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弟四章『地下に煌めく悪意の星々』
三章-3
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偽装船に戻ったウーエイは、端から見ても上機嫌だった。
だが船室に部下を集めたときには、表情を引き締めていた。偽装船を率いる立場である彼は、先ほどまでの気分を押し込め、チャーンチの部隊を率いる部隊長の顔となっていた。
「注目!」
ウーエイの号令で、六名の男たちが姿勢を正した。全員が腰に長剣を下げ、紺色のマントを羽織った彼らは、工作活動をするための人員である。
ウーエイは全員の顔を見回しながら、両手を背中で組んだ。
「諸君らに、任務を与える。とはいえ、当初から予定されていた、ウータムでの活動ではない。このホウで、我らチャーンチの障害となる者の発見、そして暗殺だ」
ウーエイは目を閉じると、暗記していた内容を伝え始めた。
「目的の隊商では、パンに肉やらを挟んだ料理を出す、屋台……のような店があるらしい。品物ではなく、こうした料理を出す隊商など珍しい。情報では、このホウへと向かっているようだが、先ほど調べた範囲では、まだ到着していないようだ。貴様たちはホウ、そしてその周辺を調べ、目標である隊商を見つけ出せ」
「はっ!」
男たちは一斉に、ウーエイへと敬礼した。
一列になって船室から出て行く男たちを見送る中、ヴェムが口を開いた。
「感心せぬな。彼らはウータムへ侵入させるための人員なのだろう?」
「しかし、王城にいるダナからの指示ならば、やるしかないじゃないか。チャーンチが全世界を統治するため、障害は排除すべきだ」
「それはそうだが」
ヴェムは肩を揺らしたが、それ以上はなにも言わなかった。
二人で甲板に出たとき、船員たちが慌てた様子で船縁に集まっていた。その中の一人が二人に気付くと、駆け足で近づいた。
「報告します! 派兵した密偵が、港の衛兵に囲まれております。長剣を預けるか、船から出るな……というようなことを言われているようで」
「なんだと!?」
ウーエイはヴェムと船縁に向かうと、下の様子を覗き込んだ。
部下たちが衛兵に取り囲まれ、「他国の兵は武器を所持したまま、国内を移動してはならん」と言われているのが見えた。
ウーエイは渋面で、ヴェムと顔を見合わせた。
「なぜ、我らのことが衛兵に悟られている?」
「わからん。傭兵とも思われていないとはな。情報が漏れているか……もしくは、奴らかもしれん」
「奴ら? 回りくどい言い方はよせ」
眉を顰めるウーエイに、ヴェムは真顔で告げた。
「例の隊商の長だ。ヤツが我らの存在に気付いて、町の衛兵に情報を渡したのかもしれん」
「馬鹿な! 見た目だけで、我らの船だと理解できるほど、すべてを見通せる目を持っているとでも言うのか!」
信じられないという顔をするウーエイに、ヴェムは静かに首を振った。
「わからん。だが、それを考えるのはあとだ。今は下の状況を打破せねばならん」
「それなら、わたしが降りて――」
「待て。おまえは行くな。ここで衛兵と戦えば、奴らの言うことを自ら証明することになる。ここは……」
「わたしの出番ですな」
黒いフード付きのローブに身を包んだ中年の男が、ウーエイやヴェムの前へと進み出た。歪な形状の杖を携えた、痩身の男だ。頬は痩け、目は精気に満ちているが、隈がある上に、大きく窪んでいる。
まるで生けるミイラのような外見に、一部の船員はそそくさと離れていった。
一方のウーエイは、僅かに表情を明るくした。
「おお、キンペイン導師。やってくれるのですか?」
「ええ……もちろんです。要するに、ことを荒立てずに、場を収めれば良いのでしょう?」
キンペインは杖を掲げると、呪文を唱え始めた。
独特な抑揚の詠唱が偽装船の周囲に響き渡ると、険しかった衛兵たちの表情が緩んでいく。目が虚ろになっていくのを見て、ウーエイの部下は静かに告げた。
「我らは、怪しくないだろう?」
「ああ……怪しくはない。どうして、そう思ったのか……」
衛兵たちがキンペインが唱えた呪文の影響下に入りつつある――その様子にウーエイが胸を撫で下ろしかけたとき、突如キンペインの詠唱が聞こえなくなった。
(どうした――)
そう問いかけたつもりだったが、当のウーエイも声が出ない。
なにごとだと問いかけようとして、ウーエイは口を閉ざした。なにかの影響で声が伝わらなくなっていると、察したからだ。
そして――キンペインの呪文が途絶えたことで、衛兵たちは我に返った。
「なんだ、なにが起きた――」
そう戸惑った直後、背後から声が聞こえてきた。
『奴らは、魔術を使って逃げようとしたんだ!』
その声で、衛兵たちは一斉に臨戦態勢を取った。
魔術を使ってくるということは、ある意味では敵対行為そのものだ。衛兵たちはウーエイの部下たちを取り囲みつつ、抜剣した。
(拙い――)
ウーエイが部下たちを救うために縄梯子を降りようとしたが、ヴェムに甲板へと押し倒された。
(なんだと――っ!?)
意味が分からずにヴェムを睨みかけたとき、甲板に火矢が突き刺さった。
どうやら後衛として待機していた衛兵たちが、火矢を放ち始めたようだ。ヴェムはウーエイを、強引に船室へと連れて行く。
「――ニヲ、するんだ……あ?」
「ここまでくれば、影響範囲外らしいな」
羊皮紙とペンを用意しかけたヴェムが、大きく肩を上下させた。それからウーエイを見上げると、躊躇いがちに口を開いた。
「船を出航させよ、ウーエイ。このままでは、船が燃え落ちる」
「待て! 下に降ろした部下たちは、どうやって船に乗せるつもりだ!?」
「……残念だが、諦めよ。このままでは、おまえも船諸共に海に沈む。それは、チャーンチにとっても大きな損失だ」
「巫山戯るな! 斥候に出た兵だって、戻ってないんだぞ!? 彼らも見捨てるというのか!!」
「そうだ」
ヴェムは挑むような態度で、短く答えた。
その返答に、最初は呆気に取られた顔をしたウーエイだったが、すぐに怒りを露わにした。
「そんなこと、できるわけがないだろう! 同胞たちを見捨てる道理など、あっていいはずがない!!」
「そうとも。おまえは正しい。だが指揮官ともなれば、部下の犠牲に感情を乱されてはならぬ」
「使命を果たすためには、それも重要だと?」
固い声で問うウーエイに、ヴェムは静かに首を振った。
「おまえや、ほかの部下たちが生き延びるために――だ。我らが壊滅さえしなければ、いずれは使命を果たすことができる。生き延びることが、我らにとっては最重要事項ということを忘れるな」
ヴェムの説得に、ウーエイは心が引き裂かれそうになった。
自分の命、部下の命――それらを天秤にかけるなど、考えたことがなかった。数秒の沈黙のあと、ウーエイはヴェムに告げた。
「……出航だ。港から、退避する」
「了解した。皆には、そう命令を出しておく」
ヴェムが船室から出て行くと、魂から吐き出すような慟哭が響き渡った。
*
偽装船が港からゆっくりと離れていくと、俺は《力》を解いた。
物陰に隠れながら港に近づいていた俺たちは、偽装船から降りた一団を取り囲む衛兵がちから、戦意が抜けてくことに気付いた。
微かに詠唱らしい声が聞こえていたから、きっと魔術の影響なんだろう――そう思ったと同時に、俺は《力》の効果を〈範囲型無音〉に切り替えた。
そして衛兵たちが元に戻ると、偽装船が魔術を使ったことを《力》で伝えたのだ。
俺は偽装船から降りた一団と乱闘している、衛兵へと駆け寄っている途中だ。援軍に駆けつけようとしていたんだけど、その乱闘の現場から紺色のマントを羽織った男が抜け出すのが見えた。
「どこへ行くつもりだ?」
「な――」
横から駆け込んできた俺の姿に、マントの男は驚いた顔をした。
男が長剣を振り上げる前に、俺は男の腹部に拳を叩き込んでいた。身体をくの字に曲げた男の耳の側で、俺は柏手を打つように掌同士を打ち付けた。
「ひっ――!?」
俺の《力》で増強された音が、男の鼓膜を揺さぶった。
耳を押さえながら蹲る男の腕を絞めると、俺は衛兵を呼びつけた。
「ったく。逃げるところでしたよ」
「助力には、感謝する。あとは、任せられよ」
衛兵に男を引き渡したとき、クレイシーとアリオナさんが追いついてきた。
「船は逃げちまったが……良かったのか?」
「良くはないですけどね。部下を見捨てる程度の冷酷さがあるとまで、考えていなかったので」
禍根を残す結果になってしまったが、《力》を全力で使うのは、俺個人だけなく、周囲への影響が強すぎる。
それに出しゃばりすぎると、チャーンチに俺の存在を報せる結果になる――かもしれない。そんな危険を冒すには、商人である俺には荷が重い。
あとは、国の兵士や騎士たちに任せよう。チャーンチたちは、すべて囚われたようだし。
そう考えると、俺はアリオナさんやクレイシーさんと隊商へ戻ることにした。
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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
なんか今回、本文を打ち込みながら「どっちが主人公だっけ」と思った次第。
戦闘経過としては、チャーンチ側が情報戦で負けただけなんですが。ちなみに船に火矢というのは、大砲が出るまでは常套手段ですね。
乗り込んでヒャッハーは、海賊船に多い、あくまでも個人的なイメージ。
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
次回もよろしくお願いします!
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