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一章-5
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隊商の馬車は市場の隅っこ停めたまま、街は夜を迎えた。
護衛の傭兵たちを残して、宿を希望する商人たちは街中へと消えていった。街に滞在するときくらい、ベッドの上で寝たいと思うのが人情ってものだ。
だけど俺は傭兵たちと一緒に、馬車に残っていた。帳簿の整理をしたかったのもあるけど、宿で寝泊まりするのが面倒臭いし、なにより借金を抱える身では分相応じゃない気がする。
俺は厨房馬車とは別の――俺が借金で買った――馬車の中で、食材などの積み荷に腰掛けながら、燭台の灯りを頼りに帳簿の整理をしていた。
時折、舌打ちをしながら帳簿の計算を確認していると、人の気配が馬車に近寄ってくることに気付いた。
馬車の中からでも、例のソナーは効果を発揮する。その反応と、〈集音〉で音を増幅させながら聞くことで、馬車列の状況を把握できるんだ。
俺のいる馬車に近づく足音は、二つ。
しかも軽いから、きっと女性か子どもだ。
俺は帳簿を確認する手を止めて、馬車の後部にある幌の出入り口へと向き直った。
「クラネス君――今、大丈夫?」
幌を開けて、ユタさんが顔を覗かせてきた。
俺が頷くと、ユタさんは幌の中に入って来た。そのあとに続いてきたのは、アリオナさんだ。
「クラネス君、この子が会いたいって」
「……俺に? っていうかユタさん、アリオナさんと会話を?」
俺の疑問に、ユタさんは苦笑した。
「この子が、一方的に喋ってただけよ。返答は首を横か縦に振るだけ」
「ああ……なるほど」
これは上手く考えたな――と、俺は素直に感心した。これなら、簡単な意思の疎通程度ならできそうだ。
俺は少し微笑みながら、アリオナさんに向き直った。
「それで、アリオナさん。どうしたの?」
「あ……の。クラネスくんは、どうして宿に泊まらないの……かなって」
夕食を食べるときまでは、普通に喋ってたんだけど。今のアリオナさんは、少しどころか、かなり表情が曇っている。
どうしたんだろう――と思いながら、俺は素直に答えることにした。
「帳簿の確認をしたかったんだよね。隊商全体の売り上げと、支払った額。それに、これから支払う額とかを算出してたんだよ。それが終わったら、明日の仕込みかな……正直、宿に泊まってる暇がなくてさ」
「……帳簿?」
アリオナさんは俺に近寄って来ると、開いたままの帳簿を覗き込んできた。
しばらく帳面を覗き込んでいたアリオナさんは、右指を複雑に動かしたあと、帳簿のとある一点を指で触れた。
「ここ、計算が違うよ?」
「え、うそ?」
俺が帳簿に目を落とすと、そこはアーウンさんが出してきた金額の部分だった。
売り上げと仕入れ――その差額などが記載されていた。まだ確認中だから、俺もちゃんと見ていない部分だ。
「ここと、ここ。桁の位置がずれていて、わかりにくいけど……百ちょっとの誤差があるよ」
「……うわ。ホントだ」
指摘された部分の数字は、左端と右端の位置は並んでいたけど、途中の一行だけ、桁数が一つ少ない。
流し見をしてたら、見落とし兼ねない書き方だった。
俺は内心で舌を巻きながら、アリオナさんを振り返った。
「アリオナさん、よく気付いたね。計算得意なんだ?
「あたしは前世で、算盤をやってたのよ? これくらいは、今でもできるつもり」
「そっか……そういえば、そんなことを言っていた気がするね」
これも前世のころの話だから……十数年以上も前のことになる。
あのときは、算盤を教える親戚のところへ向かう途中……だったような。とにかく、そのお陰で帳簿の計算ミスを防ぐことができたわけだ。
「役に立つでしょ?」
そう言って、はにかむアリオナさんに微笑み返したとき、ユタさんが俺へ向けて咳払いをしたのが見えた。
それだけで、ユタさんが言いたいこと――そして、アリオナさんが口にした言葉の意味も理解できた。
そっかぁ……やっぱり、俺が言わなきゃ駄目なのか……。
アリオナさんへの罪悪感というか、申し訳なさを胸に抱きながら、俺はユタさんに目配せをした。
要するに、人払いだ。
これからは……その、二人っきりのほうが話がしやすい。前世のことだって、話に出るかもしれないわけだし。
ユタさんが馬車から出て行くのに気付いたのか、アリオナさんが怪訝な顔をした。それも笑みを消した顔で、俺が溜息を吐くまでだ。
雰囲気を察したのか、表情を強ばらせたアリオナさんに、俺はなるべく平坦な声音を意識しながら話を始めた。
「これから、少しイヤな話をしなくちゃならない。なるべく、冷静に聞いて欲しいんだ」
アリオナさんは、なんの反応も示さなかった。どう反応したらいいのか、わからない――というより、これから聞く話への警戒心が強まったんだと思う。
俺は視線を僅かに下げながら、話の続きを始めた。
「昼間も言ったけど、村が壊滅したから保護はしたけど……それはね、あくまで一時的なものなんだ。どこか大きな街か――それか前のところと似たような村で、アリオナさんの働き先を決めなきゃいけない。その覚悟と……心の準備はして欲しいんだ」
しばらくのあいだ、アリオナさんは無言のまま口元を固く結んだ。俺が辛抱強く反論を待っていると、擦れるような声を発した。
「保護って言われたのは、覚えてる。だけど、帳簿係とかで雇ってはくれないの?」
「うち、それほど裕福じゃないんだよ。アリオナさんを雇うとなれば、どこかで誰かの報酬なんかを減らさないとならない。俺はアリオナさんの前世を知ってるから、放逐するような形は避けたいと思ってる。それと同時に、この隊商を頼ってくる商人たちや、護衛の傭兵たちを護らないといけない。それだけは、わかって欲しいんだ」
「……そんなこと言われたって」
その言葉が切っ掛けとなったのか、目に涙を溜めたアリオナさんは、堰を切ったように怒鳴り始めた。
「他人の言葉が聞こえないのに、どうやって暮らしていけばいいのよ! 家族からも下働きよりも劣る扱いをされたのよ!? どこの誰が雇ってくれるっていうの? 音無く――クラネス君は身体の不自由もなく隊商の責任者だなんて……自分だけ順風満帆で、他人の不幸なんて気にならなくなったんでしょ!?」
「なにも知らないのに、そんなこと言わないでよ!!」
俺は怒鳴り返しながら、立ち上がっていた。
「俺だって幼い頃に、両親が死んでるんだ! それで今では借金を返済しながら、ギリギリのところで商売してきてるんだよ。俺からすれば、今までずっと親の保護下にいたくせに、なんで自分だけ不幸だったって思えるのか不思議だよ!」
肩で息をする俺に、アリオナさんは少し見広げた目を向けていた。
「……今の話、本当なの?」
「本当だよ。俺の両親は、もういない。まだ幼かったころに、流行病で死んだんだ。俺を保護してくれた祖父は、そこそこ金持ちみたいだけど。でもね……あそこの生活は、俺の肌に合わなかったんだよ。だから借金で馬車を買って、俺は家を出たんだ」
俺の返答を聞いて、アリオナさんは視線を下に逸らした。
ここまで喋っているあいだに、俺は冷静さを取り戻してきた。大きく息を吐くと、まずは「ごめん」と謝った。
「……他の商人たちの手前、隊商としての規則は守らないといけないんだ。そこは、理解をして欲しくって。明日に出て貰う――ってわけじゃないし、落ちついて自分の出来ることを考えて、どこかの町や村で、どんな仕事をするかを決めてくれればいいよ」
「……自分の出来ること」
アリオナさんは顎に手を添えて、なにやら考えている様子だ。見ている限り、怒りは収まっているようだけど……もう大丈夫かな?
俺は手振りで、アリオナさんに馬車の外へ出るよう促した。
「もう夜だし、宿まで送るよ。なんか……辛いことを言って、ごめんね」
「……ううん。あたしこそ、身勝手なこと言っちゃって、ごめんなさい」
……これで、仲直りは出来たかな?
アリオナさんの手を取って降りるのを助けていると、下にいたユタさんが近寄って来た。
「クラネス君、話は終わった?」
「ユタさん……まさか、立ち聞きですか?」
俺が半目で訊き返すと、ユタさんは笑顔で首を振った。
「まさか。ここまでは、ちょっとしか聞こえてこなかったよ。いやあ、若さ故のやりとりって感じ?」
ユタさんの返答に呆れつつ、俺は《力》を止めてから話を続けた。
「ところで、アリオナさんを洗ったとき、どうでした?」
「どうって? ああ、胸の大きさとか――ああ、冗談だから、そんな睨まないでよ。ええっと……そうね。シラミにノミくらいかな。腫瘍とか、出来物とかは無かったわよ」
ユタさんの返答を聞いて、俺はホッと胸を撫で下ろした。
この世界、ノミとかは仕方ない。けど出来物や腫瘍が出てないから、変な病気にかかっている可能性は低いと思う。
俺は安堵しつつ、アリオナさんをユタさんに任せた。
それから俺は、一人寂しく帳簿の確認を再開したわけだけど。明日、アリオナさんに会ったら、どんな顔をすればいいんだろう……それを考えると、今から憂鬱になっていた。
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