14 / 123
二章-6
しおりを挟む
6
日の出こそ見えないが、東に連なる山々が白く染まりつつあった。空に浮かぶ雲は夕日の様に朝日でオレンジ色に染まり、空を飛ぶ鳥たちが、白ばんだ空に黒い影となって映っていた。
不穏な雲行きなど感じさせない、清々しい朝焼けの空だ。
あえて難点を挙げるなら、徹夜明けの目には痛みを覚えるほどに沁みるくらい。厨房馬車から俺が背伸びをしていると、これまた徹夜明けらしいフレディが近寄って来た。
「――若。朝までご苦労様でした」
「おはよう、フレディ……ぁ……襲撃がなくてなによりだったよ」
欠伸を噛み殺しながら、俺はフレディに挨拶をした。
よほど俺は眠そうにしていたのか、フレディは苦笑した。しかしすぐに周囲を見回しながら、笑みを消した。
「ユタから話は聞きました。護衛の傭兵には、もう指示を出してあります」
小声でそう告げたフレディはすぐに笑みを浮かべると、今度は声を大きくしながら焚き火へと指先を向けた。
「もうユタが朝食の準備をしております。起きた者たちから、食事にしましょう。それで、アリオナはどうされました?」
「さっき起きてましたから、もうすぐ来ると思います」
そう言っているあいだに、アリオナさんが厨房馬車から降りてきた。
「あ、おはようございます」
俺ではなく、フレディに挨拶をしたアリオナさんは、俺の隣に並んだ。
あとは、相手が仕掛けてくるのを待つだけだ。まずは腹ごしらえと思って、ユタさんのところへ行こうとした俺の耳に、大声が飛び込んできた。
「大変だ、馬車が荒らされているっ!!」
声は、商人夫妻の旦那さんのほうだ。確か、名前はモーリさん。
俺が振り返ると、モーリさんの馬車で、奥さんのサラマンドラさんと一緒に、なにやら慌てている様子だ。
俺はフレディに「予定通りにお願い」と告げながら、モーリさんたちの元へと駆け出した。
「なにかあったんですか!?」
「あ、長! 馬車の中が荒らされて……昨日までの売り上げが無くなってるんです!」
「な――んですって!?」
俺は慌てて、モーリさんの馬車の中を見た。
布製品やタペストリーが並んでいる中に、小さな棚が置かれている。その棚の引き出しが、すべてひっくり返っていた。
中にあった羽ペンや羊皮紙、それにハサミなどが、荷台の床に散乱していた。
昨晩のことを思い出したけど、まさかこれほどまでに、酷い状況だったとは思わなかった。なぜなら、ものをぶちまける音が、まったく聞こえてこなかったからだ。
そうなると考えられるのは、これはぶちまけたわけじゃない。誰にも知られないよう、そっと置かれた物ってことだ。
俺が辺りを見回してアーウンさんの姿を探していると、横から声が飛んできた。
「盗みだって? それなら、心当たりがあるぞ。あの憑き者が、夜中にこの馬車のあたりをウロウロとしていたのを見たんだ!」
数人の商人たちに囲まれていたアーウンさんは俺と、俺と一緒に来ていたアリオナさんを交互に睨みながら、それでいて、どこか勝ち誇ったような顔をしていた。
なにかを探すように目を忙しく動かしてから、人の輪から抜け出し、俺やモーリさんの前へと進み出た。
「長さんよ……あの憑き者が、盗んだに違いないぜ。この責任、どう落とし前をつけるつもりなんですか」
「いや、アーウンさん。それは誤解というか、見間違いじゃないですか? アリオナさんは、盗みなんかしてませんよ。ねえ、アリオナさん」
「……その通りです。あたしはずっと、ユタさんと一緒に馬車で寝てましたから」
「いいや、見間違いであるものか。俺は確かに、見たんだ! あの憑き者は確かに、こっそりとその馬車に入って行ったんだ。ユタに気付かれないよう抜け出して、盗み出したに違いない。これはすべて憑き者の仕業、そして長の責任だっ!!」
大きく手を広げながら、周囲へ喧伝するように声を張り上げたアーウンさんは、周囲の注目を浴びているうちに、その目は俺を見下すようなものへと変わっていた。
先ほどアーウンさんを囲んでいた三人の商人たちから、「そうだそうだ!」などと、同調するような野次も飛んできた。
モーリさんも含めて、俺を囲む商人たちの目に、不安や疑念の色が浮かび始めた。
そんな雰囲気を感じたのか、アーウンさんは皆を見回した。
「こうなったら長には、その座を退いてもらうしかないよな! 代わりに、まあ――一先ずではあるが、俺が隊商を指揮させてもらう。こんな悪事が二度と起こらないよう、努めさせてもらうから、安心してくれ!」
流石に、こうなっては――俺も箍を外すしかない。内密に終わればとも思ってはいたけど、その考えは捨てることにする。
表情を引き締めた俺に、カーターさんは勝ち誇った顔で告げた。
「カーターさん。あんたは、あの憑き者と一緒に隊商を去るか、憑き者を追い出したあとで、俺の下で――」
「黙れ」
俺は短く告げると、アーウンさんを睨み付けた。
「そこまで言うなら、一緒に来て貰いましょう。もちろん、ここにいる皆も一緒に。証人は多い方が、あんたも納得するでしょう」
俺が小さく手を挙げると、数人の護衛兵たちもやってきた。
俺はアーウンさんの背中を押しながら、歩き始めた。左右には護衛兵が並び、商人たちやアリオナさんが、その後ろから付いて来ている。
行き先は、アーウンさんの馬車だ。
自分の馬車に近づくにつれ、アーウンさんの表情が強ばっていく。横に並ぶ俺をチラチラと見ながら、なにかを言いかけては、苦虫を噛みつぶしたような顔で正面に向き直るのを繰り返していた。
アーウンさんの馬車の手前で立ち止まった俺は、護衛兵の一人を手招きした。
「装備を外して下さい。腰袋とかも全部」
傭兵は俺の指示通り、鎧や長剣、短剣を外していく。腰袋なども地面に置いた傭兵に頷くと、俺はアーウンさんを振り返った。
「アーウンさん、彼の身体検査を。なにか荷物らしいものを、持っていないか確かめて下さい」
「あ、ああ……」
少し怪訝な顔をしながら、アーウンさんは傭兵の身体を調べていく。その隙に、俺はほかの傭兵に手振りだけで指示を出す。
二人の傭兵が近寄ってくるころ、最後に触っていたブーツから手を放したアーウンさんが、怪訝そうにしながらも俺を見た。
「服以外は、なにもないようだ」
「ありがとうございます。それじゃあ……その馬車に入って、床を調べて下さい」
最後の指示は、装備を外した傭兵に向けたものだ。
傭兵が自分の馬車に入ろうとするのを見て、アーウンさんは声を荒げた。
「おい、勝手に入るな!」
馬車に入ろうとする傭兵を止めようとしたアーウンさんだったが、その前に傭兵の二人に羽交い締めにされた。
地面に座らされたアーウンさんは、怒りの形相で俺に怒鳴ってきた。
「まさか、俺を疑ってるのか!? 今すぐ止めさせろっ!!」
「残念だけど、命令される筋合いはないんで」
俺は答えながら、下から馬車の中を覗き込んだ。舌打ちをして馬車の構造を調べると、床を調べている傭兵を呼んだ。
「床を指で叩いてみて下さい。多分……馬車の真ん中あたりで、音が変わる場所があると思います」
傭兵は指で床を叩きながら、少しずつ場所を移動していく。三〇秒ほど経ったとき、音が少し重くなった。
「そこ! なにか引っかけるものとかないですか?」
「ちょっと待って下さい。小さな穴が空いてますね。なにか、細長いものがあれば……」
傭兵の返答に、俺は周囲を見回した。すると、サラマンドラさんが針金を持って来てくれた。
「あの、これ、使えますか?」
「……多分。ありがとうございます。俺が動くとダメなので、あの傭兵に渡してあげて下さい」
サラマンドラさんはぎこちなく頷いてから、針金を傭兵に手渡した。
それから十秒ほどで、傭兵が顔を出してきた。
「カーターさん。色々と見つけましたけど、なにを持っていけばいいですか?」
「とりあえず、すべて持って来て下さい」
俺の指示に従って、傭兵は一抱えほどもある荷物を持ってきた。
大小の革袋が三つに、羊皮紙の束――傭兵がそれらを地面に置くと、モーリさんが歓喜と悲鳴が混在した声を出した。
「そ、それは――わたしの革袋じゃないか!」
「どれですか?」
「その、一番小さくて緑色の革紐で口を縛ったやつです!」
俺はモーリさんが指定した革袋を手にすると、アーウンさんを振り返った。
「さて――これはどういうことなんでしょうね。なんでこれが、アーウンさんの馬車にあったんです?」
「そ、それは……きっと、憑き者がわたしの馬車に入れたんだっ!」
「……アリオナさんがモーリさんの馬車に入るのを見たんでしょ? それなのに、自分の馬車に入るのは見てないって言うのは、話に無理がありませんか。それに、アリオナさんは一晩中、俺やユタさんと一緒だったんですよ。俺が仕込みをしている横で、ユタさんと寝てましたからね。
実は最初から、あなたが嘘を吐いていることに、俺たちは気付いてたんですよ」
愕然とした顔で俺の言葉を聞いていたアーウンさんから、俺はさっき同調していた商人たちへ目を向けた。
「今回のこと、協力者か共犯がいるんじゃないでしょうね? 特に、さっきアーウンさんに同調していた人たちとか」
俺と目が合った商人たちは、一様に気まずそうな顔をした。
「いや、我々はアーウンに頼まれて……」
「同調してくれって言われただけで」
口々に自己弁護と言い訳を述べる商人たちから、俺は目を逸らした。そのとき、いつの間にか来ていたユタさんが、羊皮紙の束を捲っていた。
「これ、裏帳簿じゃない。こっちが、あたしたちに見せていた帳簿ね。合計で一割くらいの差はありそうよ」
俺はユタさんを手で制止ながら、アーウンさんの前に立った。
「さて――」
「ま、待て! 俺はただ、憑き者を追い出す切っ掛けを作ろうとしただけで――」
「隊商を乗っ取ろうとしておいて、そんな言い分が通用するわけないでしょう? そうでなくとも、そんな理由で盗みをするとか、正気とは思えませんね。隊商に参加しているなら、盗みが御法度ってことくらい理解していますよね?」
「誤解だっ! 俺はただ、長の足りないところを補おうとしただけだ。非情になれないところを、わたしがやってやろうと――」
「だから、そんな言い分が通用するわけねーでしょう」
アーウンさんの言葉を遮った俺は、小さく溜息を吐いた。
「さて。どんな理由があろうとも、隊商内で盗みを働いた以上は懲罰を受けて貰います。本来なら、ここで隊商から離脱して貰うんですが、流石にそれは止めておきます。売り上げをちょろまかした件も、まあ不問にしておきます」
「あ、ああ……わたしは、この隊商では常連だからな。それくらいは――」
「ただし、次の町で縁を切ります。二度と、この隊商には近寄らないで下さい。それと町までの道中は最後尾、知り合いの役人と隊商には、あなたについて忠告を入れておきますので、そのつもりで」
「そん――」
青ざめた表情のアーウンさんは、なにかを言いかけたものの、口を閉ざした。
常連だからといって盗みを許すという前例は、作る訳にはいかないんだ。そんなことをしたら、隊商の評判が落ちてしまう。
アーウンさんの身体から、力が抜けた。
そう思った直後、アーウンさんは勢いよく立ち上がって傭兵たちの手を振り解いた。一瞬の隙を突かれた傭兵たちから逃げだそうとしたアーウンさんだったけど、素早く動いていたアリオナさんに右腕を掴まれ、そのまま力任せに地面に押し倒された。
「人に罪を被せようだなんて、許さないんだから!」
怒りを露わにしたアリオナさんは、前向きに倒れたアーウンさんの背中を膝で押さえつけつつ、掴んだ右腕を捻りながら、上方へと持ち上げた。
アーウンさんは藻掻いたが、アリオナさんの腕力からは逃れられない。
俺はアーウンさんをフレディや傭兵たちに任せると、アリオナさんと微笑み合ってから、ほかの商人たちに告げた。
「さあ。朝飯を食べたら、すぐに出発しましょう!」
日の出こそ見えないが、東に連なる山々が白く染まりつつあった。空に浮かぶ雲は夕日の様に朝日でオレンジ色に染まり、空を飛ぶ鳥たちが、白ばんだ空に黒い影となって映っていた。
不穏な雲行きなど感じさせない、清々しい朝焼けの空だ。
あえて難点を挙げるなら、徹夜明けの目には痛みを覚えるほどに沁みるくらい。厨房馬車から俺が背伸びをしていると、これまた徹夜明けらしいフレディが近寄って来た。
「――若。朝までご苦労様でした」
「おはよう、フレディ……ぁ……襲撃がなくてなによりだったよ」
欠伸を噛み殺しながら、俺はフレディに挨拶をした。
よほど俺は眠そうにしていたのか、フレディは苦笑した。しかしすぐに周囲を見回しながら、笑みを消した。
「ユタから話は聞きました。護衛の傭兵には、もう指示を出してあります」
小声でそう告げたフレディはすぐに笑みを浮かべると、今度は声を大きくしながら焚き火へと指先を向けた。
「もうユタが朝食の準備をしております。起きた者たちから、食事にしましょう。それで、アリオナはどうされました?」
「さっき起きてましたから、もうすぐ来ると思います」
そう言っているあいだに、アリオナさんが厨房馬車から降りてきた。
「あ、おはようございます」
俺ではなく、フレディに挨拶をしたアリオナさんは、俺の隣に並んだ。
あとは、相手が仕掛けてくるのを待つだけだ。まずは腹ごしらえと思って、ユタさんのところへ行こうとした俺の耳に、大声が飛び込んできた。
「大変だ、馬車が荒らされているっ!!」
声は、商人夫妻の旦那さんのほうだ。確か、名前はモーリさん。
俺が振り返ると、モーリさんの馬車で、奥さんのサラマンドラさんと一緒に、なにやら慌てている様子だ。
俺はフレディに「予定通りにお願い」と告げながら、モーリさんたちの元へと駆け出した。
「なにかあったんですか!?」
「あ、長! 馬車の中が荒らされて……昨日までの売り上げが無くなってるんです!」
「な――んですって!?」
俺は慌てて、モーリさんの馬車の中を見た。
布製品やタペストリーが並んでいる中に、小さな棚が置かれている。その棚の引き出しが、すべてひっくり返っていた。
中にあった羽ペンや羊皮紙、それにハサミなどが、荷台の床に散乱していた。
昨晩のことを思い出したけど、まさかこれほどまでに、酷い状況だったとは思わなかった。なぜなら、ものをぶちまける音が、まったく聞こえてこなかったからだ。
そうなると考えられるのは、これはぶちまけたわけじゃない。誰にも知られないよう、そっと置かれた物ってことだ。
俺が辺りを見回してアーウンさんの姿を探していると、横から声が飛んできた。
「盗みだって? それなら、心当たりがあるぞ。あの憑き者が、夜中にこの馬車のあたりをウロウロとしていたのを見たんだ!」
数人の商人たちに囲まれていたアーウンさんは俺と、俺と一緒に来ていたアリオナさんを交互に睨みながら、それでいて、どこか勝ち誇ったような顔をしていた。
なにかを探すように目を忙しく動かしてから、人の輪から抜け出し、俺やモーリさんの前へと進み出た。
「長さんよ……あの憑き者が、盗んだに違いないぜ。この責任、どう落とし前をつけるつもりなんですか」
「いや、アーウンさん。それは誤解というか、見間違いじゃないですか? アリオナさんは、盗みなんかしてませんよ。ねえ、アリオナさん」
「……その通りです。あたしはずっと、ユタさんと一緒に馬車で寝てましたから」
「いいや、見間違いであるものか。俺は確かに、見たんだ! あの憑き者は確かに、こっそりとその馬車に入って行ったんだ。ユタに気付かれないよう抜け出して、盗み出したに違いない。これはすべて憑き者の仕業、そして長の責任だっ!!」
大きく手を広げながら、周囲へ喧伝するように声を張り上げたアーウンさんは、周囲の注目を浴びているうちに、その目は俺を見下すようなものへと変わっていた。
先ほどアーウンさんを囲んでいた三人の商人たちから、「そうだそうだ!」などと、同調するような野次も飛んできた。
モーリさんも含めて、俺を囲む商人たちの目に、不安や疑念の色が浮かび始めた。
そんな雰囲気を感じたのか、アーウンさんは皆を見回した。
「こうなったら長には、その座を退いてもらうしかないよな! 代わりに、まあ――一先ずではあるが、俺が隊商を指揮させてもらう。こんな悪事が二度と起こらないよう、努めさせてもらうから、安心してくれ!」
流石に、こうなっては――俺も箍を外すしかない。内密に終わればとも思ってはいたけど、その考えは捨てることにする。
表情を引き締めた俺に、カーターさんは勝ち誇った顔で告げた。
「カーターさん。あんたは、あの憑き者と一緒に隊商を去るか、憑き者を追い出したあとで、俺の下で――」
「黙れ」
俺は短く告げると、アーウンさんを睨み付けた。
「そこまで言うなら、一緒に来て貰いましょう。もちろん、ここにいる皆も一緒に。証人は多い方が、あんたも納得するでしょう」
俺が小さく手を挙げると、数人の護衛兵たちもやってきた。
俺はアーウンさんの背中を押しながら、歩き始めた。左右には護衛兵が並び、商人たちやアリオナさんが、その後ろから付いて来ている。
行き先は、アーウンさんの馬車だ。
自分の馬車に近づくにつれ、アーウンさんの表情が強ばっていく。横に並ぶ俺をチラチラと見ながら、なにかを言いかけては、苦虫を噛みつぶしたような顔で正面に向き直るのを繰り返していた。
アーウンさんの馬車の手前で立ち止まった俺は、護衛兵の一人を手招きした。
「装備を外して下さい。腰袋とかも全部」
傭兵は俺の指示通り、鎧や長剣、短剣を外していく。腰袋なども地面に置いた傭兵に頷くと、俺はアーウンさんを振り返った。
「アーウンさん、彼の身体検査を。なにか荷物らしいものを、持っていないか確かめて下さい」
「あ、ああ……」
少し怪訝な顔をしながら、アーウンさんは傭兵の身体を調べていく。その隙に、俺はほかの傭兵に手振りだけで指示を出す。
二人の傭兵が近寄ってくるころ、最後に触っていたブーツから手を放したアーウンさんが、怪訝そうにしながらも俺を見た。
「服以外は、なにもないようだ」
「ありがとうございます。それじゃあ……その馬車に入って、床を調べて下さい」
最後の指示は、装備を外した傭兵に向けたものだ。
傭兵が自分の馬車に入ろうとするのを見て、アーウンさんは声を荒げた。
「おい、勝手に入るな!」
馬車に入ろうとする傭兵を止めようとしたアーウンさんだったが、その前に傭兵の二人に羽交い締めにされた。
地面に座らされたアーウンさんは、怒りの形相で俺に怒鳴ってきた。
「まさか、俺を疑ってるのか!? 今すぐ止めさせろっ!!」
「残念だけど、命令される筋合いはないんで」
俺は答えながら、下から馬車の中を覗き込んだ。舌打ちをして馬車の構造を調べると、床を調べている傭兵を呼んだ。
「床を指で叩いてみて下さい。多分……馬車の真ん中あたりで、音が変わる場所があると思います」
傭兵は指で床を叩きながら、少しずつ場所を移動していく。三〇秒ほど経ったとき、音が少し重くなった。
「そこ! なにか引っかけるものとかないですか?」
「ちょっと待って下さい。小さな穴が空いてますね。なにか、細長いものがあれば……」
傭兵の返答に、俺は周囲を見回した。すると、サラマンドラさんが針金を持って来てくれた。
「あの、これ、使えますか?」
「……多分。ありがとうございます。俺が動くとダメなので、あの傭兵に渡してあげて下さい」
サラマンドラさんはぎこちなく頷いてから、針金を傭兵に手渡した。
それから十秒ほどで、傭兵が顔を出してきた。
「カーターさん。色々と見つけましたけど、なにを持っていけばいいですか?」
「とりあえず、すべて持って来て下さい」
俺の指示に従って、傭兵は一抱えほどもある荷物を持ってきた。
大小の革袋が三つに、羊皮紙の束――傭兵がそれらを地面に置くと、モーリさんが歓喜と悲鳴が混在した声を出した。
「そ、それは――わたしの革袋じゃないか!」
「どれですか?」
「その、一番小さくて緑色の革紐で口を縛ったやつです!」
俺はモーリさんが指定した革袋を手にすると、アーウンさんを振り返った。
「さて――これはどういうことなんでしょうね。なんでこれが、アーウンさんの馬車にあったんです?」
「そ、それは……きっと、憑き者がわたしの馬車に入れたんだっ!」
「……アリオナさんがモーリさんの馬車に入るのを見たんでしょ? それなのに、自分の馬車に入るのは見てないって言うのは、話に無理がありませんか。それに、アリオナさんは一晩中、俺やユタさんと一緒だったんですよ。俺が仕込みをしている横で、ユタさんと寝てましたからね。
実は最初から、あなたが嘘を吐いていることに、俺たちは気付いてたんですよ」
愕然とした顔で俺の言葉を聞いていたアーウンさんから、俺はさっき同調していた商人たちへ目を向けた。
「今回のこと、協力者か共犯がいるんじゃないでしょうね? 特に、さっきアーウンさんに同調していた人たちとか」
俺と目が合った商人たちは、一様に気まずそうな顔をした。
「いや、我々はアーウンに頼まれて……」
「同調してくれって言われただけで」
口々に自己弁護と言い訳を述べる商人たちから、俺は目を逸らした。そのとき、いつの間にか来ていたユタさんが、羊皮紙の束を捲っていた。
「これ、裏帳簿じゃない。こっちが、あたしたちに見せていた帳簿ね。合計で一割くらいの差はありそうよ」
俺はユタさんを手で制止ながら、アーウンさんの前に立った。
「さて――」
「ま、待て! 俺はただ、憑き者を追い出す切っ掛けを作ろうとしただけで――」
「隊商を乗っ取ろうとしておいて、そんな言い分が通用するわけないでしょう? そうでなくとも、そんな理由で盗みをするとか、正気とは思えませんね。隊商に参加しているなら、盗みが御法度ってことくらい理解していますよね?」
「誤解だっ! 俺はただ、長の足りないところを補おうとしただけだ。非情になれないところを、わたしがやってやろうと――」
「だから、そんな言い分が通用するわけねーでしょう」
アーウンさんの言葉を遮った俺は、小さく溜息を吐いた。
「さて。どんな理由があろうとも、隊商内で盗みを働いた以上は懲罰を受けて貰います。本来なら、ここで隊商から離脱して貰うんですが、流石にそれは止めておきます。売り上げをちょろまかした件も、まあ不問にしておきます」
「あ、ああ……わたしは、この隊商では常連だからな。それくらいは――」
「ただし、次の町で縁を切ります。二度と、この隊商には近寄らないで下さい。それと町までの道中は最後尾、知り合いの役人と隊商には、あなたについて忠告を入れておきますので、そのつもりで」
「そん――」
青ざめた表情のアーウンさんは、なにかを言いかけたものの、口を閉ざした。
常連だからといって盗みを許すという前例は、作る訳にはいかないんだ。そんなことをしたら、隊商の評判が落ちてしまう。
アーウンさんの身体から、力が抜けた。
そう思った直後、アーウンさんは勢いよく立ち上がって傭兵たちの手を振り解いた。一瞬の隙を突かれた傭兵たちから逃げだそうとしたアーウンさんだったけど、素早く動いていたアリオナさんに右腕を掴まれ、そのまま力任せに地面に押し倒された。
「人に罪を被せようだなんて、許さないんだから!」
怒りを露わにしたアリオナさんは、前向きに倒れたアーウンさんの背中を膝で押さえつけつつ、掴んだ右腕を捻りながら、上方へと持ち上げた。
アーウンさんは藻掻いたが、アリオナさんの腕力からは逃れられない。
俺はアーウンさんをフレディや傭兵たちに任せると、アリオナさんと微笑み合ってから、ほかの商人たちに告げた。
「さあ。朝飯を食べたら、すぐに出発しましょう!」
30
あなたにおすすめの小説
社会の底辺に落ちたオレが、国王に転生した異世界で、経済の知識を活かして富国強兵する、冒険コメディ
のらねこま(駒田 朗)
ファンタジー
リーマンショックで会社が倒産し、コンビニのバイトでなんとか今まで生きながらえてきた俺。いつものように眠りについた俺が目覚めた場所は異世界だった。俺は中世時代の若き国王アルフレッドとして目が覚めたのだ。ここは斜陽国家のアルカナ王国。産業は衰退し、国家財政は火の車。国外では敵対国家による侵略の危機にさらされ、国内では政権転覆を企む貴族から命を狙われる。
目覚めてすぐに俺の目の前に現れたのは、金髪美少女の妹姫キャサリン。天使のような姿に反して、実はとんでもなく騒がしいS属性の妹だった。やがて脳筋女戦士のレイラ、エルフ、すけべなドワーフも登場。そんな連中とバカ騒ぎしつつも、俺は魔法を習得し、内政を立て直し、徐々に無双国家への道を突き進むのだった。
転生したら実は神の息子だった俺、無自覚のまま世界を救ってハーレム王になっていた件
fuwamofu
ファンタジー
ブラック企業で過労死した平凡サラリーマン・榊悠斗は、気づけば剣と魔法の異世界へ転生していた。
チート能力もない地味な村人として静かに暮らすはずだった……が、なぜか魔物が逃げ出し、勇者が跪き、王女がプロポーズ!?
実は神の息子で、世界最強の存在だったが、その力に本人だけが気づいていない。
「無自覚最強」な悠斗が巻き起こす勘違い系異世界英雄譚、ここに開幕!
転生したらスキル転生って・・・!?
ノトア
ファンタジー
世界に危機が訪れて転生することに・・・。
〜あれ?ここは何処?〜
転生した場所は森の中・・・右も左も分からない状態ですが、天然?な女神にサポートされながらも何とか生きて行きます。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初めて書くので、誤字脱字や違和感はご了承ください。
異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~
宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。
転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。
良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。
例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。
けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。
同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。
彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!?
※小説家になろう様にも掲載しています。
弱者の庭〜引きこもり最強種専用施設の管理人始めました〜
自来也
ファンタジー
人間が好きすぎて魔界を追放された元・魔王。
世界を救って燃え尽き気味の元・勇者。
派手に振られて落ち込んでいる精霊王。
逆セクハラが過ぎて追放された千年狐。
可愛すぎて人間が苦手になった真竜。
戦場のトラウマで休養中の傭兵――。
そんな“最強だけどちょっとズレてる”面々が集まる、
異世界のちょっと変わった施設《弱者の庭》。
異世界転生してきた平凡な青年・アルキは、
このゆる〜い最強たちの管理人に任命されてしまった。
日常はバタバタだけど、どこかあたたかい。
そして――住人が一人、また一人と“卒業”を迎えていく。
傷ついた彼らと過ごすのんびりスローライフ。
転生先は上位貴族で土属性のスキルを手に入れ雑魚扱いだったものの職業は最強だった英雄異世界転生譚
熊虎屋
ファンタジー
現世で一度死んでしまったバスケットボール最強中学生の主人公「神崎 凪」は異世界転生をして上位貴族となったが魔法が土属性というハズレ属性に。
しかし職業は最強!?
自分なりの生活を楽しもうとするがいつの間にか世界の英雄に!?
ハズレ属性と最強の職業で英雄となった異世界転生譚。
ブラック企業で心身ボロボロの社畜だった俺が少年の姿で異世界に転生!? ~鑑定スキルと無限収納を駆使して錬金術師として第二の人生を謳歌します~
楠富 つかさ
ファンタジー
ブラック企業で働いていた小坂直人は、ある日、仕事中の過労で意識を失い、気がつくと異世界の森の中で少年の姿になっていた。しかも、【錬金術】という強力なスキルを持っており、物質を分解・合成・強化できる能力を手にしていた。
そんなナオが出会ったのは、森で冒険者として活動する巨乳の美少女・エルフィーナ(エル)。彼女は魔物討伐の依頼をこなしていたが、強敵との戦闘で深手を負ってしまう。
「やばい……これ、動けない……」
怪我人のエルを目の当たりにしたナオは、錬金術で作成していたポーションを与え彼女を助ける。
「す、すごい……ナオのおかげで助かった……!」
異世界で自由気ままに錬金術を駆使するナオと、彼に惚れた美少女冒険者エルとのスローライフ&冒険ファンタジーが今、始まる!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる