頼みに、ナーブルスさんは怪訝な顔をした。
「それは……どうしてかね?」
「今回の件……ウータムにいる貴族へ報告をしたいんです。ですが、それは商人たちの商売にはなりませんから」
「なるほど。それも手配しよう。だが先に、衛兵に件の船を見張らせる。不穏な動きがあれば、すぐにでも制圧せねばならんだろうが……」
「魔術師相手に、強引な攻めは悪手です。商人たちを別の隊商に紹介してくれるまで、わたしも船を見張るお手伝いをしましょう。魔術師と戦ったこともありますから、少しはお役に立てるはずです」
「おお、それは頼もしいな。わかった。それでは手配をするあいだ、クラネスは衛兵たちと船を見張ってくれ」
「お任せ下さい」
俺が頭を下げると、ナーブルスさんはオーランを一瞥した。
「それで……彼はどうするね。衛兵に突き出すのか?」
「最初はそのつもりでしたが、今の状況だと、首都の貴族に会わせたほうがいいと考えます。わたしの証言だけでは、証拠として弱いですから」
「妥当な考えだな。彼が途中で裏切らないよう、気をつけねばならんだろうが」
「そこは……気をつけます」
俺が苦笑しながら返事をしたとき、オーランが口を開いた。
「あの……お二人に質問をしてよろしいでしょうか。チャーンチが全世界を導くというのは、あなたがたにとっては悪なのでしょうか?」
「ふむ……君は、どう感じているのかな? 我々の話を聞いて――思うところはあるかね」
ナーブルスさんは、ゆったりとした口調で問いかけた。
逆に質問が来るとは思っていなかったのか、オーランは戸惑った様子だった。
「正直……わかりません。あなたがたの意見を、すべて否定はできません。ですが、チャーンチとしての目的も、否定はできません」
オーランの曖昧ともとれる返答に、ナーブルスさんは僅かに肩を揺らした。
「チャーンチという民族の歴史は、先ほどの話で理解はしたが……それは、大昔のことなのだろう?」
「……恐らく。我々のあいだでは、数百年前……と言われています」
「だろうな。わたしの知りうる限り、チャーンチという民族に統治されていたという記録は残っていない。つまり、だ。それだけの期間、世界はチャーンチを必要としていなかったのだよ。そして今も、チャーンチという存在なしで、世界は動いている。善か悪かという、二元論ではない。ただチャーンチがなくとも、人々は日々を過ごしている。統治を強引に奪うために、一族を皆殺しにする行いは、見ていて悲しいと思わないかね」
オーランはナーブルスさんの意見を聞いて、項垂れるように俯いた。
そのまま数秒ほど黙っていたが、さっきよりも小さな声で言った。
「わかりません……ただ、これからの日々で、それを考えたいと思います」
「そうか。クラネス、彼を王都まで頼む」
微笑んでくるナーブルスさんに、俺は頷いた。
「ええ。首都で知り合いの貴族と話をすれば、また違った考えにもなるでしょう」
過去の、しかも自分のものではない栄光にしがみつき、他国の平穏を踏みにじる行為――その行為を誤りだと、チャーンチが理解する日は来るのだろうか?
オーランが、その指標になるか――それは、まだわからない。
俺は約束通り、商人たちの引取先が決まるまで偽装船を見張ることにした。オーランをアリオナさんに任せて、俺は港へと向かった。
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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
気弱そうなチャーンチの男、オーランの名前が始めて出た回です。クラネスが名前を聞かなかったのは、単に興味がなかっただけです。
ほとんど、ナーブルスの会話になってしまいました。チャーンチのことが気になり、質問をする――クラネスは、そのあたり興味すらない人なので、こればかりは仕方ないですね。
クラネスの行動基準は「殴ってきたら殴り返す」ですので。ここまで考えないから仕方が無い。
……書いている分には、困った人です。
少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
次回もよろしくお願いします!
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