122 / 123
弟四章『地下に煌めく悪意の星々』
四章-7
しおりを挟む7
森の中を、二つの影が進んでいた。
王城を脱出した、ダナと侍女だった女だ。追っ手の存在を気にしながら、街道から離れた森の中を、今は慎重に歩いていた。
星座の魔術が破られた理由、原因――それらの疑問が頭の中で渦を巻いていたが、二人とも口には出さなかった。
もし疑問を口にしたら、疲労と焦りから口論に発展しかねない。それを理解しているから、ダナたちは無言で森の中を進んでいた。
城を出てから、数時間――二人が高台に上がったとき、前から馬蹄の音が聞こえてきた。
「隠れましょう」
侍女の意見に、ダナは従った。
木の陰に隠れていると、茶色の毛並みを持つ馬がやってきた。馬上にいるのは、短く切り揃えた茶色の髪の青年だ。
ダナは木の陰から顔を出すと、擦れた声で青年に問いかけた。
「ウーエイ?」
「おまえは……王城に潜入していたはずだ」
下馬をしたウーエイが、ダナと侍女に駆け寄った。
「なにがあった?」
「わからない。星座の魔術が、効果を失ってしまった。そのせいで、わたしたちは……工作活動をしていたことが露見してしまった」
「それで、脱出したのか。よく無事で……それで、ほかの者たちは?」
「わからない。無事だといいんだが」
ダナが首を振ると、ウーエイは彼女の肩に手を添えた。
「わかった。我らは今、ラオン国の隠れ里に滞在している。ウータムへ向かったらしい隊商の行方を探しているが……今は、おまえたちの保護が優先だな」
ウーエイはダナたちに、手招きをしてみせた。
「船に戻ったら、詳しい話を聞かせてくれ。馬は一頭しかいないから、すまないが交互に乗ってくれ」
ウーエイに促されるままに、ダナと侍女は隠れ里へと向かった。
*
フレディと騎士の騎馬を先頭に、俺たちは森の中を進んでいた。俺たちの馬車を囲むように、騎馬に跨がった数人の兵士らが併走している。
目指すは前に、ユタさんに案内された隠れ里だ。
俺は〈舌打ちソナー〉で周囲を警戒していたが、先に隠れ里の門の反応が返ってきた。
「フレディ、そろそろ隠れ里だ!」
「承知――騎士殿、油断されぬよう」
「わかっている」
片手で長剣を抜くと、騎士は少しだけ馬の速度を上げた。
町の門の側にいた男が、驚いた顔で立ち上がるのが見えた。慌てて中に駆け込もうとした男に、俺は《力》を放った。
男が頭を押さえながら蹲る横を、騎士とフレディの騎馬が通り過ぎた。
少し遅れて町に入ると、密偵らしい男たちを含めた男たちが、驚いた顔をしていた。先頭を征く騎士が、高らかに告げた。
「我らはラオン国国王の命により、逃げた賊がいないか調べさせてもらう!」
「あの、騎士様。ここに賊など来ておりませんが」
「それは、我らで判断をする。女二人――もしくは、その仲間だ。隠し立てするようなら、ただではおかぬ」
騎士の指示で、兵士たちが家々を調べ始めた。俺は馬車から降りると、〈舌打ちソナー〉で周囲の様子を確かめた。
殆どの者は騎士や兵士の動向を、不安げにしろ静かに見守っている。そんな中で、海の方角へと進む五人の人影があった。二人は剣士、一人は無手の男。
そして二人は、女のようだった。
「フレディ、騎士様がた! 海の方角へ!!」
俺の一声で、フレディと騎士たちが動いた。
海の方角へと向かう五人を、騎馬に跨がった者が追いかけた。彼らに遅れて駆け出した俺のあとを、アリオナさんが付いて来た。
俺が追いついたとき、フレディと騎士の騎馬が、港へ向かう者たちの前に廻り込んだところだった。遅れて兵士たちが、五人を取り囲む。
五人を見回した騎士が、「やはりいたか、ダナ!」と声を荒げた。捕らえろ――という騎士の指示に、兵士たちが包囲の輪を縮めた。
そんな中、中年の男が杖を構えた。
こいつもチャーンチなら――魔術師か!
その可能性に思い立った俺は、即座に《力》を放ち、ヤツの周囲の音を消した。
「――っ!?」
自分の声が消えたことで、中年の男の顔が驚愕の色で染まった。
「キンペイン導師!? 声が消された? くそ――ダナたちは、船に逃げてろ!」
「ウーエイ、でも――」
「わたしたちは、あとで追いつく。早く行け!」
ウーエイと呼ばれた青年は素早く抜剣すると、迫る兵士の一角を崩した。
その崩れた隙間を、ダナと侍女らしい女が駆け抜ける。
「待て――くっ!」
馬首を巡らそうとした騎士に、背の低い剣士が抜剣した直後に斬りかかる。その一撃を馬上から受け流した騎士は、逃げるダナたちを気にしながらも、目の前の剣士から目を逸らさない。
今の一太刀で、目の前の剣士が油断ならぬ相手だと察したようだ。
その後ろでは、ウーエイの手で兵士たちが打ち倒されていく。俺は抜剣すると、ウーエイに向けて駆け出した。
「フレディ――逃げた二人を!」
俺の声に気付いたのか、ウーエイが振り返った。互いに同時に振られた剣がかち合った直後、ウーエイの目が見開かれた。
「おまえ――はっ!?」
ああ……確か、ホウの港で盗人に革袋を盗まれたヤツか。あいつが……こいつがウーエイか。普通なら少しは驚いたり、戸惑ったりするところだろう。だが今の俺は、そんな感情なんか微塵も湧いていない。
敵であるチャーンチに対して、かける情というものなんか失っている。敵となった以上、完膚なきまでに打ち倒すまでだ。
「おまえ、兵士だったのか!?」
的外れなことを問われたが、返答するつもりも、義務もない。相手の剣を弾くと、俺はすかさず二撃目を打ち込んだ。
それにも対応したウーエイは、俺の剣を受け流そうとした――だが、俺だって無策で打ち込んでいない。
剣を振りきる勢いを無理矢理殺し、流される寸前の切っ先の進路を強引に変えた。
身体を大きく反らすように捻りつつ、腕を斜めに振り上げた。切っ先がウーエイの頬を弾く。
強引にやり過ぎて、刀身の刃でなく腹が当たってしまった。頬に浅い傷をつけただけに終わってしまった。
「クラネスくん、無事!?」
遅れてやってきたアリオナさんに、応じる余裕はない。
舌打ちしながら間合いを広げると、中年剣士がウーエイと背中合わせになった。
「ウーエイ。ここは退くぞ。キンペイン導師も、いいですな」
「しかし――どうやって」
「任せろ。ウーエイは騎士の相手を頼む」
剣士の言葉を切っ掛けに、二人は相手を切り替えた。
ウーエイは騎士に、そして剣士は俺に迫ってきた。剣士が繰り出す素早い連撃に、俺は防戦一方になった。
ただ、素早いだけで一撃の威力はない。それに動きも読みやすいから、後ろに下がりながらなら、防ぐのも容易い。
大振りの一撃を、俺は余裕で受け流した。後ろに跳んだ俺が着地をした瞬間、剣士が素早く横に動いた。
「きゃっ!?」
アリオナさんを背後から羽交い締めにした剣士は、右手の長剣を顔に寄せた。
「動くな――我らが逃げるまで、全員動くなよ。下手に動けば、この娘の命はない」
剣士は俺たちを脅しながら、ウーエイたちを振り返った。
「ウーエイ、早く行け!」
「ヴェム――わかった。すぐに追いついてこい!」
ウーエイが魔術師を連れて走り去ろうとしたとき、「やあぁぁぁっ!!」というアリオナさんの気合いが籠もった叫び声が響いた。
アリオナさんの両腕が、ヴェムという剣士の腕を呆気なく押し広げた。そして剣を持つ右腕を両手で掴むと、そのまま無造作にぶん投げた。
「ぐおっ!」
ヴェムが地面に倒れ込むと、ウーエイが振り返った。
「ヴェム!」
「き、気にするな、行け!!」
ウーエイに叫ぶヴェムへ、俺は間合いを詰めながら怒鳴った。
「てめえ――アリオナさんに、なにをしやがるっ!!」
羽交い締めなんてしやがって。俺は長剣をヴェムの右肩に突き立てた。そして、刀身を指で弾き、《力》を放つ。
「ぐ――っ!」
苦悶の声を挙げ、ヴェムは意識を失った。
動かなくなったヴェムを逃げながら見ていたのか、ウーエイが俺を睨んできた。
「貴様っ! 絶対に許さない――許さないからなっ!!」
魔術師に急かされ、ウーエイは港へと走り去っていった。
騎士は騎馬の馬首を巡らしたものの、二人を追いかけようとはしなかった。見れば、騎士の左腕から血が滴り落ちていた。
どうやら、鎧の隙間に一撃を受けたらしい。
俺は騎士にヴェムの拘束を頼むと、アリオナさんとウーエイを追いかけた。港ではフレディが、密偵らしい三人の男たちと剣を交えていた。
港には、ウーエイはもちろん、ダナたちの姿がなかった。
海上を進む小舟には、数人の人影が見えた。俺はフレディに剣を向ける三人に、《力》を放った。
衝撃を受けて動きを止めた三人に、フレディが剣の柄で一撃を加えていく。それで男たちが気を失うと、フレディは俺たちの元へ駆け寄った。
「若――申し訳ありません。逃がしました」
「まあ、あれは仕方ないでしょ。一対三で邪魔されたわけだし」
俺は洋上に浮かぶ帆船を見ながら、《力》を使おうか悩んだ。しかし、ここで《力》を使うと全員殺すしかない。無関係な者がいるか判断できない以上、そこまでやるのは気が引ける。
禍根そのものである帆船を、俺はしばらく睨み続けた。
---------------------------------------------------------------------------------------
本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
禍根の残った終わりとなったわけですが。これでウーエイに、打倒クラネスへの明確な動機ができたわけですね。
余談ですが流石のクラネスも、ここでは女装してません。
一応、念のため。
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
次回もよろしくお願いします!
1
あなたにおすすめの小説
社会の底辺に落ちたオレが、国王に転生した異世界で、経済の知識を活かして富国強兵する、冒険コメディ
のらねこま(駒田 朗)
ファンタジー
リーマンショックで会社が倒産し、コンビニのバイトでなんとか今まで生きながらえてきた俺。いつものように眠りについた俺が目覚めた場所は異世界だった。俺は中世時代の若き国王アルフレッドとして目が覚めたのだ。ここは斜陽国家のアルカナ王国。産業は衰退し、国家財政は火の車。国外では敵対国家による侵略の危機にさらされ、国内では政権転覆を企む貴族から命を狙われる。
目覚めてすぐに俺の目の前に現れたのは、金髪美少女の妹姫キャサリン。天使のような姿に反して、実はとんでもなく騒がしいS属性の妹だった。やがて脳筋女戦士のレイラ、エルフ、すけべなドワーフも登場。そんな連中とバカ騒ぎしつつも、俺は魔法を習得し、内政を立て直し、徐々に無双国家への道を突き進むのだった。
転生したら実は神の息子だった俺、無自覚のまま世界を救ってハーレム王になっていた件
fuwamofu
ファンタジー
ブラック企業で過労死した平凡サラリーマン・榊悠斗は、気づけば剣と魔法の異世界へ転生していた。
チート能力もない地味な村人として静かに暮らすはずだった……が、なぜか魔物が逃げ出し、勇者が跪き、王女がプロポーズ!?
実は神の息子で、世界最強の存在だったが、その力に本人だけが気づいていない。
「無自覚最強」な悠斗が巻き起こす勘違い系異世界英雄譚、ここに開幕!
転生したらスキル転生って・・・!?
ノトア
ファンタジー
世界に危機が訪れて転生することに・・・。
〜あれ?ここは何処?〜
転生した場所は森の中・・・右も左も分からない状態ですが、天然?な女神にサポートされながらも何とか生きて行きます。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初めて書くので、誤字脱字や違和感はご了承ください。
異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~
宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。
転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。
良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。
例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。
けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。
同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。
彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!?
※小説家になろう様にも掲載しています。
弱者の庭〜引きこもり最強種専用施設の管理人始めました〜
自来也
ファンタジー
人間が好きすぎて魔界を追放された元・魔王。
世界を救って燃え尽き気味の元・勇者。
派手に振られて落ち込んでいる精霊王。
逆セクハラが過ぎて追放された千年狐。
可愛すぎて人間が苦手になった真竜。
戦場のトラウマで休養中の傭兵――。
そんな“最強だけどちょっとズレてる”面々が集まる、
異世界のちょっと変わった施設《弱者の庭》。
異世界転生してきた平凡な青年・アルキは、
このゆる〜い最強たちの管理人に任命されてしまった。
日常はバタバタだけど、どこかあたたかい。
そして――住人が一人、また一人と“卒業”を迎えていく。
傷ついた彼らと過ごすのんびりスローライフ。
転生先は上位貴族で土属性のスキルを手に入れ雑魚扱いだったものの職業は最強だった英雄異世界転生譚
熊虎屋
ファンタジー
現世で一度死んでしまったバスケットボール最強中学生の主人公「神崎 凪」は異世界転生をして上位貴族となったが魔法が土属性というハズレ属性に。
しかし職業は最強!?
自分なりの生活を楽しもうとするがいつの間にか世界の英雄に!?
ハズレ属性と最強の職業で英雄となった異世界転生譚。
ブラック企業で心身ボロボロの社畜だった俺が少年の姿で異世界に転生!? ~鑑定スキルと無限収納を駆使して錬金術師として第二の人生を謳歌します~
楠富 つかさ
ファンタジー
ブラック企業で働いていた小坂直人は、ある日、仕事中の過労で意識を失い、気がつくと異世界の森の中で少年の姿になっていた。しかも、【錬金術】という強力なスキルを持っており、物質を分解・合成・強化できる能力を手にしていた。
そんなナオが出会ったのは、森で冒険者として活動する巨乳の美少女・エルフィーナ(エル)。彼女は魔物討伐の依頼をこなしていたが、強敵との戦闘で深手を負ってしまう。
「やばい……これ、動けない……」
怪我人のエルを目の当たりにしたナオは、錬金術で作成していたポーションを与え彼女を助ける。
「す、すごい……ナオのおかげで助かった……!」
異世界で自由気ままに錬金術を駆使するナオと、彼に惚れた美少女冒険者エルとのスローライフ&冒険ファンタジーが今、始まる!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる