最凶と呼ばれる音声使いに転生したけど、戦いとか面倒だから厨房馬車(キッチンカー)で生計をたてます

わたなべ ゆたか

文字の大きさ
13 / 112

二章-5

しおりを挟む

   5

 野営地と決めていた原っぱに到着した《カーターの隊商》は、予定通りに円を描くように馬車を停めた。
 こうすることで、馬車や幌――そして荷馬が壁になって、矢を防いでくれる。円の中心で火を焚き、その周囲では毛布にくるまった何人かの商人が眠っていた。そして、何人かは馬車の中で就寝中のようだ。
 護衛たちは馬車の外周で、外側からの襲撃を警戒していた。それが、傭兵の定石というものだ。
 だけど、きっと、いや――間違いなく今夜は、その常識は通用しない。
 それは、俺の予感。
 これは《力》ではなく、本能というか……第六感的に理解していることだ。


「クラネスくん、まだ寝ないの?」


 厨房馬車の中でパン生地の仕込みをしていた俺に、眠そうな目のアリオナさんが声をかけてきた。
 毛布にくるまったアリオナさんは起きあがると、そのまま床の上に座った。
 小さく舌打ちをした俺は一呼吸分だけ待って、アリオナさんを振り返った。


「色々と、やることがあるからね。特に野宿のときはさ」


 パン生地を捏ねる手を止めて振り返った俺は、厨房馬車の中を照らすランタンのシャッターを少しだけ広げた。
 アリオナさんの横で寝ている、ユタさんが起きてしまう――という心配は杞憂だった。
 なんの変化もないまま、「もう食べられない……太っちゃう……」などと、ベタなんだか違うのかって寝言とともに、寝息を立てていた。
 そんな様子に苦笑してから、俺はアリオナさんに目を戻した。


「ごめんね。起こしちゃった?」


「ううん……起きたのはたまたまだから。それより、クラネスくん。野宿のときは、今みたいに寝ないの?」


「状況によるかな。今回の原っぱみたいな開けた場所は、四方から襲われる可能性があるからね。俺もできることはしないと」


 そう答えてから、俺は舌打ちをしてみせた。
 この一回で、アリオナさんは察してくれたみたいだ。少し目を見広げながら、三回ほど頷いた。


「なんだっけ。〈舌打ちソナー〉?」


「そういうこと。何かが近づいてきたら、これでわかるし」


 焚き火を消せば、危険も減るけど……流石に夜は涼しいから。毛布じゃなくても平気だけど、できれば暖かいほうがいいに決まっている。
 それに人間っていうのは、灯りがあったほうが安心できるんだ。
 ちなみに、この厨房馬車は中でランタンや松明を灯していても、外に灯りが漏れないようになっている。隙間を徹底的に塞いだ結果なんだけど、これは光よりも、外から虫が入ってこないようにするためだ。
 一応は厨房なわけだし、防虫については気をつけている。掃除にゴミの処理――そういった基本的なことも毎回、念入りにやっているつもりだ。


「ついでに、仕込みとかもやってるからね。あまり眠くはならないよ。ただ、朝からの移動はまた、ユタさんにお願いするけどね」


「あたしも手伝えることない?」


 アリオナさんからの質問に、俺は〈舌打ちソナー〉をしてから答えた。


「いや……馬車の移動はユタさんに任せればいいし、今は大人しくしてくれたら――」


 言葉の途中で、俺は帰ってきた音波の異常に気付いた。円を描いて停まっている馬車の内側で、誰かが動いている。
 俺は〈舌打ちソナー〉を連続使用して、その動きを追った。
 馬車から出てきたらしい人物が、まるで忍び足のような動きで二つほど離れた馬車に入って行く。そこは確か――アリオナさんに助けられた、商人夫婦の馬車だった気がする。
 数十秒ほど経って、商人夫婦の馬車から先ほどの人物が出てきた。また忍び足のような足取りで、元の馬車に戻って行った。
 元の馬車で床を触るような仕草をしてから、そのまま寝転がった。


「ちょっと、ごめん」


 俺は厨房馬車から外に出ると、先ほどの馬車の位置を確認した。
 侵入されたのは、やはり商人夫妻の馬車だ。そして……二台分離れた馬車は、アーウンさんのものっぽい。
 商人夫妻は、焚き火の近くで眠っているのが見える。アーウンさんは、それに気がつかなかったの……か?
 馬車に戻った俺は、改めて〈舌打ちソナー〉を使った。
 円の中では、もう寝返り以外で動いている人物はいない。外も予想外に、平穏だ。

 ……さて。

 単に商人夫妻に用事があって馬車に行ったのか、それとも商人夫妻が不在だから馬車に行ったのか――そのどちらかで、明日の対応が変わる。


「……どうしたの?」


 少し不安げなアリオナさんからの問いに、俺は溜息交じりに答えた。


「どうかしそうな予感がしててね。明日の朝は、ちょっと慌ただしくなりそうだよ」


 そうなると、頭ははっきりと動かしておきたいけど……今日は徹夜だからなぁ。
 あまり気は進まないし、商人たちとのゴタゴタに巻き込みたくないんだけどな。でもここは、アリオナさんに頼るしかない。


「アリオナさん――これから、今の状況を説明するから」


「状況?」


「そ。今日は早く寝て、頭をフル回転できるようにしておいてくれる? 厄介ごとに対処するために、アリオナさんの力が必要かもしれない」


「あたしの力? えっと、腕力じゃあないよね……あ、頭脳労働?」


「うん。そういうこと」


 俺は出来るだけ簡潔に、〈舌打ちソナー〉で得た情報をアリオナさんに伝えた。
 前世で副委員長をやっていただけあって、頭の回転はいいんだよな。なんとか俺たちだけで、状況を打破する方法を考えなきゃ。


「――というわけ」


「そんなことがあったんだ。でも……目的がわからないよね?」


「そうなんだけどね。でも、そこは臨機応変に――」


「できるわけ? たった二人で」


 いきなり横から声をかけられて、俺はビクッと身体を強ばらせた。声の聞こえていないアリオナさんに怪訝そうな顔をされて、俺は気恥ずかしくなりながら、声の主を振り返った。
 そこでは、いつの間に起きたのか――毛布から半身を出したユタさんが、起きあがろうとしているところだった。


「アーウンさんと仲の良い商人は、三、四人はいるんじゃない? 根回し、手数、それに威圧感――どれをとっても、向こうのほうが上よ」


「でもユタさん。だからと言って、なにもしないってのは悪手でしょ?」


「そう。だから、せめて手数を増やさなきゃね。さて、クラネス君。あなたが今の隊商で、信用できる人材は誰?」


 質問の意図が掴めずに、俺は少し迷った。
 信用か……俺は、思ったことを素直に答えることにした。


「フレディ、ユタさん、アリオナさん。この三人は、信用できると思ってます」


 信用してる一人に、下手な誤魔化しをする必要はないからね。
 俺の返答に満足げな笑みを浮かべつつ、ユタさんは次の問いを口にした。


「それじゃあ、クラネス君。あなたがアーウンさんだったら、なにがしたくて夜中にこっそり行動するのかな?」


「俺がアーウンさんだったら……夜中になにをするかって言われてもなぁ」


「よく考えて。アーウンさんの日頃の言動から、推測するの」


「アーウンさんの日頃の言動からって言われても……」


 まるでヒントを与えるような言葉だったけど、俺の頭は混乱し始めていた。他人の考えが簡単に推測できたら、苦労はしない。
 そう思った矢先、アリオナさんが小さく手を挙げた。


「クラネスくん。話の内容は、夜中にアーウンさんがやろうとすること、でいいの?」


「うん……そうだけど」


「そっか。あのね……あたしがアーウンさんだったら、あたしを追い出すために、なにか行動をすると思う」


「お、いいねぇ。アリオナちゃん、察しがいいわ。あたしも同意見よ。それじゃあ次。じゃあ、他人の馬車に忍び込んだんで、なにをする?」


 アリオナさんの返答に笑顔で頷きながら、ユタさんは次の質問をしてきた。
 この流れで、思いつく返答はたった一つだけど……それは、隊商に参加する商人にとって、御法度な行為だった。
 さすがにこれはないな――と、考え直そうとしたんだけど、ユタさんの目が俺の心情を見抜いたようだ。
 無言で俺に、思い浮かんだ内容を言えと促してきた。


「……なにかを盗んで、隠す。それをアリオナさんの犯行だと、証言をする――とか」


「なるほどね。逆になにかを置いて、それをアリオナちゃんの仕業にする可能性もあるけど」


「俺は、そっちの可能性はないと思いますよ。だって、それをするなら俺の馬車に忍び込まなきゃ。それをしないで、自分の馬車に戻っただけなら、なにかを盗んだって考えたほうが自然だと思います」


 俺の考えを聞いて、ユタさんは笑いを堪えるような表情になった。
 自分の後頭部を軽く叩きながら、含みのある目を俺に向けてきた。



「あたしもまだ、寝起きで頭が回ってないわ。なかなか、良い推測だと思うわ。アーウンが騒ぎを起こすのは、朝食後かしらね。皆が起きて、出発の準備をし始めたころ――かしら」


「ああ、なるほど。そのくらいの時間なら、みんなの注目を集められるかな? それじゃあ……アーウンさんの馬車は、見張っておいたほうがいいかな? 盗んだ品を自分の馬車から持ち出さないように……そうなると、俺の《力》でも監視したほうがいいのか」


「……うん。いいわね。それじゃあ、二人はアーウンさんに監視されていると思うから、見張りや傭兵の手配はフレディに任せましょ。あたしが伝言役をやってあげる」


 いつのまにか、ユタさんに仕切られちゃってる感じだな……これ。
 こんなに頭の回る人だったとは、今まで知らなかった。俺は内心で舌を巻きながら、眠そうにしているユタさんを眺めていた。
 とにかく、決戦は早朝だ。
 精気を蓄えるためにも、アリオナさんとユタさんには、早めに寝て貰うことにした。
 俺は……残念ながら、まだ〈舌打ちソナー〉での仕事が残っている。速攻で眠ってしまった二人を尻目に、俺は半泣きでパン生地の仕込みを再開した。

 ……俺も寝たいよぉ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【一時完結】スキル調味料は最強⁉︎ 外れスキルと笑われた少年は、スキル調味料で無双します‼︎

アノマロカリス
ファンタジー
調味料…それは、料理の味付けに使う為のスパイスである。 この世界では、10歳の子供達には神殿に行き…神託の儀を受ける義務がある。 ただし、特別な理由があれば、断る事も出来る。 少年テッドが神託の儀を受けると、神から与えられたスキルは【調味料】だった。 更にどんなに料理の練習をしても上達しないという追加の神託も授かったのだ。 そんな話を聞いた周りの子供達からは大爆笑され…一緒に付き添っていた大人達も一緒に笑っていた。 少年テッドには、両親を亡くしていて妹達の面倒を見なければならない。 どんな仕事に着きたくて、頭を下げて頼んでいるのに「調味料には必要ない!」と言って断られる始末。 少年テッドの最後に取った行動は、冒険者になる事だった。 冒険者になってから、薬草採取の仕事をこなしていってったある時、魔物に襲われて咄嗟に調味料を魔物に放った。 すると、意外な効果があり…その後テッドはスキル調味料の可能性に気付く… 果たして、その可能性とは⁉ HOTランキングは、最高は2位でした。 皆様、ありがとうございます.°(ಗдಗ。)°. でも、欲を言えば、1位になりたかった(⌒-⌒; )

大学生活を謳歌しようとしたら、女神の勝手で異世界に転送させられたので、復讐したいと思います

町島航太
ファンタジー
2022年2月20日。日本に住む善良な青年である泉幸助は大学合格と同時期に末期癌だという事が判明し、短い人生に幕を下ろした。死後、愛の女神アモーラに見初められた幸助は魔族と人間が争っている魔法の世界へと転生させられる事になる。命令が嫌いな幸助は使命そっちのけで魔法の世界を生きていたが、ひょんな事から自分の死因である末期癌はアモーラによるものであり、魔族討伐はアモーラの私情だという事が判明。自ら手を下すのは面倒だからという理由で夢のキャンパスライフを失った幸助はアモーラへの復讐を誓うのだった。

屑スキルが覚醒したら追放されたので、手伝い屋を営みながら、のんびりしてたのに~なんか色々たいへんです(完結)

わたなべ ゆたか
ファンタジー
タムール大陸の南よりにあるインムナーマ王国。王都タイミョンの軍事訓練場で、ランド・コールは軍に入るための最終試験に挑む。対戦相手は、《ダブルスキル》の異名を持つゴガルン。 対するランドの持つ《スキル》は、左手から棘が一本出るだけのもの。 剣技だけならゴガルン以上を自負するランドだったが、ゴガルンの《スキル》である〈筋力増強〉と〈遠当て〉に翻弄されてしまう。敗北する寸前にランドの《スキル》が真の力を発揮し、ゴガルンに勝つことができた。だが、それが原因で、ランドは王都を追い出されてしまった。移住した村で、〝手伝い屋〟として、のんびりとした生活を送っていた。だが、村に来た領地の騎士団に所属する騎馬が、ランドの生活が一変する切っ掛けとなる――。チート系スキル持ちの主人公のファンタジーです。楽しんで頂けたら、幸いです。 よろしくお願いします! (7/15追記  一晩でお気に入りが一気に増えておりました。24Hポイントが2683! ありがとうございます!  (9/9追記  三部の一章-6、ルビ修正しました。スイマセン (11/13追記 一章-7 神様の名前修正しました。 追記 異能(イレギュラー)タグを追加しました。これで検索しやすくなるかな……。

最強無敗の少年は影を従え全てを制す

ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。 産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。 カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。 しかし彼の力は生まれながらにして最強。 そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

八百万の神から祝福をもらいました!この力で異世界を生きていきます!

トリガー
ファンタジー
神様のミスで死んでしまったリオ。 女神から代償に八百万の神の祝福をもらった。 転生した異世界で無双する。

【しっかり書き換え版】『異世界でたった1人の日本人』~ 異世界で日本の神の加護を持つたった1人の男~

石のやっさん
ファンタジー
12/17 13時20分 HOT男性部門1位 ファンタジー日間 1位 でした。 ありがとうございます 主人公の神代理人(かみしろ りひと)はクラスの異世界転移に巻き込まれた。 転移前に白い空間にて女神イシュタスがジョブやスキルを与えていたのだが、理人の番が来た時にイシュタスの顔色が変わる。「貴方神臭いわね」そう言うと理人にだけジョブやスキルも与えずに異世界に転移をさせた。 ジョブやスキルの無い事から早々と城から追い出される事が決まった、理人の前に天照の分体、眷属のアマ=テラス事『テラスちゃん』が現れた。 『異世界の女神は誘拐犯なんだ』とリヒトに話し、神社の宮司の孫の理人に異世界でも生きられるように日本人ならではの力を授けてくれた。 ここから『異世界でたった1人の日本人、理人の物語』がスタートする 「『異世界でたった1人の日本人』 私達を蔑ろにしチート貰ったのだから返して貰いますね」が好評だったのですが...昔に書いて小説らしくないのでしっかり書き始めました。

四つの前世を持つ青年、冒険者養成学校にて「元」子爵令嬢の夢に付き合う 〜護国の武士が無双の騎士へと至るまで〜

最上 虎々
ファンタジー
ソドムの少年から平安武士、さらに日本兵から二十一世紀の男子高校生へ。 一つ一つの人生は短かった。 しかし幸か不幸か、今まで自分がどんな人生を歩んできたのかは覚えている。 だからこそ今度こそは長生きして、生きている実感と、生きる希望を持ちたい。 そんな想いを胸に、青年は五度目の命にして今までの四回とは別の世界に転生した。 早死にの男が、今まで死んできた世界とは違う場所で、今度こそ生き方を見つける物語。 本作は、「小説家になろう」、「カクヨム」、にも投稿しております。

~最弱のスキルコレクター~ スキルを無限に獲得できるようになった元落ちこぼれは、レベル1のまま世界最強まで成り上がる

僧侶A
ファンタジー
沢山のスキルさえあれば、レベルが無くても最強になれる。 スキルは5つしか獲得できないのに、どのスキルも補正値は5%以下。 だからレベルを上げる以外に強くなる方法はない。 それなのにレベルが1から上がらない如月飛鳥は当然のように落ちこぼれた。 色々と試行錯誤をしたものの、強くなれる見込みがないため、探索者になるという目標を諦め一般人として生きる道を歩んでいた。 しかしある日、5つしか獲得できないはずのスキルをいくらでも獲得できることに気づく。 ここで如月飛鳥は考えた。いくらスキルの一つ一つが大したことが無くても、100個、200個と大量に集めたのならレベルを上げるのと同様に強くなれるのではないかと。 一つの光明を見出した主人公は、最強への道を一直線に突き進む。 土曜日以外は毎日投稿してます。

処理中です...