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三章-1
しおりを挟む三章 ランカルで渦巻く思惑
1
朝にゴタゴタはあったものの、《カーターの隊商》は順調に街道を進んでいた。
昨日から引き続き、穏やかな日差しが降り注ぐ街道は、周囲ひ広がる田園風景とも相まって、俺は平穏を絵に描いたような、のんびりとした旅程を満喫していた。
もう昼前なのか太陽は日周運動における、ほぼ最高地点に到達しようとしていた。
すでに仮眠から起きて、俺はユタさんと御者役を交代していた。田園に入ってしまえば、もうランカルという領主が収める街の境界には入っている。
欠伸を噛み殺していると、前を進んでいたフレディが、御者台の近くに馬を寄せてきた。
「若。街の城壁が見えてきました」
「……そっか。ありがとう」
街が見えてきたということは、ちょっと辛い役目をする刻が迫っていることになる。憂鬱さと緊張で頭の芯に残っていた眠気が消え、一気に目が冴えていった。
それから昼に差し掛かるころになって、俺たちは街の入り口へと到着した。
門番に馬車の数を申告する際、俺はアーウンさんの馬車は数に含まなかった。そのことに気付いた門番が、怪訝そうな顔をした。
「馬車の数が申告より、多いようだが」
「最後の馬車は、隊商には参加してませんから。ここまで、一緒に移動しただけです」
冷たい対応だと、自分でも思うけど。だけど、こういう約束で、こういう契約だから仕方がない。それに今朝、一緒に行動するのは街に到着するまでと宣告している。
アーウンさんはここから、関係者ではなくなった。
俺の返答に、門番は曖昧に頷いた。きっと、形式的に馬車の数を確認しただけで、そこまで興味は無いんだと思う。
隊商の馬車が街に入ったあと、アーウンさんの馬車が門番に止められた。だからといって、どうすることもできない以上、隊商はこのまま市場へ向かうしかない。
ランカルの市場は、街の東側にある。そこにある空き地に馬車列を停めると、俺は先ず商人たちへ、昼食を摂るように指示を出した。
「商売は、昼食後にしましょう。そのくらいの時間までは、市場に来る街の人も減るでしょうから」
護衛の傭兵を数人だけ残して、ほかの人たちが食事に出かけたあと、俺は諸々の挨拶を済ませてから、商売の仕込みを始めた。
俺は手始めに、ユタさんが搾ってくれた、小壺に入った牛乳を振り始めた。そんなとき、厨房馬車にアリオナさんが入って来た。
「クラネスくんは……お昼御飯は食べないの?」
「昼は、仕込みをしながらになるね。これから、バターやマヨネーズを作らなきゃだし、パンだって焼かなきゃいけないから」
俺が指折り数えていると、アリオナさんは少しだけ頬を染めながら、上目遣いに顔を覗き込んできた。
「あたしも手伝う……ダメ?」
う……そんな表情をされたら、とてもじゃないけど断れないじゃないか。
貴重な休み時間でもあるんだから、ちゃんと食事は摂って欲しいんだけど……良心と欲望が、俺の意志を挫いてくるし。
そんな葛藤をしている横で、ユタさんが俺たちの様子を眺めている……っていうか、そのニタニタ顔は止めて欲しいところだ。
俺は諦めたように、アリオナさんの申し出を承諾した。
「まずは作ってもらったバターに、前の村で手に入れたニンニクの絞り汁を入れて、掻き混ぜる。それを開きにしたパンの断面に塗る。そしたら、その断面を熱した鉄板で軽く焼く――」
「ま、まってクラネスくん。これって……絶対に美味しいヤツじゃない?」
アリオナさんが唾を飲み込んだとき、ガーリックバターを炙った香りが、小窓を開けた厨房馬車から周囲に漂い始めた。
ウナギの蒲焼きと同様のことをしてるんだけど、この世界において、これ以上の客寄せは早々ないかもしれない。
具材はいつもの干し肉とかキャベツ、スライスしたタマネギにマヨネーズって程度だかし、今回は匂いによる客寄せに頼るつもりだ。
俺は試作品を二つ作ると、一つをアリオナさんに手渡した。
「昼飯代わりに、どうぞ」
「ありがとう! ああ……良い匂い。お腹空いちゃう」
この世界では、基本的な食事は一日に二回。ただし《カーターの隊商》では、朝の出発が早いため、朝食も出すようにしている。
ここで食べないと、夕食まで食事が出来なくなる。力勝負をするアリオナさんには、食事は摂ってもらわないとね。
……本当に、それだけの意味だから。うん。
誰に対する言い訳かわからないけど、俺は心の中で、この言葉を何度も繰り返した。
それから一時間ほど経ってから、隊商は商売を開始した。厨房馬車から呼び込みをすると、十人くらいの住人たちがカーターサンドを買いにきた。
やはりガーリックバターの香りの破壊力は、この世界でも強力だ。
ほかの商人たちも商売は順調のようだし、護衛をしながらの腕自慢大会も盛況なようだった。
「観戦の方は、どうぞカーターサンドを食べながら、楽しんで下さいね!」
まあ、俺のほうは……アリオナさんの呼び込みの効果も高かったかもしれない。売り上げだけみれば、アリオナさんよりも少し上なんだけど……。
――なんだけど……なんだかちょっと情けない。
夕方近くに、隊商は商売を終えた。
これからは、買い出しの時間だ。俺は厨房の掃除を終えると、アリオナさんと一緒に市場へと出た。
ランカルの街は何度も訪れているから、市場にも慣れたものだ。干し肉を扱っている馴染みの店に入ったんだけど――。
「え? 売れないって――どういうことです?」
店主さんの発言に、俺は焦りながら詰め寄った。ただの干し肉なら、ほかの店でも構わないんだけど……味に関していえば、この店が一番、カーターサンドに合ってるんだ。
店主さんは困り顔で、俺に肩を竦めた。
「御領主様からのお達しなんだよ。街を訪れた隊商に、商品を売るなって」
「はあ? なんで、そんなお達しが出てるんですか!」
「さあ……正直、俺たちも困ってるんだよ。まあ、うちの店は食品だからなぁ。街の人間も買ってくれるけどよ。交易頼りの店は、頭を抱えてるみたいだよ」
干し肉は諦め切れなかったけど、これ以上の問答は時間の無駄だ。
俺はアリオナさんに事情を説明しながら、野菜や卵などを売っている店を廻ったけど……状況は干し肉の店と同じだった。
隊商の馬車へ戻る途中で、アリオナさんが首を傾げた。
「……どうして、売ってくれないんだろうね?」
「領主の指示って言ってたけど……でもおかしいなぁ。ここの領主のコールナン家は、うちの爺様と知り合いなんだよね。俺が隊商をやってるって、知ってるはずなんだよなぁ。実際に、会ったこともあるし」
「……そうなの?」
ストレスから、ちょっと不用意に喋りすぎたかもしれない。
俺の爺様が領主と知り合いということに、アリオナさんは眉を顰めた。
「クラネスくんって、実は貴族――とか?」
「まさか。もしそうなら、隊商なんてやると思う?」
「……思わない、けど」
アリオナさんは納得し切れていない顔で、ぎこちなく首を傾げた。
そこで会話が途切れてしまったとき、隊商の馬車の前で、商人たちが集まっている姿が見えた。
俺は急いで、商人たちの元へ駆け寄った。
「なにがあったんですか!?」
「ああ、長……市場で、隊商には物を売れないって言われてしまって」
「ああ、それなら俺も言われましたよ。領主の命令らしいんですけど……なにがどうなっているのかは、俺にもわかりません」
商人たちの暗い顔を見ると、やはりなんとかしないと――って気になってくる。
俺がユタさんの姿を探して周囲を見回したとき、兵士に囲まれた馬車が近寄ってくるのが見えた。
それは荷馬車などではなく、茶色の客車を引く二頭立ての馬車だ。こういうのは、貴族か富豪の持ち物しかありえない。
俺はイヤな予感を感じながら、近づいて来る馬車へと目を向けた。
馬車は、俺たちに客車の横を見せるように停まった。兵士の一人が客車のドアを開けると、中から水色のドレスを着た少女が出てきた。
金髪を結い上げ、イヤリングとペンダント、それに指輪など、装飾品もそこそこに豪奢なものを身につけている。
意の強そうな顔のエメラルドグリーンの瞳が、俺で止まった。
「クラネス・カーター様、お久しゅうございます」
「……これは、サリー様。お久しぶりにございます」
爺様の関係で、一応は知り合いであるサリー・コールナン嬢に、俺は一礼をした。
サリー嬢は尊大な物腰で、俺に微笑んできた。
「クラネス様。この街で隊商に物を売らない理由を、知りたいのではありませんか?」
「そうですね……是非」
「ええ、そうでしょう。それならば今宵、我が家で茶会を開きますの。招待状をお持ちしましたので、そこでお話をしましょう――」
そこまで言い終えたところで、サリー嬢の目が俺の隣にいるアリオナさんで止まった。
「カーター様……そちらの女性は、どなたですの?」
「アリオナさんは、うちの隊商で雇った護衛兼、お手伝いです。厨房馬車の手伝いもしてくれますし、かなりの働き者です」
俺がアリオナさんを褒めると、サリー嬢の目が少し険しくなった。
「あら、そうですの。そちらのアリオナでしたかしら。あなたも茶会にいらっしゃいな。そこで、格の差を見せてさしあげますわ」
それでは失礼――と、サリー嬢は再び馬車に乗り込んだ。兵士を介して招待状を受け取ったのを馬車の中から見て、サリー嬢は御者に出発するよう指示を出した。
俺は招待状を眺めながら、溜息を吐いた。
これは……今の状況からすると、行くしかないんだろうなぁ。ああ――面倒臭いこと、この上ない。
コールナン家は最近、良い噂を聞かないからなぁ。聞いた話でしかないけど、財政がひっ迫してるらしいし。
俺は長い溜息を吐いてからアリオナさんに、今の会話についての説明を始めた。
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本作を読んで頂き、誠にありがとう御座います!
わたなべ ゆたか です。
大賞のベット期間も終わりということで、後書きも解禁してもいいかなと。
クラネスの作るカーターサンドが徐々にバージョンアップをしているのは、高値で売れる土地かどうかの違いです。
村か過疎地では安いバーション。領主街では、高いバーション。って感じです。
〈音声使い〉の使い道も、これから徐々に増えていきます。
よろしければ、お付き合い下さいませ。
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
次回も宜しくお願いします!
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