最凶と呼ばれる音声使いに転生したけど、戦いとか面倒だから厨房馬車(キッチンカー)で生計をたてます

わたなべ ゆたか

文字の大きさ
16 / 123

三章-1

しおりを挟む


 三章 ランカルで渦巻く思惑


   1

 朝にゴタゴタはあったものの、《カーターの隊商》は順調に街道を進んでいた。
 昨日から引き続き、穏やかな日差しが降り注ぐ街道は、周囲ひ広がる田園風景とも相まって、俺は平穏を絵に描いたような、のんびりとした旅程を満喫していた。
 もう昼前なのか太陽は日周運動における、ほぼ最高地点に到達しようとしていた。
 すでに仮眠から起きて、俺はユタさんと御者役を交代していた。田園に入ってしまえば、もうランカルという領主が収める街の境界には入っている。
 欠伸を噛み殺していると、前を進んでいたフレディが、御者台の近くに馬を寄せてきた。


「若。街の城壁が見えてきました」


「……そっか。ありがとう」


 街が見えてきたということは、ちょっと辛い役目をする刻が迫っていることになる。憂鬱さと緊張で頭の芯に残っていた眠気が消え、一気に目が冴えていった。
 それから昼に差し掛かるころになって、俺たちは街の入り口へと到着した。
 門番に馬車の数を申告する際、俺はアーウンさんの馬車は数に含まなかった。そのことに気付いた門番が、怪訝そうな顔をした。


「馬車の数が申告より、多いようだが」


「最後の馬車は、隊商には参加してませんから。ここまで、一緒に移動しただけです」


 冷たい対応だと、自分でも思うけど。だけど、こういう約束で、こういう契約だから仕方がない。それに今朝、一緒に行動するのは街に到着するまでと宣告している。
 アーウンさんはここから、関係者ではなくなった。
 俺の返答に、門番は曖昧に頷いた。きっと、形式的に馬車の数を確認しただけで、そこまで興味は無いんだと思う。
 隊商の馬車が街に入ったあと、アーウンさんの馬車が門番に止められた。だからといって、どうすることもできない以上、隊商はこのまま市場へ向かうしかない。
 ランカルの市場は、街の東側にある。そこにある空き地に馬車列を停めると、俺は先ず商人たちへ、昼食を摂るように指示を出した。


「商売は、昼食後にしましょう。そのくらいの時間までは、市場に来る街の人も減るでしょうから」


 護衛の傭兵を数人だけ残して、ほかの人たちが食事に出かけたあと、俺は諸々の挨拶を済ませてから、商売の仕込みを始めた。
 俺は手始めに、ユタさんが搾ってくれた、小壺に入った牛乳を振り始めた。そんなとき、厨房馬車にアリオナさんが入って来た。


「クラネスくんは……お昼御飯は食べないの?」


「昼は、仕込みをしながらになるね。これから、バターやマヨネーズを作らなきゃだし、パンだって焼かなきゃいけないから」


 俺が指折り数えていると、アリオナさんは少しだけ頬を染めながら、上目遣いに顔を覗き込んできた。


「あたしも手伝う……ダメ?」


 う……そんな表情をされたら、とてもじゃないけど断れないじゃないか。
 貴重な休み時間でもあるんだから、ちゃんと食事は摂って欲しいんだけど……良心と欲望が、俺の意志を挫いてくるし。
 そんな葛藤をしている横で、ユタさんが俺たちの様子を眺めている……っていうか、そのニタニタ顔は止めて欲しいところだ。
 俺は諦めたように、アリオナさんの申し出を承諾した。


「まずは作ってもらったバターに、前の村で手に入れたニンニクの絞り汁を入れて、掻き混ぜる。それを開きにしたパンの断面に塗る。そしたら、その断面を熱した鉄板で軽く焼く――」


「ま、まってクラネスくん。これって……絶対に美味しいヤツじゃない?」


 アリオナさんが唾を飲み込んだとき、ガーリックバターを炙った香りが、小窓を開けた厨房馬車から周囲に漂い始めた。
 ウナギの蒲焼きと同様のことをしてるんだけど、この世界において、これ以上の客寄せは早々ないかもしれない。
 具材はいつもの干し肉とかキャベツ、スライスしたタマネギにマヨネーズって程度だかし、今回は匂いによる客寄せに頼るつもりだ。
 俺は試作品を二つ作ると、一つをアリオナさんに手渡した。


「昼飯代わりに、どうぞ」


「ありがとう! ああ……良い匂い。お腹空いちゃう」


 この世界では、基本的な食事は一日に二回。ただし《カーターの隊商》では、朝の出発が早いため、朝食も出すようにしている。
 ここで食べないと、夕食まで食事が出来なくなる。力勝負をするアリオナさんには、食事は摂ってもらわないとね。

 ……本当に、それだけの意味だから。うん。

 誰に対する言い訳かわからないけど、俺は心の中で、この言葉を何度も繰り返した。
 それから一時間ほど経ってから、隊商は商売を開始した。厨房馬車から呼び込みをすると、十人くらいの住人たちがカーターサンドを買いにきた。
 やはりガーリックバターの香りの破壊力は、この世界でも強力だ。
 ほかの商人たちも商売は順調のようだし、護衛をしながらの腕自慢大会も盛況なようだった。


「観戦の方は、どうぞカーターサンドを食べながら、楽しんで下さいね!」


 まあ、俺のほうは……アリオナさんの呼び込みの効果も高かったかもしれない。売り上げだけみれば、アリオナさんよりも少し上なんだけど……。
 ――なんだけど……なんだかちょっと情けない。
 夕方近くに、隊商は商売を終えた。
 これからは、買い出しの時間だ。俺は厨房の掃除を終えると、アリオナさんと一緒に市場へと出た。
 ランカルの街は何度も訪れているから、市場にも慣れたものだ。干し肉を扱っている馴染みの店に入ったんだけど――。


「え? 売れないって――どういうことです?」


 店主さんの発言に、俺は焦りながら詰め寄った。ただの干し肉なら、ほかの店でも構わないんだけど……味に関していえば、この店が一番、カーターサンドに合ってるんだ。
 店主さんは困り顔で、俺に肩を竦めた。


「御領主様からのお達しなんだよ。街を訪れた隊商に、商品を売るなって」


「はあ? なんで、そんなお達しが出てるんですか!」


「さあ……正直、俺たちも困ってるんだよ。まあ、うちの店は食品だからなぁ。街の人間も買ってくれるけどよ。交易頼りの店は、頭を抱えてるみたいだよ」


 干し肉は諦め切れなかったけど、これ以上の問答は時間の無駄だ。
 俺はアリオナさんに事情を説明しながら、野菜や卵などを売っている店を廻ったけど……状況は干し肉の店と同じだった。
 隊商の馬車へ戻る途中で、アリオナさんが首を傾げた。


「……どうして、売ってくれないんだろうね?」


「領主の指示って言ってたけど……でもおかしいなぁ。ここの領主のコールナン家は、うちの爺様と知り合いなんだよね。俺が隊商をやってるって、知ってるはずなんだよなぁ。実際に、会ったこともあるし」


「……そうなの?」


 ストレスから、ちょっと不用意に喋りすぎたかもしれない。
 俺の爺様が領主と知り合いということに、アリオナさんは眉を顰めた。


「クラネスくんって、実は貴族――とか?」


「まさか。もしそうなら、隊商なんてやると思う?」


「……思わない、けど」


 アリオナさんは納得し切れていない顔で、ぎこちなく首を傾げた。
 そこで会話が途切れてしまったとき、隊商の馬車の前で、商人たちが集まっている姿が見えた。
 俺は急いで、商人たちの元へ駆け寄った。


「なにがあったんですか!?」


「ああ、長……市場で、隊商には物を売れないって言われてしまって」


「ああ、それなら俺も言われましたよ。領主の命令らしいんですけど……なにがどうなっているのかは、俺にもわかりません」


 商人たちの暗い顔を見ると、やはりなんとかしないと――って気になってくる。
 俺がユタさんの姿を探して周囲を見回したとき、兵士に囲まれた馬車が近寄ってくるのが見えた。
 それは荷馬車などではなく、茶色の客車を引く二頭立ての馬車だ。こういうのは、貴族か富豪の持ち物しかありえない。
 俺はイヤな予感を感じながら、近づいて来る馬車へと目を向けた。
 馬車は、俺たちに客車の横を見せるように停まった。兵士の一人が客車のドアを開けると、中から水色のドレスを着た少女が出てきた。
 金髪を結い上げ、イヤリングとペンダント、それに指輪など、装飾品もそこそこに豪奢なものを身につけている。
 意の強そうな顔のエメラルドグリーンの瞳が、俺で止まった。


「クラネス・カーター様、お久しゅうございます」


「……これは、サリー様。お久しぶりにございます」


 爺様の関係で、一応は知り合いであるサリー・コールナン嬢に、俺は一礼をした。
 サリー嬢は尊大な物腰で、俺に微笑んできた。


「クラネス様。この街で隊商に物を売らない理由を、知りたいのではありませんか?」


「そうですね……是非」


「ええ、そうでしょう。それならば今宵、我が家で茶会を開きますの。招待状をお持ちしましたので、そこでお話をしましょう――」


 そこまで言い終えたところで、サリー嬢の目が俺の隣にいるアリオナさんで止まった。


「カーター様……そちらの女性は、どなたですの?」


「アリオナさんは、うちの隊商で雇った護衛兼、お手伝いです。厨房馬車の手伝いもしてくれますし、かなりの働き者です」


 俺がアリオナさんを褒めると、サリー嬢の目が少し険しくなった。


「あら、そうですの。そちらのアリオナでしたかしら。あなたも茶会にいらっしゃいな。そこで、格の差を見せてさしあげますわ」


 それでは失礼――と、サリー嬢は再び馬車に乗り込んだ。兵士を介して招待状を受け取ったのを馬車の中から見て、サリー嬢は御者に出発するよう指示を出した。
 俺は招待状を眺めながら、溜息を吐いた。
 これは……今の状況からすると、行くしかないんだろうなぁ。ああ――面倒臭いこと、この上ない。
 コールナン家は最近、良い噂を聞かないからなぁ。聞いた話でしかないけど、財政がひっ迫してるらしいし。
 俺は長い溜息を吐いてからアリオナさんに、今の会話についての説明を始めた。

--------------------------------------------------------------------------------
本作を読んで頂き、誠にありがとう御座います!

わたなべ ゆたか です。

大賞のベット期間も終わりということで、後書きも解禁してもいいかなと。

クラネスの作るカーターサンドが徐々にバージョンアップをしているのは、高値で売れる土地かどうかの違いです。
村か過疎地では安いバーション。領主街では、高いバーション。って感じです。

〈音声使い〉の使い道も、これから徐々に増えていきます。

よろしければ、お付き合い下さいませ。

少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
次回も宜しくお願いします!
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

転生したら実は神の息子だった俺、無自覚のまま世界を救ってハーレム王になっていた件

fuwamofu
ファンタジー
ブラック企業で過労死した平凡サラリーマン・榊悠斗は、気づけば剣と魔法の異世界へ転生していた。 チート能力もない地味な村人として静かに暮らすはずだった……が、なぜか魔物が逃げ出し、勇者が跪き、王女がプロポーズ!? 実は神の息子で、世界最強の存在だったが、その力に本人だけが気づいていない。 「無自覚最強」な悠斗が巻き起こす勘違い系異世界英雄譚、ここに開幕!

社会の底辺に落ちたオレが、国王に転生した異世界で、経済の知識を活かして富国強兵する、冒険コメディ

のらねこま(駒田 朗)
ファンタジー
 リーマンショックで会社が倒産し、コンビニのバイトでなんとか今まで生きながらえてきた俺。いつものように眠りについた俺が目覚めた場所は異世界だった。俺は中世時代の若き国王アルフレッドとして目が覚めたのだ。ここは斜陽国家のアルカナ王国。産業は衰退し、国家財政は火の車。国外では敵対国家による侵略の危機にさらされ、国内では政権転覆を企む貴族から命を狙われる。  目覚めてすぐに俺の目の前に現れたのは、金髪美少女の妹姫キャサリン。天使のような姿に反して、実はとんでもなく騒がしいS属性の妹だった。やがて脳筋女戦士のレイラ、エルフ、すけべなドワーフも登場。そんな連中とバカ騒ぎしつつも、俺は魔法を習得し、内政を立て直し、徐々に無双国家への道を突き進むのだった。

転生したらスキル転生って・・・!?

ノトア
ファンタジー
世界に危機が訪れて転生することに・・・。 〜あれ?ここは何処?〜 転生した場所は森の中・・・右も左も分からない状態ですが、天然?な女神にサポートされながらも何とか生きて行きます。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初めて書くので、誤字脱字や違和感はご了承ください。

異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~

宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。 転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。 良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。 例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。 けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。 同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。 彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!? ※小説家になろう様にも掲載しています。

弱者の庭〜引きこもり最強種専用施設の管理人始めました〜

自来也
ファンタジー
人間が好きすぎて魔界を追放された元・魔王。 世界を救って燃え尽き気味の元・勇者。 派手に振られて落ち込んでいる精霊王。 逆セクハラが過ぎて追放された千年狐。 可愛すぎて人間が苦手になった真竜。 戦場のトラウマで休養中の傭兵――。 そんな“最強だけどちょっとズレてる”面々が集まる、 異世界のちょっと変わった施設《弱者の庭》。 異世界転生してきた平凡な青年・アルキは、 このゆる〜い最強たちの管理人に任命されてしまった。 日常はバタバタだけど、どこかあたたかい。 そして――住人が一人、また一人と“卒業”を迎えていく。 傷ついた彼らと過ごすのんびりスローライフ。

八百万の神から祝福をもらいました!この力で異世界を生きていきます!

トリガー
ファンタジー
神様のミスで死んでしまったリオ。 女神から代償に八百万の神の祝福をもらった。 転生した異世界で無双する。

転生先は上位貴族で土属性のスキルを手に入れ雑魚扱いだったものの職業は最強だった英雄異世界転生譚

熊虎屋
ファンタジー
現世で一度死んでしまったバスケットボール最強中学生の主人公「神崎 凪」は異世界転生をして上位貴族となったが魔法が土属性というハズレ属性に。 しかし職業は最強!? 自分なりの生活を楽しもうとするがいつの間にか世界の英雄に!? ハズレ属性と最強の職業で英雄となった異世界転生譚。

ブラック企業で心身ボロボロの社畜だった俺が少年の姿で異世界に転生!? ~鑑定スキルと無限収納を駆使して錬金術師として第二の人生を謳歌します~

楠富 つかさ
ファンタジー
 ブラック企業で働いていた小坂直人は、ある日、仕事中の過労で意識を失い、気がつくと異世界の森の中で少年の姿になっていた。しかも、【錬金術】という強力なスキルを持っており、物質を分解・合成・強化できる能力を手にしていた。  そんなナオが出会ったのは、森で冒険者として活動する巨乳の美少女・エルフィーナ(エル)。彼女は魔物討伐の依頼をこなしていたが、強敵との戦闘で深手を負ってしまう。 「やばい……これ、動けない……」  怪我人のエルを目の当たりにしたナオは、錬金術で作成していたポーションを与え彼女を助ける。 「す、すごい……ナオのおかげで助かった……!」  異世界で自由気ままに錬金術を駆使するナオと、彼に惚れた美少女冒険者エルとのスローライフ&冒険ファンタジーが今、始まる!

処理中です...