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一章-2
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もやもやとした気分を残したまま、《カーターの隊商》は村を出発した。
元々は休憩や食事が目的だったから、長居をする理由はない。商売的にも利益はほとんど出なさそうだし。
フレディと傭兵が騎乗する二頭の馬を先頭に、隊商はのんびりとした速度で街道を進んでいた。目的としている街へは、夕方くらいに到着できればいいし。
距離から逆算しても、今の進み具合なら充分に余裕がある。
村を出て――前世の時間で言うところの三〇分ほど経ったとき、隊商の後ろからざわめきが聞こえてきた。
何だろうと思ったけど、振り返っても荷台のキッチン部分でなにも見えなかった。
左前にいたフレディが、騎馬を左横に移動させてから、背後を振り返った。
「――若。背後に黒煙が見えます。さっきの村で、なにかあったのかもしれません」
「え?」
夏季であるこの時期に、村から黒煙が上がるなんて滅多にない。暖炉なんか使わないだろうし、ゴミかなにかを処分しているにしても、すべての家で一斉に燃やすなんて考えられない。
となると――最悪の事態である可能性が高かった。
俺は馬車を停めると、右前にいる傭兵を呼び寄せた。
「その馬、貸して下さい。代わりに、馬車の手綱を頼みます」
「若――どうするおつもりで?」
俺の行動を予測してか、フレディの顔はどこか険しかった。
俺がやろうとしていることが、隊商の長として相応しくないのは、充分過ぎるくらい理解しているつもりだ。
だけど……あの暗い顔をした少女のことが、どうしても頭から離れない。もし最悪の事態が起きているなら、せめてあの子の無事だけは確認したい――自分でも不思議なんだけど、今日会ったばかりの少女に対して、そんな気持ちが沸き起こり、歯止めが利かなくなっていた。
俺は御者台に置いてあった長剣を腰に下げてから、傭兵が降りた馬に飛び乗った。近寄って来るフレディに、俺は僅かに顔を向けた。
「村の様子を見てくる。馬車列は、ゆっくりと前へ。背後だけじゃなく、全方位を警戒するよう、傭兵たちに指示をだしておいて」
「若――」
「もし後ろが山賊なんかの襲撃なら、次はこの隊商がやばい。偵察と、できれば足止めをしてくる。ええっと――俺の《力》を考えたら、一人のほうが都合がいいからね」
俺の返答を聞いている最中、フレディは目を閉じていた。
俺が馬首を巡らせようとするよりも早く、フレディが俺の横に馬を並べてきた。
「……わかりました。その代わり、わたしも御一緒します。この条件を呑んで貰えなければ、行かせられません」
「……わかったよ。それじゃあ、お願い。このあとの指揮は、副長に委任しておいて」
俺とフレディは、不安げな商人たちの目に見送られながら、馬を駆った。
たった今、通ってきたばかりの街道を急いで戻った俺とフレディは、大きく迂回した街道を進む途中で、村の方角から黒煙が上がっているのを見た。
俺は小さく舌打ちをすると、馬を急がせた。
村の手前にある木に馬を繋ぐと、俺は長剣を抜いた。
「若――どうします?」
自分の馬を木に繋げたフレディが腰を低くしながら、俺の元へ近寄ってきた。
「もちろん、村に入るよ」
答えると同時に、俺は動き出した。
フレディが後ろから付いてくるのを感じながら、俺は小さく舌打ちをした。《力》によって、舌打ちの小さな音を村全体に広げていく。
微かな音が反射してくるのを感じ取ると、俺の頭の中に村全体の状況が浮かび上がる。
いや、正確に言えば反響された音を聞き分け、反響定位みたいに、周囲の位置関係を把握できる――要は、ソナーみたいな使い方だ。
その反響された音が、誰かが一対三で戦っている様子を伝えてきた。
村に入ると、そこらに村人の遺体が目に入った。女性や子ども――見境無く惨殺された姿に、俺は顔を顰めた。
戦いを感じ取った場所へと向かう途中、聞き覚えのある声が断末魔の叫びをあげた。
断末魔は、俺に文句を言ってきた衛兵のものだった。訓練を受けた兵士とはいえ、一対三では分が悪すぎた。
衛兵を殺したのは、薄汚れた男たちだ。錆びた鎖帷子や蛮刀で武装した様子から、山賊や野盗の類いであるのは間違いがない。
衛兵を殺した三人のほかに、周囲には五人の山賊がくつろいでいた。
山賊たちは俺に気付くと、一斉に振り向いた。
だが――もう遅い。
周囲の惨状にむかついていた俺は、躊躇なく《力》を使った。〈範囲指定〉、〈音量強化〉、そして〈固有振動数の指定〉――《力》の制御をしながら、俺は長剣の刀身を左手で叩いた。
周囲に響く打擲の音が増幅され、山賊たちを襲った。だけど範囲を制限しているから、俺にはまったく聞こえてこない。
だが破壊的な威力を伴った音に襲われた山賊たちは、ビクッと身体を震わせると、白目を剥いて次々と倒れていった。
俺の得意とする、《力》を複合させた攻撃方法の一つ――〈共振衝撃波〉だ。人体のタンパク質の固有振動に会わせた衝撃波を放ち、身体の組織をズタボロにする技だ。
殺さない程度に手加減はしてるけど、これで少なくとも数日は起き上がれないはずだ。
俺は生き残りを探そうと、もう一度、ソナー代わりの舌打ちをした。
返ってきた音波が、俺に大柄の影と小柄な影が、両手を組み合わせている姿を伝えてきた。
まだ誰かが戦っている――あの少女の無事を祈りながら、俺は反応のあった地点へと急いだ。
そこでは、まだ燃えている小屋の前で、身の丈二ミクン(約一メートル九六センチ。一ミクン=約九八センチ)を超えた筋骨逞しい男が、必死な形相で小柄な影と組み合っていた。
どうみても大人と子どもの差があるのに、拮抗ところか大男のほうが押されているように見えた。
援護の音波を放ちたいけど、あれだけ距離が近いと《力》を使うのは難しい。
腰の長剣を両手で構えた俺の横に、フレディが並んできた。
「若――共闘といきましょうか」
「よろしく」
それが、お互いの合図となった。
俺たちの接近に気付いた山賊が、小柄な影から手を放し、腰の長剣を抜いた。少し錆が浮いていたが、やや厚めの刀身は鎧の無い俺にとって一撃必殺の刃となる。
まともに斬り合うのは、俺の腕力では無理――となれば、あとは奇策のみ。
山賊が蛮刀を振りかぶる前に、俺は長剣で斬りかかった。
その一撃を受けた瞬間を狙って、俺が《力》を放とうと意識を集中させた。だけどまだ《力》を使ってもないのに、山賊は白目を剥いて倒れてしまった。
フレディは、まだ俺の少し後ろにいる。なにが起きたか理解できなかった俺は、呆気にとられてしまった。
「へ――?」
「若……なにかされましたか?」
フレディに首を左右に振った俺は、倒れた山賊の真後ろで、とくすんだ金髪の少女が佇んでいるのを見た。あのカーターサンドを買って貰えなかった、憑き者の少女だ。
少女の手には、焦げ目のある木材が握られていた。それで背後から、山賊をぶん殴ったみたいだ。
そんなことより――俺は少女の姿を見て、全身の力が抜けそうになっていた。これだけの惨劇の中、生き残っていたのは奇跡に近いと思う。
震えながら警戒を露わにしている少女に、俺は長剣を収めながら話しかけた。
「君――怪我はない? ええっと……俺は昼に、この村に来ていた隊商の者なんだ。黒煙を見て戻って来たんだけど……他に生き残った人とか、山賊の数とか知らないかな?」
俺が喋っている最中、少女は黙ったままだった。
なにかを考えているようにも見えるけど、なんの反応もないと、こっちとしても対処のしようがない。
俺が困った顔で言葉を探していると、燃えている家の壁が崩れた。その音に少し驚いた顔をしてから、少女は少し辿々しい声を発した。
「あの、あたし……耳が、あまり良くなくて。あなたの言葉は聞こえないの」
「え? でも……」
壁が崩れる音には反応したのに。
その言葉を呑み込んでから、俺は「聞こえる?」という言葉を何度も発しながら、自分の声質を《力》で変調させていった。
これは声質を変えるというより、声の持つ周波数を変える感じだ。人間の声とは異なる周波数なら、もしかしたら彼女に言葉が届くかもしれない。
徐々に周波数を変えていきながら声をかけ続けていると、金属音に近い領域で、彼女に変化があった。
驚きと戸惑い――そんな感情が入り乱れた顔を俺に向けると、少女は目を見広げたまま、首を小さく横に振った。
「うそ……これは、あなたの声? まさか、人の声が聞こえるなんて!」
想像だけど少女には俺の声が、金属質のノイズが混じった感じに聞こえているはずだ。
前世の世界で言う、周波数を合わせきっていないカーラジオとかを聴いているイメージが、それに近いと思う。
そんな異質な声に驚いた様子だったけど、少女は俺の予想よりも、すんなりと状況を受け入れたように見えた。
それが意外すぎて、俺は不謹慎ながらも少女に対して興味を覚えてしまった。俺はソナーで周囲の安全を確認してから、自分の胸に親指を向けた。
「俺は《音声使い》っていう、音や声を操る《力》があってね。その能力のおかげで、なんとか声を届けることができてるってわけ。このあたりの説明をもっとしてもいいんだけど、そんな暇はないと思うんだ。生き残りを探したら、早めに村から離れたほうがいい」
「……そう、ですね」
「埋葬とかはできなくて申し訳ないけど、今は自分の身を護ることを優先しよう」
「……それは、理解できます、から」
どこか辛そうな顔をしながらも、少女は小さく頷いてくれた。
三人で村の捜索を行ったが、生き残っている村人は誰もなかった。もしかしたら、無事に逃げ出した者はいたかもしれないけど、彼らの捜索をする余裕はない。
「若――」
「うん。わかってる。ええっと――君、もう行こう。山賊の仲間が来るかもしれないし」
「……はい」
少女を連れて村から出た俺は、繋いである馬のところまで戻ると、フレディの後ろに少女を乗せた。
俺の後ろに乗せたい気持ちもあったけど、二人乗りには慣れていない。安全を考えれば、フレディの後ろに乗って貰ったほうがいい。
山賊たちは、縛って置いてきた。あれだけの村人を殺したんだ。このあとで獣に襲われたとしても、それは自業自得――というフレディの判断に従うことにした。
同情の余地がないのは、概ね同意だ。
それに、あれだけの山賊を隊商に連れて行くわけにはいかない。町に着いたら衛兵たちに、この村が襲われたことを伝えておくとしよう。
だく足で隊商の元へ戻る途中、俺は少女に怪我などがないか訊こうとした。
「ええっと君――ああ、そういえば名前は? 俺は、クラネス・カーターっていうんだ」
「あたしは、アリオナ、です」
「アリオナ……か。あのさ、アリオナさん。怪我とかはない?」
「それは、大丈夫、です」
アリオナさんは俺に答えたあと、俯いてしまった。
あんな酷い目に遭っていたとはいえ、家族を殺されたショックは大きいんだろう。ボロボロと泣き出さないだけ、胆力は強いのかもしれない。
俺とフレディが騎乗する二頭の馬は、先行する隊商を追って、だく足で街道を進み始めた。
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