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弟四章『地下に煌めく悪意の星々』
三章-4
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俺たちが隊商に戻ると、フレディが駆け寄ってきた。
あとからオーランもやってきたけど、フレディはそれに構わず、俺に安堵した顔を向けてきた。
「若――ご無事で」
「もちろん? あくまで見張りが仕事だったからね。正面切って戦ってないから、怪我のしようもないよ」
「それで、偽装船は?」
「……逃げたよ。港に降りていた数人を見捨てて……ね」
俺の返答を聞いていたオーランが、顔を青くした。口元を震わせながら、非難するような目で俺に告げた。
「な、なんてことを……船を襲ったんですか?」
「まさか。奴らが帯剣をしたまま港に降りてきたのが悪いんだよ。衛兵に詰め寄られて、指示に従わなかったから……そこで諍いになったんだ。そこまでは、誰も剣を抜いていなかったのに……偽装船の魔術師らしいヤツが、魔術を使ったんだ」
「魔術……まさか、それが切っ掛けで」
「ああ。斬り合いになった。衛兵から火矢が飛んだ直後に、偽装船は港から離れたんだ」
「ああ、なんてことだ」
項垂れたオーランの背中を軽く叩きながら、俺は小さく肩を竦めた。
「別に、おまえの情報が原因ってわけじゃない。帯剣をした集団が出てくれば、衛兵たちだって怪しむさ。それに、魔術を使ったのも拙かった。あれさえなければ、戦いにはならなかったはずだ」
「それは……そうですが。でも、まさかこんなことになるなんて」
オーランは、力なく首を振った。
落ち込んでいるようだが、俺は慰める気にはならなかった。その代わり、状況証拠を元にした推測を告げた。
「後ろめたいことがなければ、そこで衛兵に逆らわないはずだ。逆らったってことは、恐らくだけど、俺たちの隊商を探し出して――」
「暗殺をしようとしてた、と。その可能性は、否定できませんが……」
「ということだ。オーランの情報の有無に関わらず、結果は同じだよ」
もっとも、オーランの情報で偽装船の警戒はしてい状況の下で起きたことだ。それに魔術については、俺が阻害し、情報を伝達したわけで。
オーランからの情報が、大きく関わっているのは間違いが無い。ただ、ここでそれを肯定しても、ややこしくなるだけだ。
オーランには、なるべく発言の責任を自覚させないほうがいい。
まだ落ち込んでいる様子のオーランはフレディに任せて、俺はアリオナやクレイシーと、ユタさんのいる馬車へと向かった。
商売の状況などを聞いている途中で、中年の紳士がやってきた。
品の良い礼服……執事が着ていそうな服だ。線の細い印象の紳士は、俺を見ると恭しく一礼をした。
「クラネス・カーター様とお見受けいたします。わたくしはナーブルス様にお仕えする者でございます」
「あ、これは御丁寧に。わたくしが、クラネス・カーターです。それで、どのような御用件でしょうか?」
「はい。現在、《カーターの隊商》が率いておられる商人たちの、お引き受け先が決まりましたので、その御連絡でございます。もしよろしければ、わたくしが次の隊商がいる場所まで、御案内いたします」
……ついに、来たのか。
俺から頼んだことではあるが、いざその刻がくると、安堵よりも辛さが表に出てしまう。
これで最悪、数ヶ月以上は商人として活動ができなくなる……かもしれない。隊商の長で無くなることなんかより、そっちのほうが辛い。
俺は静かに、深い呼吸を数度繰り返してから、紳士に微笑んだ。
「少しだけ、待って下さい。今、隊商の皆にこの旨を伝えて参ります。それからすぐに、案内をお願いしたいのですが……お時間はよろしいでしょうか?」
「はい。主からも、クラネス様の指示で動いて構わぬと仰せつかっております。クラネス様のご都合で、構いません」
「……ありがとうございます」
俺は紳士に一礼をしてから、隊商にいる商人たちへ、順に声をかけていった。
ミロス公爵の一件で、参加していた商人は三割ほど減っていたけれど。それでも七名ほどが残ってくれていた。
彼らに預かっていた売り上げのすべてを渡しながら、俺は一人一人に礼と謝罪を述べていった。
完全に、俺の都合で別の隊商へと移って貰うんだ。隊商としての取り分も、貰うことはできない。そして護衛兵たちには、報酬の全額を渡す。
彼らも商人たちと一緒に、別の隊商に移ることになっていた。
旅をするには身軽になった――と言えなくもないが、それでもやはり、寂しさを覚えてしまう。
アリオナさんは……正直に言って迷った。商人の誰かに託そうとも考えたけど、アリオナさんは頑として首を縦に振らなかった。
「あたしは、クラネスくんと一緒に行くから」
……なんて言われたら、これ以上の説得は無理だ。でもこれは、説得が不可能という意味ではない。
俺が照れてしまって、説得を続けることができなくなった――という意味である。誰がなんと言おうと、ここだけはヘタレてしまう。
そんなわけで、商人たちをナーブルスさんが探してくれた隊商に引き渡すと、俺は厨房馬車の御者台にアリオナさんを乗せた。
それから、俺は背後にいる馬車へと振り返った。
なにを言おうか……と悩んでいると、向こうから声をかけてきた。
「長さん、どうかなされましたか?」
呑気に訊いてくるエリーさんに、俺は溜息交じりに訊き返した。
「……なんで、残ったんです?」
ナーブルスさんが探してくれた隊商に行って下さい――その予定は伝えてあったし、先ほどの紳士に付いて行くよう言ったのに……何故か、エリーさんは俺の隊し……いや、厨房馬車から離れなかった。
疑問符だらけの俺の問いに、エリーさんはたおやかに微笑んだ。
「あら。わたくしの魔術は、きっと役に立ちますわ。それに、エルサ姫様は知らない仲ではありませんもの。姫様をお救いするのに、理由などありあせん」
「そりゃまあ……そうなのかもしれませんけど。でも、わざわざ危険の中に飛び込む必要はないでしょう?」
「そうですね。ですがチャーンチに狙われているのなら、どこにいても一緒です。なら、少しでも……その、安心できるところに居たいですわ」
「……いや、俺と一緒に居たって、安心できるとは限りませんけど」
そこまで、俺の《力》を認めてくれているんだろうか? 万能な能力ではないから、あまり過信をしないで欲しいところだ。
俺は「わかりました」とエリーさんに答えてから、もう一人に目を移した。
エリーさんの馬車の隣に、騎馬に跨がったクレイシーがいた。彼も、何故か次の隊商に移らなかった。
俺のところに居たって、それほど稼げないのに……そんな疑念混じりの視線に気付いたのか、クレイシーは不敵な笑みを浮かべた。
「なんだよ、俺にも同じ質問かい?」
「そりゃまあ……ここにいても、今まで通り稼げないと思いますし」
「まあ、今のままなら……な。だが、長――っと、クラネスはミロス公爵に情報を伝えに行くんだろ? そして恐らく、王城に巣くうチャーンチの討伐にも手を貸すとみてる」
クレイシーは人差し指を立てながら、俺に片目を瞑ってみせた。
「つまり、貴族に顔を覚えて貰えるかもしれねぇんだ。そこから、稼げる仕事を貰えるかもしれねぇだろ。つまりあれだ。損して得取れってやつだ」
なんか、前世の世界にも同じ言葉があった気がするけど……まあ、そういう皮算用があるなら、それでもいいか。
俺が所持しているもう一台の馬車には、ユタさんがいる。その隣にいるのは、騎馬に跨がったフレディだ。オーランは、ユタさんの馬車で大人しくしている。なにかあれば、すぐにフレディが飛び込むことになっている。
オーランはともかく、ユタさんとフレディの二人は、爺さんからの紹介だから――という理由で残ってくれた。まあ、この二人がいてくれると、なにかと助かることが多いから、素直に助かるんだけど。
俺は厨房馬車の御者台に乗ると、手綱を手にした。
「出発!」
隊商のときと同じ言い方で、俺はみんなに号令を出した。
昼下がりの中、三台の馬車と二頭の騎馬はゆっくりと、港町であるホウを出た。
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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
さて、隊商が解散となりました。商売よりも国の危機……という感じですね。商売の基盤となった体勢が崩れるのは、商売するにも辛いですし。
それ以外にも、知り合ったミロス公爵やクラネスの祖父母などが被害に遭う可能性がある……となれば、チャーンチ対策が優先。
まあ、タイトル的にも隊商じゃなくても問題はないので……(汗
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
次回もよろしくお願いします!
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