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三章-2
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サリー・コールナンから招待状を受け取った話をすると、ユタさんは「あんの糞餓鬼」と呟いてから、右手で拳を握った。
「わかったわ。隊商の女性陣と協力して、アリオナちゃんをサリーなんかに負けない女に、仕立てあげてやろうじゃない」
「あ、いや、そこまでしなくても。とりあえず、体裁が整うだけで良いんですけど……」
「なにを言ってるのよ、クラネス君。アリオナちゃんが喧嘩を売られたのよ? もっとクラネス君も殺る気になって」
……殺る気って、あんた。
いつになく、やる気満々のユタさんは、アリオナさんを馬車の中に連れて行った。そして聞こえてくる、アリオナさんの悲鳴――。
また色々と変なところを触っているような、そんな悲鳴に俺は赤面しながら、護衛をフレディを筆頭とした傭兵たちに任せた。
アリオナさんたちがいる馬車から離れたといっても、ただ逃げたわけじゃなくて。俺もそれ相応の礼服に着替えないとね。
爺様から貰った、品が良くて上質だけど、窮屈すぎる服に着替えた俺が馬車から出たとき、真横からユタさんの声がした。
「クラネス君、どうよ!」
どや顔のユタさんに、俺は思わず苦笑してしまった。どんな力作やら――と、視線をずらした途端、顔から表情が消えた――と思う。
髪の毛を少しアップに纏め、首元にはネックレス。腰は黒い帯状の布をリボンのように縛って、腰の細さを誇張した薄緑色のドレスに、白い長手袋。足元まである裾から覗く爪先から察するに、低いヒールのあるブーツを履いているようだ。
化粧は薄目ではあるけど――可愛いと美しいが、絶妙なバランスで均整を取っている。
完全に見とれていた俺の視線に、アリオナさんは少し恥ずかしそうに俯いた。
「あ、あの……どこか、変?」
「あ――」
口の中が乾いてしまって、第一声が上手く出せなかった。
俺は口を閉じてなんとか口の中を湿らしてから、アリオナさんへの返答を口にした。
「どこも変じゃないよ。綺麗――です、はい」
「き――っ!? え、そ、そうなんだ」
二人して、顔を真っ赤にさせていた。
そのまま、どのくらい沈黙していたんだろう――ユタさんが、パンパンと手を叩いた。
「はいはい、二人して照れ合ってないの。本番はこれからでしょ」
「あの、ユタさん? 二人で言いますけど、アリオナさんには手を叩く音以外、伝わってないはずなんですが……」
「それは、クラネス君が伝えてよ」
しれっと言ってのけるユタさんに、俺は反論する気力も失せていた。
伝言のようにユタさんの言葉を伝えたら、アリオナさんは頬を染めたままの顔で、コクンと頷いた。
「それにしても、アリオナさんに合うドレスなんて、よく持ってましたね」
「ドレスなんか、あるわけないでしょ? 布とかチェニックとかかき集めて、それっぽくしただけだから。仮縫い程度のところも多いから、下手に引っ張ったりしないでよ?」
なるほど。努力の結晶ってわけなんだ。
俺がアリオナさんを真っ直ぐ見られず、照れたまま首の後ろを掻いていると、横から声をかけられた。
「若」
荷馬車を引いてきたフレディが、俺とアリオナさんを見て微笑んだ。
「お似合いですよ、お二人とも」
「どうも――で、そのお世辞も俺がアリオナさんに伝えるの?」
少し皮肉の混じった俺の言葉に、フレディは苦笑した。
「お世辞ではありませんよ、お二人とも、お似合いです。今のお姿ですと荷馬車では不足かもしれませんが、そこはご辛抱下さい」
いや、こんな服が似合ってるとか言われても……あんまり嬉しくないなぁ。
フレディが引いてきたのは、二頭立てではあるけど、薄汚れた幌を持つ荷馬車でしかない。
これしかないんだから仕方ないし、なにより、これが俺の馬車なわけである。貴族が乗るような、豪奢で上品な馬車なんて性に合わない。
ただ、アリオナさんは――少なくとも今の彼女には、そういった馬車に乗せてあげたかったと思うけど。
フレディと傭兵の一人が、付添人だ。
俺とアリオナさんが荷馬車に乗り込むと、フレディの横に乗った傭兵が馬車をだく足で走らせた。
*
コールナン男爵の屋敷は、街のほぼ中央に位置していた。
これは城塞都市ではよく見られる構造で、外敵からの襲撃に備えてのことだ。屋敷も高い塀に囲まれていて、庭こそ狭いが衛兵や見張り台まで備わっている。
屋敷自体は三階建てで、上から見ると凸になる形をしている。敷地は小振りの体育館――もちろん、現実世界の――程度だが、その分、白壁や他国の建築様式を模したテラスなど、並みの貴族よりも豪華な造りになっていた。
クラネスと会ったときと同じドレスのままであるサリーが、屋敷で働く使用人たちへ、忙しく指示を出していた。
「ほらそこ、もう時間はありませんわよ! 急いで皿を並べて下さいまし。そこの人も料理だけではなく、薔薇も一緒に並べて下さいませ。もう、時間が迫っておりますのよ」
ポンポンと手を打って使用人を急かすサリーに、中年の男が近づいた。品の良い濃い緑の礼服は、膝下が白いソックスになっている。
ふっくらとした体型で、金髪に白髪が交じった男は、サリーに微笑んだ。
「熱心だな、サリー」
「あら、お父様。支度は終わりましたの?」
サリーの問いに、父親であるトマス・コールナンは口髭を撫でた。
「わたしは、とっくだ。招待した貴族や街の顔役たちは、時間まで居間でくつろいでもらっている。カーター家の孫はまだだが……招待状は渡したんだろう? そのために、街の商人と隊商との取り引きを禁じたのだ」
「ええ。それと、もう一人」
「もう一人?」
眉を顰めるトマスに、サリーは僅かに笑みを消した。
「隊商に新しく入った、女の子を」
「女の子――か? おまえにしては珍しい」
「あら。そうでもありませんわ。あの子……カーター様に、馴れ馴れしい素振りを見せておりましたもの。今夜、この場で格の違いを見せつけなければと、そう思っただけです」
サリーが目を細めると、トマスは「ふむ」と頷いた。
「そういうことであれば、存分にやるといい。我がコールナン家が、カーター家に取り入る絶好の機会だからな。不穏な影は、取り除くに限る」
「……そう、ですわね。わたくしがカーター家に入れば、コールナン家の財政も安泰ですものね」
「おい、声が大きい」
トマスはサリーを窘めながら、周囲を見回した。
コールナン家は投資の失敗で、少なくない負債を抱えていた。返済をするのは不可能ではないが、最短でも十年はかかる積算だ。
「おまえが伯爵家に入れば、融資――いや、援助も得られやすくなる」
「それは、わかっております。ですが、クラネス・カーター様以外にも跡継ぎの候補は、二、三人ほどいらっしゃると聞いておりますわ。どなたも年上でいらっしゃいますから、お姉様にやらせては如何でしょうか」
その姉は今頃、居間で来賓と談笑でもしているであろう。まだ婚約者もいない姉のことを話題に出すと、トマスは難しい顔をした。
「あれは、こういうことに向いておらぬ。兄たちも婚約の選定は進めておるが、ほかの貴族は無理そうでな」
「まあ、負債の噂は広まっているでしょうから。好きこのんで、我が家に嫁ごうという御令嬢はおりませんわね」
「そうなんだよ。できる手段は、多くない。噂では、カーター伯爵は、あの隊商を率いる孫に期待をしているらしい。あとの候補者たちは、遊びほうけていて、なにも学んでおらぬらしいしな。つまり、だ。今はサリー、おまえだけが頼りということだ」
トマスは愛娘の肩を叩くと、来賓への対応をするたえに居間へと戻っていった。
そんな父親を目で追いながら、サリーは静かな溜息をついた。
(人の気も知らないで、勝手なことを仰有いますこと)
長テーブルの上に並べられた皿と料理を一瞥してから、サリーは目を伏せた。
思い出されるのは、まだ幼い日の思い出だ。
あの日――サリーが初めてカーター家に紹介された、その日のことだ。
ランカルの屋敷にカーター家を招いたのは、トマスとカーター伯爵が昔なじみだったからだ。
大人たちの話し合いがつまらなくて、サリーは庭に出た。所在なしげに佇んでいると、不意に犬の唸り声が聞こえてきた。
どこから入り込んだのか――薄汚れた、茶色の野良犬がサリーへ牙を剥いていた。
恐怖で硬直していたから場が膠着していたが、サリーが逃げようとすれば、即座に飛びかかってくるに違いない。
身体が震えて、人を呼ぶことすらでない。
恐怖が冷静さを凌駕し、自制心が決壊しかけたとき、横から幼い男の子の声がした。
「やめろ!」
幼く頼りない声だというのに、野良犬は怯み、怯えるように耳を伏せた。
「行け! どっか行けよ!」
男の子が再び大声を張り上げると、野良犬は走り去っていった。
サリーが振り返ると、品の良い服を着た男の子――クラネス・カーターが笑顔を見せた。
「危なかったね。大丈夫?」
そのときから、サリーの心には彼がいた。
淡い恋心は、直接に伝えたことはない。クラネスが街に来るのを心待ちにし、その度に隊商まで出向いて話をするだけで充分だった。
しかし――父親が負債を抱えたことで、その関係が終わろうとしている。
(家のことは関係無い。カーター様は、誰にも渡しませんわ)
彼と結ばれたいという秘めた想いを決意に変えたサリーは、表情を引き締めて使用人への指示を再開した。
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本作を読んで頂き、誠にありがとうござます!
わたなべ ゆたか です。
大賞も終わりましたね。ベットをして頂いた方々、ありがとうございました。
大賞の期間中に作品が終われなかったのは、今回が初かもです。全部残業が悪いんや……。
本編ですが、サリーの記憶でクラネスが犬を追い払ったとき、もちろん《力》を使っております。サリーには、それがわからないので、特別な描写はしていない感じです。
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
次回も宜しくお願いします!
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