111 / 112
弟四章『地下に煌めく悪意の星々』
三章-3
しおりを挟む3
偽装船に戻ったウーエイは、端から見ても上機嫌だった。
だが船室に部下を集めたときには、表情を引き締めていた。偽装船を率いる立場である彼は、先ほどまでの気分を押し込め、チャーンチの部隊を率いる部隊長の顔となっていた。
「注目!」
ウーエイの号令で、六名の男たちが姿勢を正した。全員が腰に長剣を下げ、紺色のマントを羽織った彼らは、工作活動をするための人員である。
ウーエイは全員の顔を見回しながら、両手を背中で組んだ。
「諸君らに、任務を与える。とはいえ、当初から予定されていた、ウータムでの活動ではない。このホウで、我らチャーンチの障害となる者の発見、そして暗殺だ」
ウーエイは目を閉じると、暗記していた内容を伝え始めた。
「目的の隊商では、パンに肉やらを挟んだ料理を出す、屋台……のような店があるらしい。品物ではなく、こうした料理を出す隊商など珍しい。情報では、このホウへと向かっているようだが、先ほど調べた範囲では、まだ到着していないようだ。貴様たちはホウ、そしてその周辺を調べ、目標である隊商を見つけ出せ」
「はっ!」
男たちは一斉に、ウーエイへと敬礼した。
一列になって船室から出て行く男たちを見送る中、ヴェムが口を開いた。
「感心せぬな。彼らはウータムへ侵入させるための人員なのだろう?」
「しかし、王城にいるダナからの指示ならば、やるしかないじゃないか。チャーンチが全世界を統治するため、障害は排除すべきだ」
「それはそうだが」
ヴェムは肩を揺らしたが、それ以上はなにも言わなかった。
二人で甲板に出たとき、船員たちが慌てた様子で船縁に集まっていた。その中の一人が二人に気付くと、駆け足で近づいた。
「報告します! 派兵した密偵が、港の衛兵に囲まれております。長剣を預けるか、船から出るな……というようなことを言われているようで」
「なんだと!?」
ウーエイはヴェムと船縁に向かうと、下の様子を覗き込んだ。
部下たちが衛兵に取り囲まれ、「他国の兵は武器を所持したまま、国内を移動してはならん」と言われているのが見えた。
ウーエイは渋面で、ヴェムと顔を見合わせた。
「なぜ、我らのことが衛兵に悟られている?」
「わからん。傭兵とも思われていないとはな。情報が漏れているか……もしくは、奴らかもしれん」
「奴ら? 回りくどい言い方はよせ」
眉を顰めるウーエイに、ヴェムは真顔で告げた。
「例の隊商の長だ。ヤツが我らの存在に気付いて、町の衛兵に情報を渡したのかもしれん」
「馬鹿な! 見た目だけで、我らの船だと理解できるほど、すべてを見通せる目を持っているとでも言うのか!」
信じられないという顔をするウーエイに、ヴェムは静かに首を振った。
「わからん。だが、それを考えるのはあとだ。今は下の状況を打破せねばならん」
「それなら、わたしが降りて――」
「待て。おまえは行くな。ここで衛兵と戦えば、奴らの言うことを自ら証明することになる。ここは……」
「わたしの出番ですな」
黒いフード付きのローブに身を包んだ中年の男が、ウーエイやヴェムの前へと進み出た。歪な形状の杖を携えた、痩身の男だ。頬は痩け、目は精気に満ちているが、隈がある上に、大きく窪んでいる。
まるで生けるミイラのような外見に、一部の船員はそそくさと離れていった。
一方のウーエイは、僅かに表情を明るくした。
「おお、キンペイン導師。やってくれるのですか?」
「ええ……もちろんです。要するに、ことを荒立てずに、場を収めれば良いのでしょう?」
キンペインは杖を掲げると、呪文を唱え始めた。
独特な抑揚の詠唱が偽装船の周囲に響き渡ると、険しかった衛兵たちの表情が緩んでいく。目が虚ろになっていくのを見て、ウーエイの部下は静かに告げた。
「我らは、怪しくないだろう?」
「ああ……怪しくはない。どうして、そう思ったのか……」
衛兵たちがキンペインが唱えた呪文の影響下に入りつつある――その様子にウーエイが胸を撫で下ろしかけたとき、突如キンペインの詠唱が聞こえなくなった。
(どうした――)
そう問いかけたつもりだったが、当のウーエイも声が出ない。
なにごとだと問いかけようとして、ウーエイは口を閉ざした。なにかの影響で声が伝わらなくなっていると、察したからだ。
そして――キンペインの呪文が途絶えたことで、衛兵たちは我に返った。
「なんだ、なにが起きた――」
そう戸惑った直後、背後から声が聞こえてきた。
『奴らは、魔術を使って逃げようとしたんだ!』
その声で、衛兵たちは一斉に臨戦態勢を取った。
魔術を使ってくるということは、ある意味では敵対行為そのものだ。衛兵たちはウーエイの部下たちを取り囲みつつ、抜剣した。
(拙い――)
ウーエイが部下たちを救うために縄梯子を降りようとしたが、ヴェムに甲板へと押し倒された。
(なんだと――っ!?)
意味が分からずにヴェムを睨みかけたとき、甲板に火矢が突き刺さった。
どうやら後衛として待機していた衛兵たちが、火矢を放ち始めたようだ。ヴェムはウーエイを、強引に船室へと連れて行く。
「――ニヲ、するんだ……あ?」
「ここまでくれば、影響範囲外らしいな」
羊皮紙とペンを用意しかけたヴェムが、大きく肩を上下させた。それからウーエイを見上げると、躊躇いがちに口を開いた。
「船を出航させよ、ウーエイ。このままでは、船が燃え落ちる」
「待て! 下に降ろした部下たちは、どうやって船に乗せるつもりだ!?」
「……残念だが、諦めよ。このままでは、おまえも船諸共に海に沈む。それは、チャーンチにとっても大きな損失だ」
「巫山戯るな! 斥候に出た兵だって、戻ってないんだぞ!? 彼らも見捨てるというのか!!」
「そうだ」
ヴェムは挑むような態度で、短く答えた。
その返答に、最初は呆気に取られた顔をしたウーエイだったが、すぐに怒りを露わにした。
「そんなこと、できるわけがないだろう! 同胞たちを見捨てる道理など、あっていいはずがない!!」
「そうとも。おまえは正しい。だが指揮官ともなれば、部下の犠牲に感情を乱されてはならぬ」
「使命を果たすためには、それも重要だと?」
固い声で問うウーエイに、ヴェムは静かに首を振った。
「おまえや、ほかの部下たちが生き延びるために――だ。我らが壊滅さえしなければ、いずれは使命を果たすことができる。生き延びることが、我らにとっては最重要事項ということを忘れるな」
ヴェムの説得に、ウーエイは心が引き裂かれそうになった。
自分の命、部下の命――それらを天秤にかけるなど、考えたことがなかった。数秒の沈黙のあと、ウーエイはヴェムに告げた。
「……出航だ。港から、退避する」
「了解した。皆には、そう命令を出しておく」
ヴェムが船室から出て行くと、魂から吐き出すような慟哭が響き渡った。
*
偽装船が港からゆっくりと離れていくと、俺は《力》を解いた。
物陰に隠れながら港に近づいていた俺たちは、偽装船から降りた一団を取り囲む衛兵がちから、戦意が抜けてくことに気付いた。
微かに詠唱らしい声が聞こえていたから、きっと魔術の影響なんだろう――そう思ったと同時に、俺は《力》の効果を〈範囲型無音〉に切り替えた。
そして衛兵たちが元に戻ると、偽装船が魔術を使ったことを《力》で伝えたのだ。
俺は偽装船から降りた一団と乱闘している、衛兵へと駆け寄っている途中だ。援軍に駆けつけようとしていたんだけど、その乱闘の現場から紺色のマントを羽織った男が抜け出すのが見えた。
「どこへ行くつもりだ?」
「な――」
横から駆け込んできた俺の姿に、マントの男は驚いた顔をした。
男が長剣を振り上げる前に、俺は男の腹部に拳を叩き込んでいた。身体をくの字に曲げた男の耳の側で、俺は柏手を打つように掌同士を打ち付けた。
「ひっ――!?」
俺の《力》で増強された音が、男の鼓膜を揺さぶった。
耳を押さえながら蹲る男の腕を絞めると、俺は衛兵を呼びつけた。
「ったく。逃げるところでしたよ」
「助力には、感謝する。あとは、任せられよ」
衛兵に男を引き渡したとき、クレイシーとアリオナさんが追いついてきた。
「船は逃げちまったが……良かったのか?」
「良くはないですけどね。部下を見捨てる程度の冷酷さがあるとまで、考えていなかったので」
禍根を残す結果になってしまったが、《力》を全力で使うのは、俺個人だけなく、周囲への影響が強すぎる。
それに出しゃばりすぎると、チャーンチに俺の存在を報せる結果になる――かもしれない。そんな危険を冒すには、商人である俺には荷が重い。
あとは、国の兵士や騎士たちに任せよう。チャーンチたちは、すべて囚われたようだし。
そう考えると、俺はアリオナさんやクレイシーさんと隊商へ戻ることにした。
---------------------------------------------------------------------------------
本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
なんか今回、本文を打ち込みながら「どっちが主人公だっけ」と思った次第。
戦闘経過としては、チャーンチ側が情報戦で負けただけなんですが。ちなみに船に火矢というのは、大砲が出るまでは常套手段ですね。
乗り込んでヒャッハーは、海賊船に多い、あくまでも個人的なイメージ。
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
次回もよろしくお願いします!
1
あなたにおすすめの小説
前世で薬漬けだったおっさん、エルフに転生して自由を得る
がい
ファンタジー
ある日突然世界的に流行した病気。
その治療薬『メシア』の副作用により薬漬けになってしまった森野宏人(35)は、療養として母方の祖父の家で暮らしいた。
爺ちゃんと山に狩りの手伝いに行く事が楽しみになった宏人だったが、田舎のコミュニティは狭く、宏人の良くない噂が広まってしまった。
爺ちゃんとの狩りに行けなくなった宏人は、勢いでピルケースに入っているメシアを全て口に放り込み、そのまま意識を失ってしまう。
『私の名前は女神メシア。貴方には二つ選択肢がございます。』
人として輪廻の輪に戻るか、別の世界に行くか悩む宏人だったが、女神様にエルフになれると言われ、新たな人生、いや、エルフ生を楽しむ事を決める宏人。
『せっかくエルフになれたんだ!自由に冒険や旅を楽しむぞ!』
諸事情により不定期更新になります。
完結まで頑張る!
出来損ない貴族の三男は、謎スキル【サブスク】で世界最強へと成り上がる〜今日も僕は、無能を演じながら能力を徴収する〜
シマセイ
ファンタジー
実力至上主義の貴族家に転生したものの、何の才能も持たない三男のルキウスは、「出来損ない」として優秀な兄たちから虐げられる日々を送っていた。
起死回生を願った五歳の「スキルの儀」で彼が授かったのは、【サブスクリプション】という誰も聞いたことのない謎のスキル。
その結果、彼の立場はさらに悪化。完全な「クズ」の烙印を押され、家族から存在しない者として扱われるようになってしまう。
絶望の淵で彼に寄り添うのは、心優しき専属メイドただ一人。
役立たずと蔑まれたこの謎のスキルが、やがて少年の運命を、そして世界を静かに揺るがしていくことを、まだ誰も知らない。
暗殺者から始まる異世界満喫生活
暇人太一
ファンタジー
異世界に転生したが、欲に目がくらんだ伯爵により嬰児取り違え計画に巻き込まれることに。
流されるままに極貧幽閉生活を過ごし、気づけば暗殺者として優秀な功績を上げていた。
しかし、暗殺者生活は急な終りを迎える。
同僚たちの裏切りによって自分が殺されるはめに。
ところが捨てる神あれば拾う神ありと言うかのように、森で助けてくれた男性の家に迎えられた。
新たな生活は異世界を満喫したい。
異世界転移からふざけた事情により転生へ。日本の常識は意外と非常識。
久遠 れんり
ファンタジー
普段の、何気ない日常。
事故は、予想外に起こる。
そして、異世界転移? 転生も。
気がつけば、見たことのない森。
「おーい」
と呼べば、「グギャ」とゴブリンが答える。
その時どう行動するのか。
また、その先は……。
初期は、サバイバル。
その後人里発見と、自身の立ち位置。生活基盤を確保。
有名になって、王都へ。
日本人の常識で突き進む。
そんな感じで、進みます。
ただ主人公は、ちょっと凝り性で、行きすぎる感じの日本人。そんな傾向が少しある。
異世界側では、少し非常識かもしれない。
面白がってつけた能力、超振動が意外と無敵だったりする。
【一時完結】スキル調味料は最強⁉︎ 外れスキルと笑われた少年は、スキル調味料で無双します‼︎
アノマロカリス
ファンタジー
調味料…それは、料理の味付けに使う為のスパイスである。
この世界では、10歳の子供達には神殿に行き…神託の儀を受ける義務がある。
ただし、特別な理由があれば、断る事も出来る。
少年テッドが神託の儀を受けると、神から与えられたスキルは【調味料】だった。
更にどんなに料理の練習をしても上達しないという追加の神託も授かったのだ。
そんな話を聞いた周りの子供達からは大爆笑され…一緒に付き添っていた大人達も一緒に笑っていた。
少年テッドには、両親を亡くしていて妹達の面倒を見なければならない。
どんな仕事に着きたくて、頭を下げて頼んでいるのに「調味料には必要ない!」と言って断られる始末。
少年テッドの最後に取った行動は、冒険者になる事だった。
冒険者になってから、薬草採取の仕事をこなしていってったある時、魔物に襲われて咄嗟に調味料を魔物に放った。
すると、意外な効果があり…その後テッドはスキル調味料の可能性に気付く…
果たして、その可能性とは⁉
HOTランキングは、最高は2位でした。
皆様、ありがとうございます.°(ಗдಗ。)°.
でも、欲を言えば、1位になりたかった(⌒-⌒; )
大学生活を謳歌しようとしたら、女神の勝手で異世界に転送させられたので、復讐したいと思います
町島航太
ファンタジー
2022年2月20日。日本に住む善良な青年である泉幸助は大学合格と同時期に末期癌だという事が判明し、短い人生に幕を下ろした。死後、愛の女神アモーラに見初められた幸助は魔族と人間が争っている魔法の世界へと転生させられる事になる。命令が嫌いな幸助は使命そっちのけで魔法の世界を生きていたが、ひょんな事から自分の死因である末期癌はアモーラによるものであり、魔族討伐はアモーラの私情だという事が判明。自ら手を下すのは面倒だからという理由で夢のキャンパスライフを失った幸助はアモーラへの復讐を誓うのだった。
屑スキルが覚醒したら追放されたので、手伝い屋を営みながら、のんびりしてたのに~なんか色々たいへんです(完結)
わたなべ ゆたか
ファンタジー
タムール大陸の南よりにあるインムナーマ王国。王都タイミョンの軍事訓練場で、ランド・コールは軍に入るための最終試験に挑む。対戦相手は、《ダブルスキル》の異名を持つゴガルン。
対するランドの持つ《スキル》は、左手から棘が一本出るだけのもの。
剣技だけならゴガルン以上を自負するランドだったが、ゴガルンの《スキル》である〈筋力増強〉と〈遠当て〉に翻弄されてしまう。敗北する寸前にランドの《スキル》が真の力を発揮し、ゴガルンに勝つことができた。だが、それが原因で、ランドは王都を追い出されてしまった。移住した村で、〝手伝い屋〟として、のんびりとした生活を送っていた。だが、村に来た領地の騎士団に所属する騎馬が、ランドの生活が一変する切っ掛けとなる――。チート系スキル持ちの主人公のファンタジーです。楽しんで頂けたら、幸いです。
よろしくお願いします!
(7/15追記
一晩でお気に入りが一気に増えておりました。24Hポイントが2683! ありがとうございます!
(9/9追記
三部の一章-6、ルビ修正しました。スイマセン
(11/13追記 一章-7 神様の名前修正しました。
追記 異能(イレギュラー)タグを追加しました。これで検索しやすくなるかな……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる